副読本その9   「ミロ、おおいに怒(いか)る」


カミュの予想は的中した。

「 おいっ、これはどういうことだっ!!お、お前、怪我をしてるじゃないかっ!お、俺のカミュの玉の肌に傷がっっっ!!!
 なんてことだっ!腕を見せてみろっ!まさかほかにも怪我をしてるんじゃないだろうなっ?」

「 恥ずかしい奴だな、外を通る者に聞こえるっ!少しは自重したらどうだ!」
押し殺した声で言われたミロは、ギリギリと唇を噛んだ。

   いったいこれは、どういうことだ!カミュに傷だと!ゆ、許せんっ!
   大体、昭王も昭王だ!!
   神じゃないとわかったといって喜んでいる場合ではないぞ 、もっと カミュの心配をするべきだろうが!
   …あ、昭王は俺か……ゴホン。
   そもそもどうして黄金聖闘士があのくらいのことで傷を負わなきゃいかんのだ!
   天勝宮で遊興しすぎて腕がなまってたんじゃないのか?
   それとも二の腕のパーツをまたつけ忘れてたのか??
   アイオリアの五人や十人、無傷で助けられて当たり前だろうが!
   くそっ、俺が行って守ってやれないのが口惜しいっ!

憤懣やるかたない様子のミロに、溜め息をつきながらカミュが言った。
「 そんなことだろうと思った。予想通りだな。
 何度も言うが、これは現実ではない。物語なのだぞ。傷ついたのは私ではない。
 おい、ミロ、聞いているのか?」
カミュの声も聞こえないらしく、ミロの怒りの小宇宙は、宝瓶宮のみならず聖域全体を包みかねない勢いで高まってゆく。
異変を感じて何人もが駆けつけてくるのも時間の問題に違いない。
怒髪天を突く、とはこのことか、とカミュは言葉で説明することの非を悟った。
こうした場合、くだくだしく説明するよりは実際に見せたほうが有効であるのは、洋の東西を問わぬ真理というものだ。

こうして、その夜、ミロは得心し理解した。


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