▼▼▼ 公調委の“最低の裁定”へ相次ぎ抗議 ▼▼▼

支援団体:「想定外の衝撃」から立ち直り、新たな怒り結集へ


漁業の吉田さん:「水門開放しか漁業を、暮しを守る術ない」




 歴史に残る“最低の裁定”と言われたイサカン―国営諫早湾干拓事業(長崎県)に対する公調委―公害等調整委員会の裁定が8月30日に下されてから2週間あまり。「想定外の裁定」に直後は衝撃を受けた漁業関係者や支援グループはようやく態勢を立て直し、公調委裁定に相次いで抗議声明を出したり、次の打開策の“目玉”である因果関係を調べるための「潮受け堤防の中・長期開門調査を国に求める訴訟」を起す方針を決めるなど、次のステップへの動きを具体的に始めた。島原の漁船漁業の吉田訓啓(とくひろ)さんからは「地元漁業者の思い」が≪環っ波≫へ寄せられた。

≪環っ波≫では事態を正確に理解してもらうため、8月30日に出された「公調委裁定」、これに対する弁護団の「抗議声明」を初め、二つの市民支援団体が発した「抗議声明」の全文を掲載する事にした。

▼        ▼        ▼

有明海における干拓事業漁業被害原因裁定申請事件 裁定(概要)

