盛り上がる“とんでもない計画”水俣産廃最終処分場反対運動

=地元3団体代表が上京、環境省へアピール=

よりによって水俣に我が国最大級規模の産業廃棄物最終処分場を建設するという“とんでもない計画”の白紙撤回運動が全国的規模に広がり、一段と盛り上がりを見せている。とりわけ地元・水俣市では2月5日に市長選が行なわれ、計画に対し、これまで「中立」を標榜しながら選挙戦突入時に突然「実は反対だった」と豹変した現市長と、終始「絶対反対」を掲げ、支援市民が推す対立候補の事実上の一騎打ちとなったが、反対を前面に出し闘った前水俣市教育長・宮本勝彬さんが大差で現市長に勝ったため、新市長の誕生とともにこの問題、白紙撤回に向けて大きく動き始める見通しになってきた。ここに至る3ヵ月の動きをまとめた。

≪市長選≫ ■06/02/05

市民は「建設絶対反対」の宮本さんを選択

=総投票数の58%を占める=
全国的に注目を集めていた水俣市長選は2006年2月5日行なわれ、即日開票の結果、「産業廃棄物最終処分場」の建設絶対反対を掲げ、立候補した元教育長・宮本勝彬さんが現職の江口隆一市長に大差をつけて当選した。投票率は79.36%。
水俣市選挙管理委員会の発表によると、宮本さんは総投票数の58.5%を占める11,1681票を獲得、現市長に3000票以上の大差をつけた。また、市議の補欠選挙でも「反対」意向の元職・千々岩巧さんが1万票以上を獲得、市長派の対立候補を破って返り咲いた。

この結果、新市長は公約の「特別対策チーム」を設け、市として、「建設反対」という新たな方針・対応を打出すことになろう。
≪白紙撤回要望書≫ ■06/01/25

“IWD東亞は撤回を、水俣市は阻止を、県は行政指導を”

=3市民団体がアピール・文化人23人も賛同=

水俣市人口3万人余り
のうち2万1000筆の
反対署名が集まった
現実を考えろと訴える
坂本ミサ子さん
水俣の「水俣の命と水を守る市民の会」(坂本ミサ子代表)、「水俣を憂える会」(坂本龍虹代表)、「本願の会」(浜元ニ元代表)の3つの市民団体は2006年1月25日、水俣産業廃棄物最終処分場計画の撤回の要求書をまとめた。これには土本典昭、宇井純、白川静、永六輔さんら23人の文化人・学識経験者が賛同、署名した。


要求書の全文は次の通り。
非常識極まりない蟹WD東亜熊本による                      .
   日本最大規模の水俣産業廃棄物最終処分場建設計画の撤回を要求する。

 今年、水俣病公式確認から50年を迎える人類の産業公害の原点である水俣には、海端に150万立方メ-トルもの水銀汚泥処分場が横たわり、いまだに多くの顕在、潜在の被害者が苦しみ続けている。

 水俣市民は、トラウマともいうべき水俣病を乗り越え、町を再生させ、誇りを取り戻し、子供たちに希望を持って生きてもらえる礎を作りたいとの一心から徹底した分別ゴミ収集によるリサイクルそして減量化、断絶した地域の絆を取り戻そうとする「もやい直し」等に取り組み、大きな実績を作ってきた。

 その水俣に、環境インフラの整備という大義をかざし、環境アセスメントの手続きが合法的だというだけで、事前協議すら無く産廃処分場計画は推し進められている。上水道・生活用水・農業用水そして水俣湾への地下水の水源涵養地である山頂部に、一方的に水や土、空気を汚染し、生態系を破壊する巨大産業廃棄物最終処分場を建設する事は、水俣の犠牲を冒涜し、水俣市民の努力を足蹴にするもので、人道的にも道義的にも許されない。

我々は、広く世界中にこの事を訴え、蟹WD東亜熊本、親会社の東亜道路工業鰍ィよび蟹WD、そして、水俣市、熊本県に対し以下の項目を心から訴え、環境省に対し適切な指導を要求する。

