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天草から“レッドカード!”
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天草環境会議で示唆受け、海岸保全へ住民立ち上がる
説明会は公聴会になり、出席者から深夜まで活発な意見

【天草から“レッドカード!”】の第3弾は、松本基督さんから寄せられたレポートだ。天草の住民たちが「海岸保全」に向けて動き始めた7月〜8月の動きを中心にドキュメンタリータッチでまとめられている。
                                     【写真はクレジットが入っていないのは松本基督さん提供】



松本基督
熊本県海岸保全基本計画に関する公聴会について

牛深・砂月海水浴場:
「きれいに」整備され、ウミガメの産卵場が消失
牛深・茂串海岸:数少ない自然の砂浜の海水浴場
大河ドラマ「武蔵」の巌流島の決闘のロケ地となった
【はじめに】
 みなさんは近ごろ日本全国どこへ行っても海岸がほとんどすべてコンクリートで固められ、自然海岸がまれにしか見られなくなってしまったと感じていませんか?
 私が住む、周りが有明海・八代海・天草灘で囲まれている天草の島でさえコンクリート護岸が大部分で、しかも「こんなところまで必要なのか」と思うほど大量のテトラポットが置かれて無機質な風景が続いています。


 このような状況を作り出してきた背景には災害からの防護を唯一の目的としてきた海岸法の存在があります。
その海岸法が時代の要請に従って1999年に大改正され、従来の災害防護の一点張りに加えて新たに「環境の整備・保全」と「公衆の海岸の適正な利用」が盛り込まれました。
 「今後の海岸のあり方検討委員会」委員長を務めた成田頼明・横浜国大名誉教授はこれを「在来型の公物管理法の革命的転換」と評しています。
 海岸法に基づいて2000年に海岸保全基本方針が定められ、各都道府県が沿岸ごとに「海岸保全基本計画」を策定することになっています。
 多くの県ではすでにその策定作業が終わっていますが、熊本県では1999年に来襲し、高潮など大きな被害を出した台風18号の影響で作業が遅れたとして、現在策定中です。
  なお、このようなことを私たちが知ったのは本年7月3日(土)に開催された第21回天草環境会議のメイン講師をされた清野聡子さん(東京大学大学院助手)がその講演の中で「海岸保全基本計画は海岸管理に関して今後数十年間は用いられるマスタープランであり、その策定に際して案の作成段階での住民参加の規定も設けられているのでぜひこの好機を逃さず積極的に意見を言って下さい。」と言われたのがきっかけです。
 ほどなく、熊本県が新聞紙上とホームページ上で「熊本県海岸保全基本計画(案)に係る説明会開催のお知らせ」が掲載されました。
 何というグッドタイミング!!
 説明会にはぜひなるべく多くの人たちに参加してもらいたいと私自身思っていましたから、今年は天草・本渡市で開催された第7回有明海・不知火海フォーラムの会場で説明会開催のお知らせのビラを配り、ややくどいとも思えるほど説明して参加を呼びかけました。
上天草市龍ヶ岳町高戸海水浴場
数十年前のようす

=北垣文夫さん撮影
現在の高戸海水浴場:なんと殺風景な…
=北垣潮さん撮影

【「熊本県海岸保全基本計画(案)に係る公聴会(説明会)」天草会場:第1回目】
 熊本県では@7月30日:玉名市、A8月2日:八代市、B8月3日:本渡市の3回が予定されていました。インターネットなどで調べると他県では15〜20回の説明会、公聴会が開催されている所もありましたから、開催回数は非常に少ないといえます。
 @・Aでは参加者が20名前後だったのに対してBでは第7回有明海・不知火海フォーラム会場での呼びかけが効いたのか40数名の参加があり、しかも意見や論議も極めて活発に行われ、19:00〜21:00の予定時間を大幅に超過して23:00過ぎまで続けられました。
 第1回天草会場での主な意見は次の通りです。(詳細は熊本県のホームページから検索で「海岸保全基本計画」と打ち込んでご覧下さい。)