I 主文
申請人ら(漁民及び漁業協同組合連合会)の申請をいずれも棄却する。
II 裁定委員会の判断
 1 漁業被害の認定
申請人ら主張の「漁業被害」の一部について、諌早湾干拓事業による潮受堤防の締切(平成9年4月)後において、従前の変動傾向を超える漁獲量等の減少がみられることから、これを「漁業被害」(不作又は不漁)として認め得る。
@のり
ノリ生産量及び生産金額が、年により相当変動することに鑑み、その通常の変動の範囲を超えて低下した場合に被害(不作)が発生すると考えて、主張された被害のうち該当部分を認める。
Aタイラギ、アサリ及びクチゾコ
それぞれの生産量の上下の周期その他の傾向に鑑み、生産高が従前の水準を超えて低下した部分につき被害(不漁)の発生を認める。
 2 因果関係の認定
  (1)因果関係の立証の程度
 因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合的に検討し、原因結果の事実関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することである旨の判例法理に則り検討を行う。
  (2)有明海における環境変化と諌早湾干拓事業との関係
(ア)現地の実測データと数値シュミレーションの関係
現地の実測データ、数値シュミレーション結果等を総合し、各種環境変化とその要因について検討した
が、その際、現地の実測データと数値シュミレーションの関係について、
@現地データは、限られた地点を断続的に観測するもので、時・空間的な分解能が粗く、潮受堤防の締切等個別の影響因子のみの効果を分離評価することは難しい
A他方、数値シュミレーションは、現地データに基づく何らかのモデルを基礎とするものであり、モデルである以上様々な簡略化や仮定が入り込むことは不可避であるというモデル構造等からの限界があることに十分留意して判断を行った。
(イ)有明海における環境変化と諌早湾干拓事業との関係
 その結果、諌早湾干拓事業(特に、潮受堤防の締切)の有明海の環境に対する影響は、調整池、諌早湾内及びその近傍場では認められるものの、広く有明海では、潮汐振幅のわずかな減少に対する部分的な寄与が認められることを除き、申請人らの主張するような環境変化を認めるに足りるデータがなく、環境変化が認められるとしても、従前からの変動傾向の範囲内とみるべきであり、あるいは、環境変化の要因に関し未解明な部分もあることから、現時点で、有明海の環境変化と干拓事業の関係を高度の蓋然性をもって肯定するには至らない。
@汐振幅の減少
 研究者らの見解や国土総合開発事業調整費調査によるシミュレーションの結果から有明海での潮汐振幅が2、3%減少したこと、これにつき干拓事業での堤防締切が東シナ海全体の平均水位上昇に伴う広域的な共振弱化による影響等とともに一定の寄与をしたと認められる。
A流速の減少
 専門委員による数値シミュレーションや現地データによると、堤防締切が、諌早湾内やその近傍場では潮流の流速を低下させた一方、同湾外北側では流速を若干増加させたことが認められる。他方、熊本県沿岸や有明海中央部南側海域でも、数値シュミレーションによれば、流速の低下をもたらした可能性は否定し難いことが認められるが、海上保安庁の観測結果等に照らすと、熊本県沿岸海域等での流速低下を高度の蓋然性をもって認定するのは困難である。また、有明海湾奥部での潮流速低下は上記シミュレーション等でも認められない。
B水質及び底質の悪化
 有明海の水質に関する化学的酸素要求量(COD)や栄養塩の堤防締切前後での変化は、明瞭ではなく、専門委員も指摘するように、諌早干潟の消失による干潟浄化機能の低下が有明海全体に影響を及ぼすものとは考え難い。
C底質の細粒化
 昭和32年以降の調査データを通観すると、有明海湾奥部では、底質の細粒の地域が長年にわたり拡大・縮小を繰り返しているように見え、有明海中央部や熊本県荒尾地先では細粒化の傾向は見出せないから、有明海での細粒化の傾向は認めるに足りない。
Dベントス(底生生物)の生物相の変化
諌早湾奥部では、堤防締切により底生生物の湿重量が減少し、比較的低溶存酸素に耐性を持つ貝類が増加したものの、諌早湾湾月部ではこのような変化の傾向は見出せない。有明海では、近年泥質環境を好むとされる底生生物の増加が見られるが、個体数の変動と底泥の粒度組成値や化学的特性値との関係は明確ではなく、底質がどの程度変化したのかを判断することは難しい。
E成層度の強化及び貧酸素化
 専門委員は、その数値シュミレーション等に基づき、諌早湾内及びその近傍場では成層度が上昇し、熊本県沿岸海域でもその上昇の可能性があり、また、これら海域では赤潮の大規模化に伴い赤潮プランクトンの死骸が一層海底に堆積するようになったことから、底質の嫌気化等が進行した可能性があると指摘する。
  しかし、熊本県沿岸海域においては、浅海定線調査データや環境モニタリングでは、成層度の強化や貧酸素化の進行の傾向を見出し得ないから、可能性は否定し得ないものの、これらの事実を高度の蓋然性をもって認定することは困難というほかない。
F赤潮発生の増加
 統計上、赤潮は、平成10年以降、有明海湾奥部では一層長期化し、長崎県(主に諌早湾)・熊本県の海域では、件数・期間とも増えたが、その要因を、光合成の促進をもたらす透明度の増加や貝類の減少による捕食圧の低下の影響とするには、これらが赤潮増加と時期的に整合するといい難いという問題がある。富栄養化の進行も、有明海全体では不明瞭というほかなく、それを赤潮の増加要因とするのは難しい。
 他方、水温、日射量及び降水量の各上昇も、その傾向や程度に照らし、平成10年以降の赤潮の頻発化・長期化を説明するのは困難である。既に農林水産省有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会最終報告書でも指摘されたとおり、赤潮の発生・増殖の機構については、なお相当に未解明な部分が残されている。現在のデータや知見を前提とする限りは、赤潮の増加要因を特定し、高度の蓋然性をもって認定するには至らない。
  (3)漁業被害と諌早湾干拓事業との関係
ノリ養殖については、赤潮の発生・増加がその被害の要因の一つであることが認められるが、赤潮の発
生・増殖の機構には未解明部分があるため干拓事業との関係を肯定し得ず、タイラギ、アサリ漁業については、被害をもたらす要因の解明が十分にされていないことから、また、クチゾコ漁業については、漁獲量の変化と干拓工事の進捗状況が対応していないことから、いずれも漁業被害と諌早湾干拓事業との関係を肯定することができない。
@リ養殖の被害(不作)と諌早湾干拓事業との関係
 ノリの養殖では、秋から冬のノリの生産時期に赤潮が発生すると、ノリの色落ち等が生じて生産が阻害される関係にあるが、赤潮の増加と干拓事業との関係は不明というほかなく、因果関係を肯定するには至らない。
Aイラギの漁業被害(不漁)と諌早湾干拓事業との関係
 タイラギの生息域の縮小については、佐賀県沖の底質の細粒化を一因とする見解もあるが、他の要因を含め必ずしも明らかではなく、近年生じている立ち枯れ斃死の原因についても、現在関係機関により共同調査が実施されているところであり、未だ解明されていない。
Bアサリの漁業被害(不漁)と諌早湾干拓事業との関係
 アサリについても、現在の底質がアサリの生息、特に稚貝の初期の生残と成長に適さないものに
なっていることは窺われるが、長期的な減少の原因は未だ特定されておらず、アサリの初期生活史段階での生理・生化学的変化を知るとともに、稚貝の生残に底質の何が影響しているのかを究明する必要があるところであって、因果関係を明らかにするには至っていない。
Cクチゾコの漁業被害(不漁)と諌早湾干拓事業との関係
 クチゾコについては、漁獲量の減少が干拓事業の工事着工前の昭和60年前後頃から始まり、平成6年頃にかけて減少が大きく、その後はほぼ横ばい状況で推移していて、その変化と工事の進捗状況とが対応していないため、干拓事業による環境変化が漁獲量に影響を及ぼしているとの関係を読み取るのは困難である。
 3 結論
 以上のとおり、一部申請人らについては、漁業被害(不漁又は不作)の発生は認められるが、現在の証拠関係からは、これと諌早湾干拓事業による環境影響との関係につき高度の蓋然性を肯定するには至らず、その余の申請人については、漁業被害の発生を認めるに足りないことから、申請人らの申請はいずれも理由がないものとして棄却することとし、主文のとおり裁定する。
III 付言
 成層度の強化等の環境変化の可能性は否めないものの、これを裏付ける客観的データがなく、赤潮の発生・増殖機構等の科学的解明が十分に行われていないなど、本件の因果関係に関わる重要な論点について、客観的な証拠資料や科学的知見が乏しいという状況下で認定判断を行わざるを得ず、漁業被害と諌早湾干拓事業の因果関係を高度の蓋然性をもって肯定するに至らなかった。
 従って、今後有明海を巡るこれらの環境問題について更なる調査・研究が進められて、環境変化の実態とその要因が解明された上、的確な対策が実現され、かつてのような豊かな有明海が再生されることを切に念願する。
※公害等調停委員会
http://www.soumu.go.jp/kouchoi/index.html
公調委裁定の記者会見は異例とも言える1時間半に及んだ
=2005年8月30日、霞が関・公調委で
▼              ▼
≪声 明≫