一、  東亜道路工業梶A蟹WDおよび蟹WD東亜熊本は、公害の原点、水俣における非常識極まりない産業廃棄物最終処分場建設計画を即時永久撤回せよ。

一、  水俣市は、この暴挙とも言える計画に対して、この町の歴史に照らし、市民をごまかさず、阻止に向けてあらゆる行動を実行せよ。

一、  熊本県には、水俣病の拡大、被害の深刻化をもたらした当事者として教訓を活かし、事業者に対し、この産業廃棄物最終処分場建設計画の白紙撤回を求める行政指導をお願いする。

平成18年1月25日                        .
水俣の命と水を守る市民の会    代表 坂本ミサ子
水俣を憂える会             代表 坂本 龍虹
本願の会                代表 浜元 二徳
(賛同人)石牟礼道子(作家)、伊藤比呂美(詩人)、宇井純(沖縄大学名誉教授)、上田麻里(編集者)、永 六輔(ラジオタレント)、岡本 厚(編集者)、嘉田由紀子(社会学者)、上条恒彦(歌手)、鎌田 慧(ルポライター)、栗原 彬(明治大学教授)、桑原史成(写真家)、桜井国俊(沖縄大学学長)、志村ふくみ(染織家)、白川 静(立命館大学名誉教授)、土本典昭(記録映画監督)、土屋恵一郎(明治大学教授)、筑紫哲也(ジャーナリスト)、富樫貞夫(熊本学園大学教授)、中谷健太郎(湯布院亀の井別荘社主)、原田正純(熊本学園大学教授)、平野美和子(ゆふいん文化・記録映像映画祭事務局)、町田 康(作家、パンクロック歌手)、丸山照雄(僧侶、宗教評論家)

≪環境大臣へ要望書≫ ■06/01/25

水俣病の教訓活かし、白紙撤回を求める行政指導を

=3団体・在京支援代表が環境省へ要請=
環境省は産廃と水俣病の
両担当者(左側)が対応。
市民側(右側)はその点は
評価した。
5月1日の慰霊式に大臣は
計画撤回という“手土産”を
もってきて欲しい」と訴えた
緒方さん(右端)
2006年1月25日、産業廃棄物最終処分場計画の白紙撤回を求める地元市民グループの「水俣の命と水を守る市民の会」坂本ミサ子代表、「水俣を憂える会」の坂本龍虹代表、「本願の会」の緒方正人副代表らは環境省を訪ね、小池百合子環境大臣宛に、環境省として熊本県に「水俣病の教訓を活かし、計画の白紙撤回を求める行政指導」をするよう要望した。

この日、環境省側からは産業廃棄物課と特殊疾病対策室の担当者が対応した。代表団は「これまで県や市へ陳情しても産廃担当と水俣病担当が揃って対応してくれたことはなかった」と、環境省側の対応を評価した。

3団体が環境大臣宛に提出した要望書の全文は次の通り。
平成18年1月25日
環境大臣
小池百合子様
水俣の命と水を守る市民の会    代表 坂本ミサ子
水俣を憂える会             代表 坂本 龍虹
本願の会                代表 浜元 二徳
非常識極まりない蟹WD東亜熊本による日本最大規模の          .
     水俣産業廃棄物最終処分場建設計画について要望いたします。

 今年、水俣病公式確認から50年を迎える人類の産業公害の原点である水俣には、海端に150万立方メートルもの水銀汚泥処分場が横たわり、いまだに多くの顕在、潜在の被害者が苦しみ続けています。

 水俣市民は、トラウマとも言うべき水俣病を乗り越え、町を再生させ、誇りを取り戻し、子供たちに希望を持って生きてもらえる礎を作りたいとの一心から徹底した分別ゴミ収集によるリサイクルそして減量化、断絶した地域の絆を取り戻そうとする「もやい直し」等に取り組み、大きな実績を作ってきました。

 その水俣に、環境インフラの整備という大義をかざし、環境アセスメントの手続きが合法的だというだけで、事前協議すら無く産廃処分場計画は推し進められています。上水道・生活用水・農業用水そして水俣湾への地下水の水源涵養地である山頂部に、一方的に水や土、空気を汚染し、生態系を破壊する巨大産業廃棄物最終処分場を建設する事は、水俣の犠牲を冒涜し、水俣市民の努力を足蹴にするもので、人道的にも道義的にも許されないものと考えます。

