招涼伝第三十五回


公務がおありにならないときは、昭王様とアイオリア様とカミュ様の御三方でお過ごしになることが多い。 そんな時に、お側に控えているのはとても楽しいものだ。
昭王様は、公務で大臣方とお話をなさる時は真面目になさっておられるけれど、実はお退屈らしいし、さまざまなご進講のときも、そっと欠伸を噛み殺しておいでになることが多いのだ。
とくに詩作のご進講はお好みではないらしく、
「次回までに 『春暁』 という題の五言絶句をお作りあそばされますように。」
と白鬚の講師が奏したときは、しかつめらしいお顔で頷いていらしたが、あとになってアイオリア様に、
「 『 春眠 暁を覚えず 』 まではできたが、そのあとが一向に続かぬ。 絶句するのはこちらのほうだ。」
とこぼしておられた。
ところが、御三方だけのときには、とても楽しそうにお過ごしになる。 カミュ様は、昭王様とアイオリア様とのお話を聞いていらして、時々言葉を差し挟みなさるだけなのだが、それをまた昭王様はお喜びになられ、更にお話が弾まれるのだ。

カミュ様に馬をお教えになられた時もそうだった。
いろいろな話をなさっているうちに、カミュ様が、まだ馬にはお乗りになったことがないのがおわかりになると、是非にと馬場にお連れになり、ご自分の厩舎から、今まで誰にもお許しにならなかった一番お気に入りの鹿毛の馬をお引き出させになり、早速、鐙 ( あぶみ ) に足を掛けるところから手取り足取りお教えなさり始めた。
鞍も、カミュ様はご遠慮なさったのだけれど、昭王様がいつも御愛用の、青貝の総螺鈿 ( らでん ) 銀覆輪 ( ぎんぷくりん ) の鞍と揃いの一組を取り出させて、カミュ様がお乗りになるのを満足げにご覧になる。
このたいそう立派な鞍は、昭王様の二十歳の賀のときに太后様がお贈りなされた一対のもので、日の光が当たるときららかに輝き、それはそれは美しいものなのだけれど、昭王様は今までに他の方がお乗りになっているのをご覧になったことがおありにならないので、さらに珍しくお思いになられる。
もちろん、アイオリア様はご自分の連銭葦毛の馬をお持ちで、銀砂子に七宝紋のこれも見事な鞍を置いていらっしゃる。
ところで、昭王様は馬の上手であられるけれど、人にお教えしたことがおありにならないので、手順が違われていたらしく、見るに見かねたアイオリア様が笑いを堪えながら真面目なお顔で最初からお教えなさる。
そこでまた、昭王様がちょっとおふくれになり、それをカミュ様がとりなしたりなさりながら楽しく時間が過ぎてゆく。
結局、その日は並足までで終わってしまわれたけれど、翌日からはたいへんに御覚えが早く、半月後には駆足で自在に馬をお操つりになるまでに御上達なされたので、昭王様もとても感心なされたものだった。
そういえば、馬を早足から駆足に速められるとき、カミュ様の長い髪が風になびくのがとても珍しく、また、おきれいなのでつい見とれてしまうのだ。
そんなふうに、カミュ様が馬の巧者になられたのをお待ちかねなされたように、昭王様は野駆けにお誘いなさり、そんな時は、アイオリア様の飼い獅子の魔鈴も、馬を怖がらせないくらいに離れながら後をついて行く。
小さいころから飼われている魔鈴はアイオリア様の御命令をとてもよくきくけれど、天勝宮では自由に動けないので、こうした野駆けのときには大喜びでついていくのだ。
自分はまだ馬には乗れないので、お三方のお出掛けをお見送りするほかないのだけれど、昭王様とカミュ様がお揃いの螺鈿の鞍にお乗りのご様子は本当にご立派でお美しく、こんなに素晴らしい方々に間近くお仕えできるのが嬉しくてならない。
そんな少人数でお出かけになることを大臣がたは御心配のようだけれど、太后様はお供の顔ぶれに御安心なさっておられ、大臣がたの危惧をいつも一笑に付しておられた。

そうした野駆けには、昭王様は大弓をお持ちになり、狩りをなさる。
天勝宮でも一、二を争う強弓を引かれる昭王様の弓は十二束三つ伏せで、お使いになられる矢は青鸞 (せいらん) の羽根がついている美しい揃いのものだ。
青鸞というのは雉に似た大きな美しい鳥で、昭王様がお生まれになったときに、将来お使いになる矢羽根に定められたので、それ以来、燕で捕えられた青鸞はすべて薊に運ばれ、その羽根をとっておくことになったのだそうだ。 もともと数の少ない鳥だし、一羽からは尾羽根の一番外側の石打という羽根二枚しか使わないので、何年経ってもなかなか数が増えなかったということだ。
アイオリア様は、大鷹の矢羽をお使いになっておられ、藪の中でも引きやすいようにと、いつも半弓をお持ちになる。
昭王様は、カミュ様にも弓をお薦めになられたけれど、これにはどうしても首を縦にお振りにはならなかったので、お諦めになるしかなかった。
そういうわけで、野駆けからお帰りのときは、必ずといっていいほど雉や鶉を仕留めておいでになるけれど、ある日、野鹿を御持ち帰りになられたことがある。
ずいぶんと大きかったので驚いてお褒めしたら、いつもの昭王様ならにこにこしながら狩りの御様子を自慢げに話してくださるのに、その日に限って頷かれたきり何も仰せにはなられない。
あとのお二人にお話を伺おうにも、アイオリア様は急いで鞍をおはずしなされているし、馬からお下りになられたカミュ様はあちらを向かれて、馬の首筋をお撫でになりながら何か話しかけていらっしゃる。
あの時は聞きそびれてそれきりになってしまったけれど、今度アイオリア様にお会いしたら、あの鹿のことをお伺いしてみようと思う。


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