有明海における干拓事業漁業被害原因裁定申請事件の裁定にあたって

2005年8月30日
有明海における干拓事業漁業被害原因裁定申請事件弁護団

公調委裁定直後の漁民・弁護団・支援者の記者会
見で怒りをぶちまけた堀弁護団事務局長
2005年8月30日、霞が関・弁護士会館で
【写真は諫早干潟緊急対策東京事務所提供】

本日,公害等調整委員会は,漁業被害の原因は諫早湾干拓事業にあるとして,2003年4月16日に有明海漁民が申請した「有明海における干拓事業漁業被害原因裁定事件」について,17名の漁民全員の申請を棄却した。
 今回の裁定にあたって,公害等調整委員会は,4名という異例の数の研究者を専門委員に任命し,10回の審問と2日間の現地調査,申請人である漁民ならびに漁民側と国側の双方から申請したそれぞれ3名づつの研究者証人の尋問を行った。専門委員は,これまでの研究成果を踏まえ,独自のシミュレーション調査を行うなどして,詳細な報告書を提出した。
 専門委員報告書は,魚種と漁場ごとに漁場環境の変化を検討している。その結果,本件干拓事業との関連性について,諫早湾近傍場については明確に結論づけることができるとし,それ以外の漁場についても,強弱の程度の違いはあるものの可能性を肯定している。
 本来,このような専門委員報告書を踏まえるならば,法的因果関係の認定は十分に可能である。
 しかるに今回の裁定は,専門委員報告書のこうした到達点があるにもかかわらず,客観的データの蓄積や科学的知見がなお不十分として,申請を却下した。
 こうした裁定委員会の判断は極めて遺憾であるといわざるをえない。
 本来,中長期開門調査をサボタージュして客観的データの蓄積と科学的知見の前進を阻んでいるのは農水省である。このような判断が許されるなら,サボタージュしたものが勝ちということになり,正義の理念に著しく反することになるのは明らかであろう。
 われわれは,こうした不当な裁定にくじけることなく,有明海を宝の海によみがえらせるため,最後まで全力を尽くす決意である

公調委の恣意的裁定に対する抗議声明

2005年9月5日
有明海漁民・市民ネットワーク

 公害等調整委員会は去る8月30日、諫早湾干拓工事と有明海漁業被害に係わる原因裁定で、非情にも私たちの申請を棄却した。ここに私たちは、公調委が行った因果関係の検討内容がいかに科学性や論理性を失ったものであるか、又いかに恣意的な基準によって判定した結果であったかを明らかにして、断固たる抗議の意を表明するものである。

 

1.被害認定拒否の暴論

恣意的な裁定だと記者会見で激しく反駁した市民
の羽生さん(左)と漁民の松本さん
=2005年3月28日、霞が関・弁護士会館
【写真は諫早干潟緊急対策東京事務所提供】

公調委は申請者17名中15名に漁業被害を認定したものの、残る2人の熊本県のタイラギ漁民の被害を認定しなかった。その却下理由は、あまりにも乱暴なものだった。

すなわち公調委は、もともと熊本県全体のタイラギ漁獲量は毎年数十トン程度であり千トン単位の他県よりも極端に少なかったので、それが締め切り後ゼロになったとしても被害とは認定できないという驚くべき屁理屈をもって認定を拒否したのである。たしかに熊本県内のタイラギ資源量はもともと他県より少なく、したがってタイラギ漁民の数も少なかったので他県の市場に出荷していた事情も加わって県全体の漁獲統計額が少ないのは事実である。しかし、だからと言って個々の漁民にとっては、県全体の統計は関係がないのである。タイラギで全生活を支えてきた漁民個人の漁獲がゼロになることは、彼らにとっては死活問題なのであって、これが被害として認識できないというのは、公調委の判断がいかに常識外れなものであるかを示している。

 却下の理由に合理的根拠がない以上、熊本の2名も被害が認定され、本来であれば17名全員の被害が認められて当然だったのである。

2.あまりにも突飛な因果関係の判定基準

しかしそれでも公調委は15名の被害を認めたうえで、諫干締め切り後に有明海で赤潮が増加したという事実関係も認定し、赤潮が増加すれば直接的にノリ被害に結びつき、またプランクトンの沈降堆積によって底質が悪化してクチゾコやタイラギなど魚類や貝類の被害に結びつきうるという被害へ至るメカニズムも認定した。それにもかかわらず、結論としては17名全員の申し立てを棄却したのである。それはなぜか。諫干から漁業被害まで結びつける全体の論理展開の中で、認定されなかった重要な鎖はただ一点である。それは、特に締め切り前の「データ不足や赤潮発生増殖機構に関する科学的知見が不足」していることを表面上の根拠にして、諫干と赤潮を結びつける論点において「高度の蓋然性」を肯定するに至らなかったというのである。ここには重大な問題点が潜んでいる。

