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                                (化学物質過敏症 スモール・データ・バンク)

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化学物質過敏症の患者として生活していく上で直面する個々の問題について、私個人の体験を書いていくコーナーです。

アイロン 家探し 印刷物 塩化ビニール 園芸    
換気 カビ(対策) 結婚式 公共 交通機関 抗菌製品  
  ゴーグル 香水 ゴム製品        
自動車 消毒用アルコール 食品 シロアリ駆除 新築建物 掃除機 寒さ対策
  生理用品            
タバコの煙 暖房 調理 灯油 トイレのリフォーム  
農 薬 農薬の空中散布          
排気ガス バス 飛行機 病院通い ペンキ 防虫剤  
マスク まな板 目の症状      
預金通帳 床下換気扇          
リフォーム レンタカー          
             

 

 

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                     アイロン 
 [アイロンが使えなくなった経緯]
 アイロンがけは私の好きな家事でしたが、2001年にCS症状が悪化してからはできなくなってしまいました。2001年の5月頃から水道水に反応するようになり、水道水に接すると激しい目の痛みを感じるようになりました。それとほぼ同時に、アイロンがけをしている時も目の痛みを感じるようになってきました。原因は洗濯物に水道水の成分が残留しているらしいこと、アイロンのスチーム機能を使ったことでした。洗濯物に ついている水道水の成分がアイロンの熱で揮発して、激しい刺激臭を発しました。また、スチーム機能を使う時はタンクに入れた水道水が蒸発して、これもものすごい刺激でした。アイロンがけした洗濯物も、アイロン台も、作業をしていた私の服や髪も、すべてが強い刺激臭を発するようになってしまいました。 このとき以来、アイロンがけはほとんどしていません。

 それまで使っていたアイロンは汚染されていて使えそうにないので、新しいアイロンを買いましたが、新品のにおいがあってぐあい悪くなってしまいました。この頃(2001年)からテフロン加工のフライパンにも強い目の痛みを感じるようになっていたので、アイロンのフッ素樹脂加工が原因なのかと推測しました。困っていたら、義母が長年愛用している古いアイロンを譲ってくれました。30年くらい使っているものです(アイロン面はクロムメッキ)。電源を入れて加熱してみたら刺激がなくて使えそうでした。それで、義母には新品のフッ素樹脂加工のものを使ってもらうことにしました。ありがたかったです ・・・(涙)。

 [現在の状況] 
アイロンは熱を発するものなので、普段耐えられる衣類でも、アイロンがけによって染料や生地加工材などの化学成分が揮発することがあります。だから現在でも私はめったにアイロンがけはしません。する時は30年もののアイロンを使って、アイロン台の代わりにバスタオルを使っています。アイロン台は 、以前のものは汚染されて使えないので、新しいものを探してみたのですが、私が使えそうなものは見つかりませんでした。店頭でにおいを嗅いでみてよさそうでも、熱をかけてみるとどうなるかわからないので判断しにくいです。いずれ自作してみようかと思っていますが、現在はまだ過敏性が高いので保留にしています。

 私は比較的安全な布を買ってきて帽子やスカートを手作りすることがあるのですが、裁縫のときにアイロンを使いません。ミシンの機械油のにおいや電磁波(と思われるもの)でフラフラになるので 、この上アイロンの負担も重なるととても作業できません。それで、折り目をつける時には爪を使ってつけるようにしています。綿であればけっこううまくいきます。ナイロン・キュプラなどはいくら折っても折り目がつかないので、かなり苦労します。

(2005.1.9)

家探し 私は1999年2月、結婚を機にアパートに引っ越しました。しかし、そのアパートはシックハウスで、私は住むことができませんでした。結局、たった3日住んだだけで、引き払うことになりました。(→詳しい経過は、スモール・データ・バンク「リフォーム」に書きました。) その後も住むところを求めて、家さがしをする日々が続きました。

 CS患者が住居を探すときには、様々な困難に突き当たります。私の体験を書くことで、他の方々が家さがしするときの参考になれば、と思います。

 [天然素材の家なら安全?]
 アパートを解約して引き払った私は、CSについて根本的に調べてみることにしました。夫と住むための新居を探さなければなりませんでしたが、どのような住居なら大丈夫で、どのような住居だとダメなのか、ということが全然わからなかったからです。

 図書館で「シックハウス」「化学物質過敏症」についての本を何冊か読んでみました。今でこそ多くの出版物が出ていますが、当時は関連本は数冊しかありませんでした。医療も建築業界も、対策はまだ始まったばかり・・・という感じでした。当時の情報で主流を占めていたのは、
「合成化学物質を使った家に住むと発病する。天然素材を使った家なら安全である。」
という考えでした。シックハウスをすでに建ててしまった場合でも、天然素材でリフォームすれば大丈夫という考えでした。知り合いに相談してみたら、何人かは「ローンを組んで自然素材の家を建てなよ。」とアドバイスしてくれました。

 [モデルハウス見学]
 他によい情報もなかったので、賃貸物件を探しつつ、家を建てる方向でも動いてみることにしました。まず、一般の住宅メーカーの「シックハウス対策住宅」のモデルハウスを一軒見に行きました。そのモデルハウスは、壁が珪藻土で床下に炭が敷いてありました。しかし畳は普通の防虫紙つきのものだし、合板を使った部分も多数あり、ピンポイントの対策という感じがしました。私は畳のにおいでフラフラになり、すっかりぐあい悪くなってしまいました。

 次に、材料や工法にこだわった本格的な自然住宅のモデルハウスに行きました。昔ながらの工法で建てられた木造住宅で、床や天井は天然木無垢材、壁は漆喰で作られていました。そのモデルハウスの玄関に入ったとたん、木のにおいが鼻につき、何だかぐあい悪くなってきてしまいました。頭が痛くてフラフラします。それでも何とか営業マンにいろいろ質問して、内容をよく把握しようと努めました。そのモデルハウスでは、システムキッチンは一般の材料を使っているということでした。吊り戸棚の扉を開けると、中は溶剤のにおいが強くしていました。お風呂場は檜の無垢材を使ったものなのですが、湿度が高くカビが生えやすい場所なので、防腐塗料を塗っているということです。檜のにおい自体も強いですが、防腐塗料のにおいもしていました。ウッドデッキなどに塗ってある塗料のにおいです。キッチンとお風呂場がぐあい悪いのは仕方ないにしても、他の部屋はどうなのでしょうか?

 リビングでも寝室でも、私は何ともいえない怠さを感じました。それらの部屋は天然素材しか使っていないにもかかわらずです。キッチンやお風呂場の有害物質が家中に漂っているせいなのでしょうか? それとも、天然素材にも反応しているのでしょうか? よくわかりませんでした。

 [こだわりのお宅拝見]
 この住宅メーカーで家を建てた人が自宅を見せてくれるというので、住宅メーカーの営業マンに連れられて訪ねていきました。その方は、かつては東京で暮らしていたのですが、子供がひどい喘息だったので、仙台に転勤を願い出て引っ越してきたということです。仙台に新しく建てた家にとても満足していると言っていました。子供の喘息は、引っ越してからとてもよくなったということです。

 その家に入ってみて、私はまたモデルハウスと同じぐあい悪さを感じました。そのお宅は、収納部分に合板を使ったというので、そのせいなのかな? とも思いました。とにかく調子がよくないので、何千万円もかけて家を建てるのはリスクが高いのではないかと思いました。そのお宅の方のようによい結果が出ればよいのですが、もしそうでない場合は大変なことになります。

 [天然素材の病院]
 次に、アレルギー医が天然素材の医院を建てたというので、診察を受けにいきました。その医院は隅々までとことんこだわった作りで、収納や建具もすべて天然素材で大工さんが作ったのだそうです。壁・天井・床は杉材、壁の一部は漆喰、暖房はマキストーブです。木のぬくもりのある、本当にすてきな医院でした。しかし、私はここでもまたぐあいが悪くなってしまったのです。院内に杉材のにおいが充満しており、鼻やのどがヒリヒリ痛くなり、息苦しくなります。重苦しい頭痛がして、視野が狭く暗くなります。思考力が落ちてしまうので、診察の度に伝えたいことを紙に書いていきました。その場ではとても思い出せないからです。 この体験から、私は天然木に反応する体質なのかな、と思いはじめました。

 初診の時は春だったのでストーブは焚いていませんでしたが、冬になってマキストーブを炊き始めると、さらに刺激を感じました。燃やしている木や紙のにおいで? あるいはストーブの塗料のにおいで? 煙突から漏れ出る排気・煤のにおいで? 原因はよくわかりませんでしたが、強い刺激を感じました。後にホームセンターでマキストーブを見てみましたが、内部に錆止め(?)の塗料が塗ってあり、その刺激はとても強かったです。これだけこだわって建てた自然住宅でぐあいが悪くなってしまうってどういうことなのだろう・・・? と私は悩みました。 当時は天然素材であれば大丈夫なはず、という思いが強かったからです。

 [木材の干し場を見る]
 1999年10月、隣県で自然住宅の展示会があるというので、夫と二人で出かけることにしました。駅前からマイクロバスで隣県まで案内してくれるという企画でしたが、私はバスに乗るとぐあいが悪くなりそうだったので、自家用車で行きました。モデルハウスは、床・天井は 天然木無垢材、壁は漆喰でした。ここでも私はこれまで見てきた自然住宅のモデルハウスと同じようなぐあい悪さを感じました。粘膜への刺激、頭痛、視覚の変化、思考低下。

 この見学会の目玉は、材木を干している現場も見学できるという企画です。 材木のにおいを嗅いでみれば、自然住宅による反応が天然木によるものなのか、それ以外のものによるものなのかはっきりわかると思い、参加しました。山間の広い敷地に大きなテントが張ってあり、その中に木材がたくさん積み上げられて干してありました。数ヶ月干して木材をよく乾燥させてから建材として用いるのだそうです。私はこの木材置き場でもぐあいが悪くなってしまいました。テントを出たり入ったりして、反応を確かめたのですが、外気よりテントの中の方が明らかにぐあい悪かったです。木のにおいがツーンとしていました。(テントの布と材木をよく嗅いで、テントによる反応なのか、材木による反応なのかを確認しました。材木による反応でした。)

 この経験から、私は天然木が体に合わないのだと結論づけるしかありませんでした。当時「天然木でCS患者がぐあい悪くなる」という記述は、どの資料にも見あたらなかったので、動揺しました。しかしダメなものはダメです。仕方がありませんでした。

 [自然住宅より中古住宅の方が楽]
 その頃、モデルハウス巡りと平行して、賃貸物件をあちこち見て回っていましたが、古い中古住宅の方が自然住宅よりずっと体が楽だと感じていました。それに、シロアリの問題もあります。当時「床下の毒物シロアリ防除剤」*1という本を読んだのですが、この本の中の一例が私の目にとまりました。自分の家ではシロアリ駆除をしないのに、隣家で薬剤散布をしてぐあい悪くなった、という話でした。私も過敏性が高いので同じ事態にならないとも限りません(→スモール・データ・バンク「シロアリ駆除」参照) 。家を建てて定住するとなると、このようなことが起きたときに困ります。そのためにも、いざとなったらすぐに引っ越しできる賃貸住宅の方がよいのではないか・・・と考えるようになりました。

 [賃貸物件を見て歩く]
 賃貸アパート・住宅は本当に数多く見ました。紹介してもらったのは100件くらい、室内を見たのは40件くらいだったと思います。あちこちの不動産会社に事情を話し、次々紹介してもらいました。「リフォーム」の項で書いたように、次の条件で紹介してもらいました。
「前住人が退去後、リフォーム・ハウスクリーニングをしていないもの」
これに、さらに木造・築10年以上・南向き(カビ対策のため)という条件を加えました。はじめは夫の仕事の都合から、仙台市の東の方で探していました。しかしこの地域は工場がたくさんあり、街全体の空気がよくなかったので、あとからは仙台市全域で探すことにしました。何件も見て回ったのですが、「これは大丈夫」というようなところは一軒もありませんでした。それぞれにどこかしら難があります。

 室内では・・・合板のにおい、畳の防虫紙、塩ビ壁紙、タバコのにおい、カビなど

以上のようなものが気になりました。いくつも物件を見ていくうちに、頭の中に有害物質濃度のスケールができあがってきました。「今見ている物件は、今まで見た中ではこの辺の有害度に当たる」ということが解るようになってきました。かなり数をこなしていくと、木造築10年以上の建物であれば、室内はそこそこ耐えられるということがわかるようになってきました。しかし、木造住宅は床下にシロアリ駆除剤をまくらしく、1階は薬剤のにおいがします。物件によって濃度はかなり違っていましたが、最も濃度の低い家でも、長時間暮らすとなると、どうなるのか心配でした。集合住宅の2階以上に暮らせば大丈夫かもしれないと思いましたが、集合住宅は他の入居者が使用する化学物質が問題になります。たとえば隣家で 「バルサン」をたかれた場合、耐えられるかどうか、とても心配でした。しかし、一戸建てだとシロアリの問題がある・・・なかなか解決できない問題を抱えていました。

 [外気の問題]
 賃貸住宅は外の空気が問題になる場合もあります。私が物件を探していて問題となったのは次のような項目です。

 外気の状況・・・
隣家に古タイヤを積んでいる
隣がガソリンスタンド・クリーニング店・美容室
家の前の側溝(どぶ? のにおい、側溝に消毒剤を入れる場合がありそう)
線路が近い(除草剤)
田畑が近い
住宅地はシロアリ駆除剤のにおい(あちこちで)
その他特定できない刺激物

 そういった様々な有害物を何とかすり抜けて、条件のよいところを探さなければなりませんでした。

 細かい問題はいろいろあったのですが、大きな問題は次の2点です。

○外気の有害性・・・室内より室外の方が有害である物件が多かった。これでは換気ができない。

○シロアリ駆除剤・・・古い住宅でも木造のものは約5年に1回ずつシロアリ駆除剤をまく。

 [鉄筋コンクリートはどうか]
 「木造」−「シロアリ駆除」の問題をクリアするために、鉄筋コンクリートの古い賃貸マンションを探したこともあります。カビが心配だったので、風通しのよさそうな高層階を探しました。鉄筋コンクリートの建物は、10年経過したものでも、同じ築年数の木造住宅より建材のにおいが強かったです。そして木造にはない独特のにおいがしました(コンクリートのにおい?) 。なんだか寒い感じもしました。マンションは15年以上経過したものという条件で探しました。

 2000年9月と12月に賃貸マンションを契約しましたが、結局住めませんでした。両方とも外気が原因でした。

 1軒目は8月に下見に行った時は、外気は問題なかったのです。しかし、契約後9月にいったら、外気がとても強い刺激を帯びていました。この時はマンションに行くたびショック症状のような物を起こしていたので、怖かったです。半径1kmくらいに渡って刺激が広がっていました。今でも原因はわかりません。

 2軒目は、日曜日に下見をしたときには、外気は問題ありませんでした。室内は少し問題があったのですが、何とかなるかもしれないと思い、契約しました。しかし、平日は、隣のビル(新築)の換気口から有害な空気が大量に排出されていたのです。その排気が部屋の中に入ってくるので、刺激が強くて窓が開けられません。土日になると、その刺激はやみます。年末年始の5日間は隣のビルが休業だったので、本当に空気がきれいになりました。しかし、1月4日からは もとの刺激に戻ってしまいました。隣のビルに行ってみましたが、かなり新しい建物らしく、室内は強い刺激臭がしていました。

 [下見でどこまでわかるか]
 2軒ともダメだったので、精神的にも経済的にもかなり大きなダメージを受けました。住居探しはとても難しいです。賃貸住宅を下見する時は、じっくり見たとしてもせいぜい30分くらいの時間であり、実際に暮らしてみるのとは全く違います。「量・距離・時間」の法則 (→第1章〔3〕−a )でいうと、「時間」が圧倒的に短いのです。

 この問題をクリアしようと奮闘している方もいます。「化学物質過敏症になった歯科医たち」(CS支援センターブックレット)に出てくる事例です。家を探す時に、不動産屋に「あらかじめ一週間住んでみてから契約するかどうか決めさせて欲しい」と交渉するのだそうです。しかし、居住権や火災保険の問題などからなかなか承諾してもらえない、ということです。

 CS患者は、日用品から高額の商品まで、「買ったのに有害で使えなかった」という経験があるでしょう。できるだけ出費は抑えたいのですが、そうもいかないことがあります。特に住宅関連の費用は大きいので、1つの不具合が大きな損失になってしまうのです。その最たるものが「シックハウス(マイホーム)」です。

 この賃貸マンションの件で意気消沈した私は、少しの間住居探しを休むことにしました。そうしているうちに、2001年5月にCSが急激に悪化してしまい、とても家探しをしていられるような状況ではなくなってしまいました。

 この話は第5章〔3〕へ続きます。

  *1 「床下の毒物 シロアリ防除剤」植村振作/著 三省堂/刊

(2005.5.24)

 

印刷物  本や雑誌や新聞などの印刷物は、紙やインクの匂いがCS症状を起こさせます。私は農薬に対する反応がとても強く、それに比べれば印刷物に対する反応は軽い方です。
 