我々は、広く世界中にこの事を訴え、蟹WD東亜熊本、親会社の東亜道路工業鰍ィよび蟹WD、そして、水俣市、熊本県に対し以下の項目を心から訴え、環境省に対し適切な指導をしていただく事を切に要望いたします。

一、  東亜道路工業梶A蟹WDおよび蟹WD東亜熊本は、公害の原点、水俣における非常識極まりない産業廃棄物最終処分場建設計画を即時撤回し白紙に戻す事。

一、  水俣市は、この暴挙とも言える計画に対して、この町の歴史に照らし、市民と共に、建設阻止に向けてあらゆる行動を実行する事。

一、  熊本県には、水俣病の拡大、被害の深刻化をもたらした当事者として教訓を活かし、事業者に対し、この産業廃棄物最終処分場建設計画の白紙撤回を求める行政指導を行なう事。


≪後日談≫ ■06/02/27


大臣:関与せず/県知事:県は国の代行に過ぎない

=早くもキャッチボール始まる?=

この要望書は確かに大臣に届いたようだ。翌々日の27日、閣議後の会見で記者の市民団体の撤回要望の質問に答えたからだ。しかし、発言の内容は「この件は県知事の許認可事項。最終的には県知事の判断による」と、環境省関知せずの消極姿勢を打ち出した。

これを聞いて、今度は潮谷県知事が同日の地元での月例会見で、「国の法定受託事務であり、県は本来国が果すべき役割を代行しているに過ぎない。環境省が関与しないというのはおかしい」と発言。キャッチボールの様相を呈してきた。

≪原科・東工大教授のコメント≫ ■06/02/06

法的には県の許可事項だが、国のアドバイスも望まれる

=法律上の欠陥も露呈して来たと指摘=
環境アセスメントの第一人者、東京工業大学教授の原科幸彦さんは2006年2月6日、≪環っ波≫の質問に対し―
 「法律的には県の許認可事項だが、環境影響評価法の対象となっているのだから、環境省も専門的な立場から、とくに広域的な見地から適切なアドバイスを望みたいところだ。ただ、一方で県の許認可事項なのだから、水俣病の教訓は十分に分っているはずなので、知事および県は自信を持って判断してほしい。
今回の市長選で「建設絶対阻止」の市長が選ばれたことは、住民の意思が示されたと言える。
いずれにしても、国も県も、この問題には積極的に取り組んでもらいたい。また、この問題で「環境影響評価法の欠陥」という問題も浮かび上がって来たといえる」
―とコメントしてくれた。
≪記者会見≫ ■06/01/25

「県の計画にも入っていないあまりにも理不尽な計画だ」

=3代表・在京支援代表、計画阻止を強く求める=
傲慢で理不尽な計画であることを代表たちはアピ
ールした          =環境省記者クラブで
在京応援団として建設反対・白紙撤回を強調した
土本さん(左) 栗原さん(右)
水俣市民3団体代表は環境省への要請申し入れの後、環境省記者クラブで記者会見。会見には3代表のほか、記録映画監督の土本典昭さん、水俣フォーラム代表の栗原彰さんが在京支援グループを代表して同席した。

会見では、3団体で昨年11月に結成した「水俣に産廃はいらない! 市民連合」の代表も兼ねる「憂える会」の坂本龍虹代表が口火を切り、(1)水俣の地の水源地域で我が国最大規模の産廃・一般廃棄物の最終処理場を計画すること自体傲慢であり、理不尽だ。(2)県の産廃処理施設候補地検討会の答申でさえ、不適地とされ、処分場計画候補地から除外されている。(3)今年は水俣病公式確認50年。半世紀にわたって水俣病患者・家族および市民は多くの受難を被り、いまなお苦難のなかにいる。(4)水俣市議会は全会一致で阻止に向けて全国的支援を得る決議を議決した。(5)熊本県は行政責任を重く受け止め、この計画への対応を望む―などと訴え、水俣市民のこれまでの努力を足蹴にするこの計画の阻止に全力を投入していくとの決意を表明した。

これを受けて土本さん、栗原さんは「この問題は“水俣の問題”ではない。もし、水俣でこの種の計画がOKとなったら、日本中どこでもOKになってしまう。世界に対しても“水俣に産廃処分場が”なんて、恥ずかしくて言えない。座して待つべきではない」と、在京支援者を代表して、熱く語った。
≪水俣市議会の反対決議≫ ■05/12/14

