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病院通い
 

[病院の消毒のにおい]
 仙台にいたときに通っていた皮膚科は、とても消毒臭の強いところでした。待合室で待っていると、だんだんぐあいが悪くなってきます。だるくて、体の力が抜けたようになり、思考力の低下と、気の遠くなる感じが起きました。CSが重症化する前は、それでも何とか通い続けていました。

 2001年に化学物質過敏症が悪化してからは、とても待合室で待っていられなくなりました。それでも、定期的に通わなければならなかったので、夫の助けを借りることにしました。夫は、仕事が休みの日に、私と一緒に皮膚科まで行ってくれました。私は待合室にいるとぐあい悪くなるので、外で待ち、代わりに夫が中で待ちました。私はときどき中の様子をうかがっています。順番が来て名前が呼ばれると、夫が外に合図してくれるので、私は中に入っていって受診しました。このような方法で診察を受けることができました。(協力してくれた夫にはとても感謝しています。)

 この皮膚科は、いつもとても混んでいました。2時間くらい待つのは当たり前でした。夏の暑い日や冬の寒い日に、外で待っているのはつらかったです。

 1999年頃からすでに、その病院の消毒剤の有害性に気づいていました。この頃はまだ、自分で待合室で待っていられたのですが、診察が終わる頃には、いつもぐったりしていました。家に帰ってすぐに着替え、シャワーをあびるようにしていました。

[どうしても通えない]
 2001年1月に、帯状疱疹(ヘルペス)にかかったときは、毎日この皮膚科に通わなければなりませんでした。私はヘルペスで熱が出ている上に、抗ウィルス剤を飲んでぐあい悪くなり、体を動かすのがつらくなりました。2日続けて皮膚科に通った後、3日目はどうしても体が動かず、病院に行くことができませんでした。無理して行ったとしても、帰ってきた後の着替え・シャワーができるかどうか自信がありませんでした。

 それで、家で寝ていたら、病院から電話がかかってきました。ぐあいが悪いということを話しましたが、無理をしてでも病院に来るように言われました。それでも、どうしても行けませんでした。2週間くらい安静にしていたら、ヘルペスは治っていきました。

[医療を受けられない問題]
 その後、この病院を受診したときに、再び「きちんと通わないとダメだよ」と言われました。このときは、このような強い姿勢が疑問だったのですが、それから4年後に、ようやくその理由がわかりました。2005年にペインクリニック(痛みを取る医療)の本を読んでいて、「ヘルペス後神経痛」についての記述を見つけました。ヘルペスにかかった人の中には、後遺症で神経痛が出る人がいるらしいのです。

 この痛みは難治性のもので、一生続きます。そして、その痛みがとても強いので、そのため人生の質が変わってしまうほどだと書いてありました。ヘルペスにかかったときに、しっかり治療をして、きちんと治してしまわないと、この神経痛が出やすくなるのだそうです。それを読んで、4年前、どうしてあれだけ強い口調で通院を促されたのかがよくわかりました。あの先生は、私のためを思って言ってくれたのです。私はその重要性がわからなくて、病院にも行かなかったし、薬を飲むのもやめてしまいました。後遺症が残らずにすんで本当によかったです。このときは、たまたまよい結果に終わりましたが、場合によってはもっと深刻な事態になる可能性もあったということです。必要な医療を受けられないということは、とても大きな問題だと思いました。

 札幌に越してきてから通っている皮膚科は、仙台の皮膚科とは対照的に、消毒臭のとても少ない医院です。体の負担が少なくて、とても助かっています。

注意:ヘルペスにかかるということは、かなり体力が弱っていた証拠です。私は2000年9月に顎関節症になり、顎の痛みのため、まともな食事を取れなくなってしまいました。しかし、活動量は落とさなかったので、どんどん体力が低下していったようです。2001年1月にヘルペスが治ったあとも、同様の生活を送り、2001年5月に、電磁波過敏症の発症・CSの劇的な悪化を体験することになります。

 このように、CSの悪化には、前兆となる出来事がありました。あのとき、体のサインを見逃していなければ・・・という思いが、今でもあります。栄養をとること、体力をつけることは、CSの発症・悪化を防ぐために有効な手段であると思います。

 2003年春に新しい食事法を始め、食事を大量にとるようになってから、CSはどんどん回復しました(→第3章「過敏性を下げる」参照)。このときも顎関節症は治っていなかったので、食品をいちいちすり鉢ですったり、ハサミで刻んだりして、とにかく食べられるだけ食べるようにしました。体力が弱ってくると、食欲が落ちてしまい、食べることが億劫になってしまうものですが、そこを工夫して積極的に食べるようにすると、よい循環に乗ってきます。

 以上が、私の体験から得られた教訓です。

(2005.10.20)

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