 [これまでの印刷物との関わり]
 重症化する前(〜2001年)は、それほど反応しなかったので、割と自由に印刷物に接することができました。紙やインクのにおいもそれほど気になりませんでした。むしろ図書館の本は、カビやホコリの影響の方が大きかったです。 カビくさい本で、よく目が痒くなったり、息苦しくなっていました。(これはアレルギー反応です。) この頃は、白黒の印刷物はほとんど平気でしたが、カラー印刷物の新しいものは、インクの匂いがツーンとして、頭が痛くなりました。特にビニール袋の封筒に入っている通販カタログなどは、頭痛が強かったです。これは 、誰か他の人に一回読んでもらうと、すべてのページが一度空気にさらされるので、においは少し薄くなります。しかし、先に読んでもらう人がいない場合は、なるべく顔を離して、風上に座ってみるようにしていました。1回 でも目を通してしまえば、においがとんで、2回目からはかなり楽になります。印刷物に対する過敏性がそれほど高くなかったので、こういった方法で読めるようになっていました。もっと過敏性が高い場合は、ビニールに入れて読むとか、専用の箱をつくるとか工夫しなければなりません。 一般に、新品のものは化学物質の濃度が高く、時間がたつにつれて減少してきます。新しいものより使い古したものの方が、有害性は下がります。しかし、封入して読む方法だと、いくら読んでも外気に曝されることがないので、 においが減ることがないのです。重症度に合わせて方法を選択するべきです。重症化する前までは、私は封入しない方法を選んでいました。

 [症状の季節差]
 この頃、文章を読むときに、行をうまく追えないとか、視線がガクガク揺れて読みにくいという症状が起きていました。これは、私の場合、印刷物から揮発する化学物質による症状というよりは、 もともと神経が不調になっているためだったようです。夏になると、農薬に接触する機会が増え、長期間、常に神経がやられたような状態になります。 冬には読める本が、夏になると読みにくくなることが多かったです。読みにくいのは本の化学物質だけが原因なのではなく、農薬の影響を大きく受けていたようです。

 新聞は本にくらべて読みやすいものでしたが、季節によって読みやすさに変化がありました。冬は割と楽に読めるのですが、夏は読みにくかったです。これは原因が2つ考えられます。
(1) 冬は夏に比べて、環境中の農薬の量が少ないので、体調がよくなり、新聞を読めるようになった。
(2) 冬の新聞は、夏の新聞よりも刺激が少ない。夏の新聞は製造段階で農薬の成分が付着している可能性がある。(例えば、印刷工場が農地の近くにあるなど。)
どちらが原因かはわからないのですが、季節差は大きかったです。

 [図書館の本]
 逆説的なのですが、私は新刊書より、図書館の本の方がずっと有害性が高いと感じていました。図書館の本の方が年数がたっている分、インクや紙の化学物質は揮発して減少しているはずです。しかし、それにもかかわらず、図書館の本より新刊書の方が読みやすかったのです。私は新刊のインクや紙のにおいにはかなり耐性があります。一方、図書館の本はそれまで読んだ人の生活環境の匂いが本に染みついてしまっています。香水を つけている人が読んだ本、防虫剤のにおいが強い部屋で読んだ本、農薬を散布した近くで読んだ本など、図書館の本には実に様々な匂いがついています。特に農薬・防虫剤のにおいがついた本は有害で、目の神経がやられてうまく読めなくなってしまっていました。図書館の本は、いろいろな人に読まれるので、次第にインクや紙や糊のにおいは減少していきます。その代わり に生活臭がついてしまうのです。白黒の印刷物は、表面が粗い紙を使っているので、よくにおいがつきます。カラー印刷物は紙の表面がツルツルで、全体にインクがのっているので、あまりにおいはつきません。図書館の本で、カラー印刷物は、白黒のものよりずいぶん楽だと感じていました。

 [重症になり印刷物が読めない状態に]
 2001年に、CSが重症化してからは、あらゆる化学物質に過敏になり、体調が悪くなって、とても印刷物を読んでいられないという状態になりました。生活用品のあらゆるものが刺激を帯びているように感じました。本にも強い刺激を感じ、 2年くらいほとんど読めませんでした。

 2003年春頃から体調が回復しはじめ、再び本を読めるようになりました。うれしかったです。その後も少しずつ体調がよくなり、だんだん本を読みやすくなりました。1年前に読んだ本を読み返してみると、当時は 体調が悪くて、内容の半分くらいしか理解できていなかったことがわかります。自分ではちゃんと読んでいたつもりなのですが、注意力や思考力が、今と比べると低かったことがわかります。

 [印刷物を読むための工夫]
 有害な印刷物を読めるようにするために、私が行ってきた方法を紹介します。私はもともと本を読むのが好きで、体調が悪いときも何とか本を読めるようにしたくて、いろいろ工夫しました。まず、外気に曝してにおいを飛ばす方法ですが、これはあまりうまくいきませんでした。ベランダや外に本を干しておくと、空気に曝されている部分のにおいはよく抜けます。しかし、空気に触れない部分はほとんど抜けません。本は1ページ1ページを外気に曝していないと、においが抜けず、読めるようにならないのです。外で何度もパラパラとページをめくってみましたが、それぞれのページが空気に触れる時間が短いので、ほとんど効果がありませんでした。熱をかけてみたらどうかと思い、電気ストーブの前でパラパラとページをめくってみましたが、これもほとんど効果がありませんでした。(本が熱に曝されている最中に 、強い刺激臭が上がります。それを吸い込むと、けっこうぐあい悪いです。) 

 干す方法がダメなら、覆って有害物質の揮発を抑える方法を試してみようと思いました。化学実験の時に、透明な箱の中に手を入れて試薬を扱っている場面を 、テレビか何かで見たことがあります。(「グローブ・ボックス」という名称らしいです。) それを参考に、本を読むための箱をつくってみました。本体は段ボール、のぞき窓はプラスチック板(塩ビ板)です。(私は 、塩ビにはそれほど強い反応を起こしません。) 最初はガラスを使ってみましたが、光の反射がきつく、また、厚みがあるので、文字が2重に見えて、とても目が疲れました。薄手のプラスチック板の方がずっと楽でした。段ボールに手を入れる穴を2つあけて、そこにビニール製の手袋(使い捨て)を貼り つけました。読んでる最中に手がむれてくるので、綿の手袋をしてから、ビニール手袋に手を入れました。手袋が2重になるのでページはめくりにくかったです。

 この箱は、割と効果がありました。本のにおいでぐあい悪くなるのが減りました。しかし、本体が段ボールで気密性が低いために、有害性の高い本を入れると、有害物質が漏れ出てしまいます。また、読み終わったあと箱を開けると、中に充満していた有害物質が一気に出てくるので、これはずいぶん怖い思いをしました。また、何冊も読んでいるうちに、箱の中に有害物質が付着して、どんどん有害度が上がっていきます。そのため、何度か使ううちに、箱のふたを開けたり閉めたりすること自体が難しくなってきてしまいました。

 [ビニールを使う方法]
 次に試したのは、ビニール袋を使う方法です。これはとても簡単な方法です。ビニール袋に本を入れて口を輪ゴムで縛ります。縛り口から右手を入れて本のページをめくります。ビニールは汚れてきたら取り替えられます*1。本を読み終わったあとは、右手をよく洗います。袋から本を取り出すときに、中に充満していた有害物質が一気に出てくるので、 屋外に出て行うとよいです。長時間読んでいると、手からの発汗で、ビニール袋の中が曇ってきます。 このときは、室外でいったん本を出して、中の空気を入れ換えるようにすると曇りが取れます。また、ビニールに光が反射すると、とても読みにくいです。目が疲れます。電灯と本の角度を工夫すると少し楽になります。

 2005年3月に、さらに新しい方法を試してみました。これはとても便利な方法です。ビニール袋に本と消しゴム1つを入れて、口を輪ゴムで縛ります。ビニール越しに本を読みます。ページをめくるときは、ビニール越しに消しゴムでページの端をこすると、1ページだけ浮き上がるので、めくれます。この方法だと、手をビニール袋に入れなくてよいので、手に有害物質が着かないし、ビニール袋の中が曇ることもありません。消しゴムは化学的なにおいがしますが、ビニール袋の中に入れてしまうので、 それほど害になりません。この方法は、夫がある本に書いてあるのを見つけてきてくれました。*2

 [紙を干す]
 冊子は干してもにおいが取れないので上記のような方法をとります。しかし、1枚1枚分かれているような印刷物は、干す方法が有効です。靴下などを干すときに使う小物干し(洗濯ばさみがいっぱいぶら下がっている物干し)を使うと干しやすいです。しかし、それだと大量に干せないので、私は自分で印刷物専用の物干しをつくりました(写真参照)。この物干しの枠は塩ビの水道管パイプです。*3。 ひもは荷造り用のひもです *4。 塩ビの枠に、荷造りひもを何列にも渡して、巻きつけます。そのひもに、洗濯ばさみで紙をとめつけます。この方法は割と有効なのですが、干す場所の空気が汚染されていると逆効果になります。私は、夏の間は農薬が心配で、あまり干せませんでした。また、有害性が高いものは長期間干さなければならず、干している間にホコリ や汚れがついてしまうのにも困りました。 また、いつまで干せば読めるようになるのかがわからないのも問題でした。むしろコピーした方がよかったです。コンビニやお店によってコピーの紙やトナーの種類が違い、私にとって刺激の強いところと弱いところがありました。セブンイレブンのコピー機はよかったので、 ずいぶん利用しました。しかし、コピー代がかなりかかるので、上記のビニール袋を使う方法を見つけてからは、もっぱらビニールに入れて読んでいます。

*1 使い始めはビニール自体のにおいが気になったので、1日干してから使いました。
*2 「続続続続続 伊東家の食卓 裏ワザ大全集 2004年版」日本テレビ/刊 (意外なものを使ってお風呂で本が読めちゃう裏ワザ)
*3 塩ビが苦手な方は、木で枠を作ってみるといいでしょう。私は塩ビより天然木の方が苦手なので、塩ビを使いました。
*4 ビニールひもの素材が苦手な人は、梱包用の紙ひもを使うという手があります。

(2005.3.22)

塩化ビニール (PVC=polyvinyl chloride) 
 
[塩化ビニールの日用品]
 浮き輪やホースに使われているプラスチックです。健康な方でもその独特な匂いを思い出すことができるのではないでしょうか。CS患者の中では苦手な方が多いようですが、私は割と平気です。塩ビのホースは買ってきてすぐ使うことが できました。ビニール手袋(一般には「ゴム手袋」と呼んでいるもの。炊事用)も、私は使うことができます。ビニール手袋は、開封したての時は割と匂いが強いので、2〜3日風を通してから使うようにしています。(2、3日で すむというのは私にとっては驚異 的なことです。他の素材では、こんなにすぐに使えるものはめったにありません。) ビニール手袋は、調理や皿洗いの時に使います。使わないと指先がひび割れてボロボロになります。

 2002年頃から、私が愛用しているビニール手袋の可塑剤が変わりました。フタル酸系の可塑剤は環境ホルモンの疑いがあるということで、非フタル酸系の可塑剤に変わったようですが、成分は不明です。前よりも嫌な匂いになりました。それでも何とか使えています。可塑剤が変わってから柔軟性が悪くなり、少し時間がたつとゴワゴワになってしまうようになりました。使い替えの周期が短くなり結果としてゴミが増えました。また、新品を下ろす回数が増えたので体にも負担です。企業としては環境や人体によいものを、と思って改良するのでしょうが、私にとっては 、このように裏腹な結果になることは少なくありません。

 [塩化ビニールの壁紙]
 同じ塩ビ製品といっても、塩ビの壁紙は桁違いに毒性が高いです。建築材料なので、難燃剤などが添加されているためだと思います。賃貸住宅を探している時に(1999年頃)、ホームセンターで塩ビ壁紙を10cmほど切り売りしてもらって嗅いでみましたが、強烈な匂いです。目が痛くなって鼻がヒリヒリして胸がムカムカしてきます。そして、頭が腫れるように痛くなってきて、ゆらゆらとめまいがします。目の前の事物がチラチラと点滅して見えます。新築住宅や賃貸住宅のリフォームしたてのものは、塩ビ壁紙から揮発する化学物質がこのサンプルの何十倍もの濃度になっているはずですから、とても耐えられたものではないと思いました。

 賃貸物件を見て回る時は、まず不動産屋に「 前の住人が退去後リフォームしていないもの」という条件を出します。リフォームしていなかったとしても、前の住人が1年しか住んでいなかった物件や、日の当たらない部屋の壁紙の匂いは強いです。どのくらいの年数がたてば耐えられるのか・・・?ということが問題になってきます。何十件も賃貸物件を見て経験的に感じたのは 、私の場合、3年経ったくらいではまだまだ匂いが強く、できれば10年以上経過したものがよい、ということです。

 [他の壁材は?]
 それでは、「塩ビより砂壁のほうがよいのか・・・?」というと決してそうではなくて、砂壁の場合、後から染み込んだ匂いが強く、それを掃除することができないので、塩ビより有害なものが多かったです。例えば 、それまで喫煙者が住んでいた場合、タバコのヤニが砂壁に染みついてしまって、強い匂いがします。

 それなら、「天然木はどうか・・・?」というと、1999年頃、天然木で内装したモデルハウスを何件か見てみましたが、木の匂いが強くて、私は耐えられそうにありませんでした。

 現在は、塩ビ壁紙を使った賃貸住宅に住んでいます。たぶん壁紙は5〜8年くらい経過したものだと思われます。すこし匂うけど、何とか耐えられます。

(2005.1.9)

園芸 2003年の春に「家庭菜園で無農薬野菜を作ろう!」と思い立ちました。うちで野菜を作れば、安全だし、新鮮だし、楽しいし・・・いいことずくめです。

 [培養土で反応]
 我が家は借家で、庭に砂利が敷いてあります。野菜の栽培には向きません。プランターで栽培することにしました。 園芸については全く知識がないので、図書館で本を借りたり、人に聞いたりして栽培の計画を立てました。初心者は「培養土」を使うと手軽で失敗が少ないというので、まず土を買いにいきました。

店で培養土を買ってきてプランターに入れた瞬間、私はぐあい悪くなってしまいました。土から強い刺激臭が立ち上り、目や鼻が痛くなりました。あっという間に目の前が暗くなり、フラフラして立っていられない状態になりました。すぐに家の中に入り、そのまま寝込みました。この頃はまだ、このような「ショック症状」を頻繁に起こしていました。

 私がウーンウーンとうなりながら寝ている間に、夫が後始末をしてくれました。プランターの土を袋に戻し、それを隣家の人にあげたそうです。それで、我が家の庭の刺激はいったん収まりました。しかし、翌日隣家の人が、その土を庭に入れたので、刺激が我が家の方に流れ込んで来るようになりました。隣家から我が家の方に風が吹くたび、私はぐあい悪くなって困りました。それでも、土を隣にあげたのは正解だったと思います。隣とはいえ距離があるので、自分の家の庭にあるよりずっと刺激が少なかったからです。隣家の庭の刺激は、2〜3日たつと少しずつ薄れていって、そのうち気にならなくなりました。私たち夫婦の手元には、空のプランターだけが残りました。なぜ培養土に反応したかはよくわかりません。土に残留している農薬が原因なのではないか、とか、肥料の成分が合わないのではないか、などと推測してみましたが、はっきりした原因はわかりませんでした。

 [安全な土を手に入れることができた]
 その後、刺激の少ない土を求めて園芸店をまわったのですが、なかなかよいものが見つかりませんでした。売っている土はビニール袋に入っているので、外から嗅いだだけではよくわかりません。園芸店に入るだけで 、すでにぐあい悪くなっていたので、判断するのは容易ではありませんでした。

 ある時、園芸店の店先に使いかけの培養土の袋が置いてありました。袋の口が開いていて、中には1/2ぐらい土が入っています。中身をじかに嗅げるチャンスだと思いました。袋の中をよく嗅いでみると、刺激がなく使えそうです。それで、その培養土を1袋買って帰りました。家でプランターにあけてみたら 「問題なし」です。さらにもう1袋買ってきて、プランター4つを満たしました。

 この頃は、まだ私の過敏性は高かったので、何をやるにもそのつど関門があって、それを乗り越えていかなければなりませんでした。

 その後、ホームセンターの苗売り場に野菜の苗を買いにいきました。苗売り場は全体が農薬の臭気に包まれていて、ぐあい悪くなってしまいましたが、なんとか買うことができました。野菜の苗のコーナーより、花の苗売り場の方が農薬のにおいは強かったです。花の苗の方にはなるべく近づかないように気をつけました。そうして、買ってきた苗をプランターに植えて、ようやく我が家の家庭菜園はスタートしました。

 [使える肥料が見つからない]
 毎日水やりをして少しずつ成長していくのを見守りました。はじめの頃は、培養土に含まれている養分を吸って植物たちはよく育ちました。しかし、2ヶ月ほどすると、成長が鈍ってきました。追肥をしなければならない段階になったのですが、今度は私が使える 肥料が見つかりませんでした。何種類か試してみたのですが、どれも刺激があってダメでした。有機肥料は独特のにおいと刺激があって苦しいものが多かったです。それで結局、追肥をするのを諦めてしまいました。

 肥料をやらずに育てたものの、野菜は少しずつ成長していきました。そして、夏には弱々しいながら少しずつ実をつけました。葉物は案外よく育ったので 、たくさん食べられました。しかし、実のなる野菜は少ししか実らず、寂しい収穫となってしまいました。2003年の夏は天候が悪く、気温が上がらなかったのも、不作の原因でした。