水俣市議会は2005年12月14日、党派を超え全会一致で「産業廃棄物最終処分場建設反対に関する決議」を可決。全国的に建設計画阻止に向けて働きかけていくことを表明した。地方市議会が全会一致でこのような決議をするのは珍しいと注目され、この時点で「中立」を主張し続ける市長とのスタンスの違いが明確になった。

水俣市議会の決議の全文は次の通り。

産業廃棄物最終処分場建設反対に関する決議
 水俣市民は、50年余にわたり産業公害の原点である水俣病で苦しみ、今なお水俣湾埋立地からの水銀ヘドロによる再汚染の可能性を危惧している。

 また、ダイオキシン類を含むヘドロのしゅんせつも緊喫の課題となっている。

 さらに、平成16年10月の関西訴訟最高裁判決により、国、県の責任が新たに確定し、現在水俣病申請者が続出している状況にある。

 このような本市にあって、平成116年3月、環境影響評価方法書の提出で産業廃棄物最終処分場建設問題が浮上してきた。その規模は国内最大級と言われ、水俣市民の水がめに最も影響する長崎・木臼野地域に計画されている。これに対しては、市民のほとんどが反対し、怒りをあらわにしている。

 水俣市議会としては、長い間の苦しみを克服し、心のもやい直しをまちづくりの基本に掲げて環境モデル都市を目指してきた水俣市民が、再び環境汚染により命が脅かされようとしている現状を黙って看過することはできない。

 よって水俣を二度と公害で苦しむまち、暗いまち、過疎化の進まちに逆戻りさせないために、産業廃棄物最終処分場の建設阻止に向け、全国的なレベルでの支援を求めて行動するものである。

1、各議会、各種団体、有識者の方々に対して。

水俣の特殊事情を考慮し、国、熊本県が建設許可をしないよう、また、事業者が計画断念するよう働きかけをお願いする。

2、国、熊本県に対して。

水俣が公害の原点の地であり、また、水俣病事件の贖罪の意味から、事業者に計画断念の強い働きかけをされるようお願いする。

 以上決議する。

平成17年12月14日               水俣市議会

≪親会社へ撤回要求書≫ ■06/01/25

予約なしの来訪に当初は要請文の受け取りも拒否する

=親会社なのに「当社の仕事でない」という認識=
親会社・東亞道路前で
坂本さん(左)と緒方さん

代表団と環境省に集まった在京の支援者約20名は、地下鉄で移動。午後5時ごろ、六本木の東亞道路工業へ移動した。子会社のIWD東亞熊本が進めようとしている“非常識極まりない計画”を親会社としても撤回するよう申し入れるためだ。

常識以前の対応に憮然とする代表者。
右端は支援にかけつけた廃棄物処分場
全国ネットワーク事務局長の大橋さん
      =東京・六本木の東亞道路で
      【久保田好生さん撮影・提供】

しかし、対応した社員は所属も氏名も名乗らず、予約なしで来たことを理由に、当初は社長宛の要望書を受け取る事すら拒否、抗議にひるんだのか今度は「そこに置いていけ」との発言に代わり、支援グループが常識を逸脱した対応に抗議すると、最後は坂本ミサ子代表から渋々受けとるというお粗末さ。支援者の間からは失笑さえ起った。

この間約30分。代表や支援グループは整然と退出した。

東亜道路工業への撤回要求書の全文は次の通り。

平成18年1月25日
東亜道路工業株式会社
取締役社長 柴田親宏殿
水俣の命と水を守る市民の会    代表 坂本ミサ子
水俣を憂える会             代表 坂本 龍虹
本願の会                代表 浜元 二徳
非常識極まりない蟹WD東亜熊本による
日本最大規模の水俣産業廃棄物最終処分場建設計画の撤回を要求する。

 今年、水俣病公式確認から50年を迎える人類の産業公害の原点である水俣には、海端に150万立方メートルもの水銀汚泥処分場が横たわり、いまだに多くの顕在、潜在の被害者が苦しみ続けている。

