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天草から“レッドカード!”
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 吉崎 和美
上天草市龍ヶ岳町樋島の外平海岸における
「海岸環境整備事業」から見えてきたこと
1、はじめに
 外平(ほかびら)海岸は、天草上島の南東部に存在し、橋でつながった樋島(ひのしま)の北東部にある。そして、不知火海(八代海)の中央部に位置し、現在の有明海・不知火海の内海では、自然の状態で海岸上部まで砂が堆積している海岸は他に存在しない。
この外平海岸一帯は雲仙天草国立公園の第3種特別地域に指定されており、周辺には人家などの人工物が存在せず、海岸は昔の石積みの護岸を除くと自然の環境下にあった。

北側突堤を含めてその先の外平海岸を見る 陸繋島から見た外平海岸方面

外平海岸の現場に立つ宇井純さんと
吉崎和美さん(左) (2003/11/11)
北垣潮さん(左)も現状を説明した
(2003/11/11)
《タマシキゴカイの卵のうと糞塊
体の形がミミズに似た円筒形で、砂泥地にU字型の穴を掘って住んでいる。体長30センチほどになり、砂を飲み込んでその中の有機物等を摂取している。砂はフンとして出されるため、潮が引いた干潟に盛り上がった糞塊として見られる。春から初夏には寒天質状の卵塊干潟上に見る事が出来る。一般にクロムシと呼ばれ、釣りの餌に用いられている。樋島外平の干潟で見られる、足の踏み場もないような群生状態は、国内でも非常に貴重なものと考えられる。
《ニンジンイソギンチャク》
砂の干潟に住むイソギンチャクで、干潟上に10センチほどに触手を伸ばしている姿を見る事が出来る。夜にはよりたくさんの姿を見れる。砂に埋もれている体壁の色がニンジンに似ていることから名前がついた。砂地に触手を広げた姿が美しい。樋島外平の干潟では、タマシキゴカイの間に同じように大群生しており、この干潟の健全さを物語っている。
 2003年の秋に地元からの問題提起により、久しぶりに訪れた外平海岸の変化には驚かざるを得なかった。海岸まで下った道路が開通し、以前に自然海岸調査時に訪れた時と比べて、海岸の砂は減少し養浜のための二本の突堤が作られていた。

 今回、この問題に関わっていく中で、様々な問題点が見えてきたので、未だに各地で行われている公共事業が抱える地域の具体例として、考えてる題材になればとの思いから簡単にまとめてみました。今後の海岸保全の参考になれば幸いです。



2、現在までの経過
  1. 2003年9月、龍ヶ岳町議会で公有水面埋立ての申請が通過する。
  2. 10月に地元から問題提起がある。地元のほとんどが事業について知らなかったとの事。現在、外平海岸には南北に2本の突堤が作られ、北側海岸は一部直立護岸の設置がなされている。
  3. 11月に宇井純先生(沖縄大学名誉教授)が天草へ来られた機会に現場を見て頂き、この現場視察が新聞で報道される。
  4. その後、この工事の入札が一時ストップしたことを聞く。
  5. 龍ヶ岳町の12月議会で北垣潮議員より問題提起される。
  6. 地元からの話で、最近まで二枚貝のバカガイが生息していたとの事から、12月の夜の干潮時に現地に同伴した。バカガイは確認できなかったが、予想に反して、タマシキゴカイやニンジンイソギンチャクなどの生物群が驚くほどの群生状態に生息しているのを確認する。その後も調査を継続。
  7. 2004年2月に地元の「龍ヶ岳の海と食を護る会」が熊本県農地整備課に陳情する。
  8. 3月に天草地域振興局により、補足的に干潟部分の生物調査が行われる。
  9. 3月に樋島地区への説明会が行われ、様々な意見を受けて計画の修正が行われる。よって、一部計画変更が行われる。
  10. 3月31日、天草上島4町(大矢野町、松島町、姫戸町、龍ヶ岳町)が合併して上天草市となる。
  11. 7月までに干潟調査を行い、熊本県レッドリスト記載の生物を19種確認する。よって、遅ればせながら7月25日に天草地域振興局農地整備課に要望書の形で、確認した干潟生物のリストを提出する。