 [天候不順の夏]
 本当に寒い夏でした。何日も雨ばかりが続き、肌寒い日ばかりでした。そのため、我が家ばかりでなく近所の家庭菜園でも植物が育たず、夏の初めに野菜が実をつける時期になっても、ほとんど実りませんでした。実のならぬまま腐ったり枯れていったりするものもありました。そのため近所の家庭菜園では早々と農作業をやめてしまい、畑を放りっぱなしにするところが出てきました。平年なら夏中せっせと殺虫剤などをまくところを、この年はほったらかしです。そのため私にとっては、それまでになく体が楽な夏となりました。この時は、回復して体調がよくなったために、農薬をあびても症状が出なくなったのだとばかり思っていました。実際は、農薬の濃度自体が低かったのです。翌年 、猛暑が来た時は、近所の家庭菜園では平年以上に農薬を使用したようです。私の体は農薬に反応して、一夏ずっと体調が悪いままでした。

 [肥料が見つかる]
 2004年度は前年の経験を生かし、種まき、苗植えまではうまくいきました。しかし前年と同様に使える肥料が見つからなくて右往左往しているうちに、植物が栄養不足で弱ってきました。あちこち探し回って、何とか使える肥料を見つけて来ました。それを与えてやったら、植物はみるみる元気になっていきました。この年の収穫は前年と比べればうまくいった方だと思います。肥料は、自然に近い形の有機肥料だと、においをとても強く感じます。「においが少ない」などと表示してある、やや人工的なタイプのものの方が、私には負担が少なかったです。「有機肥料は安全」と考えられているようですが、実際にはどういう由来のものかわからないものが多いです。例えば、鶏糞はどんな餌を食べた鶏の糞なのか、と考えてみると、どこまで安全性を信じていいのかわからなくなります。完璧な安全性を求めると話が難しくなるので、私は「ほどほどの安全」を目標にしています。

 植物はプランターで栽培すると、あまりよく育たないので、やはり地植 えにするのがいいようです。私の家の近くに、近所の人が共同で野菜をつくっている空き地があります。敷地をいくつかの区画に分けて、一軒ずつ割り当てて使っています。2003年の春に、その空き地の一角を我が家にも貸してくれることになりました。とてもありがたい申し出だったのですが、私は断ってしまいました。前の年に、その畑で次々と殺虫剤をまいているのを見ていたからです。その度に畑とその周辺の空気が農薬で汚染され、私はぐあい悪くなってしまっていたのです。 その畑には、一夏近づくことができませんでした。私が同じ場所で農作業をできるとは、とても思えませんでした。せっかく誘ってくれたのに残念でしたが、丁寧にお断りしました。それで、我が家は今でもプランター園芸を続けています。

今年も園芸シーズンがやってきました。「2005年はどんな野菜を作ろうかなー? 」と今から楽しみにしています。

 (2005.5.30)

 

horizontal rule

換気 「化学物質過敏症・シックハウス問題には換気が重要」ということをよく耳にします。換気について私のこれまでの経験と考えたことを書いていきます。

 [外気に注意]
 換気が有効となるのは、室内よりも外気が正常であることが大前提となります。外で農薬を散布していたり、ものを燃やしていたりすると、有害な空気が一気に入ってきてしまいます。私は換気をするときは、外気の状態をよく確かめてから行うようにしています。

 24時間換気システムの場合はどうなのでしょうか。24時間絶えず外から空気が入ってくるわけですから、外気の有害物質も一緒に入ってきてしまわないか心配です。私は24時間換気のことはよく知らないのですが、多分吸気口にフィルターのようなものがあって、外気を漉してから取り入れる構造になっているのではないかと思います。

 [換気の効果]
 シックハウス対策として「換気をすれば建材のにおいが薄くなって住めるようになる」という方針を耳にします。本で調べてみましたが、実際には「換気をして住める場合」と「換気をしても住めない場合」とがあるようです。
*1, *2 次のような場合は住み続けるのは難しいようです。
○室内の化学物質の濃度が高すぎるとき
○患者の過敏性が高すぎるとき
このような場合は、窓を全開にして24時間換気扇を回しっぱなしにしても患者が耐えられるレベルまで室内汚染物質濃度を下げるのは難しいです。スモール・データ・バンク「リフォーム」の項にも書きましたが、私が1999年にシックアパートで経験したのがまさにこのケースでした。3ヶ月間換気扇を回しっぱなしにし、家中の窓を開けっ放しにしても、室内汚染物質濃度は、私が耐えられるレベルには下がりませんでした。最大限に換気をして何とか耐えられるレベルになったとしても、実際 に暮らしていくには、現実問題として困難な場合も考えられます。常に窓を全開にして換気をするのは、夏であれば実現可能かもしれませんが、冬になると寒くて無理です。私のシックアパート体験も真冬だったので、室温が2度まで下がってしまい、夜はとても眠れませんでした。また、窓を全開にするのは防犯上の問題もあります。このようにみてくると、換気の問題はケースバイケースだと思います。シックハウスに関しては、「換気して住めるようになるか」「換気しても住めるようにならないか」をよく見極めて、対策を立てていく必要があります。換気して住める可能性があるなら、住み続けることを選択するべきです。しかし、いくら換気しても住み続けられそうになければ、他の方法を選択するしかありません。先のことを見極めるのはとても難しいことですが、この区別を つけた方が方針を立てやすくなると思います。

 換気の威力を実感した体験を1つ紹介します。知り合いの医師が日曜日に特別治療をしてくれるというので、病院に出かけていったことがあります。休業日なので電灯も換気扇もついていない病院に入っていきました。入ってすぐ私はトイレを借りました。それまで何度かそのトイレを使ったことがあるのですが、その時はにおいは気にならない程度でした。しかし日曜日に入ったトイレは、それは強いにおいがしました。建材や設備、長年の汚れやホコリのにおいです。私はとてもトイレの中にいることができず、用を足さずに出てしまいました。この時は、換気扇は室内汚染物質の濃度を下げるのにものすごい効果があるのだと実感しました。

 [換気とエネルギー消費とのかねあい]
 人が集まるような公共の建物やオフィスは単位時間当たりの換気量の基準が決められているようです。だから締め切っていることの多い一般住宅に比べて、においが抜けて行きやすいのだと思います。 私は、商品をたくさん置いてある(化学物質の総量が多そうな)デパートよりも、一般住宅の方がずっと有害に感じることが多いです。(建材の違いにもよるでしょうが。) また、同じ年数たった建物でも、一般住宅より公共の建物の方が室内空気汚染濃度が低いように感じられます。このように換気量が多いところは室内汚染が少ないのです。そのため、シックハウス対策=換気という構図ができあがったのだと思います。しかし、十分な換気量を得ながら、快適な住空間を保とうとするには、エネルギーが必要です。暖房をしている部屋で換気をして大量に外気を取り入れたら、その分室温が下がります。その分よけいに暖房を焚かなければなりません。現在シックハウス対策として、すきま風がある家が推奨されていますが、すきまの多い家でよく換気すると、膨大な冷暖房エネルギーが必要になります。そこが現実問題として、難しいところです。

 この問題をユニークな方法で解決して例を1つ紹介します。「健康な家に住みたいな!」(外丸 裕/著 PHP研究所/刊) という本です。この方は、奥さんの化学物質過敏症、ご自身とお子さんのアレルギーを治すために方法を模索して、高気密・高断熱・高換気量の住宅を建てました。この方の考え方は次のようなものです。

○高気密にして外からの有害物質(化学物質、アレルゲン)を防ぐ。
○高断熱にして冷暖房を最小限に抑え、体への負担を少なくする。
○高断熱にして家中温度を均一にして結露によるカビを防ぐ。
○換気量を大きくして室内汚染物質の濃度を下げる。吸気はフィルターで漉して清浄にする。

これまでの化学物質過敏症・シックハウス対策とは全く逆の方針ですが、一理ある方法だと思いました。この家に住んでから、一家の化学物質過敏症・アレルギーは大きく回復したということです。興味を持った方は本をご一読 ください。著者は、1つ1つの建材や家の仕組みについて徹底的に調べ、業者と交渉し、自分なりの信念で建築を進めていきました。その様子が詳しく描写されています。同じ方法で家を建てようと思わない方でも、建築についての説明が素人にもわかりやすく書かれているので、一読の価値はあると思います。著者が 、ひたむきに自分のアイディアについてよく調べ、実現していく様は、胸を打ちます。

 このようにみてくると、換気とエネルギーの問題は切っても切れない関係にあります。エネルギーの問題を考えずに換気の推奨をしている情報がけっこうたくさんあります。現実的な対応をしたいと思えば、複数の情報源に触れて、よく考えてみる必要があります。

 [我が家の換気事情]
 我が家の換気の話を書きます。我が家は築30年の木造住宅です。上記の家とは正反対の低気密・低断熱住宅であり、すきま風ですごく寒いです。換気は換気扇(スイッチは手動)と窓開け換気を行っています。外気の状況を確認しながら換気をします。

 この家に引っ越してきたときに驚いたのは、トイレ・浴室・脱衣所に換気扇がなかったことです! 「北海道だから?」「乾燥した気候だからカビが生えないの?」などと考えてみましたが、「そんなことはないはずだ」と思い、自分で換気扇を つけることにしました。借家なので、工事をするわけにはいかず、窓用の換気扇を買ってきて取りつけました。これは窓を少しスライドさせてはめ込むだけなので、工事が必要ないし、借家を出るときにきれいに取り外せます。参考までに紹介しておきます。

東芝換気扇(窓用)

型名:VFM−15X2

換気量は大きくないので、入浴後長時間回しておかないと、湿気が抜けません。でも、ないよりはずっとマシです! いつも換気扇を回しているのに、それでも少しずつカビが生えてくるので、もし換気扇がなかったら大変だったと思います。

*1 「シックハウス 予防と対策」井上雅雄/著 日刊工業新聞社/刊
*2 「シックハウスがわかる」大阪府建築士会/著 学芸出版社/刊
*3 熱交換型の換気扇というものがあるみたいです。どんなものなのでしょう・・・? 使ってみたことがある方は情報をお寄せください。

(2005.8.11)

カビ(対策) 

 [我が家のカビの状況]
 私が現在住んでいる家は、築30年の木造賃貸住宅です。建材によるシックハウスの心配はほとんどないのですが、古い家だけあって、カビが生えやすいです。私はカビアレルギーがあるので、カビ対策はCS対策と並ぶ重要事項です。本を読むと、CS患者の中にはカビでぐあい悪くなる人が多いようです。*1 

 2002年にこの家に引っ越してきた時、室内のカビのにおいの強さに驚きました。引っ越して1週間ほどで、喘息がひどくなってきたので、本格的に対策しなければ、と思いました。その頃、私はLDKに寝ていたのですが、システムキッチンの辺りが特にカビくさいと感じました。システムキッチンはステンレス製の古いものです。これは各パーツを並べて置いているだけのもので、パーツとパーツの隙間にはシーリングが施されていませんでした。隣り合う調理台の隙間は5mm程あり、この部分にゴミや汚れが入り込んでいました。ここから強いカビのにおいが立ち昇っていました。この部分はどうやっても掃除できそうになかったので、幅の広いマスキングテープでふさぐことにしました。システムキッチンのありとあらゆる隙間をマスキングテープでふさいでいきました。マスキングテープは独特のにおいがありますが、私はこのにおいには耐えられました。

 隙間をテープでふさいでしまうと、その日の晩から喘息はぴったり止まりました。やはりキッチンのカビが原因だったようです。あれから3年たった現在でも、隙間をふさいだままで暮らしています。マスキングテープは時間がたつと糊が変質してきて剥がれにくくなるので、定期的に貼り替えています。

 システムキッチンは、配水管などをうまく処理すれば、丸ごとはずして移動することができるようなのですが、あまりにも大がかりな作業になってしまうので考慮の末やめました。移動させると中のカビが大量に飛散する恐れがあるし、大量のカビを目にしても、それをうまく掃除できるか自信がありませんでした。

 この家はもともと、お風呂場と脱衣所に換気扇がありませんでした。こんな湿気の高いところに換気扇がないというのは驚きでした。引っ越してきた時点で、すでにお風呂場と脱衣所は、カビくさかったので、すぐさま換気扇をつけることにしました(→スモール・データ ・バンク「換気」 参照)。そして、お風呂場に生えているカビを徹底的に掃除しました。

 2003年4月に、お風呂場のタイルの割れ目にカビが生えてきて、喘息が悪くなりました。この割れ目はブラシなどでは掃除できなかったので、割れ目にコーキング剤を入れて封入しました(第1章〔1〕 −a参照)。コーキング剤のにおいで一時的にCS症状が出てしまいましたが、カビのにおいはうまいぐあいに 収まりました。

 [トイレのカビ対策]
 我が家のトイレは、夏になると、かなりカビくさくなっていました。2003年の5月に徹底的にカビ掃除をしました。まず、便器の縁の内部が黒くかびていたので、ブラシで念入りに掃除しました。(→スモール・データ ・バンク「消毒用アルコール」参照)。よく観察してみると、他にもカビが生えているところはいっぱいありました。便器とタンクの境目、便器と床の境目、排水パイプの外側などが真っ黒にかびていました<図1参照>。カビはたいてい石鹸をつけてブラシでこすり、水で流すときれいになるものですが、この部分は水を流してすすぐことができない場所でした。元栓で止水して、トイレをバラバラに分解して丸洗いしてみようと思いました。それで、図書館で本を借りてきて 、トイレの構造を調べました。我が家のトイレはTOTOとかINAXのものではなく(?)、本に載っているような典型的な構造のトイレではありませんでした。どう分解していいのかわからないし、分解して壊したりすると、CSのために修理が難しそうなので、分解は諦めました。

 拭き掃除だけでカビをきれいに落とせるのかどうか心許なかったので、結局ビニールでカビ部分を完全に覆ってしまうことにしました。ホームセンターで養生用のビニール*2 を買ってきて、それをちょうどよいサイズに切って、トイレのカビ部分を覆いました。夫と2人で、ビニールを被せてはマスキングテープで貼りつける、という作業を続けました。曲面の部分も 、ていねいにやれば、きれいに覆えるものです。全身カビだらけになりながら、最後までやり遂げました。私は化学実験のような出で立ちで、全身を完全防御して、作業しました。カビの胞子を吸い込まないようにマスクもしました(→スモール・データ ・バンク「マスク」 参照)。ビニールで覆ったらトイレのカビ臭は格段に少なくなりました。安心してトイレに行けるようになりました<図2,3参照>。

    

 以上のように、家中のカビ対策をしてきましたが、それでも毎年5〜10月は家中がカビくさいです。目に見えるところではなく、見えないような部分(外壁と内壁の間など)が 、かびているのではないかと考えています。これは対策のしようがないので困っています。

 [空気清浄機]
 「カビ対策に空気清浄機はどうかしら?」と思い、調べてみたことがあります。結局、リーズナブルで私の体に合いそうな空気清浄機は見つかりませんでした(→第1章〔2〕−d「浄化する」参照)。空気清浄機について調べていくうちに、とてもよいサイトを見つけました。花粉症の患者が運営するサイトです。 「空気清浄機はなぜ効果があるのか」「どのような条件でいかに効果を発揮するのか」ということをよく分析し、よい空気清浄機とは何かを考えています。各メーカーの空気清浄機の中から、よりよい製品を選ぶための具体的なガイドになっており、読み応えがあります。アレルギー対策のために空気清浄機を買おうとしている方は、一見の価値があります。

  http://www.geocities.co.jp/Beautycare-Venus/6468/seijouki2005_index.html

このサイトには、CS用の空気清浄機についての説明もあり、参考になります。とてもいいサイトです。空気清浄機の効果的な使い方がよくわかります。

 

 [カビを防ぐ方法]
 カビを生やさないようにするには、どのような点に気をつければよいのでしょうか。生活環境の中でカビが好む状況は次の3点です。
1.高温
2.高湿度
3.栄養源がたくさんあること
この3点についてうまく管理すると、カビの発生を抑えることができるようです。本にはこのように書いてあります。温度・湿度については、本によって数値がまちまちなので、ここに具体的な数値を載せるのはやめました。しかし、実際にこれを実行するとなると、案外難しいです。

 1の温度についてですが、夏になると気温が上がって 、カビが生えやすくなります。家中をエアコンで猛烈に冷やさない限り、カビの生えにくい温度にするのは難しいのではないでしょうか。我が家にはクーラーがないので、温度を下げる方法はありません。カビは驚くほど低い温度でも生えます。例えば、冷蔵庫の中に生えるカビもあります。我が家では真冬になると暖房をしていない部屋は氷点下になります。さすがに、この時はカビは生えないのですが、春になって気温がプラスになると、早速カビが生えてきます。よく換気していても完全に防ぐことはできません。