@
  • この説明会の開催趣旨・法的位置付けが不明確。
  • 海岸法では公聴会等となっているがなぜ説明会とするのか、公聴会に変更すべき。
  • 説明会では出された意見の取り扱いが不明。意見の取り扱いを明確にしてほしい。
  • ただ1回の新聞上とホームページ上での通知だけでは情報弱者には十分ではない。
  • 告知期間も短すぎる。意見聴取期間が20日間では短すぎる、最低30日程度にすべき。
A
  • これまでの海岸の事業は必要性を誰が判断し、どのよう施設をつくるか、関係住民がどのように関与できたのか全く分からなかった。経過が分かる形で事業の必要性の判断の制度つくりを基本計画に盛り込んでもらいたい。
  • 事業を進める中でまずい部分が見えてきたら見直すということを制度として基本計画に入れ込むべき
  • 改正海岸法で住民の意見の反映などが記載されているが具体的にどのような形で取り入れていくのかが明確でない。
  • 県の案では防護の項目だけが具体的で環境や利用に関しては言葉いじりだけで目標・方針が見えてこない。言葉では防護・環境・利用の3つを調和させるとあるが、そのようには見えない。
  • 海岸とは陸域と海域の接点。そこをコンクリートでガチガチに固めてきたから海の生産力が低下した。その為に海岸法が改正された。その反省が一言もない。
B
  • 天草は海に囲まれ、海とは切っても切れない地域。だからこれだけの人が集まり、熱心に意見を言っている。
  • さまざまな集会に出ているが、天草の人たちがこれほど饒舌に熱く意見を言うことはまれだ。それほど慣れ親しんできた海岸が変わってしまったことに対する悔しい思いが現れている。
  • 福岡・佐賀・長崎・熊本で砂浜を調査したら自然海岸は6箇所しかない。内3箇所は熊本にあるが、それほど海岸がいじられている。これをそのまま次世代に引き継いでいくのか。たった2・3時間の会議で十分に話し合えるはずがない。ぜひ公聴会を複数回開催し、もっと意見交換の場を作ってほしい。
C
  • 廃止になった国営羊角湾干拓事業に代わる新たな振興策として7haを埋め立て、農村型観光施設を整備する計画が埋め立て面積を5haに縮小し進行中と聞いている。こんなものはむだな事業だ。検討委員会で検討し、廃止にすべきだ。

天草の象徴:崎津教会(日本の渚百選の一つ) 1997年に我が国で初めて事業中止となった
国営羊角湾干拓事業の遺物:排水樋門

【「熊本県海岸保全基本計画(案)に係る公聴会(説明会)」天草会場:第2回目】
第2回目公聴会(天草会場)のようす
=植村振作さん撮影
 8月5日には学識経験者などで構成する第3回目の検討委員会が開かれ、そこで住民の公聴会(説明会)についての報告がなされました。新聞報道では本渡市での公聴会では公聴会(説明会)のあり方や個別の事業に対して要望や不満が相次いで紛糾したことに関して、委員から「基本計画は個別の事業の実施計画ではなく、沿岸全体の総合的管理の方針を示すもので住民に趣旨が伝わっていない」との意見があった、と報じられました。
 趣旨がきちんと伝えられていないのは私たちの意見であり、県が委員にどのような報告をしたのか不信感を抱かずにはいられません。

 私たちの強い要望で説明会は公聴会となり、天草ではさらにもう1回8月11日に開催されました。
 参加者が減り、前回ほど積極的に意見が出されないのではないかと心配しましたが、参加者は前回同様40数名あり、県の提示した計画(案)に対する意見が次々に飛び出して、予定時間を大幅に延長して結局19:00〜23:30まで続けられました。
主な意見は次の通りです。