3、樋島外平海岸の現状

  1. 樋島の集落地(西側)からは島の反対側(東側)の海岸にある。外平海岸に面した山の斜面は農地であったが、かなり以前より大部分が放置されてしまっている。
  2. 以前は外平海岸全部が砂浜であったとのことで、様々な貝類などが取れていたと言われている。また、旧護岸を行ってから砂の堆積が減少したとの事。そしてその後、大量の海底砂の採取が行われ、大きく減少してしまったとの事。
    また、数年前まではバカガイやイボキサゴも多く生息していたと聞く。現状のように砂が減少した主な原因は、砂の採取によるものと言われている。
  3. 樋島の北東側に位置する外平海岸に続く南側の上桶川の海岸までの一帯は、干潟部分は現在でも砂に被われている場所が存在する。
  4. この海岸の砂は、沿岸流や潮汐流などにより周辺からもたらされ、堆積したものではないかと考えられる。
  5. 陸繋島(りくけいとう)により干潮時につながる城島とその先に連なる黒島は、共に自然状態にある島で、この海岸一帯のすばらしい自然環境をセットで作り上げている。このような環境は、有明海・不知火海を見渡してもほとんど残されていない。天草地区国立公園の重要な自然環境の一角をなしている。
  6. 現在でも、陸繋島を形作っている転石部分ではアサリが取れている。また、春の大潮時には地元の人々が干潟に出ている姿が見られる。
  7. 砂浜の状況から考えると、以前はウミガメの上陸も見られたのではないかと思われる。



4、「樋島地区環境整備事業の目的」に関する問題点
  1. 1) 事業内容
    @当初の事業内容
    新たに海岸部を埋立て、トイレ・駐車場等の施設を作り、護岸は緩傾斜護岸とし、2本の突堤を設置してその中の海岸上部に養浜を行う計画。
    A変更後の事業内容
    埋立て部分を縮小し、旧護岸の位置から緩傾斜護岸を設置する。トイレ、駐車場等は陸上部分の新たな確保で設置する。また、養浜は砂が流失している北側半分の海岸部だけとする。そして、その下部の干潟部分に生息する生物群へ養浜による砂の影響がないように、区切りとしての構造物を設置する。
  2. 上天草市龍ヶ岳町樋島外平の事業計画地 
    <画像をクリック!
    この事業の目的については、資料の「埋立計画の目的」を読んで頂きたい。
    目的は樋島地区の重要な農地を、台風時の越波等による塩害被害から守ることとなっているが、実態はそれに付随しての地元の要望と言う形での人工海水浴場を作る事が目的となっている。
  3. 事業の目的としている農地は、ほとんどが荒地となっており、地元で農業を再開したいと思っている方はほとんどいないのが実情である。よって、事業を進めるために要望を出させたというのが実情であろう。
  4. 農地跡の塩害被害についても、資料写真から判るように、海岸部はダンチクや樹木で被われており、海岸護岸もごく一部が壊れていただけで、事業として必要な状態にはない。護岸が改修できる年数に達したということによる事業のための公共事業と考えられる。
    現在の外平海岸の状況が塩害被害地と考えるなら、日本の国土を全て大規模な工事により高い護岸で覆わなければならなくなるだろう。
  5. 地元からの海水浴場としての要望は、一部の人による意見であると聞いている。多くの人はアサリも取れる現状の外平海岸を残してほしいと思っているとのことであり、その心の奥には以前のすばらしかった海岸への回復を望んでいる人が多いようだ。