 2の湿度については、除湿器を使うという手があります。除湿器の効果はどれくらいあるのでしょうか。私には喘息持ちの友人がいて、この人はカビアレルギーがあるので、いつも家中 を徹底的に掃除していました。換気も頻繁に行い、湿度が高い時は除湿器も使います。カビの生態については異常に詳しい人です。(本州に住んでいる人です。) この人が言うには、除湿器で湿度を管理するのは難しいということです。特に梅雨の季節は外からどんどん湿気が入ってくるので、どうにもならないそうです。除湿器を回しっぱなしにして、いったん室内の湿度を下げても、ちょっと窓を開けただけで一気に湿度が跳ね上がると言っていました。この人は気密性の高い鉄筋コンクリートのマンションに住んでいてこうですから、木造住宅の場合はもっと難しいと思います。

 3のカビの栄養源を断つ方法ですが、これはとにかく 、ひたすら掃除するとよいようです。カビは有機物なら何でも餌にしてしまうので、埃や食べこぼし、汚れを掃除します。ダニとカビはセットになっていて、ダニの餌はカビの餌にもなるので、掃除をするとどちらの対策にもなります。仙台にいる時は、部屋がフローリングだったので隅々までよく掃除し、寝具を頻繁に洗濯し、カビ・ダニ対策に努めました。これはアレルギーにものすごく効果がありました! これによって子供の頃から20年以上続いていた、ハウスダストによるアレルギー性鼻炎はほとんど治りました。(だいたい完治と言ってもよいと思います。1年に2日くらい鼻水の発作を起こす程度です。 ふだんは、鼻水が出ることはありません。)

 現在住んでいる家はカーペット敷きなので、いくら掃除してもあまり効果が出ません。ダニ数はフローリングに比べてカーペットは100倍〜1000倍くらいいるようなので、掃除しきれないようです。ダニが多いということは、それだけカビも多そうです。フローリングなどにすればよいのでしょうが、CSがあるのでリフォームは難しいです。こんな生活状況ですが、何とか暮らしています。

 カビを生やさないようにするために、換気は効果がありそうです。カビは空気がよどんでいるところに生えやすいので、カビの胞子がひとつ所にとどまらないように空気を動かしてやるのがいいのだそうです。

*1 「環境アレルギー」ピーター・ラデツキー/著 青土社/刊
*2 養生用ビニールは幅1800mm×10mのポリエチレンのシートです。ホームセンターで買うことができます。

(2005.7.7)

 
 [薬が合わない体質]
 CS患者は、薬を飲むとぐあいが悪くなる人が多いのではないでしょうか。私も体に合わない薬が多くて、苦労してきました。同じ薬効の薬でも、メーカーが違うと、体に合わない場合があります。体に合わない薬を飲むと、息苦しさ・眠気・だるさ・ふらつき・胃の痛みのような副作用が出ます。副作用が出たときは、たいていぐあい悪くて起きていられず、寝込みます。そのため新しい薬を飲むときは、はじめは、ほんの少しずつ試していくようにしています。副作用が出ない薬でも、メーカーによって効く薬と効かない薬があります。不思議なものです。

 医師の処方箋が必要な薬の場合は、医師に自分の体質について説明し、説得しなければならないのですが、なかなかうまくいきません。薬を飲んでぐあい悪くなってしまったときや、効果の現れないときは、別メーカーの薬を飲むと副作用なく効くことがあります。医師にそのことを説明しても、わかってもらえないことは多いです。たいていの医師は「メーカーが違うだけで成分は一緒だから、別メーカーのものを出しても同じはず」というのです。私の場合、薬の主成分だけではなく、添加されている成分に反応している可能性が考えられます。

 [理解を示してくれた医師]
 仙台にいたときは(〜2002年)、私の特殊な体質をよく理解してくれる医師がいたので、とても助かりました。この医師は、「同じ薬効の薬でも、メーカーによって違いが出るのは当然」という考えを持っていました。ご自身も同じような体質をお持ちだったようです。この医師は何種類もの薬を試させてくれました。抗アレルギー剤や抗ヒスタミン剤は10種類くらい試したと思います。私が飲めたのはそのうちの1種類だけでした*1。1種類しか処方しない方針の医師であれば、私は自分に合う抗ヒスタミン剤を見つけることはできなかったでしょう。また、この医師は隣接の調剤薬局に置いていない薬でも、取り寄せて処方してくれました。本当に助かりました。

 「薬は対症療法だから根本治療にならない」とか、「薬は化学物質だから有害だ」という人がいます。そういう考えにも一理あるのかもしれませんが、私は「使えるものは使う」という考えでやっています。西洋医薬は苦しい症状を見事に取り去ってくれる、私にとっての強い味方です。根気よく探せば 、副作用が出ずに効く薬は見つかります。

 札幌に引っ越してからは(2002年〜)、同じような医師には巡り会えていません。そのため有効な薬を手に入れられない生活が続いています。

 [体質の違いはどこから来るのか]
 現在、薬学の分野では「人によって薬の副作用の出方が違うのはなぜか」という研究が進んできています。従来の副作用情報は、薬を集団に投与してみて、どのくらいの割合の人に副作用が現れるのかを調べたものです。 同じ薬を飲んでも、副作用が起きる人と起きない人がいます。その仕組みは謎でした。個々の患者に副作用が起こるかどうかは、飲んでみなければわかりませんでした。

 最近の研究では、副作用の発現の有無は、遺伝的な体質の違いによるのではないかと考えられています。個体によって体内での代謝酵素の状態が違っており、ある種の薬をうまく代謝できない人がいます。その人が代謝できない ような薬が体内に入ってくると、血中濃度が上がりすぎて全身に様々な副作用を起こさせます。普通に代謝できる人と、代謝が遅い人の間では、血中の薬物濃度が100倍もの違いになることがあります。薬物は代謝されて化学構造が変化しないと排泄されないので、排泄のスピードが遅くなり、血中濃度が上がってしまうのです。(→「代謝」の仕組みについては、第4章「解毒」に詳しく書きました。ご参照 ください。)

 ここ数年で遺伝子解析の技術が発達してきたので、いずれはこのような体質の違いを診断できるようになるかもしれない、ということです。*2

 私はある種の抗うつ剤で、かなり重い副作用が出たことがあります。この薬品を代謝する酵素がうまく働かないために、このように重い副作用が出たのかもしれません。この先 、研究が進めば、いずれ遺伝子から各人の代謝の性質がわかるようになり、副作用をうまく避けながら薬を服用できるようになる日が来るかもしれません。

 CSのメカニズムを考えるときに、代謝酵素の個体差が原因となっているという仮説が考えられることがあります。ある種の代謝酵素が欠損していたり、働きが悪いために、CSが発症するという考えです。この研究は始まったばかりのようなので、この先何かがわかってくるかもしれないと期待しています。*3

 将来、遺伝子解析によって、CSになりやすい人となりにくい人が区別できるようになるかもしれません。

*1 抗ヒスタミン剤「ゼスラン」(旭化成)
*2 「薬物代謝学 第1版」加藤隆一/編 東京化学同人/刊
*3 「CS支援第18号」、「CS支援第20号」 CS支援センター/刊

(2005.7.11)

結婚式
 [結婚式は苦手なものがいっぱい]
 
CSの人にとって、冠婚葬祭は敷居の高いものだと思います。大勢の参列者、礼服(防虫剤やクリーニングのにおい)、ローソクや線香のにおい・・・できれば近づきたくない状況です。

 1993年、まだ自分の病気がCSだとはわかっていなかった頃、兄の結婚式に出席しました。この時は、あまりのぐあい悪さに、披露宴の途中で退席しました。今ふりかえってみると、会場の空気や参列者の服装のにおい、タバコの煙に耐えられなかったのだろうと思います。このように、結婚式は、CS患者にとっては、負担の大きな行事です。

 しかし、私はCSなのに、自分の結婚式を敢行してしまいました。今、思い返してみても、どうしてそこまでやったのか驚きです。

 結婚式はCS患者にとってはハードルだらけなので、会場の人とよく話し合って対策を決めていきました。重症度が2Bくらいまでの人なら、うまく対策すれば挙式できるのではないかと思います。強烈に「結婚式をしたい!」と思っている人は、諦めないで欲しいです。以下に私の体験を書きます。

 [ひょんなことがきっかけで]
 私は1999年
11月に入籍し、住むところが決まらないまま、2000年10月に挙式しました。そして 、夫と同居できたのはそれから1年半後の2002年5月です。

 1999年にCSだとわかったときは、どだい結婚式など無理だろうと思っていました。私はもともと結婚式にあこがれたりする気持ちがなく、お金がかかるし、見せ物みたいだし、わざわざやるほどのものではないと思っていました。

 しかし、夫の両親の「挙式して欲しい」という気持ち(情熱)はとても強かったです。その気持ちに応えたいとは思いましたが、どうやったって無理です。例えば、ウェディングドレス。貸衣装はクリーニングのにおいでダメだろうし、新品はとても高価です。そんなわけで、はなから諦めていました。

 ところがふとしたことがきっかけで、結婚式に向けて大きく動き出すことになりました。2000年2月に夫とショッピングモールを歩いているときに、偶然レンタル・ウェディングドレスの処分市に行き当たりました。これまで貸衣装屋がレンタルしていたドレスを、もう使わないので売りに出していたのです。見てみたら、いい感じのデザインのものがあったので、冷やかし半分で試着してみました。けっこう似合っていました。(ウェディングドレス姿は、買い物客の目を引いたようです。人がたくさん集まってきて、ちょっと恥ずかしかったです。「おめでとう」と言ってくれる人もいました。)  たった5000円だったので、はずみでそのドレスを買ってしまいました。

 このあたりから、結婚式はがぜん現実味を帯びてきました。衣装は、何ヶ月か干せば、においがかなり抜けそうです。またまた半分本気、半分冷やかしで式場探しをしました。条件は、「窓を開けられて外気を取り入れられる会場」でした。市内に2軒そのような会場があったので、下見に行きました。この時も、「CSだから無理だろう」と思いつつ、会場の人に事情を話して相談してみると、「できるだけ対応させていただきます。」との返事でした。それでもう、本当に結婚式をすることになってしまいました。

 [CS対応の結婚式作り]
 結婚式に際して行ったCS対応は次のようなものです。

花嫁の衣装

ウェディングドレスは8ヶ月干し、クリーニング・防虫剤のにおいを抜きました。

ベールは布を買ってきて3ヶ月干し、自分で作りました。

メイクは無香料の粉おしろいと眉墨のみ。口紅は合うものが見つからなかったので、日本画の顔料を配合して色を作り、油で溶いて自作しました。この自作の口紅は、どんなに工夫して作っても、塗るとムラになって困りました。でも、プロの美容師さんはさすがです。ブラシでムラにならないように、きれいに塗ってくれました。

ヘアメイク、メイクアップは、当日の朝、美容師さんに自宅まで出張してもらいました。(会場の美容室に入れないので。)

お色直しは、階段の下のスペースに屏風を立てて、そこでしてもらいました。(美容室に入れないため。)  お色直しは衣装替えはなしで、ヘアメイク、ブーケの交換のみでした。ベールを取って髪型を変え、色鮮やかな花を飾りました。ブーケも白が基調のものから色鮮やかなものに交換しました。これだけでも、がらっと印象が変わります。

新郎の衣装

手持ちの礼服を1ヶ月よく干して使用しました。お色直しの衣装は、手持ちのスーツの中で仕立てのよいものを1ヶ月干して着ました。(貸衣装はクリーニング臭が強くて無理でした。)

シャツ、タイはフォーマルなものを新たに購入しました。これだけで、ぐっとあらたまった雰囲気になりました。

会場

会場は窓を開けてもらい、十分外気を取り入れるようにしました。

会場の空気の流れを考えて、ひな壇の位置を決めました。会場(ホテルのレストラン)に換気扇がないと聞いてびっくり。窓際にひな壇を設け、式の間中、窓を開けることにしました。

ひな壇に飾る花は 、通常の1/3に減らしました。(農薬の害を減らすため。) 残りの花は、参列者の各テーブルに飾りました。

会場の外の芝生は、通常では週2回除草剤を撒いているというので、挙式日から1週間前の撒布を中止してもらいました。

会場内は完全禁煙としました。会場の外に灰皿を設置し、そこで吸って もらうことにしました。

式は人前式とし、披露宴の前に同じ会場で行いました。複数の会場を使う必要がないので、その分リスクが減ります。

参列者

参列者は、「平服」で参加してもらうことにしました。
和服・礼服を着た人が多数参列すると、私はぐあい悪くなってしまうからです。

案内状を出すときに「お願い」の文書を同封しました。
文面(大意)「新婦は化学物質過敏症で、防虫剤、クリーニング溶液が苦手なので、
           式に着てくる服は1週間前にタンスから出して室内干ししてください。」
どれだけの人数が実行してくれたのかはわかりませんが、何もやらないよりマシです。

上記の文章を、さらに挙式1週間前に参列者全員にはがきで送り、お願いしました。

 礼服はめったに使わないものなので防虫剤、タンスのにおいが強いですが、平服ならば 、普段使いのスーツなどなので、かなり負担が減ります。女性はみな洋装で、ワンピースなどを着てきました。「和服より準備が楽でよい」とおおむね好評でした。日本の結婚式は、女性の親戚は黒留め袖、男性はみな黒の礼服。会場全体が真っ黒です。「平服」にすると、会場の色合いがソフトになり、色数も増えて、華やかな雰囲気になりました。

 [挙式敢行!]
 以上の対策を行って挙式当日を迎えました。花嫁はとても緊張するものらしいですが、私はそれまでの準備で疲れ気味で、むしろ開き直った気分でした。前日まで口紅が用意できず、夜中まで試行錯誤して自作していたので、当日まで何とか間に合ってよかったと思いました。目標は、「素敵な思い出を作る」などというものではなく、「最後まで倒れずにやり通す」というものでしたから、一般の結婚式とは趣が異なっていました。

 式はやってみて本当によかったと思いました。たくさんの人が集まってお祝いしてくれました。うれしかったです。結婚式には、もともとそれほど大きな期待はなかったのですが、思ってもみない大きな満足がありました。 「夫とこれから一緒にやっていくんだ」という決心ができて、みんなの前で誓うことができてよかったです。

 最後まで式・披露宴をやり遂げることができましたが、CS症状はけっこう出てしまいました。でも、最後まで気を張っていたので務まりました。当日のビデオを見てみると、最初の5分くらいが経過したところで、私はすでにめまいを起こしていることがわかります。(眼球がキョロキョロと泳いでいます。)  また、後半は頭痛がひどくて、我慢するのが大変でした。人々を見送ってから、ほっと一息つきました。

 夫の両親はとても喜んでいました。(私の両親もです。)結婚式をして本当によかったと思いました。

 これから結婚予定のCS患者の皆さん、工夫すれば結婚式をできるかもしれません。参考にしてみてください!!

(2006.2.5)

 

公共交通機関 CS患者は公共交通機関を利用する時に、様々な困難に出会うことがあるでしょう。他の乗客が身につけているもののにおいや、 車体から出る化学物質が問題となります。各交通機関について、私が気づいた点と行っている対策について、書いていきたいと思います。

 

 [新幹線]
 新幹線は、車両によって、車内の空気の質がかなり違います。東北新幹線では、新型車両(2階建てMAXなど)より、古い型の車両(200系)の方が体が楽だと感じていました。それで、新型車両が来たら、1台やり過ごして古い型の方に乗るようにしていました。しかし、新幹線のホームで何十分も待つのはつらいものです。機械油か何かのにおいが充満しています。以前は 、タバコを吸う人の煙もつらかったのですが、2000年頃には(仙台駅では)喫煙所はホームの隅に追いやられていました。その後のことは確認していないのですが、多分、現在はホーム内は禁煙になっていると思います。

 もし、改札を通る前に車両の種類がわかれば、予定を立てやすくなります。できれば、時刻表を見ただけで車両の新・旧が見分けられればとても便利だと思いました。新幹線に乗る前に、駅員に時刻表を見せて、車両が新型か旧型かを問い合わせたことがあります。この時は、車両運行を把握していないのか、単に面倒だったのかわかりませんが、教えてもらえませんでした。「ホームで確認して乗って ください」と言われました。今思うと、車両がどうのこうのと駅員に詰め寄る私は、「鉄道オタク」だと思われていたようです。

 駅員に聞いても埒があかないので、次に新幹線を利用した時には、事前に本物の「鉄道オタク」に相談しました。時刻表の列車番号から車両の新・旧を見分ける方法を教えてもらいました。「これで対策は万全」と思い、安心して旅行当日を迎えました。しかし、当日ホームで待っていると、私の目の前にやってきたのは新型の車両ではありませんか! 「オタク」の友人の情報は間違っていたのです。仕方がないので、1台やり過ごして次の電車に乗りました。後でその友人に確認してみると、「最近は車両の変化がめまぐるしいから、全部は把握できなかったんだ。ごめん」と言われました。 その後、新幹線に乗る機会がないので、この問題は謎のままです。

 私は当時、200系と呼ばれる東北新幹線開設当初の車両を選んで乗っていました。200系は新しいタイプの車両(E1,E2,E4)より車内のにおいが強くないので、体が楽だと感じていました。200系は 、現在ではもうなくなっているかもしれません。2000年の時点で「200系は数年以内に廃止の方向」と本に書いてあるのを見ました。新幹線の車両はどんどん新しくなっています。

 私は現在北海道に住んでいるので、新幹線とは縁遠い生活をしています。ここに書いた情報は2000年頃のもので、現在では状況が違ってきているはずなので、新幹線に乗る予定のある人は、最新の情報を得て対策を立ててみて ください。