@
  • 干潟や藻場の減少がなぜ起きたのか、漁獲量の減少、赤潮の増加などの問題がどうしておきたのか、どんな状況なのか、現状認識を共有すべき。県民にももっと知ってもらうべき。これまでそのような情報交換の場がなかった。
  • よかれと思って実施した事業で失敗したことをきちんと反省することが必要。
  • これまで防護一辺倒でやってきたのだから、環境・利用面から見れば反省すべき点・修正すべき箇所は多数あるはず。過去の認識・反省に基づき、今後このように変更するという明確なビジョンがない。
  • 悪しき事業の事例をさかのぼって検証するための情報を出してほしい。
    そのようなところの環境再生・復元を行なっていくのも海岸整備のあり方であるはず。
    それを後押しするような基本計画でなくてはならない。
A
  • 防護・環境・利用が調和した総合的な海岸管理といいながら今度の基本計画策定の担当部署は海岸整備を行ない、生態系をズタズタにしてきたところだけではないか。
    そのような偏った構成で環境の情報などを持っているのか?
  • 環境や利用についても一緒に考えていこうということならば、環境政策課・自然保護課、地域政策課などの部署も担当に入るべきではないか。
  • 環境や利用についても一緒に考えていこうということならば、環境政策課・自然保護課、地域政策課などの部署も担当に入るべきではないか。
  • 会場からの意見や検討委員会の議事録はなるべく早く県民全体に公表すべきだ。
  • 基本計画は沿岸ごとに作成することになっており、有明海などは沿岸4県共同で作成するはず、そのようなことも説明すべきだ。
  • 我々の質問や意見の取り扱いが不明。出された意見の取り扱いを明確にしてほしい。
  • 県の検討委員会のメンバーは同じような顔ぶればかりだ。選定方法がはっきりしない。県の提案に賛成ばかりする人たちでは県民が不幸だ。公募委員などの制度も設ける必要がある。
  • 基本計画策定後も継続して議論・情報交換の場を設定してほしい。
  • 検討委員も室内の会議だけでなく、現場に出てくるべきだ。天草にきて現場を見て、その後検討委員会を開催することをぜひ検討してほしい。
  • 独自に調査を行ない、生物に非常に詳しい人がいる。そのような人を検討委員会委員、それが無理ならその下にワーキンググループを設けてそのメンバーに入れてほしい。
B (パワーポイントの写真を用いて説明)
  • 河浦町・小高浜海水浴場の例。緩傾斜護岸だけを施した最悪の事例。緩傾斜護岸は砂浜と防護のための植林がセットでなされないと意味がない。ここは金をかけて整備して防災上からも景観上からも海水浴場としてもマイナスだ。(すべって数人がけがをした。人々は今では何もしていない隣の海岸で泳いでいる。嵐の時の波しぶきがかえってひどくなった。)
  • 龍ヶ岳町・樋島外平海岸の例。この素晴らしい砂浜を埋め立てて緩傾斜護岸を整備
    する計画がある。背後の農地保全を目的とした事業だが、肝心の農地は耕作放棄地だ。町が要請している海水浴場は本来の目的ではない。
    農地を守るためなら海に張り出す計画ではなく陸側に構築物を作るべき。緩傾斜護岸は海に張り出すから問題で、海岸本来の傾斜が狂わされて海が犠牲になる。
    独自調査の結果、絶滅危惧種が19種も出てきてしかも非常に数も多く、生態系が健全に保たれている。 このような自然の砂浜は内海には他にどこにも残されていない。
     このような貴重な場所はいじり回すよりもそのまま残して活用した方がすべての面でプラスになる。
     海岸保全施設においてもともと自然にある素材(ダンチクなど)を手段として組み入れてほしい。
  • 天草町・白鶴浜の例。
    突堤を作り、緩傾斜護岸を整備し、前面に砂を入れたが植林がなされていないため越波がひどく防災上問題だ。人工的に砂を入れたところには生き物はほとんどいない、人工の砂は死んでいる。ウミガメの産卵場がなくなり、海水浴場としても大きなマイナス。今後原状復帰のための事業を行なわないといけない。
C
  • 県の説明では龍ヶ岳町・樋島外平海岸に予定されている海水浴場には緩傾斜護岸が防護・環境・利用を総合的に見てベストだということだが、検討委員会の委員長である滝川清熊本大学教授は「自分からは言えないが、緩傾斜護岸が海には一番良くない」と言っていた。
    緩傾斜護岸を造ってしまった天草の海水浴場はすべて寂れている。人々は天草に天然の砂浜を求めてくるのだと思う。
    町のトップが推進だが、ほとんどの住民は反対だ。
    建設業者の意見だけではなく、関係住民の声を聞いてほしい。