 水俣市民は、トラウマともいうべき水俣病を乗り越え、町を再生させ、誇りを取り戻し、子供たちに希望を持って生きてもらえる礎を作りたいとの一心から徹底した分別ゴミ収集によるリサイクルそして減量化、断絶した地域の絆を取り戻そうとする「もやい直し」等に取り組み、大きな実績を作ってきた。

 その水俣に、環境インフラの整備という大義をかざし、環境アセスメントの手続きが合法的だというだけで、事前協議すら無く産廃処分場計画は推し進められている。上水道・生活用水・農業用水そして水俣湾への地下水の水源涵養地である山頂部に、一方的に水や土、空気を汚染し、生態系を破壊する巨大産業廃棄物最終処分場を建設する事は、水俣の犠牲を冒涜し、水俣市民の努力を足蹴にするもので、人道的にも道義的にも許されない。

我々は、広く世界中にこの事を訴え、東亜道路工業梶A蟹WDおよび蟹WD東亜熊本は、公害の原点、水俣における非常識極まりない産業廃棄物最終処分場建設計画を即時、永久撤回する事を心から訴える。


≪坂本龍虹代表インタビュー≫ ■06/02/04

水俣病知ってて何ら行動しないのは“不作為による加害者責任”

=市長選は通過点。白紙撤回が最終目的だと見解=
3団体で結成した「水俣に産廃はいらない! 市民連合」の代表を務める坂本龍虹さんに2度にわたって行なったメール・インタビューをまとめた。                                                 【文責:編集部】
―今回、地元の各グループの総意のような形で、産廃最終処分場計画の全面撤回のアピールをお出しになりました。
この真意についてお聞かせ下さい
水俣だけの問題じゃないと強
調する坂本龍虹さん
 坂本 ご承知のとうり、水俣は戦後の日本経済復興の影の部分を一身に引き受けた形で“水俣病”と言う人体実験に晒され、しかも、その原因とされる有機水銀を150万トンも埋め立てた状態になっています。いずれも未解決の状態が続いています。この間、水俣市及び市民は、水俣病の教訓を活かして再生する外に道なしとして、平成4年11月“環境モデル都市宣言”やゴミの22分別等懸命に努力して参りました。そこに、今回の日本最大規模の産業廃棄物最終処分場建設計画です。しかもその建設予定地は水俣市民及び近隣住民(御所の浦、津奈木)の水源地でもあります。
 水俣病発症時、市民は何が何だか理解できないまま、また、複雑な住民感情等もあって、市民挙げての活動とはなり得なかったと思われます(これもまた一つの教訓と思料しますが)。しかし、今回は違います。我々は水俣病の恐ろしさを既に知っている。知っている状態で何らの行動もしないのは“不作為による加害者責任”に値すると思い、身を呈して建設阻止のため努力する覚悟です。
 今回の全面撤回のアピールの真意は、本件を許す事は、“水俣病の教訓”を風化させ、同じ過ちを繰り返す事になるので、水俣市の問題として止めず、全国民、全世界の問題として取り上げてもらいたいというところにあります。
―反対運動は11月5日の東京集会、11月27日の市民連合の結成、12月の市議会の全会一致による反対決議など
の経過をたどり新年を迎えました。市民連合の代表として、この盛り上がりをどのように感じていますか?
 坂本  反対運動の盛り上がりは市長選挙の関係もあって確かな手応えを感じています。しかし、これが一過性であってはならないと思っています。さらに継続性のある盛り上がりにすべく努力したいと思います。
―当面は2月5日の市長選がこの問題の帰趨を制する場の一つになっているように思われますが………。
 坂本  確かに市長選挙の勝敗は問題の帰趨を握るほどの重要なものと理解しています。その自覚を持って全力投入をしている所です。ただ、最終目標はあくまでも計画阻止であり、市長選挙は通過点、しかも大変重要な通過点と捉えています。
―その市長選ですが、公示前日の公開討論会で、現市長は難解な表現で「中立」ではなく、「反対」なんだと、これ
までの態度を翻す発言をしています。正確にはどういうことだったのでしょうか?
 坂本  公開討論会で「私も反対です」と江口氏が言った時は聴衆の皆さんは唖然として、少しどよめきがあり、一部の人は退場しました。これは前提なしで、直「私も反対です」ときたからだと思います。私自身も当初驚きましたが、選挙選に入っての状況判断ではあり得ると思っていましたので、やっぱり!………の感じです。しかし、その効果は五分五分と思っています。むしろ、マイナス面が多いかもしれません………。この辺も水俣市民の良識が問われるところでしょう。
―11月に結成された市民連合は近々役目を終るとの事ですが………。
 坂本  私どもの最終目標は産廃最終処分場計画の阻止ですが、これには、市長の行動が大きく影響することは過去の事例でも明らかですので、市長選に勝利をうることが近々の課題と言うことで、そのための市民総動員する器として作ったのが市民連合です。市長選が2月5日ですので一応2月一杯で幕を引くことにしていますが、同時に拡大発展の方向で、すでに検討に入っています。
―今年前半がこの運動のヤマ場と思われますが、以上のような経過を踏まえ、これからの反対運動をどのように
展開されていくお考えかを含めて、アピールされたいことがありましたらお聞かせ下さい。
 坂本  まずは市長選挙に全力投入、そして、その結果を踏まえて全市民的な反対運動への盛り上げをしたいと思います。そのためにも、全国民、全世界の人々からの応援をお願いしたいと思っています。