 公調委は言葉の上では「因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」とした最高裁判例を踏まえる立場を表明している。この最高裁の判例に則って、当の公調委自らは平成14年に杉並区不燃ゴミ中継施設健康被害原因裁定申請事件において、住民側の原因裁定申請を一部認める裁定をくだしている。その際の具体的な判断基準(「通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性」の存否)は、いわゆる疫学的判定基準と言われるものが使われていた。すなわち@事実(施設の稼働開始)と結果(健康被害)の間に、時間的場所的近接性が認められること、A事実(施設から排出された何らかの有害化学物質)と結果(健康被害発生)を結ぶメカニズムについての合理的な説明が成立する可能性があること、B結果(健康被害)をもたらす他の原因が見いだせないこと、の3点が充足されれば「真実性」があると判定されて最高裁判例の言う「高度の蓋然性」が認められるということになる。既にこの疫学的判定基準に則った多くの判例が各地の裁判所でも出されている。特筆すべきは、この杉並病事件では遂に有害物質が何であるかについては科学的に特定できないままであったにもかかわらず、それでも公調委は疫学的判定基準に忠実に従って申請を認容するという公正な結論を導き出したことである。

この疫学的判定基準を、今次有明海事件で公調委が認めた事実をつなげて当てはめてみれば、以下のように私たちの申請も容易に認容されていたはずである。すなわち、@97年に締め切られた諫干という「事実」と98年から有明海で赤潮の増加・大規模化・長期化したという「結果」(この事実関係は公調委も認めた)の間には、時間的場所的近接性があり、A諫干と赤潮を結ぶメカニズムとしては、「成層度の強化論」(この論については公調委も赤潮増加のメカニズム論として成立しうることを認めている)や「海水交換率悪化論」、「諫早湾流入海水減少論」「最大流速出現時刻変化論」など複数の合理的な説明が成立しうるだけでなく、B諫干以外に、一般論として赤潮の増加をもたらすと考えられる他の原因(国側が主張した海水温上昇・奥部海域透明度上昇・二枚貝の捕食圧低下による富栄養化・日射量増加・降水量増加)は、公調委もことごとく否定したように、98年からの赤潮増加の理由としては科学的に説明が困難であり、結局のところ諫干以外の他要因は考えられない、ということになるわけである。つまり疫学的判定基準に則っていれば、杉並病同様に今次原因裁定も、諫干と赤潮、したがって漁業被害に至る因果関係は当然にも認定されていたことを意味する。

しかしそれでも結果的に公調委は、諫干と赤潮を結ぶ因果に「高度の蓋然性をもって認定するには至らない」として諫干から被害に至る論理の一カ所のみを断ち切ったのであるが、その際に公調委が持ち出した唯一の根拠は「赤潮の発生・増殖機構については、なお未解明の部分が残されている」というものだった。赤潮一般の発生増殖機構であれば、確かに科学的知見はなお不十分であり発展途上にあるのは間違いない。しかし本件で問われているのは赤潮論一般ではなく、あくまでも98年から増加している有明海における赤潮の発生増加メカニズムにすぎない。上記Aに述べたように、ここでは諫干に起因して有明海で赤潮が増加したメカニズムについて合理的説明がつけばそれで足りるのであるし、そのメカニズムが複数考えられるとしても、いずれも諫干に起因したメカニズムである以上、それ以上の詳細な究明は不要である。事実、杉並病問題で公調委は、中継所排気及び周辺大気から検出される有害物質には毒性を持つものが少なくないとして複数の物質を例示しただけであり、このうちどの物質が原因だったかは特定しないまま、したがってその物質がどのようなメカニズムで人体に影響を与えるかの詳細な医学的メカニズムの検討も行えないまま、まさに疫学的観点から判定を下しているのである(この点、疫学調査からチッソの工場排水が原因と分かった後になっても、なお排水中の原因物質の特定や発病に至るメカニズムの解明を求められたことによって原因の認定が遅らされた水俣病問題の経緯とは段違いである)。諫干に起因する複数の赤潮発生メカニズムのどれが、あるいはどれとどれがどの程度の割合で、実際に寄与しているかが不明でも、いずれも諫干に起因するメカニズムが成り立ち得ることが証明できれば上記Aの要件は充足されるのである。この点は上記杉並病事件の内容からも明らかであろう。