 新幹線は、化学物質の他に電磁波の影響も大きいと感じています。

                   =東北新幹線
 

 [JR線]
 在来線も原則は新幹線と同じです。車両のにおいが強くて耐えられないと思われるときは、1本やり過ごして次の便に乗るようにしています。行き先によっては路線が重複していて、2本の車線が運行されていることがあります。この2つをA路線、B路線とすると、A路線の車両のにおいは苦手だが、B路線は比較的楽だというような傾向が見られることがあります。このような時は、いつも意識してB路線に乗るようにすると、有害物質を回避することができます。例えば、宮城県の<仙台> ←→ <岩沼>間は、「東北本線」と「常磐線」が同じ路線を走っています。2000年の時点で、私は「常磐線」より「東北本線」の車内の方が、体が楽だと感じていました。

 JR線は夏になると、線路に除草剤を撒くようです。線路の雑草が赤や黄色や灰色に枯れているのを目にします。2001年にCSが悪化する前は、夏でも何とか電車に乗ることができていましたが、2001年以降は全く乗れなくなってしまいました。激しい目の痛みが出るためです。電車に乗れないどころか、線路に近づくこともできません。その症状は現在でも続いています。車で出かける時も、夏は線路の近くを通らないようにルートを決めています。

 夫が夏に道外に出かけたことがありました。帰ってくる時に、私が車で最寄りの駅まで迎えに行くことになりまた。前日に最寄りのJR駅に車で下見に行ってみたのですが、目が痛くなって近づくことができません。それで当日は 、JR線ではなく地下鉄で帰ってくるようにお願いしました。私は、地下鉄の駅には近づくことができたからです。地下鉄だと乗り換えがあって面倒なのですが、他に方法がありませんでした。私は地下鉄の駅まで夫を迎えに行きました。不安がある時は、このように事前に下見に行ってみると状況がよく飲み込めてよいです。あらかじめ危険を予測できると、うまくそれを回避することができます。

 2004年12月からはJR線に乗れるようになりました。それまではJRで行けばすぐのところを、わざわざバスで行っていました。冬になると雪の影響でバスのダイヤが大幅に狂います。いくら待ってもバスが来なくなったので、仕方なしにJRに乗りました。最初に乗った時はドキドキしました。けれども乗ってみると、特に何の症状も起こりませんでした。拍子抜けするほどでした。2000年頃にJRに乗った時と比べて、体が回復して過敏性が下がったためだと思います。

 現在でもJR線に乗っています。そろそろ暖かくなってきて草が生えてきたので、線路に除草剤を撒き始めるかもしれません。もし除草剤を撒き始めたら、またバスに切り替えなければなりません。J R線は冬は大丈夫ですが、夏は乗るのが難しいです。

 JR線も電磁波が問題になります。現在は1回当たり5分くらいしか乗らないので問題ないのですが、長時間乗った場合、電磁波の影響にどれくらい耐えられるのか自信がないです。

 [地下鉄]
 地下鉄は、施設が地下にあるので、換気をしているとはいえ、空気は汚れがちです。様々な物質のにおいがこもっています。札幌の地下鉄は車輪がゴムタイヤなので、ゴムのにおいも混じっています。最初 に地下鉄がゴムタイヤだと知ったときは驚きました。「なぜ地下鉄にゴムタイヤ?」と思ったのです。 「車両の揺れが少ないから」という理由で導入されたようですが、乗ってみるとゴムが弾んでいるような変な揺れ方をします。

 仙台市に住んでいたとき(〜2002年)は、よく地下鉄を利用していました。自分がCSだと気づく前から(〜1999年)、地下鉄は苦手だと感じていました。ときどき乗り込んだ車両の中が独特のにおいがして、ぐあい悪くなってしまうことがありました。自分がCSだと気づいてからは、そのぐあい悪さが化学物質による反応だとわかりました。それからは車両のにおいでぐあい悪くなった ときは、いったん降りて、1本後の車両に乗り換えていくことにしました。車両によってにおいがかなり違います。多分、私が反応していたのは車両の消毒剤だと思います。においは 、ホテルのロビーや古めの温泉旅館の建物、バスやタクシーの車内のにおいに似ていました。

 反応が起きると、次のような症状が起きます。刺激のあるガスが鼻から進入したような感覚があり、胃がムカムカしてきて、思考力が低下し、だるくなります。私は月初めに乗ると、においの強い車両に当たるような気がしていたので、いっせいに車両消毒を行っているものだと思っていたのですが、仙台市に問い合わせてみると、そういうことはないそうです。順次車両を消毒していくので、常に消毒直後の車両と、そうでない車両が混在している状態だと言っていました。

 2001年に地下鉄に乗ると、猛烈な目の痛みに襲われるようになりました。洗剤か消毒剤が新しいものに変わったのではないかと思いました。仙台市に問い合わせてみましたが、この ときは原因を特定できませんでした(→第5章〔3〕[資料活用の実践例]参照)。その後ずっと、地下鉄に乗れない時期が続きました。1年くらいして自分が電磁波過敏症(ES)であることに気づき、ESのことを学んでいくうちに、地下鉄で感じた刺激は、電磁波によるものではないかと考えるようになりました。丁度 、私が地下鉄で反応を起こすようになる直前に、車内で「もうすぐ地下鉄で携帯電話を使用できるようになります」というアナウンスを耳にしていました。私が地下鉄に乗れなくなった時期と重なります。

 2003年2月に札幌から仙台に帰省したとき、1年半ぶりで仙台の地下鉄に乗りました。以前、大変な苦しみを味わった場所だったので、再び乗るのは勇気がいりました。1年半ぶりに乗った地下鉄は確かに目が痛かったのですが、以前のような強烈な痛みではなくなっていました。体調が回復して過敏性が下がった ためだと思います。地下鉄のホームの天井から携帯電話とPHSの通信用アンテナがぶら下がっていました。そのアンテナに近づくと目が痛くなり、遠ざかると目の痛みが軽くなりました。「ああ、これが原因だったんだな」とわかりました。地下鉄は地下のトンネルになっているので、携帯電話などの電磁波が発生すると、外に逃げていかないのです。だから電磁波が強くなっているのだと思います。

 2002年に札幌に引っ越したときは、とても症状が重かったので、地下鉄に乗るどころではありませんでした。何度か試しに地下鉄の入り口から中に入ろうとしたのですが、その つど刺激が強くて引き返していました。札幌の地下鉄に乗れるようになったのは、2005年1月になってからです。初めて乗ったときは緊張しました。地下はやはり独特のにおいがしました。炭坑跡や鍾乳洞に入った ときのひんやりとした感じに似ています。粒子状の物質がこもっているようなにおいです。ゴムタイヤのにおいと機械油のようなにおいも混じり合っています。最初に地下鉄に乗った ときは、乗る直前に服を着替えてから乗り、地下鉄から降りた後にもとの服に着替えました(→第1章〔3〕−d[有害物質の影響を減らすための衣服の着まわし]参照)。服に地下鉄のにおいが つくと、その後ずっとぐあいが悪いまま過ごさなければならないので、影響を最小限に抑えるために着替えをしました。はじめは、どの程度危険があるのか予測できなかったので、このような予防措置をとりました。地下鉄に何度か乗るうちに、冬の間は構内が寒 く、 それほどにおいが強くないので、着替えをしなくても大丈夫だということがわかりました。現在、私は車両の消毒のにおいにはほとんど反応を起こさなくなりました。むしろ車外の空気の方が苦手です。(仙台と札幌では車両の消毒剤の種類が違うのではないか 、とも思います。札幌の方がずっと楽です。)

 2005年5月現在も、まだ地下鉄に乗ることができています。しかし、これから暖かい季節になると、いつか乗れなくなる日が来るのではないかと予測しています。気温が上がると 、ゴムタイヤのにおいが強くなるはずです。それに、地下鉄の車両は手で窓を開けられるようになっているものがあります。この先、気温が上がり車内が暑くなると、窓を開ける乗客が現れるはずです。窓を開ければトンネル内の空気が車内に流れ込み、多分 、私は耐えられなくなると思います。窓が開かない車両を選んで乗ってみることにするつもりです。

 地下鉄は、化学物質の他に、電磁波の面でも問題があります。CSのサイトが完成したら、ESのサイトを立ち上げる予定なので、そのときもっと詳しく書きます。

札幌にお住まいの方への情報
 札幌の地下鉄は、東西線と南北線とでは、においが違います。南北線の方が古いためか、においが強くて苦手です。南北線のホーム同士をつなぐ地下連絡通路は、カビがひどいので、カビアレルギーの人は通らない方が無難です。(東豊線は乗ったことがないのでわかりません。)

地下鉄・その後〕
 2005年6月末から、地下鉄の窓が開けられるようになりました。気温が高くなって、ゴムタイヤのにおいが強くなった上に、窓からトンネル内の空気が車内に流れ込んできます。ぐあいが悪いので、一時は地下鉄に乗ることを断念することも考えましたが、次のような対処法で、何とかしのいでいます。

 地下鉄の先頭車に乗ります。そして車両の一番前に立ちます。こうすると、窓が開いている部分より前に位置することになります。車両が動き出したときに、一気に車外の空気が入り込んできますが、先頭にいると、その風を直接あびることがないので、少しはしのぎやすいです。

 結局、車両の内外の空気はつながっているので、車内の空気は一様に汚染されてしまうのですが、先頭にいると比較的空気がよいように感じます。しばらくこの方法でしのいでいくつもりです。先頭車両に乗るために、地下鉄のホームを端から端まで、しょっちゅう走り回っています。

(2005.6.5)


 

抗菌製品 

 [「抗菌」製品 の増加]
 
1996年にO−157の食中毒事件が起きてから、日本中が抗菌ブームになりました。もともと「におわない靴下」などで抗菌製品は少しずつ出てきていましたが、ブームに火がついたのは、食中毒事件がきっかけだったと思います。店で売られている商品のありとあらゆるものが抗菌処理になっていきました。その頃から、私のCS症状も別の局面を迎えたように思います。1999年までは、自分が化学物質過敏症だと気づいていなかったのですが、1996年頃から衣類で肌に合わないものや、日用品で何となく調子が悪くなるものが増えました。

 1999年に自分が化学物質過敏症だと気づいてから、真っ先に対策を行ったのは、抗菌製品です。それらのものを生活から取り除いていくと、驚くほど体調がよくなっていきました。

 [「抗菌」による症状]
 抗菌処理の方法は何種類もあるので、症状の現れ方も多彩でしたが、私が一番苦手なタイプの抗菌処理では、次のような症状が出ました。抗菌処理剤のにおいを嗅ぐと、目や鼻や皮膚に刺激を感じ、思考力が落ちて頭がボンヤリします。手足がだるくなります。

 1999年にあるデパートの靴下売り場に行ったとき、今まで感じたことのないようなぐあい悪さに襲われました。急に手足の力が抜けて気が遠くなり、その場に座り込んでしまいそうになりました。何とかその靴下売り場から離れてみると、ぐあい悪さは少しずつ回復していきました。現在でも靴下売り場に行くと、刺激を感じます。抗菌処理によるものではないかと推測しています。

 [「抗菌」処理の現状]
 1999年に、抗菌製品を生活から取り除くに当たって、抗菌処理について本で調べてみました。わかったのは次のような点です。*1
○抗菌処理の方法はいろいろあり、種類が多い。
○どのような抗菌剤を使っているかは、製品に表示されていない。
○抗菌処理をしても菌が繁殖することはある。
○「抗菌」などの付加価値をつけないと商品が売れない時代になってきた。

 私が読んだ本には抗菌剤の一覧表が載っていましたが、本当にびっくりするほど種類が多いです。これらを鼻でかぎ分けるのはとても無理だと思いました。「抗菌」効果は、それほど大きくはないようなのですが、抗菌処理しないと商品の売れ行きが悪いので、とりあえず抗菌にしている、という印象の商品が多いように感じました。「とりあえず抗菌」という弱い動機だとしても、私にとっては商品の選択肢が狭まってしまっている結果になっているわけです。

 [「抗菌」製品を避ける方法]
 その本には、抗菌製品を避ける方法も載っていました。目次を見たときに、「お! これは!!」と目を引かれました。抗菌製品をうまく見分けて避ける方法がわかれば、商品選択の重要な武器となります。しかし、本文を見てがっかりしました。次のような内容です。

   抗菌製品を避ける方法
○昔からある伝統的な殺菌方法を選ぶ(加熱・日光消毒・乾燥など)
○菌との共生をはかる
○汚れを許容する(潔癖症にならない)
確かにその通りなのですが、現実に抗菌製品が溢れているのに、この方法ではそれを避けることはできないじゃないですか!!

 結局、商品を買うときは、「抗菌」表示のあるなしにかかわらず、鼻で嗅いでみてよさそうなものを買うようにしました。「抗菌」と表示してあるものの中にも使えるものはあるし、「抗菌」と表示してないものの中にも使えないものがありました。それを感覚で判断して選ぶことにしました。

 [衣類の「抗菌」処理]
 しかし、過敏性が高かったときは、選ぶ商品のどれもが有害に感じられ、買えるものが1つもないという状態になっていました。一番困ったのが衣類です。多分、衣類には「抗菌」表示してないものでも、実際は抗菌処理されているものが高い割合で含まれているようです。あるCS患者は、衣類メーカーに問い合わせて確認しています。メーカーによって返答にばらつきがあるのですが、まとめると次のような内容になります。

「天然繊維であれば、ほとんどの衣類が抗菌処理されている。抗菌表示の有無は抗菌糸の混入率の違いによる。抗菌糸の割合が高いものは『抗菌』と表示し、低いものは表示なしとなっている。*2

 衣類はある時期からいっせいに刺激が強くなりました。(1990年代後半です。) 新しく買ったものが着られないので、古いものを何年も着回していました。2000年を過ぎたあたりから、古い衣類が次々にすり切れて着られなくなったので、着るものに不自由するようになってきました。その状態は 、現在まで続いています。

 [日用品の「抗菌」処理]
 調理用品や、バス・トイレ用品も「抗菌」してあるものが増えました。現在では、「抗菌」していないものを探すのが難しいくらいです。これらのものはなるべく「抗菌」表示のないものを選びますが、見つからない場合は、よくにおいを嗅いで一番刺激の少ないものを買うようにしています。「第1章〔4〕−c商品を購入する際の注意」でも書きましたが、無条件で返品OKというホームセンターを利用しているので、刺激のあるものは返品できて、とても助かっています。
*3

 抗菌処理していないものを探すのに、外国産のものや100円ショップのものを探すことがあります。外国では日本のように“抗菌ブーム”が起きていないためか、抗菌処理していない商品が見つかります(→スモール・データ・バンク「まな板」参照)。また、100円ショップでも原価を低く抑えるためか、抗菌処理をしていない商品が見つかることがあります。100円ショップの店内は、プラスチックなどのにおいが強いので、CS患者には行きにくい所かもしれませんが、もしできるのなら探してみてください。

*1 「ここがいけない消臭・抗菌剤」花岡邦明/著 NCコミュニケーション/刊
*2 「ある日、化学物質過敏症」山内雅恵/著 三省堂/刊
*3 「ホーマック」北海道を中心に全国展開しているホームセンター

(2005.7.22)

ゴーグル

 [強い目の痛み]
 
2001年にCSが悪化してから、それまでにはない症状が出てきました。強い目の痛みです。農薬にさらされると目が焼けるように痛くなります。一般の人の経験に照らし合わせて説明すると、タマネギのみじん切りをしているときの痛みに似ています。あるいは、太陽をじかに見つめたときの痛みというのでしょうか。とにかく強烈な痛みで、目を開けていられなくなります。視神経から脳にかけて異常な興奮状態になり、何も考えられなくなってしまいます。

 この目の痛みの発作によって、私の生活は広範囲で制限を強いられるようになりました。今でもその痛みは続いています。 私の生活の質は、「目の痛み」の症状に左右されていて、「目の痛みがない日は良い日、目の痛みがある日は良くない日」と思います。それが他の何よりも大きな判断基準となっています。「目の痛み」の症状の強さに比べれば、他の症状の辛さは、問題にならないほどです。そのくらい、「目の痛み」の症状だけが突出して強いものになっています。

 [ゴーグルを探す]
 自分の周辺の空気の中に刺激物が存在しているために、目の痛みが起きてくるのだから、外気を遮断すれば目の痛みは軽くなるはずだ、と考えました。それで、自分に合うゴーグルを探してみることにしました。

 まず、スポーツ用品店に水中メガネを見に行きました。これは、ゴムパッキンのにおいが強くてとても無理でした。ゴムの刺激で目が痛くなってしまいました。

 次にスキー用のゴーグルを見てみました。これはパッキンはないのですが、隙間だらけで効果が薄そうです。

 水泳用のゴーグルも見てみました。これもゴムパッキンのにおいがとても強くて全く耐えることができませんでした。スポーツ用品店は、その場にいるだけでぐあいが悪くなるので、選ぶのは容易ではありませんでした。

 結局良いものが見つからず、そのまま2年ほど過ごしていました。

 [ すばらしいゴーグル]
 