≪石牟礼道子さんの叫び≫ ■05/12月
水俣病患者や一般市民の精神的支柱といっても過言でない作家の石牟礼道子さんが季刊『魂うつれ』(本願の会発行/2006年1月・第24号)に「水俣産廃最終処分場問題」について書き下ろしている。今回、代表団が上京した際、別刷りを報道陣など関係先に配布した。転載の許しを得て全文を掲載する。

なお、原文は縦書き。2005年12月に記されている。(原文を見たい方はココをクリックして下さい)


       水俣から生類の邑
を考える

             ーーー産廃最終処分場反対の立場から

                          石牟礼 道子

奉納能の前日、準備状況を見守る石牟礼道子さん(中央)
と緒方正人さん(左)、杉本栄子さん(右)
2004年8月27日、水俣・舞浜で

 まことにぶしつけでございますが、再び水俣から緊急のご報告をさせていただきます。さきの第一信で略述しましたが、産業廃棄物最終処分業者、IWD東亜熊本(小林景子社長)と東亜道路工業東京(柴田親宏社長)が水俣川源流の山林を買いしめ、広大な処分場を造ろうとしています。そこは、水俣市民にとって命の水である水源地です。上流の村々ではその湧水を朝夕直接頂いて来ました。古くから地域住民の湯治場である「湯のつる温泉」もあります。

 ことが判明したのは、昨年三月、最終処分場建設のための環境影響調査の方法書の縦覧が始まったからでした。江口隆一市長はなぜか中立の立場をとり、そのじつ、産廃処分場が来るのは既定の事実であるかのように、「世界最高の技術でやってほしいと約束した」と公言しています。発表する前に、他にも約束したことがあるのでしょう。

 水俣病発生の頃、チッソの科学技術は世界最高水準といわれていました。いたいけな者たちがまず襲われ、赤んぼたち、少年少女はいうに及ばず、働き盛りの大人も長老たちも、宙を掴みながら顔をあげかけ、倒れてゆきました。胎児性の人々は、生まれてこのかた座らない首をもたげようとして、日々挫折をくり返し、その苦悶に満ちた視線の先を見とどけた者はおりません。

 水俣病公式確認から五十年とは、今もうつつに続いている無念の日々をいいます。当地の年月を考えれば、野ざらしにこそなっていませんが、死屍累々です。そんな中で市民はゴミ分別日本一を目指してやって来ました。

 水銀埋立地の処理も完全ではない五十年の歳月。昨年十月の関西訴訟最高裁判決のあと、当初の予想をはるかに上まわる潜在患者が認定を求めて名乗り出、はや三千二百を超えました。

 怨念ただならぬこの現場に、さらに正体不明の産廃ゴミを持って来ようとは。どこから出発してくるかわからない大型ダンプカーが一日二〇〇台から三〇〇台もゆき来する人口三万弱の水俣。街も家々もがたがた「がぶり倒される」と水俣市民や胎児性の人たちが心配しています。ダイオキシンなどの焼却灰で洗濯物は汚れ、茶畑、ミカン園は黒ずみ、近年台所の人気者になったサラダ玉ネギなどの安全性は失われるでしょう。