5、塩害防止を目的とした護岸工事の方法についての問題点
  1. 計画されている階段状の緩傾斜護岸方式で海岸部を守るには、護岸の前面に波を防ぐための十分な量の砂が必要となる。この砂がなければ波のエネルギーは減退せずに、階段護岸を駆け上る事となる。また、護岸の後背地には飛砂や波しぶきを防ぐ防風林が必要となり、この3点がセットで効果が期待される工法である。
  2. この外平海岸では現在も海岸漂砂があっていると考えられ、膨大な量の養浜によらなければ緩傾斜護岸による目的を達する事はできない。また、最近の漂砂原因の一つには、設置された2本の突堤が関係しているようだ。
  3. 沿岸漂砂に関する調査はアセスでなされていない。
  4. 現在の直立護岸はごく一部が壊れているだけであり、その修復で済む状況にある。
  5. 現在、海岸部に繁茂するダンチクは、塩害に対する防護の役割を十分に果たしており、今後の海岸防護のための重要な自然の材料として注目されている。しかし、計画通り工事が行われるならダンチクは撤去される事となる。
  6. 現実には、外平海岸では海岸部の一定幅の土地を防護地として買い上げて後背地保全のための緩衝地としての公有地とし、護岸の補修とダンチクの植栽をすることにより防護対策が出来る。この事により、工事費は非常に安くなり、海岸環境もより良い状態で残され、十分な費用対効果を発揮することになる。
  7. 緩傾斜護岸は、海岸環境を最も破壊してきた防護方法であり、この外平海岸に設置されれば、将来的にこの海岸の干潟部分も変化し破壊される可能性が高いと考えられる。
  8. 改正海岸法が平成12年4月に施行され、防護に加えて環境、利用との調和を図ることになったが、環境調査は平成12年3月にまとめられており、影響はないとの考えも成り立つが、その後平成16年3月に計画修正に動いた事実から、その趣旨を取り入れるべきものと考える。また、有明海・八代海(不知火海)の再生に向けて国、県が動き出している現状と相反する事業が推進されていることに、大きな問題と感じずにはおられない。
  9. 護岸の基本は、陸域のスペースを使用して護岸を造るべきであり、潮間帯としての海岸本来の地形を保つ中で行わなければならない。今まで全国の海岸護岸が海域にせり出したり、埋立て方式による海域を犠牲にして造られてきており、沿岸域の生産力の衰退の最も大きな原因となってきている。
    この外平海岸でも、昔の旧護岸も海岸(潮間帯)にせり出して造られているという、基本的な問題を犯している。



6、平成11年度樋島地区海岸整備事業第2号業務委託(海岸環境 第0059−0−202号)報告書 平成12年3月 熊本県天草事務所・アジア航測株式会社 の環境調査資料から見た問題点
  1. 外平海岸部での調査は、粒径調査だけである(資料参照)。
  2. 外平海岸の干潟部分が生物調査の対象になっていない(資料参照)という驚くべき基本を逸脱している。そして、生物調査は干潟部から離れた藻場の部分で行われている。
    よって、危険種としてヤマホトトギス一種だけが記載され、潮流の変化と合わせて「これらのことから、将来、水生生物の生息環境に対する影響は、極めて小さいと考えられる。」と結論づけている。
  3. ベントス調査でspとなっている種が多すぎる。種の同定が不備。
  4. 潮流調査は周辺で行われているが、海岸部は対象となっていない。また、その調査目的は周辺沿岸域による生活雑排水等による影響を考えている。
    地元の人によると、満潮時に海に沈む陸繋島の部分を流れる潮は早くて、海水浴場としては心配だと声である。
  5. 過去に豊かに堆積していた海岸砂の減少の要因、及び砂の由来に関する調査はなされていない。そのため、養浜した砂が安定するのか流失するのかについても考察されていない。



《キヌタアゲマキ》
2枚の貝殻から溢れるばかりである。地元で食用に取られていたが、近年その数を減らしている。貝殻の内面はピンク色で、水管は長く1本になって先で2本となっている。干潟には大きな2つの穴が開いている。水管の先は魚などに襲われると自割する。逃げると深くまで潜り横に逃げるため、素人では取るのが難しい。
キヌタアゲマキの水管の穴
《フジナミガイ》
全国的に非常に減少した殻長10センチほどの二枚貝で、細砂泥に生息している。貝殻は紫色で殻皮を被っており、砂中深く潜ることで知られている。水管は2本に分かれているため、干潟上での2つの穴はキヌタアゲマキと違って離れている。樋島外平では干潟上にいくつも観察されていることから、干潟の下の方にはもっと多く生息している可能性が高い。
太さ1センチ以上もの糞塊を積み上げるワダツミギボシムシ
7、不知火海に残された砂泥地干潟の生物群集の環境から見た問題点
  1. 今回の調査において、「熊本県の保護上重要な野生生物リスト−レッドリストくまもと2004− 平成16年3月 熊本県」に掲載されている底生生物19種も確認された。
    >>樋島外平海岸の砂質干潟部で確認された生物
  2. タマシキゴカイやニンジンイソギンチャクの群生状態やキヌタアゲマキ、フジナミガイ、ワダツミギボシムシの生息は、この海岸が健全な状態に維持されて熊本県内でも非常に重要な残された干潟であることを示している。
  3. 確認した生物種の状況は、レッドリスト掲載種も合わせて多様な状態で生息が見られ、このような構成種が高い密度で多様性に富んで生息している干潟は、熊本県内では他に確認されていない。有明海・不知火海では、残された干潟でも生物種が非常に貧弱な状態になっている。
     天草でも貴重な環境にある本渡干潟は、最近生息数の減少が進んでおり、国内最大の内湾の生息環境が残された羊角湾は、主に泥質干潟の生物相から成り立っており、外平海岸と違う環境である。
  4. このような砂質干潟が残されていた事は、今後の干潟の回復を考えていく中で、環境・生態を研究できるわずかに残された貴重な干潟としても重要である。
  5. 今後の調査において、もっと多様な生物が確認されていくものと思われる。