2003年にホームセンターでとても良いゴーグルを見つけました。軽作業用のゴーグルです。

安全メガネ/クリア (株)高儀

 ゴムパッキンはなくて、見た目は花粉症用のめがねに似ています。このゴーグルはレンズは透明です。このゴーグルは私の顔にぴったりで、つけると目の部分をよく覆って いて、隙間はほんの少しです。まるで、 「石膏で私の顔型を取って作ったのか!? 」 と思われるほど、顔によくフィットしています。これをかけると目の痛みがとても楽になります! 目の粘膜に刺激物が到達しないので、痛みが抑えられるようです。それで、目が痛くなると、このゴーグルをかけるようにしています。 とても重宝しています。

 このゴーグルはポリカーボネイト製。環境ホルモンが出るといわれている素材ですが、使用上、問題はないです。なぜかUVカット。

 現在まで、ずっと愛用しています。値段が安いので(¥400)、いくつか買って有害物質のレベル別に使い分けています。汚染の強いところに行くと、ゴーグルにもその刺激物がついてしまいます。あらかじめ、ゴーグルを「弱い刺激用」「中くらいの刺激用」「強い刺激用」と分けておき、外気の刺激に合わせて使い分けています。(レベル表示については第1章〔1〕−a「記録する」〔3〕−d「有害物質の影響を減らすための衣服の着まわし」をご覧 ください。)

*(株)高儀の「安全メガネ/クリア 」は、製造販売中止になってしまいました。今では、新しいものが手に入りません。これまで買ったものを大切に使っていこうと思っています。 

(2005.9.30)

香水 
 [ 香水でぐあいが悪くなる]
 私は香水がとても苦手です。人が集まるときや、すれ違いざまに香水のにおいがすると、とてもイヤな感じがします。香水による反応は複雑で、香りによって違う症状が出ます。あるものは粘膜に刺激を感じ、あるものは息苦しくなり、あるものは頭痛がし、あるものは皮膚が痒くなる、といったぐあいに。

 香水の他にも、香料を使ったものはたくさんあります。芳香剤、石鹸、シャンプー、整髪料。これらのものも苦手なのですが、香水は、香水にしかない独特の有害性があるように感じられます。

 天然の香料も苦手です。化学物質過敏症だと気づく前から、ラベンダーなどの香りでぐあい悪くなっていました。また、柑橘系の香りが苦手で、天然の香料はもちろん、果物それ自体のにおいでもぐあい悪くなります 。(無農薬のものでもです。) 柑橘系の香りは、粘膜に刺激を感じます。症状は天然木のにおいを嗅いだときに似ています。息苦しくなり、頭痛がします。

 ここ数年、アロマテラピーの流行と共に、香料のにおいを身につけている人(特に女性)が増えました。それに伴い、図書館の本でも、香料のにおいがついたものが増えました。特に料理の本・洋裁の本は、香料のにおいが強いものが多いです。これらの本は読んでいるうちにぐあい悪くなるので(症状は様々)、はじめから借りないようにするか、ビニール袋の中に入れて読むようにしています。

 [ 香水はなぜ有害か]
 一体、香水の何が有害なのでしょうか? 長らく疑問に思ってきましたが、いくら調べてもわかりませんでした。香料について書かれた本は、ほとんどが「香りでリラックスしよう」という内容の本です。少し固い内容の本も、「香りがいかに精神によい作用を及ぼすか」という内容のものばかりでした。

 「カナダのある大学で、香水アレルギーで強い症状が出る人がいるので、香水を全面禁止にした」という話を、どこからか聞いたことがあります。香水が有害なものになりうるという情報は、これたった1つだけで、長い間謎のまま過ごしてきました。

 考えてみると、化学物質過敏症の原因となる化学物質はたいてい、「体に悪い」といわれているものです。日常で使用されている濃度では、たいていの人には症状が現れませんが、それでも、基本的には「有害なもの」だということになっています。排気ガスや農薬は、環境問題の話題になると必ず出てくる物質で、社会的に「体に悪い」という共通認識があります。だから、一般の人に化学物質過敏症のことを説明するのに、その共通認識を利用することができます。 「これは、本当は体に悪いものなんですよ」 と。

 しかし、香水の場合は、いくら探しても、「有害」だという情報は見つかりませんでした。実際、香水や香料を大量に使用している人に、化学物質過敏症について理解を求めようとしても、「香料が有害である」ということを理解してもらうために、どのように説明したらよいのか、その手がかりが見つからなかったのです。「私がぐあい悪くなるから」といえば、それはそれでいいのですが、人を説得するためには、もっと強い根拠が必要だと感じました。しかし、「香料の何が有害なのか」については、いくら調べてもわかりませんでした。

 [香水の成分]
 
2004年に図書館で2冊の本を読み、香水の謎が解けてきました。以下が調べた内容です。
*1,*2

 ●香りの化合物

  ○天然香料
 はるか昔は、豚の脂身に花などのにおいを移したものを使った。その後、蒸留の技術が出てきた。香りのもとを沸かして、揮発させて香りの分子を分離する。(ウィスキーなどのお酒をつくる行程に似ている。)

19世紀にはいると、ベンゼンで香りの分子を抽出する方法が開発された。しかし、ベンゼンは毒性が強いので、そのあと、ヘキサン、トルエンなどを使うようになった。現在では、二酸化炭素で抽出するのが一般的。二酸化炭素を低い温度に冷やすと、液体になる。その液体を使って、香りを抽出する。二酸化炭素はそれ自体においがないので、香料の抽出に向いている。

  ○合成香料
 合成香料には2種類ある。

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1.従来香料として使われてきた天然香料と同じ分子を化学的に合成したもの

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2.天然には存在しない化学合成物(アルデヒドなど)。 
実験室で合成してみたら、たまたま香りがよかったもの。香りの分子は実に様々な構造をしている。香料を作るときにはいろいろな構造の分子を多数つくってみて、その中から香料に向いているものを選出し、製品化している。

 ●溶剤

 香水の溶剤はアルコール(エタノール)。高級なものほど、アルコールの純度が高い。安いものほど、水を多く含む。

  以上の内容により、私が香水で反応が起きるときには、2つの場合が考えられます。

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1.香りの分子によって反応が起きる。

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2.溶剤によって反応が起きる。

私の場合、溶剤のアルコールに反応している可能性はあります。また、香りによって症状が違うのは、のほうの反応によるものだと思います。香りの分子は、実に様々なものがあります。合成香料は、天然に存在しないものを化学合成してつくっているので、化学物質過敏症の症状を起こす分子が含まれているのだと思います。

*1 「逆説・化学物質」ジョン・エムズリー/著 丸善/刊
*2
「匂いの帝王」チャンドラー・バール/著 早川書房/刊

(2005.10.3)

 

ゴム製品 

 [合成ゴムによる症状]
 私は、合成ゴムがとても苦手です。CSだと気づいてから、カー用品店やガソリンスタンドなど、タイヤを積んである場所ではぐあい悪くなっていました。2004年秋に中古車を見て歩いたのですが、後部座席にタイヤを積んでいる車が数多くあり、そのにおいをかぐと、とても気持ち悪くなりました。

 症状は、まず胃がムカムカしてきて、生唾が出ます。そして背中から首筋が硬直した感じになり痛みます。その痛みが上に上っていって重苦しい頭痛を引き起こします。車酔いのときの症状に似ています。気道にゼラチンのような固まりが詰まっている感じで 、息苦しくなります。時間がたつと、だんだん視界が暗く狭くなってきます。ゆらゆらと体が揺れて気持ち悪くなります。物の輪郭が虹色にきらめくことがあります。重症だったときは、その場を離れても、2〜3時間は調子が悪かったです。

 [アスファルトによる症状]
 2000年夏、オープンして半年くらいたったスーパーに行きました。私は建物の中のにおいがきつかったので、店内に入りませんでした。夫が買い物をしている間、駐車場の車の中で待っていました。すると、だんだん気持ち悪くなってきて、車のシートを倒してぐったりしてしまいました。夫が買い物から戻ってきて、家に帰ることになりました。その頃、私と夫は同居していなくて、それぞれの実家に 住んでいました。私は夫と別れて、車を運転して帰ろうとしたのですが、ぐあい悪くてうまく運転できません。運転中、路側帯の白いラインが視界に入ってくるのですが、それが波打って左右に揺れるので、まっすぐ走るのにとても苦労しました。ラインはまっすぐなのに、私がひどいめまいを起こしていたために 、波打って見えたのです。だんだん気が遠くなってくるし、あまりにも危険なので、すぐ目についた駐車場に車を入れて、地下鉄で家まで帰りました。どうやって家まで戻ったのかよく覚えてい ません。家に帰ってから、ウーンウーンとうなりながら寝て、翌朝早く、車を取りに行きました。(早朝の方が道路がすいていて運転しやすいので。)

 あとで夫が調べてくれたのですが、そのスーパーの駐車場のアスファルトは古タイヤを再生して作ったものだということでした。夏なので、炎天下でゴムの成分が揮発していたみたいです。

 [靴を購入する方法]
 ふだん合成ゴム製品と接触しないように気をつけているのですが、靴だけは履かないわけにはいきません。靴店は、ドアを開けただけで、ゴムと革のにおいがムワーッと迫ってくるので入れません。デパートやスーパーで、広いフロアの一角が靴売り場という場合は、何とか近づくことが できます。靴店よりゴムの揮発成分の濃度が低いからです。

 私はどんな商品でも、買う前によくにおいを嗅ぐようにしていますが、靴だけは特別です。靴は鼻先でにおいを嗅ぐと刺激が強すぎるので、少し離して用心深く嗅ぐようにしています。明らかににおいが強いものと、比較的マシなものがあるので見分けて買います。

 靴は、買ってから1年くらいベランダに置いておき、においが抜けてから履くようにしています。現在履いている靴の次の靴が、すでに干してあります。先を見越して購入するようにしています。

 [ズック靴]
 2000年春に、祖父が入院しました。しばらくして少し症状が落ち着いてきたので、リハビリをすることになりました。祖父が売店でズック靴を買ってきて欲しいというので、買いに行きました。ズック靴を手にしたのは、高校卒業以来10年ぶりのことです。それはそれは、ゴムくさかったです。よせばいいのに、私は鼻先まで持っていってにおいを嗅いでしまいました。どのくらいにおうのか確かめようとして・・・。最近「シックスクール」の問題が取り沙汰されていますが、CSの子供には、ズック靴はすごくきついんじゃないかと思います。祖父はその後、病状が悪化して、そのズック靴を使わないまま亡くなりました。私は病院に行くだけで体がつらくて、あまり何もしてあげられなかった ことを、今でも後悔しています。

 [調理用品]
 調理器具などの底に、滑り止めのゴムがついていることがあります。新品はけっこうにおいます。しかし、使用されているゴムの量がそれほど多くないので、2,3ヶ月我慢して使っていると、においがうすくなってきます。時々耐えられないほど刺激が強いものがあるので、そのときはゴムの部分をカッターで削り取ってしまいます。しかし、その際 、そのゴムを貼りつけている接着剤(黄色っぽい色のものが多い)が露出してしまうことがあります。これはゴムよりも刺激が強いことが多いです。 ゴムをはがさなかった方がマシだったということが何度かありました。そういうときは粘着テープで接着剤の部分を覆ってしまうと、刺激が少なくなります。(粘着テープは刺激の強いものが多いのですが、私には1種類だけ使えるものがあります。)

 [水道]
 水道や浄水シャワー・浄水器などにも、接合部にゴムパッキンが入っています。これは、けっこう刺激があります。水道のパッキンは古くなってもなるべく替えないようにしています。(蛇口の締まりが悪いです。) 新品は干してから使うと 、刺激が減ります。

 [シリコンゴム]
 シリコンゴムも苦手なものの1つです。シリコンゴムは熱に強いので、耐熱容器の蓋のパッキンなどに使われています。容器を買うときにパッキンが有害かどうかよく確かめるようにしています。刺激が強くて使えないものがほとんどです。目の粘膜に刺すような刺激があります。圧力鍋を買うときも、ゴムパッキンで困りましたが、ドイツ製のもので 、1つだけ刺激が少ないものがあったので助かりました。(フィスラー:圧力鍋)

 歯科治療の際に、詰め物をしたあと、シリコンゴムのヤスリで表面をなめらかに研磨することがあります。これは、けっこう目が痛いです。そのため、歯科治療後、家に帰ってから、治療した歯の表面をオイルクレンジング(洗顔用)と石鹸(液体)で洗います。かなり刺激が取れます。はじめの頃は石鹸だけで洗っていましたが、クレンジングも併用した方が、刺激がよく取れることがわかりました。

   参考までに・・・クレンジング(ドクター・ウィスラーズ・ウォーター)
            
石鹸(自然丸台所用)

 [天然ゴム]
 天然ゴムでも刺激を感じることがあります。これも目の痛みの症状が出ます。合成ゴムやシリコンゴムよりは刺激が少ない感じです。CS患者は、あの独特のにおいが苦手なのだと思いますが、私はにおいは割と平気で、とにかく目が痛みます。天然ゴム製品は 、遠くに離れて存在している分には、まだ影響が少ないのですが、近くにあるとかなり痛いです。

 私は2001年に電磁波過敏症(ES)を発症してから 、金属製品を身につけると強い目の痛み・頭痛を感じるようになりました。髪をまとめるのにヘアピンやバレッタ(髪留め)を使えないので、仕方なくゴムを使っています。髪をまとめるゴムはたいていレーヨン+天然ゴムが原料です。最近ポリウレタン100%というものも出ました。(見た目 は、輪ゴムに黒い色をつけたようなかんじです。) しかし、これは従来の髪ゴムよりずっと刺激が強いです。

 髪ゴムは身につけて使うものなので、少しの刺激でも影響が大きいです。私は使用する3ヶ月前に、ゴムを干すようにしています。ゴムは伸ばして使うものです。縮んだ状態で干しておくと、使用したときゴムが伸びて、それまで空気に触れていなかった部分 の刺激が出てきてしまいます。必ずのばした状態で干すようにしています。こうすると、刺激が減って使えるようになるのですが、すでに初使用のときには、ゴムが伸びてヨレヨレになっています。使っているうちにさらに 伸びていき、弾力性がなくなっていきます。寿命はとても短いです。このような方法で、なんとか髪ゴムを使えるようになっています。

 輪ゴムは問題なく使用できています。においも刺激もそれほど感じません。

 [衣類のウェストゴム]
 2001年にパジャマのズボンのゴムが伸びて、ズルズルずり下がるようになってしまいました。新しいゴムを入れようとしたら、刺激が強くて目が痛くなってしまいました。買ってきたゴムの原材料は 、天然ゴム+ポリエステルです。これは使えないのであきらめて、ひもを通してしばることにしました。市販の綿ひもを買ってきましたが、これも刺激があって使えなかったので、自分でひもを作ることにしました。私は布も使えないものが多いのですが、1種類だけ使用できるものがあったので、その布を細長く切って、折りたたんで縫い、5mm幅のひもを作りました。これをズボンのひも通し穴に通して使っています。ズボンのずり下がりはなおったのですが、弾力性がないので、寝ていて 、何となくお腹が苦しいです。ゴムというのは、本当に便利なものだと思いました。

 [歯科治療]
 歯科治療のときに歯科医が手にはめているゴム手袋も天然ゴムです。これはけっこうゴムくさいです。そして目が痛みます。治療時間はせいぜい30分〜1時間くらいなので、何とか耐えられます。もし、そのゴム手袋を自分の手にはめて長時間過ごさなければならないとしたら、とても耐えられないと思います。

 ラテックス・アレルギーの人は天然ゴムに接触するとかぶれます。医療現場では、ラテックス・アレルギーの患者のために代替品を用意しているはずなので、かぶれる人は相談してみるとよいと思います。しかし、代替品を使うと、かぶれは防げてもCS症状が強く出る恐れがあります。多分、代替品はポリウレタンか合成ゴムで、これはかなり化学的なにおいがします。医師・歯科医師とよく相談してみてください。

(2005.4.15)
 

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寒さ対策
 CS患者にとって、冬は厳しい季節です。たいていの患者は、寒くても灯油を使った暖房器具を使うことが難しいなどの理由で、寒い冬を過ごすことになります。また、衣類や寝具など、寒さから身を守る衣料品についても、体に合わない素材があったり、購入しようにも新品の化学物質が問題になって、満足に使用することができません。そんな中でも、何とか工夫して、少しでも寒さをしのげるように暖を取っているのが現状です。

ここでは、私の冬の「寒さ対策」を書いていこうと思います。

 私は2002年に、それまで住み慣れた仙台の地を離れて、札幌に引っ越しました。札幌の寒さは、本州育ちの私にとっては、想像を絶するものでした。私は引越してきた年に、北国仕様の暖房器具(ストーブ)を購入しようとしましたが、いくら試しても体に合うものが見つかりませんでした。そのため、 今でも仙台から持ってきたポータブルの灯油ファンヒーターのみで、寒さをしのいでいます。小型のものなので、部屋が十分に暖まりません。このストーブも、灯油を燃やす匂いが体に厳しいのですが、ストーブなしで北国の冬を越すのは、大変難しいです。体をだましだまし、何とか使っています。(→詳しくはスモール・データ・バンク「暖房」に書きました。)

 小型のストーブだけなので、真冬の室温は10℃前後で、それ以上あがることはありません。寒いです。また、夜はストーブを消して寝るので、早朝の室温は氷点下まで下がります。外出時は、外気が−5℃以下の中を歩かなければならないこともあり、このときも寒さを防ぐ必要があります。