 なぜ、水俣が引きうけ手のない産廃最終ゴミの「受け皿」にならなければならないのか。飲み水は環境ホルモンやアスベストなどに汚染されるおそれ充分です。天と地の最後のめぐみであった天然の湧水にまで毒を注入するつもりか。湯のつる温泉の裏手の山々をぞっくり刳り抜き、ぞんぶんに投棄されるであろう有毒ゴミ。市民がついていて一台々々検査するわけにはゆきません。心優しい運転手が乗っているかもしれないけれど、怪しいダンプカー。

 いったいどれくらいの致死量が不知火海に流されたのか。いまだに全容が明らかにされていない水銀の非人間性と、使用者たちの犯罪性。水俣病五十年とは、企業と行政の証拠隠滅の期間でもありました。

 最近いとけない少女たちがあやめられる事件が相つぎ、世をあげておどろき、悲憤と哀悼の声が満ち満ちています。当たり前です。

 ところで、何十人、何千人単位でむごい死をとげる社会的事件がありますのに、公害と名がつけられれば、一人一人の死のいきさつは行方不明になり、外側にいる者たちの心は痛まない不思議さ。

 ここに産廃最終処分業に直結している東亜道路工業、柴田親宏社長のことばがあります。水俣の市議団が土地利用と計画地の変更を求めて、要望書をたずさえて行った時のことです。(本年七月二七日)

 

 「水俣病は五十年経っているが、いつまでやってもしょうがない。水俣も新しいことをやったらいいのではないか。これくらいは(産廃場計画に)協力してという意味ではやりますが、撤回せよというのであれば、そのきちんとした納得のいく理由とこれまでの経費に対する弁償分はいただくことになる」

 

 議員団を田舎者とみてふんぞり返っている様子まで伝わる言葉です。

 

 ほんの少しだけ元気な潮もはいって来ている不知火の渚。

香川県豊島の産廃運動住民によって作
られた石地蔵を水俣に安置する式に出席
祈る石牟礼道子さん
=2000年11月4日、水俣・舞浜で

 ざっくざっく採れていたアサリも死にました。ハマグリもマテ貝もサクラ貝も大きな三味線貝も月日貝も宝貝も、巻き貝のたぐいもいなくなりました。隣の有明海でも毒をためこんでいるから食べるなとささやかれています。小川もなくなり、フナもエビもウナギもシジミもいなくなりました。田んぼのタニシもおりません。ゆゆしき事態です。食の安全どころか、種の絶滅がすぐそばに来ています。人間もです。人間がやったのです。

 貝とりは子どもの磯あそびでした。なくなりました。山あそびも川あそびも。

 今の子どもたちの無選択な殺意をどう思われますか。人間環境の激変と、えたいのしれぬ毒物に子どもたちの脳が犯されているのではないか。水俣で起き、今も続出している多様な出来ごとは、これからの日本を予告していないでしょうか。水俣にかろうじて残っている救いは、人の心のやさしさです。

 水俣川の川口に立って考えます。南の高みに矢筈山が見えます。中腹あたりの湯のつる川の源流から川口まで十・五キロ、水俣市街のやや左を突っ切っておだやかな川があります。この川がなんと豊かな恵みを人々にもたらしていたことか。先祖代々、心も体も養ってもらいました。死者たちの形見の声を少しばかり綴ってみます。

 

 沖から見れば、川口の大廻りの塘はうねうね動きよりました。芒の穂の光って。野菊の花々も綴れて。狐の眷属たちの往ったり来たりして。貝採りにゆく時は人も狐も顔なじみで。顔見ればどこの狐かわかりよった。所の顔がございますよな。向う縁の天草狐は長崎系統で鼻筋のすうっとして。猿郷狐は小柄で猫のごたったですよ。鳴き声にも、所の訛のございます。狐同士で後先見て遊び遊びゆきよりました。「今日はどこゆきな」と声かけますと、「はい、よか磯ゆき日和で」と返事しよりましたよ。

 湯のつる狐はひとめでわかりました。ひげの光って威厳のあった。山の神さまの代理もして、祭の神官さんもするそうで。祭といえば、大廻りの塘の薄っ原が広々なぎ倒されている時、ゆうべはあのひとたちの祭じゃったとわかります。狐といわず、「あのひとたち」といいよりました。