8、この事業から考えさせられた問題点

  1. 人の意識が変わらなければ、現実の中では重要なポイントをすり抜けて旧態依然とした事務手続きが進められていく現実がある。
  2. 法律・規則などが変わっても、関係する人々の考え方が変化するには、何かのきっかけが必要ではないだろうか。その一つが、意識ある住民による具体的な事例による真剣な問いかけ行動であると考える。
  3. 「環境」という視点が非常に幅広く様々な解釈の中に捉えられており、繰り返しの論議とそれぞれの目的の中での「環境」をしっかりと押さえなければならない。
  4. 干潟環境の重要性が叫ばれて、遅ればせながら干潟の保全や海岸環境について、日本の社会でも大きく変化してきている中に矛盾を感じざるをえない。ましてや、有明海・八代海(不知火海)の保全・回復対策が進められている地元において。
  5. 環境アセスが依然として「形だけの意味のないレベル」にある。先に事業ありきの姿勢が、無意味なアセスを量産している。
  6. アセスを含めて、関係資料の情報公開の姿勢が不足している。どのような資料があるのかも知らされていない住民は、資料の要求さえにも戸惑いを見せている。もっと積極的な資料の公開を行うべきだろう。
  7. 環境アセスは、多様な視点で見ようとする考え方であり、この手法は取るべき基本である。その結果として、より良い結論を導き出せる方法論である。しかるに、行政システムの中でも機能をしているとは言い難い。行政内部の関係課が平等・的確に、それぞれの視点から職務を遂行していくなら、樋島外平のような矛盾に満ちた事業は行われないはずである。旧龍ヶ岳町、熊本県農地整備課、自然保護課、環境政策課、財政課、環境省などの方々の再考を促したい。
  8. これらの事業が、その後に地元に対して不利な遺産となっている現状が続いている。いくつかの利便性を手に入れた代わりに、取り返しがつかない大きな財産を失っている例が余りにも多い。
  9. 「住民の意見」を吸い上げるシステムについても問題が大きい。関係地域住民に絞って考えても、事業の趣旨が伝わるよう理解しやすい形での説明会は行われていない。多くが事業推進の意向に合わせた説明会であり、客観的な立場での利点・問題点を述べ、そのことに住民の客観的な判断を求めるという姿勢がない。いわゆる説明会であり、判断は関係課や議会が行うという考え方である。

美しい樋島の海岸に計画を説明する看板はきれいなものだったが………
 環境を改変する事業では、目的を達成しようとすると相反する問題点が少なからず出てくるはずである。その部分の住民による十分な理解と承諾を得ることにより事業は進められなければならない。住民の個々人にほとんど資料も渡さずに、検討する時間も与えず、映し出された映像で簡単に説明し、良いことばかりを述べる説明会はもう変えるべきであろう。
 また近年、「住民」という意識は広く捉えられており、直接的な狭い範囲の住民ではなく、広い範囲の住民を「住民」として捉え、関心を持つ住民団体の意見も聞くシステムを整備しなければならない。
 またそれに伴う、広報の工夫、公聴会という真剣な論議の場の設定も当然必要となる。
 住民側にとっても、一人一人に意見を求めると皆適切な意見を述べてくれる。しかし、様々なシステムの中ではその適切な意見が出されてこない。無関心な住民も含めて、地域社会の変革も必要と思われる。
 今回、「住民」というキーワードを深く考えさせられる機会となった。


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