 暖房・防寒のための商品は数多く売られていますが、私が使えるものはごくわずかです。繊維製品は、綿のみ。ポリエステル・アクリル・シルクはにおいが強く、身につけるのは難しいです。ウール製品は、肌がかぶれます。CS患者の中にはフリース(ポリエステル)を使える方が多いようですが、私はどうしても匂いがダメで使えずにいます。綿素材を駆使して、少しでも暖を取ろうと、日々工夫しています。

 暖房器具については、子供の頃から電気あんかや電気こたつを使用してきましたが、電磁波過敏症を発症してから、使用できなくなりました。湯たんぽは、素材そのものが熱せられるので、においが強くなり、使用できるものを見つけるのが困難です。
 このような状況ですが、寒さを防ぐためにどのような対策をしているのか、書いていきたいと思います。

[室内での寒さ対策]
○服装の工夫
 小さなファンヒーター以外は熱源がないので、あとは自分の体温を逃がさないように工夫しています。とにかくひたすら厚着をして、体熱を保つようにします。

 服装のポイントは、
  (1)重ね着をして、体熱が逃げないようにする。外の寒さが体に伝わらないようにする。
  (2)衣類の隙間をなくし、体熱が逃げないようにする。

(1)はもちろんですが、(2)が特に重要だと感じています。

 私の冬の服装は、タマネギのようです。服を一皮むいても、さらに下に着ています。もう一皮むいても、さらにむいても、次々服が出てきます。マトリューシュカ人形とでも言えましょうか。十二単と言ってもいいでしょう。これだけ着込むと、けっこう暖かいです。でも、動くたびに全身が重いです。

 特に、下半身と腰の部分を冷やさないようにすると、全身の温かさが保たれるように感じます。お腹には自作の腹巻き(綿素材のもの)をして、下半身にはズボンとスカートの重ね履きをしています。ズボンは隙間から冷気を防ぐのに役立ちます。スカートは、足さばきを悪くすることなく、足や腰を温めるのに役立ちます。スカートは、2〜3枚はいています。靴下も2枚重ねると、1枚のときより格段に暖かいです。首筋から肩にかけての寒さもこたえるので、ここは「頭巾」のようなものをかぶって防いでいます。頭をすっぽり覆い、耳も首も外気から守られるので、熱が逃げずに暖かいです。(「頭巾」について詳しくは、後述します。)  指先が冷たいときは、室内でも手袋をしています。

○体を内部から温める
 温かい飲み物や食べ物を摂ると、体が中からじんわり温まります。水分補給もかねて、頻繁にお湯を飲むようにしています。これは、思ったよりずっと効果があります。全身がぽかぽかする感じになります。

 飲み物についてですが、私はお湯を飲むようにしています。2002年11月まではコーヒーや緑茶など、カフェインを含む飲み物を飲んでいましたが、健康のことを考えてやめました。私はコーヒーがとても好きだったので、身を切られるような決断でしたが、やめることによって体調は確実によくなりました。

 それまでは、コーヒーを飲むと頭がスッキリと覚醒して、爽快になったので、飲むのが好きでした。しかし、全身の血管が収縮するような感じがあり、体が冷えて、熱が失われていく感じがしました。また、カフェインの利尿作用からトイレが近くなり、体から水分が抜けて、全身が乾いたような状態になっていたと思います。常に軽い脱水症状になっていたようで、そのためか体温の調節が悪かったです。体がほてったり、寒気がしたりしていました。

 カフェインをやめてからは、体温調節かよくなり、冬に体が冷えることが少なくなり、過ごしやすくなったと感じています。これは、人によって体質に差があるでしょうから、他の人にも当てはまるのかどうかはわかりませんが、心当たりのある方は一度カフェイン断ちをしてみてはどうでしょうか。私はやめてから今年で5年になりますが、これからもカフェイン断ちを続けていくつもりでいます。

 食べ物で体を温めるものは、お粥がいいです。私は2006年以来、歯の具合が悪く「ご飯」が食べられないのですが、代わりにお粥を食べるようになりました。これが、体の保温効果には、とてもよいのです! ご飯の何倍も体があったまります。量を食べるとのぼせてしまうほどです。これは、お湯を飲むより、ずっと体の保温力が高いです。

 また、私は圧力鍋でお粥を炊いているのですが、炊きあがった鍋を膝の上にのせて抱えると、本当に暖かいです。座って、ももの上に鍋敷きを置き、その上に圧力鍋を乗せておくと、お腹も体も全身暖まります。(火傷に注意。) また、熱いお粥をガラス製の保存容器に入れて、膝の上にのせておくのも、暖かくて好きです。以前、掲示板で「ラップに包んで冷凍しておいたご飯を電子レンジで温めて、 カイロ代わりにすると暖かい」という書き込みがありましたが*1、それの「お粥」版です。ご飯もお粥も、お湯より冷めにくく、長持ちします。

 鍋料理も、部屋と体を暖めるのに最適です。コンロを囲んで、アツアツを食べると、本当に暖かいものです。湯気が部屋を暖めてくれます。我が家は室温が低いので、炒め物などは、つくった直後から急激に冷めていってしまい、食べる頃には冷たい料理になっています。その点、鍋料理は熱いままを食べられるので、冬はしょっちゅう鍋をやります。

 卓上コンロにハロゲンコンロ(電気コンロ)を使うので、ガスの匂いに悩まされることはないのですが、電磁波過敏症があるので、加熱している間は離れているようにしています。また、湯気が部屋にこもって湿度が上がり、壁や窓が結露するとカビが生えるので、窓を3センチほど開けておきます。(ここから寒風が入ってくるので、鍋の温かさとのせめぎ合いになっています。) 本来なら、結露を防ぐために、 少し窓を開けて換気扇を回すべきなのでしょうが、暖房の貧弱な我が家は、それをするとあっという間に室温が氷点下になってしまいます。

 冬は食事をきっちりとった方がいいです。栄養が足りなくなり、体重が減ってくると、寒さに俄然弱くなります。私は歯の調子が悪く、食事が満足に摂れなくなって から、とても寒さに弱くなりました。前年と同じ気温でも、格段に寒く感じます。体が内部から凍えるという感じです。冬はたくさん食べて、体脂肪をつけておくと、過ごしやすくなるのではないかと思います。

 また、前述のように、私はお粥を常食にしているのですが、そのため急激に体重が減ってしまいました。ふつうのご飯を水で5倍に薄めたような食品なので、これで従来の栄養を摂るのは難しいです。おかずも満足に噛めないので、こんなことになってしまいました。お粥で体を内部から温める方法も、毎食ではなく、ときどき食べるのがいいのではないかと思います。逆に体重を減らしたいと思っている人は、ご飯の代わりにお粥を主食にしてはどうでしょうか。体もあったまるし、体重も減ります。「お粥ダイエット」。効果は私が実証済みです。

○住環境の工夫
 窓ガラスからの寒気を防ぐために、窓にエアキャップを貼りました。(エアキャップは、荷物を梱包するときに使う、プチプチとした緩衝材のことです。) これでいくぶん寒さは防げているようです。めざましいほどの効果はありませんが…。エアキャップはビニールの匂いがしますが、室温が低いので成分の揮発量は少ないようです。強い症状は起きていません。

 私の家は2重窓になっていて、外窓はアルミサッシ、内窓は木枠の窓です。この木枠の隙間から冷気が入ってくるので、ここに細長く折りたたんだ紙を挟み込んで防いでいます(図1)。スースーとした冷気が入り込んでいたのがやんで、部屋が暖かいです! 私は新聞紙に対して強い反応が出ないので、ここに新聞紙を使っていますが、匂いが苦手な方は、代わりに大きな紙を使えばいいと思います。北海道の古い木造住宅に住んでいる方は、ぜひ試してみてください。

 また、人から勧められて使ってみて、よかったものを紹介します。「窓際あったかボード」という、厚さ1センチくらいのスポンジ状のボードです。これを窓に立てておくと、 窓から入ってくる冷気が防げます。夫の部屋では重宝しています。これは、はっきりとした保温効果が感じられました。私はこのボードの匂いが苦手だったので、表面をビニールで覆って使っていますが、そうすると断熱効果は低いです。この ボード表面の小孔(発泡スチロールのような素材)が空気をとらえて断熱効果を発揮するらしく、表面をビニールで覆うとその効果がなくなってしまうようです。

 夫は、自室の窓に段ボールを挟み込んでいます。2重窓の間です。私は段ボールの匂いに耐えられるか自信がないのと、結露で段ボールにひどくカビが生えそうなのでやらずにいますが、これは暖かそうです。

[寝るときの防寒対策]
○寝具
 昼間、寒さをしのぐのも大変ですが、夜寝るときの寒さはもっと大きな問題です。真冬になると、室温が氷点下になるので、寒くて寝ていられず目が覚めてしまいます。吐く息は、白く濁っています。手足は氷のように冷たくなります。 「寝ている間にどれだけ暖を取れるか」ということが、私にとっては重大な問題でした。

 北海道の一般的な家庭では、ストーブを一晩中つけっぱなしにするのが標準のようです。我が家のストーブはポータブルの灯油ファンヒーターなので、3時間たつと自動消火装置で消えてしまいます。一晩中たくことはできません。私は自動消火装置が働くまでもなく、就寝時にはストーブを消すことにしています。寝ている最中は換気ができないので、開放型のストーブがはき出す排気に耐えられないからです。

 私が使っている寝具は、冬を越すのに十分なものとは言えません。掛け布団や毛布を何枚か重ねていますが、いずれも薄く、綿やポリエステルの素材なので、あまり暖まりません。新しいものを買いたいのですが、匂いの問題があって、なかなか買えずにいます。夫の寝具は、私のものより厚手のもので、アクリルの毛布も掛けているので、ずっと暖かいです。ときどき夫の布団に入ってみると、本当に暖かくて、私の普段の寝具がいかに貧弱であるかを思い知らされます。夫の布団は、化学物質の匂いがあって、私は長時間寝ていることができません。

 以前、私のこの状況を見かねた方が、親切に、古い綿の布団を譲ってくださったことがありました。何日も何日も日にさらして匂いを抜き、全面に掃除機を掛けて、私が使えるようにしてくれました。しかし、私はその布団も使うことができなかったのです。化学物質の匂いはよく抜けていましたが、とても古い布団だったため、ホコリやカビの匂いが内部から出てきて、息苦しさと痒みとで、眠れなかったのです。せっかくの善意を生かすことができず、申し訳なく思いました。

 他のCS患者の方と話をしていると、「古くて化学物質の匂いが抜けているものなら大丈夫」という人と、「古すぎるものは、カビやホコリの問題があるからダメ」という人に分かれます。私は後者で、古すぎるものも新しすぎるものもダメなので、難しいです。住む家を探すときも、古すぎる家はカビの問題があり、新しい家は化学物質の問題があり、ちょうどよいものを見つけるのに苦労しました。

 現状、貧弱な寝具しか揃えられないので、その機能を最大限に生かすことを心がけています。私は掛け布団の上に綿の毛布を掛けているのですが、すそを折り込んで、敷布団の下に入れています。足元の三方向を折り込みます(図2)。 寝返りをうつのに少し窮屈ですが、隙間から冷気が入りにくくなるので、足の冷えが緩和されます。これはとても効果のある方法です。毎晩、寝る前に掛け布団や毛布を整えて、きちんと折り込みます。

○湯たんぽ
 就寝時の暖房器具についてですが、前述のように、電気製品は使えません。また、使い捨てのカイロも使うことができません。それで、湯たんぽはどうかと思って、いろいろなものを試してみました。

 はじめに、金属製の湯たんぽを試してみましたが(2001年頃)、これは外も中もひどいにおいで、とても使えませんでした。錆止めの加工か何かがしてあるのではないかと思います。また、私には、金属自体のにおいも気持ち悪く感じられました。

 プラスチック製の湯たんぽは匂いそうで自信がなかったのでやめて、次に、陶器製の湯たんぽを試しました(2002年頃)。これは、私の窮状を知った方が、あまっている陶器製の湯たんぽを貸してくださったのです。そのため、費用をかけずに試すことができました。多分、陶器の素材には反応しなかったと思います。しかし、お湯を入れると湯たんぽ全体から、ピリピリと突きささるような刺激が立ちのぼりました。部品をひとつひとつ嗅ぎわけてみると、原因は、栓のところについているゴムパッキンだとわかりました。ゴムパッキンなしで蓋を閉めてみましたが、お湯が漏れてしまい、使い物になりません。ゴムパッキンを日に干したり、熱湯につけたりすれば、刺激は抜けるかもしれませんが、お借りしたものなので、それはできず、そのままお返ししました。

 布団のときもそうでしたが、人の親切を受けても、それを生かせないというのは、大変心苦しく、申し訳ないものです。私は過敏性が高く、多くのものに反応していたので、これまでこのような体験を数多くしてきてしまいました。人の好意を気持ちよく受けることができたら、どんなにすばらしいことでしょうか。

 次に、「ペットボトルを湯たんぽにする」というアイデアをどこかで聞いてきて、これも試しました(2002年頃)。ペットボトルなら、手元にミネラルウォーターのものがたくさんあります。普段ミネラルウォーターを飲んでいて、ペットボトルに強い反応はないので、気軽にできそうでした。ペットボトルなら、蓋のところにゴムパッキンがないので、よさそうです。
しかし、40℃くらいのお湯を入れてみると、ペットボトル全体からモヤッとした匂いが立ちのぼりました。鼻や呼吸器を圧迫するような重苦しい空気です。プラスチックの素材が熱せられて、立ちのぼってくる感じです。これで一晩寝てみましたが、朝起きると重苦しい頭痛がして、息苦しくなってしまっていました。これまで試してきた湯たんぽよりは、まだ反応は緩やかだったのですが、これを毎日使うのは難しそうです。

 その直後に、今度はガラス瓶を試すことにしました。義母(夫の母)が看護婦をしていたときに、患者のために、醤油や酒のビンを湯たんぽに使ったということです(1960年頃の話です)。50℃程度のお湯なら、ビンが割れることはないといっていました。ガラスなら大丈夫だろう…と思ったのですが、これにも反応してしまいました。やはり蓋の部分です。水漏れしないようにかませてあるプラスチックの素材が熱せられて、刺激を発していました。私は目がとても過敏で、少しの刺激でも強い目の痛みが起こります。私はガラス瓶の湯たんぽを一晩使ってみましたが、朝起きると、刺激で目が痛くなってしまいました。それで、ガラス瓶も私には無理だということがわかりました。

 いくつかの湯たんぽを試してみてわかったことですが、温度管理がとても難しいです。瓶やペットボトルでは、お湯は案外すぐ冷めてしまうので、寝る前に熱め(50℃くらい)のお湯を入れます。そうすると、布団の中が熱くて、汗をいっぱいかいてしまいます。しかし、3時間もするとお湯は冷えてしまうので、そのあと寒気が襲ってきます。また、たった2晩試しただけなのに、敷布団がカビました! 私はもともと汗っかきなので、布団の中が厚すぎると大量の汗をかいてしまうようです。それで、布団が湿ってカビが生えたようです。外から熱を与える方法よりも、自分の体温を逃がさない方法の方がいいのではないかと思いはじめました。

 湯たんぽについては、もう1つ試した体験があります。2007年にCS患者の方のブログを見て、電子レンジで温めるタイプの湯たんぽを試しました。これも、素材が熱せられるので自信がなかったのですが、試し てみることにしました。素材は、プラスチックのビニール袋に、中はゼリー状の素材が入っています。成分表示は、「ゲル化剤」となっています。これは、食品にとろみをつけるための素材と同じなので、それほど有害性は高くないのではないかと思いました。万が一、中身がこぼれたときに わかるようにと、このゼリー状の素材には、赤い色がついていました。この色素も少し気になりました が、色素の成分表示はありませんでした。

 はじめ、箱を開けたときに、段ボール箱の匂いなのか、それとも内容物なのかわかりませんが、刺激を感じました。中には、湯たんぽ本体と湯たんぽカバーが入っていたのですが、このカバーの方がにおいます。カバーは使わないことにしました。自分で簡単なカバーを綿の布で作りました。湯たんぽ本体は、そのものの匂いなのか、カバーの匂いが移ってしまったのかわかりませんが、少しピリピリとした刺激がありました。これを電子レンジで加熱すると、温まるごとにピリピリとした刺激がますます強くなり、目の痛みが強まってしまいました。(とにかく目が過敏なのです。) これを手製のカバーに入れて寝てみましたが、途中であまりにも目の痛みが強いので、寝室の外に出してしまいました。続けて使うのは無理そうでした。

 このように私は使えなかったのですが、電子レンジで加熱するタイプの湯たんぽは、電気を使うものではないので、ESの人でも使えますし、お湯を用意しなくてもいいので、手間がかからず便利です。使える方は重宝するのではないでしょうか。 CSの反応物質には、個人差があります。CS患者の中で、この素材に私ほど過敏でない方は、使えるのではないかという印象を受けました。よさそうだと思った方は、ぜひ試してみてください。

 たった数時間試しただけでしたが、湯たんぽの温度をそれほど高くしたわけではなかったのに(40℃くらい)、やっぱり私は体がほてってしまい、たくさん汗をかいてしまいました。何日か使っていたら、また布団にカビが生えていたと思います。私の場合は、外から熱を加えるより、自分の体温を逃がさない方法の方が合っているのだと思いました。