ところが今次裁定書では、疫学的判定基準に沿えば上述のように結果的に申請を認めざるを得なくなるために、公調委は突如として、赤潮についての一般的な知見がもっと充足しなければ諫干が赤潮増加をもたらしたと「自信をもって」断定できない、という理屈を出してきたのである。こんな言い逃れがまかり通るのであれば、環境や公害問題のあらゆる事件について、因果関係の認定は今後一切不可能になるだろう。科学は日々発展しており、それに終わりはないのであって、その意味ではいつの世の科学も不十分である。ここで公調委が実質的に採用した判定基準は、疫学的判定基準を大きく逸脱しているだけでなく、たとえ完全な自然科学的証明がなされたとしても、悪意ある判定者ならば「将来の科学水準からすればまだ不十分」を根拠にして恣意的判断をくだすことになるだろう。私たちは、このような主観的かつ意図的な判定基準を絶対に認めることはできない。

先の5/16福岡高裁は「疎明の程度としては、一般の場合に比べて高い、いわゆる証明に近いものが要求される」として、事実上の「自然科学的証明」を要求してきたのであるが、今回の公調委は自然科学的証明よりもさらに高く、誰にも絶対に飛び越えられないハードル(言わば未来の科学水準からする証明)を設定したことになる。それは自然科学者から構成される専門委員会が提出した報告書のシミュレーションや見解を、法律専門家の裁定委員が簡単に否定し去ったという点にも如実に表れている。最高裁判例に違反したこの異常な公調委の姿勢に、私たちは政治的な臭いを感じないではいられない。つまり「結論ありき」だったのではないかとの疑いである。このために裁定書における論理展開は、次項以下に見るようにご都合主義的であって一貫せず、あまりにも乱暴で各所で綻びを露呈している。

 

3.漁民の実感を信用しない公調委

裁定書における個々の論点の中で、私たち漁民ネットとして看過できないのは、ほとんどすべての有明海の漁業者が実感してきた有明海奥部海域における潮流鈍化を、各種シミュレーションと海上保安庁調査結果の二つのみを根拠に事実として認定しなかった点である。これが最大の足かせとなって、赤潮増加メカニズムの本命と目される「流速鈍化による成層度強化論」の根拠が薄いとされたわけであるが、たとえここで奥部の潮速減少問題を留保したとしても、諫干による成層度強化のメカニズムは他の証拠(有明海奥部でも潮受堤防の有無の違いで最大流速出現時刻に数十分もの狂いが生ずるという農水省シミュレーション結果だけからしても、有明海奥部海域での部分的海水停滞化傾向や流速鈍化が推定できる)からも複数の可能性が認定されてしかるべきだったと言わねばならない。公調委は他の自らに都合の悪い論点では同じシミュレーションの限界を強調して否定してみせながら、私たちの主張を否定する理由としてはこれを採用するという、まさにご都合主義そのものの論理展開を行ったのである。また海上保安庁の潮流調査は、締め切り後の調査時点における大きな降雨量のために密度流が強まり(この影響で流速は速くなる)、本来締め切り後は遅くなっているはずの潮流速が通常より速くなり、その結果30年前の調査結果との間に大きな変化が出なかった可能性が高いのである。ところが公調委はこの調査の「潮流に大きな変化なし」の結論だけは無批判に採用し、他方平均して12%も減少したとする西海区水産研究所の流速調査結果は両調査時の季節が違うという理由(密度流の違いに比較すればわずかな誤差と考えられる)で採用しないという首尾一貫しない判断を行っている。底質の細粒化やベントス種の変化という傍証もあり、しかもほとんどすべての漁業者が口を揃えて証言している潮流鈍化という事実を、なぜ公調委は信用しないのか、私たちは強い憤りを感じるものである。

 

4.データもシミュレーションも成層度強化の事実を示す

次に、今回の裁定における最大の争点となった成層度の強化問題について、これをなりふり構わず否定しにかかる公調委の姿勢の異常ぶりを指摘しなければならない。

確かに赤潮の発生増殖機構としては、理論的には富栄養化や海水温上昇など数々の要因・メカニズムが考えられるし、その具体的なメカニズムの詳細については不明な点が多く、そうした意味では科学的知見が発展途上にあることは事実であろう。しかし現在発生している有明海の赤潮については、数ある要因候補のうちどれに当てはまるかについては、現状の調査だけで十分判断できるのである。実際、熊本県立大学の堤教授の研究室が2001年から継続的に実施している調査からは、有明海奥部での赤潮には必ず成層が伴っているという事実が明確になっている。公調委がその気にさえなれば、いつでも自ら調査してその事実を追検証できることである。ところが今次裁定書では奇妙なことに、現に成層が生じているという事実にはなぜか全く言及されておらず、したがって認定もされることなく終わっている。審問の場で参考人として証言した堤教授の調査結果についての評価が、裁定書で全くなされないのは何故なのか。記述を忘れたで済むような軽い論点ではないから、意図的に無視したのではないかと考えざるを得ない。

現に成層が頻発しているという明々白々な事実が認定されてはじめて、その次に問われるのが、締め切り前と比較して成層度が強化されたか否かという問題になるのではないか。ところが公調委は、諫干締め切り以前の実測データが不足しており、観測結果で確認できないことを理由にして諫干によって成層度が強化された点を認定しなかったのである。この一点を認定したら最後、簡単に諫干から漁業被害までの因果が結びついてしまうのだから、公調委にとっては最後の砦ともいうべき絶対に譲れない一線だったのだろう。