 などとても書ききれないほどの沢山の意見が続出し、天草の住民の方々がいかにこれまでの海岸行政に対して大きな不満を持ち、何とかこの度の基本計画策定を機会に住民が親しんできた渚を説明もなしに消失させ、生態系を破壊し、コンクリートで固めてきたこれまでの状況の改善を望んでいるかが浮き彫りになりました。
 現在、県は関係市町村などからの意見をまとめているところとのことです。

河浦町小高浜海水浴場:最悪の事例 龍ヶ岳町・樋島外平海岸
絶滅危惧種の宝庫
コンクリートで覆い尽くされた
現在の天草町・白鶴浜海水浴場
昭和初期の白鶴浜海水浴場
=松本教史さん提供
熊本県海岸保全基本計画策定までの流れ
=植村振作さん撮影
【今後の動き】
 今後の計画策定までの流れを県作成のフローチャートで見ると、これまでの検討委員会、関係住民、関係市町村からの意見をまとめて庁内調整を行ない、素案を修正した計画(案)を提示。それに対する県民からの意見を県政パブリック・コメント手続きに基づいて募り、庁内調整を図った上で知事決定により策定する、ことになりそうです。
 コンクリートだらけになってしまった天草の海岸を少しでも私たちが親しんできた「浜」に戻すために、まだまだ気が抜けません。


【海岸保全に向けて動き出した天草の住民たち】
 さて、私たちが海岸保全基本計画策定のための2回の公聴会に参加して学んだことは何だったのでしょうか?
 単に言葉遊びではなく、本当の意味で防護・環境・利用の調和がとれた生き生きとした海岸が甦るようなよりよい基本計画つくりを願って大いに意見を出し、議論を戦わせただけではありません。
 着工後の国営干拓事業として我が国で初めて中止となり奇跡的に残った羊角湾の干潟が再び埋め立てられようとしていることを知り、地域住民が計画を廃止に追いやり、かつての羊角湾の原状復帰を目指して動き出しました。
 上天草市龍ヶ岳町の樋島外平海岸では、内海ではほとんど残っていないといわれる自然の砂浜をつぶして緩傾斜護岸の海水浴場を整備する計画を見直させて砂浜を残すために何とかしようという機運が盛り上がってきました。
 羊角湾は泥干潟の生物多様性では国内でもトップクラスと評され、外平海岸は砂干潟として極めて健全な状態を保っています。どちらも「むだな公共事業」のために決して失ってはならない天草の財産です。
 私たちを勇気付けているのは改正海岸法に基づく基本方針の中で「喪失した自然の復元や景観の保全を含め、自然と共生する海岸環境の保全と整備を図る」ことや「計画策定・実施段階での地域住民の参画と情報公開」などが謳われていることです。
 このように公聴会参加によって、住民自ら地域の環境保全に向けてアクションを起こしました。
 あなた方の身の回りにも慣れ親しんできた自然を破壊するような計画がないですか?関連する法律の条文を少しでも知れば、その計画を阻止または見直させて自然を守ることができるかも知れません。
もしかしてそれが子供や孫に残すべき最も大事なものではないでしょうか。

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