 思い出しました。「しゅり神山」はもと「あのひとたち」の山でございました。大廻りの塘の一番先で、今はチッソの山になって、しゅり神さまも「あのひとたち」もおりません。何百匹のものたちが、天草目ざして舟で渡ってゆきましたことか。

 「宇土のすぐり藁」という名の狐もいました。病気の百姓が頼めば、宇土から飛んできて、刈り跡の稲を一と晩に三反分くらい「すぐり」取ってくれていたそうです。宇土は二百キロばかり海の向うです。

 

 地域住民と山や海辺の「あのひとたち」とは、今もゆき来があります。このような「民俗」が失われてしまう日本は、さらにぎすぎすした国にならないか。

 湯のつる温泉の裏山一帯をぞっくり刳り抜き、産廃最終ゴミ(処分場全体の広さ、水銀埋立地の約二倍の九十五万平方メートル、埋立容量、四百万立方メートル)を埋め込むとなると、市民の飲み水を奪い、神秘な「あのひとたち」の棲み家をたたきつぶすことになります。ミナマタは受難のゆえに日本人の原郷となり、残された生類の邑になりました。

 

 森と水を守れという気運が心ある人々の声となってきた今、惨酷な運命に呻吟してきた水俣の、残された命の水までも平然と毒化するおつもりか。IWD東亜熊本と東亜道路工業東京とは、よっぽど冷血で非情なサディストだと思います。

 ご自分もご両親も、さらには村ぐるみ発病している杉本栄子さんは、この五十年間に惨死した死霊たちを、一人残らずよび寄せるとおっしゃって祈っておられます。ゆきどころのないたくさんの霊たちが、どういう気配となって現れてくるか。人の一念というものは案外おそろしいものです。

 「水俣病発生当初、何もしなかった」と自ら名乗る人々が中心になって、産廃最終処分場反対市民連合が発足しました。

 民族の精神性が決定的に失われるこの危機、ゴミを出さないゼロ・ウェイストの方向を探るとともに、再び水俣のゆく末をお考え願いたくペンをとりました。ご支援を切にお願い申しあげます。

        平成十七年十二月
注  水俣病認定申請者数 二万人以上
   水俣病認定患者数  約二三〇〇人
   認定患者死者数   約千六〇〇人

本願の会 :  〒867−0034 水俣市袋42 水俣浮浪雲工房気付
TEL & FAX 0966−63−2980
≪東京の集い≫ ■05/11/05


“反対の外圧”第2弾。東京から反対コール

=現地映画やシンポに約200人が参加=

“とんでもない計画”を阻止するため、地元・水俣から初めて外に出ての集会が2005年11月5日、東京・水道橋の全水道会館で開催された。6月24日に土本典昭さん、宇井純さんらが環境省に押しかけ、産廃最終処分場建設反対を求める声明をアピールしたのが“外圧第1弾”とすれば、「東京の集い」は第2弾といえる。この集会はその後、現地の支援運動に大きな励みとなった(坂本龍虹・市民連合代表)。

写真を中心に紹介する。
【プログラム】
<昼の部 6F 中会議室>
14:15 DVD上映 西山正啓監督「水からの速達」(日の出処分場問題=76分)

15:40 ビデオ上映 
16:19 フリートーク 

「4.27水俣市長交渉記録」=30分
<夜の部 4F 大会議室>
18:00 主催者挨拶 土本典昭
18:15 予告編上映 西山正啓監督「海山の湧水と処分場予定地のドキュメント」 =45分
19:00 講   演 「処分場問題の現状と水俣の課題」 大橋光雄(廃棄物処分場問題全国ネット事務局長)
19:35 現地報告 1>坂本ミサ子(水俣の命と水を守る会代表世話人)
2>中村幸治(同会・水俣市議)
3>坂本龍虹(水俣を憂える会会長)
20:30 メッセージ
     挨   拶
吉井正澄前水俣市長、日吉フミコ・松本勉、新潟患者など
桑原史成

20:40 主催者挨拶
     提   案

宇井純(代読)
「全国の声」発足提案
20:50 連絡・提案 全国署名要請、方法書学習会提案、カンパ報告 旗・寄せ書き贈呈 記念撮影
写真は別ページに記載→クリック    
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