しかし専門委員が独自に行ったシミュレーション結果では、諫干の堤防の有無の違いによって河川水の有明海における輸送経路に変化が生じ、その結果諫干後は成層が強化されたという重大な事実が判明した。しかも私たちも浅海定線データの解析から、一部調査ポイントでは河川水の輸送経路が変化し、鉛直混合が弱まっている事実を明らかにして、そのシミュレーションの正しさを結果的に裏付けてきた。そのうえ堤教授のデータ解析によっても、単位降水量当たりの赤潮指数が98年以降急激に大きくなったことが完璧に証明されているから、結局のところ「締め切りを境にして有明海奥部の成層度が強化され、その結果赤潮が増加した」事実の証明は二重三重になされてきたのが実態だったのである。成層度の強化が認定されれば、論理必然的に諫干によって貧酸素水塊が頻発していることになり、ノリ以外の魚貝類被害の因果関係論にとっては二つ目の要因(一つ目はプランクトン堆積による底質の泥化)と認定されることになるから、これは全体の帰趨を決する重要な論点なのである。

ところが驚くべきことに公調委は、この堤論文についても裁定書では何らの言及も行っていない。しかも前述のように、いろいろと問題の多い浅海定線観測データからさえも、私たちは成層度強化の事実を摘出提示しているにもかかわらず、公調委はなお成層の強化を証明する「データが不足」していると言い張り、挙げ句の果てには自ら選任した専門委員の行ったシミュレーション結果まで否定するという、無理に無理を重ねて「成層度の強化論の証拠はなお弱い」とする最終判定を行ったのである。こうした判定方法が前述の疫学的判定基準のAとほど遠いことは言うまでもないだろう。Aでは、諫干によってメカニズム的に成層度が強化される可能性があることを示し、かつ成層度の強化が赤潮の増加要因になることが示せれば足りるはずのものであり、厳密かつ詳細な自然科学的証明は不要だったからである(杉並病では数種の有害化学物質のうち実際にどれが健康被害をもたらしたかの特定はしていない)。しかも、締め切り後に成層度は強化されていないという証明は、農水省も公調委も行っていないのであるから、それだけでもAの争点は決着済みと言わねばならない。

もし公調委が「自信」をもって判断する上で、本当にデータによる証明が不足していると考えるのであれば、それは着工前に有明海の調査を十分に行ってこなかった事業者側の責任ではないのか。しかも中長期開門調査を行って、現在よりも成層度が弱くなれば諫干が原因だったと誰の目にも明らかになるが、因果関係の有無の判断を任務とする公調委として本当にとことん原因解明を行う意志があるのであれば、なぜ農水省に中長期開門調査を行うように要求しなかったのか。

つまり公調委には、この有明海問題では因果関係を解明してしまっては困るという何らかの事情があって、自らの任務を放棄しているのではないのかとの疑惑は晴れないのである。公調委に対する社会の信頼は、本件を境に地に落ちるだろう。

 

5.因果関係各論への的外れな否定論の不可解

私たちは、諫干を起因として漁業被害に到達する因果の流れについて、申請した3漁業種(ノリ・タイラギ・クチゾコ)に共通する要因(成層度問題から生ずる赤潮・貧酸素・底質悪化という一連の漁場破壊)だけではなく、魚種ごとに、そして場合によっては海域ごとに詳細に立証してきた。しかしそれに対する公調委の判定内容は、数々の思い込みに基づく判断、論理の飛躍、データ処理や利用の恣意性があり、それらは枚挙に暇がないほどである。

たとえば、海水透明度上昇問題である。浅海定線調査データによると諫早湾口部や熊本県沖海域は明らかに締め切り後に透明度が上昇しており、これはシミュレーションによる潮流鈍化海域と重なるが、この事実を裁定書は無視して、私たちの主張があたかも成層度の強化論だけという思い込みのもとに赤潮増加との関係を判断しようとさえしない。また栄養塩の枯渇した諫早湾内水が成層の強度や風向きによっては三池港方面に移流する可能性(それは謎の浮遊物の航跡からもブイによる表層流調査結果からも裏付けられている)についての私たちの指摘についても、その主張をあたかも「平均流」に乗った移流と曲解した上で否定しにかかる。しかもその際の否定の根拠の一つとして、諫干工事前でも湾口部のほうが大牟田沖よりDIN濃度は低かったということがデータによる証明もなしに挙げられているが、実際には浅海定線調査データは公調委の断定とは反対の結果を示しているのである。

またタイラギの立ち枯れ原因について、私たちは最新のさまざまな調査結果を総合して、諫早湾口部に集まる浮遊幼生が貧酸素にさらされるので活力が落ちることが根本原因と指摘したが、公調委はそれに対する具体的な反証は全く行うこともなしに、ノリ第三者委報告書や研究者のかつての論文に、「現在立ち枯れ原因を解明中で今後の課題」と書かれているということのみを理由にして、私たちの仮説を否定するという無茶苦茶な論法である。

そしてクチゾコについても、その漁獲量が下降線をたどり始めた年を85年前後とグラフを読み違えたうえで(実際は海底掘削調査が始まったと見られる88年から下降)、潮受堤防工事が本格化した94年以降のグラフは横ばいだから工事の進行と対応しないと否定しにかかる。しかし農水省の言う潮受堤防工事の本格化という意味は盛土工事が始まったことを示すにすぎず、その頃からは湾内の海況も安定し始めていたのであって、横ばいになるのも当然である。クチゾコの生息に影響を与えた地盤改良工事など濁りの発生する工程は、まさに盛土工事が本格化する前の88〜93年頃を中心に行われていたわけであり、裁定は事実を意図的に無視していると言わざるを得ない。

 

6.最後に

公調委は本来、公害問題の紛争解決を目的にしていたはずである。しかし上述のような恣意的な裁定内容では、漁業者のみならず国民の誰も納得できるものではなく、これでは紛争の解決どころかその長期化・混迷化にしか結果しないことは明らかである。審問の場において国側に積極否認(諫干以外の原因で異変を説明すること)を求めたのは加藤委員長本人だったはずであり、国がそれに失敗した以上は潔く因果関係を認定するか、それでも認定しないと言うなら、農水省に代わって公調委が原因を最後まで解明したうえで、私たちに納得のいく裁定書を書き上げる任務を負っていたはずである。結果的には因果関係は不明という内容の裁定しか下せず、その本来の責務を放棄した公調委に、もはや存在意義を見いだすことは難しい。今次裁定は誤りだったと、早晩、科学と正義の名によって公調委は厳しく断罪されることになるだろう。

 ここに私たちは今次不当裁定に満腔からの抗議の意を表明すると共に、今後とも有明海再生のための闘いに全力をあげることを誓うものである。

▼             ▼

=島原の漁船漁業・吉田訓啓さんのメッセージ=

潮受け堤防の水門開放であくまで闘うぞ!

もう“挫折”に耐える力はついた

30日の原因裁定は無念と挫折感と怒り、また国のお役所の役人は何処の機関も同じだと痛感しました。公害調停と言っても結局は国の機関であり、行政の味方だと如実に物語る様な内容の裁定でした。
裁定は負けでなく、立ち止まっただけと主張する吉田さん(右)=写真は2005年3月28日、霞が関・中央合同庁舎で撮影したもの

裁定は負けでなく、立ち止まっただけと主張する
吉田さん(右)
=写真は2005年3月28日、霞が関・中央合同庁舎
で撮影したもの
 福岡高裁での仮処分の敗訴で地元有明海漁業者は、やはり国には勝てないのかと絶望感に浸っていました。しかし時が経つにしたがい、福岡高裁での判決に疑問や納得出来ないと言う漁民が多くなり熊本県を中心に有明海再生訴訟の原告が多数参加しました。
 福岡高裁での敗訴の経験からか佐賀の報告会場で原因裁定の不当敗訴の報告を聞き、これからの戦いでの不安や落胆の声は多数聞きましたが、やはり国や農水省の対応に対する怒りで福岡高裁での敗訴の時よりも立ち直りは早かったと思います。会場ではこれからも有明海再生に向けて戦うぞとシュプレヒコールをして解散しました。
 公害調停の原因裁定の不当性は、公害調停の裁定委員が選任した科学者の専門委員が出した報告書で全体とは言わないまでも、地域的には明らかに影響が有ると言っている専門委員の報告書を全く無視した公調委はもはや完全に破綻した機関であるとしか思えないし、今までの約2年半で十数回の東京への上京は無益な物になる様な気がして悔しく思います。
 ただ専門委員の報告書が少しでも役立てる事が出来ればと思いますが、裁判でも公調委同様無視するかもと思うと、これからの戦法はすぐには思い浮かびません。帰り道、熊本県荒尾市の漁業者と話をした時の会話で、自分達有明海漁業者は、あくまでも“諫干水門開放”で戦うしか漁業者として生活を守る方法はありません。
 原因裁定での負けは活動が一歩後退したのではなく立ち止まっただけ。これからの戦いでの最善の方向を見回している状態だ。一歩も退く訳にはいかないし、退いてなるものか、これからも突撃有るのみ、と言ってお互い別れました。いまはまだ農水省と戦う方法は具体的には思い浮かびませんが、地元有明海漁民は有明海の真の再生に向けてこれからも頑張っていきます。
▼        ▼
有明海漁連(福岡)、単独で「開門訴訟」決める
 公調委裁定を受けて、関係漁連のうち福岡県有明海漁連(荒牧功会長)が立ち上がった。2005年9月12日に開いた臨時総会で潮受け堤防の中・長期開門調査を求める訴訟を起こすことを正式決定した。開門調査を求める訴訟は初のケースになる。同漁連は、福岡・佐賀の各漁連にも共同訴訟を呼びかけていたが、熊本漁連(松本忠明会長)は9月13日、「別の手段で開門を訴えていく」として、共同訴訟を見送り、佐賀県有明海漁連も9月20日の組合長会議で行政訴訟に参加しないことを決めた。このため、当面、「開門調査訴訟」は福岡県有明海漁連の単独訴訟となる。
▼        ▼        ▼

“行政の横暴を止める最高裁に期待する”

=弁護団・支援グループが東京でビラ配り=

600枚配られたビラ
(クリックで拡大)
今後は最高裁に歯止めを期待するとアピールした
ビラを早朝配布する後藤弁護士(中央)と支援グル
ープの人たち
=2005年9月20日、永田町・最高裁前で
 よみがえれ!有明海訴訟弁護団・支援者グループが公調委裁定後、初めての対外アクションを行なった。
 2005年9月20日、後藤富和弁護士や在京の支援グループが東京・永田町の最高裁前で最高裁職員をターゲットにビラ配りを行なった。この日、午前8時から約1時間、最高裁通用門付近で約600枚のビラを配布しながら、後藤弁護士は「公正だと信じていた公調委があのような恣意的な裁定を下した以上、もはや行政による自浄作用は期待できなくなった。司法に歯止めの役割を期待したいと、いたたまれない心境でこのようなアクションを起しました」と話す。そこには、最高裁から近々「判断」が出ることを期待する気持が込められていた。
▼        ▼        ▼
有明海における干拓事業漁業被害原因

裁定申請事件の裁定に関する声明

2005(平成17)年9月28日
          福岡県弁護士会
会長  川副正敏

 諫早湾干拓事業による有明海の漁業被害問題につき、当会は本年7月13日、ノリ養殖の被害実態を生産量だけの検討で否定して原審仮処分決定を取り消した福岡高等裁判所決定を批判し、国に対して速やかに中・長期開門調査を実施するよう求める旨の声明を発表したところである。

この問題に関して、福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県の有明海沿岸4県の漁民は2003年4月16日、福岡県有明海漁業協同組合連合会は同年5月30日、いずれも「有明海の異変による漁業被害の原因は諫早湾干拓事業にある」として、公害等調整委員会に被害原因の裁定申請を行った。これについて、同裁定委員会は本年8月30日、「有明海におけるノリ養殖、タイラギ漁等について、申請人らの被害(不漁、不作)は部分的には認め得るものの、それらと諫早湾干拓事業との因果関係は、高度の蓋然性をもって認めるには足りない」として、諫早湾干拓事業と漁業被害との法的因果関係を認めず、これらの申請を棄却した(以下「本裁定」という)。

本裁定は、その理由中で、因果関係の判断基準に関し、「経験則に照らし全証拠を総合的に検討し、高度の蓋然性を証明すればよい」との一般論を示している。ところが、本件への具体的な適用では一転して、「成層度の強化等の環境変化の可能性は否めないものの、これを裏付ける客観的データがなく、赤潮の発生・増殖機構等の科学的解明が十分に行われていないなど、本件の因果関係に関わる重要な論点について、客観的な証拠資料や科学的知見が乏しいという状況下で認定判断を行わざるを得ず、漁業被害と諫早湾干拓事業の因果関係を高度の蓋然性をもって肯定するに至らなかった」と結論付けている。

しかし、干拓事業と漁業被害の法的因果関係の認定のあり方として、本裁定のように客観的なデータの蓄積や自然現象の発生機構の科学的解明を要求することは、言葉の上で「高度の蓋然性の証明」という表現を用いながらも、実質的には、自然科学的因果関係の厳格な「証明」まで要求するのに等しいものであって、前段に述べている一般論とは明らかに齟齬している。これは、公害紛争の迅速・適正な解決を図る目的で設けられた専門的裁判外紛争処理機関としての公害等調整委員会のあるべき役割を自ら著しく減殺する態度と言わざるを得ない。

 他方で、公害等調整委員会は本裁定を出すに際し、「事業が漁業環境に影響を及ぼした可能性を否定するものではない」、「今後、有明海を巡る環境問題について、国を始めとして、更なる調査・研究が進められて、的確な対策が実現され、かつてのような豊かな有明海の再生が図られることを念願するものである」との異例の委員長談話を発表した。その趣旨からすれば、公害等調整委員会として、国に対し正面から「客観的証拠資料」の提示ないしそのために必要かつ十分な調査を求めてしかるべきであった。

いずれにしても、かかる資料不足の原因が国による事前調査の不十分さにあることは、本裁定によって一層明白になったのであり、諫早湾干拓事業が有明海の漁業環境に影響を与えたかどうかについては、国において積極的に調査する責務があると言うべきである。

具体的には、周辺漁民らを代表する福岡・佐賀・熊本の三県漁連が要求し続け、当会もかねてより指摘してきたように、中・長期の開門調査以外にデータ集積のための適切な方法はない。

よって、当会は、今回の公害等調整委員会の裁定に遺憾の意を表明するとともに、国に対し、原因探究のための中・長期開門調査を早急に実施するよう重ねて求めるものである。                                      以 上

(C)2004~. ≪環っ波≫ All rights reserved