○服装の工夫
 重ね着をして寒さから身を守ること、服装の隙間をなくして体熱を逃がさないようにすることをポイントにして、就寝時の服装も工夫を重ねてきました。

 私が寒くてつらいと感じたのは、次の3点です。
(1)腰やお腹が冷えて、全身が寒い。
(2)布団から出ている頭や顔が冷たい。耳がちぎれるよう。衿元から外気が入って、肩まで寒い。
(3)足が氷のように冷える。

 (1)については、パジャマのズボンを2枚重ねてはき、さらにその下に腹巻きをすることで、何とか寒さを防いでいます。腹巻きは市販のものが使えなかったので、体に合う布で自作しました。パジャマのズボンも自作です。

 (2)については、はじめは帽子をかぶって寝てみました。頭を覆うだけでも、かなり暖かいです。しかし、帽子はすぐに脱げてしまうので、どうやって頭につけたままにしていられるかが問題でした。どうやっても、朝までには脱げてしまいます。また、2001〜2003年は、首もとにバスタオルをまいて寝ていました。これは、衿元からの冷気を防ぐ上で、とても効果がありました。布団と体との隙間を減らすことがポイントです。しかし、これでは耳のちぎれるような冷たさは防げませんでした。それで、頭も耳も首もとも全部覆えるような帽子を作れないかなあと考えました。

 店頭やカタログで、ときどき首まで覆えるデザインの毛糸の帽子を見ることがありました(図3)。素材はアクリルやウールのものなので、その製品を買っても、私は使うことができませんが、同じ形のものを綿の素材で自作できないかと思いました。それで、図書館に行って、このようなスタイルの帽子の型紙を探しました。いくつか見つかりましたが、ただ耳当てがついているだけのものが多く、後頭部から肩にかけての部分を覆うデザインが見つかりません。それで、型紙なしで、自己流でつくってみることにしました。基本的な考え方は、筒状のものがあって、顔の部分が開いていればいいわけです (図4)。使える布さえあれば、なんとかなりそうでした。

           

 

 それでいろいろ試行錯誤をしたあげく、次のようなものができました。

用意するもの:メリヤス地の下着(長袖)  通称“ババシャツ”
         スナップボタン

作り方:(図5)
〈1〉下着の下半分を折りたたんで脇を縫う。ポケットのようなものができます。
〈2〉ひっくり返して頭をつっこみ、袖を体の前にたらす。
〈3〉頬の両脇の布を引っぱって、顎の部分に隙間がないように合わせ、ちょうどいい位置にスナップボタンをつけて、とめる。
〈4〉袖を結ぶとできあがり。
〈5〉
オプションで、10×24cmくらいの布をスナップボタンでつけました。これで目を覆うと、アイマスクになり、真っ暗な中で安眠できます。

   

 すそを折りたたむ幅や、ボタンの位置は、つくりながら決めます。縫ったりほどいたり何度かやると、体に合うちょうどいいものができあがります。首の後ろの部分がスースーして寒いので、私はここにもスナップボタンをつけて、パジャマの衿の部分とつなげられるようにしました。

 はじめにこの帽子をかぶって寝たときは、それはあったかくて、あったかくて…。まだ冬の初めで気温がそんなに低くなかったこともあって、暑苦しいくらいでした。本当に 、この帽子には助けられています。これがなければ、真冬はとても寝ていることができません。

  この「頭巾」の見た目は、いいものではないので、家族に見られると、ひかれるかもしれません。でも、暖かさはピカイチです。寒い日は昼間もかぶっています。 その姿は古代エジプトを彷彿とさせるらしく、夫は私を見て「ファラオだ、ファラオだ!」と言って、喜んでいます。(ツタンカーメン・黄金のマスクの雰囲気。)

 (3)足元の冷えに対しては、靴下やブーツ状のもので対策しました。初めは厚手の靴下をはいていたのですが、これは締め付けられる感じがあって、寝苦しいです。ゆるめの靴下だと、寝ている間に脱げてしまいます。しかも、靴下だけだと、どうにも足の冷たさが防げない感じがしました。

 厚手のフワフワな布で、ブーツのようなものをつくることにしました(2003年頃)。型紙は、図書館の本を見たのではないかと思います。窮屈なのは嫌なので、型紙を拡大コピーして、ゆるめのものをつくりました。布は綿のキルティング地。中綿はポリエステルです。この布の匂いは少し気になりましたが、寒さには勝てず、これを使うことにしました。

 図6のようなものができて、さっそく履いてみました。暖かかったです! しかし、厚手なので、ゴワゴワして、履き心地があまりよくなかったです。また、すぐに脱げてしまうので、足首のところを布のベルト(自作)でしめて寝ていました。これも窮屈な感じがしました。パジャマのズボンのすそをブーツの中に入れていましたが、ここもゴワついて、感触がよくなかったです。すそがブーツから抜けてまくれ上がり、スースー と寒くなります。ブーツが分厚いので、パジャマズボンのすそを外に出して重ねることができませんでした。いろいろ不満はありましたが、これを4年ほど使いました。

 2008年になってからは、別の方法をとるようになりました。驚くほど簡単な方法です。

ゆるめの靴下(履き古したもの)を履く。
パジャマズボンを履く。
靴下とズボンのすそにスナップボタンをつけて、両者を連結する。おわり。
(図7) 

あっけないほどです。しかし、これによってズボンのすそがまくれあがらず、ゆるめの靴下が脱げず、両者の間に隙間がないので、暖かさが保たれ、窮屈さはまるでありません。靴下は、ふつうの厚さのものですが、隙間がないというだけでこんなにも保温力が持続するものなのでしょうか。 キルティングのブーツより、効果は上です。2008年の冬は寒さが続き、室温が−2℃まで下がりますが、足は冷えなくなりました。

 このような服装の工夫で、就寝時の寒さをしのいでいます。使える布は綿だけですが(綿の中でも使えるものは限られています)、工夫次第で、暖かさを保つことができています 。

[外出時の寒さ対策]
 札幌の冬の外気はとても冷たく、昼間でも−5℃くらいのこともあります。もっと寒い地域に住んでいる方には、たいしたことがないと思われるかもしれませんが、仙台育ちの私にとっては、想像を絶するような寒さでした。

 私は2004〜2006年に自宅の車に乗れなくなり、外出はすべて公共交通機関を使っていました。吹雪の中、バス停でバスを待っているのは、とても体にこたえました。車で移動できると、ずいぶん寒さを防げます。

 外出時の服装について書きます。コートは、ウールやダウンのものを使えると暖かいのでしょうが、私は使えないので、キルティングのコートを着ています。中綿がポリエステルのものです。このコートは、1999年に買ってから、10年近くなります。本来、ドライクリーニングに出すべきもので、水につけてはいけないもののようなのですが、汚れるたびに浴槽で手洗いしていました。年を経るごとに、だんだん中綿がへたってきました。仙台にいるときは、これで十分でしたが、札幌では、このコート1枚では、寒さを防ぎきれないように感じます。しかし、代わりのものがないので、大切に着ています。

 これまで何度か、ダウンジャケットを購入しようとしてきましたが、その度に断念しています。夫のダウンジャケットをときどき試しに着させてもらうと、本当に暖かいです。外気が−5℃でもダウンジャケットを着ていれば、ほとんど寒さを感じません。ダウンジャケットは、外布の化学物質臭の他にも、ダウンそのものに対する反応があります。CS反応の他に、アレルギーのような症状が出ます。喉に粉っぽい感じがあって、むせてしまいそうになり、皮膚や鼻の粘膜に痒みを感じます。羽毛に対してアレルギーを起こしている感じです。私はそんなわけでダウンジャケットを使えないのですが、寒冷地に住む人は、ぜひダウンジャケットが着られるようにがんばって欲しいです。干したり、何とか匂いを抜いたりして、工夫してみてください! 本当に暖かいです!

 外出時の服装は…

◆スカート
 綿スムースのペチコート2枚をはき、その上に綿シーチングのスカートを2枚重ね履きです。どれも自分でつくったものです。外出時にズボンを履く習慣がないので、冬でもスカートです。スカートの下に、手製の腹巻きをしています。

◆靴下
 靴下を2枚重ね履きにしています。その上に、レッグウォーマーを着用しています(図8)。これは、綿100%の素材のものです。かつてルーズソックスが流行っていた頃(2000年頃)、足先の部分がない、レッグウォーマータイプのルーズソックスを買いました。においも少なく重宝しています。今は手に入らないと思います。綿だけのレッグウォーマーは、なかなか見つからない中で、いいものを買えました。

 ルーズソックスなので、放っておくとずり落ちてしまいます。「ソックタッチ」(靴下のずり下がりを防ぐための糊)は使えないので、膝下の部分に綿のバンド(自作)をしめて、ずり下がりを防いでいます。

 30代後半の女性が、今時ルーズソックスをはいているというのは、端から見てどうなのでしょう? ちょっと恥ずかしかったのですが、実際には、心配は無用でした。丈の長いスカートをはき、長靴を履いているので、レッグウォーマーの部分は、外からほとんど見えないからです。

◆手袋
 白い綿の手袋をしています。ドライブ用の薄手のものです。真冬には2枚重ねにします。1枚のときより、格段に暖かいです。私が買っているものは、手首のところが短くて、ここらか冷気が入るので、手首の部分を覆う布をつけたして、丈の長い手袋にしています(図9−a)。また、夏用のドライブ手袋は、日焼け防止のために、肘までの長さのものが売られています。これを適当な長さにカットして、手首まで覆える手袋にしています(図9−b)。

 白い手袋は汚れやすいので、頻繁に洗濯しなければなりません。この手袋と1枚つけた上に、厚手の冬用手袋をつければ暖かいのではないかと思うのですが、素材のいいものが見つかりません。ウールやアクリルは、綿手袋の上につけても、チクチクして、どうもだめです。ナイロンかビニールのような素材のものを狙っていますが、手のひらの部分に、滑り止めの合成皮革がついているものが多いので、よいものを探せずにいます。白い綿手袋の上に、色の濃い手袋をつければ、汚れが目立たなくて便利だと思うのですが。

◆靴
 長靴を履いています。2002年に購入し、1年くらい直射日光にさらしていたものです。今はもうゴムの匂いはしませんが、材質が劣化してヒビが入ってきました。水たまりを歩くと、中に水が入ってきてしまいます。気をつけながら歩いています。ブーツ代わりに履いています。暖かいです。

◆マフラー
 襟元からはいる冷気を防ぐと、暖かさがぜんぜん違います。綿の布しか使えないので、ネル地を買ってきて、自作しました(1999年頃)。首に巻くと暖かいです。綿の中でも、ネル地は厚みがあって、表面が起毛しているので、暖かさがあります。これを6年ほど使いました。

 しかし、ネル地は、ウールやアクリルのマフラーのように柔軟性がないので、首へのあたりが強く、ゴワゴワした感じがします。また、フィット感も今ひとつで、隙間があきやすいです。そこから冷たい風が入り込んでしまいます。それで、だんだんマフラーをつけなくなってしまいました。コートの襟を立てると、スタンドカラーになるので、それで首からの冷気を防いでいます。

 もっといい素材で、いいデザインのマフラーを、いずれつくってみようと思っています。

◆帽子
 帽子は1年中かぶっている綿の素材のものを、冬も着用しています(自作)。頭を覆うと、暖かさがぜんぜん違います。かぶらないと、頭皮からどんどん熱が逃げていく感じです。車に乗れなくなって、バスで移動していたときは、頭があまりにも寒いので、2枚重ねにしていました。外出時にも、就寝時にかぶる頭巾のようなものが欲しいのですが、見た目の問題もあって、実現できずにいます。

 フードつきのジャケットやパーカーを着られる方は、フードをかぶれば首筋の寒さを自分防ぐことができるはずです。私は着られるものを見つけられずにいますが、あれば暖かいのではないかと思っています。

 これだけ厚着をしていると、外では寒さが防げてよいのですが、公共の建物や店舗などの暖房をたいている室内に入ると、暑くなってしまいます。その時は、靴を長靴からふつうの靴(持参)に履き替え、レッグウォーマーとスカート1枚を脱いで対応しています。北海道は、外気の寒さに引き替え、室内は暖かいところが多いです。暑いくらいです。だから、外の服装でいると、暑くて我慢できなくなります。下着を重ね着していると、すぐに脱げないので、上に着るもので調節できるようにしています。

 2006年くらいまでは、冬の室内温度が高すぎるので、つらかったですが、その後の灯油価格の高騰からか、2007年からは室内がやたらと暑い建物は少なくなったように感じています。とても助かっています。

 こんな感じで、私は寒さ対策をしています。本文の中には、私のよかったもの、ダメだったものを取り混ぜてかいてきましたが、CSは個人差の大きな病気です。私がダメだったものの中にも、解決のヒントがあるかもしれません。いろいろ試して、少しでも暖かい冬を過ごしましょう。

(2008.2.4)

*1 「化学物質過敏症 私の方法」掲示板 過去ログ倉庫 [15]2006年3月16日の書き込み
http://www3.bigcosmic.com/board/s/board.cgi?id=dnalccet&log=ON&cnt=1

 

 

自動車 車はとても便利です。車に乗って窓を閉めていれば、周囲の化学物質を直接あびずに移動できます。また、体力が弱って外出するのも一苦労という ときは、体に負担がかからない移動手段でもあります。

 しかし、「シック・カー」という言葉もあるように、車内の化学物質がCS患者にとっては問題となります。自動車と私のこれまでの関わりを紹介しながら、自動車に乗るときの注意を書いていきたいと思います。

 [これまでの自動車との関わり ]
 1992年に車の免許を取ってから、祖父の車を借りて運転していました。これは買ってから10年以上たった車だったので、化学物質はすっかり抜けていました。しかし、祖父がよく畑に農薬(噴霧器)を積んで出かけていたので、今振り返ってみると、農薬のにおいが強い車でした。車に乗ると調子が悪かったのですが、当時は原因がわかりませんでした。

 1996年に祖父が新車に買い換えたので、私もそれを借りて時々乗っていました。この頃から1年くらい体調が悪かったので、今思うと新車の化学物質に反応していたのかもしれません。

 私は、 1999年に自分がCSだと気づきました。その時には、車は買ってからすでに3年たっていたので、だいぶにおいが抜けていました。それで、その車をそのまま乗り続けることができました。それまでずっと 、新車のにおいを吸い続けていたのだと思うと、心配になりましたが・・・。

 夫の車は1998年に中古車を購入したもので、買った当初はものすごくタバコのにおいが強かったです。前の持ち主がヘビースモーカーだったようでした。私は、とてもその車に乗っていられませんでした。夫が 、少しでもにおいを減らそうと、いろいろやってくれました。中古車販売会社の人が、「これを使うとにおいが取れますよ」と、「バルサン」のようなものを勧めてくれました。 車内を煙で燻蒸してにおいを抜くという商品です。私は、「バルサンなんてとんでもない!」と思いましたが、そのにおい取りは「天然素材のみで作られているのだから、安全だ。」というのです。その頃はまだ 、何が危険で何が安全かの区別があまりつかなかったので、言われるままにそのにおい取りを使ってしまいました。そうしたら、車内の空気は前より悪くなり、耐えられないものになってしまいました。今となってみれば、 「天然素材でも体に合わないものがある」ということは、分かり切ったことなのですが、当時はそのような知識がなかったのです。結局、夫の車には乗れないので、2人で出かけるときは私の車(祖父から借りたもの)で出かけるようにしました。当初、夫の車のにおいはとても強かったので、夫の服や荷物にそのにおいが強く染みついてしまいました。一緒に車に乗ると、車内にそのにおいが充満して、私はぐあい悪くなってしまいました。しばらく我慢しなければなりませんでしたが、そのにおいも1年過ぎた頃には 、ずいぶん弱まってきました。

 2001年夏に、私の車(祖父から譲り受けたもの)のエアコンが故障し、新品のエアコンに交換しました。すると、エアコンをつけるたびに強烈な刺激を感じるようになり、車に乗れなくなってしまいました。新品のエアコンから発せられる化学物質に反応したようです。私は「エアコンを使いつづけていけば、そのうち化学物質が抜けて、刺激が減っていくかもしれない」と思いました。それで、夫と私の車を交換して、しばらく 、夫に私の車を運転してもらうことにしました。夫が毎日の通勤でエアコンを使い続ければ、次第に刺激が減ってくるのではないかと考えたのです。8月〜10月まで夫は毎日エアコンを使いましたが、3ヶ月たっても刺激はほとんど減りませんでした。

 がっかりした私でしたが、その頃にはCSが悪化し、ほとんど外出をすることができなくなってしまっていました。当時、私と夫はそれぞれの実家に別れて住んでいました。私のCSのために、一緒に住む家を見つけられなかったからです。夫は実家から私の家まで50kmの道のりをはるばるドライブしてきて、身の回りの世話をしてくれました。外出できない私の代わりに買い物をしてくれました。どうしても外出しなければならない用事があるときは、夫に運転してもらって出かけました。夫の車で“バルサン”をたい たのは、3年以上前のことだったので、車内の空気は私が何とか耐えられるレベルになっていました。

 2002年に札幌に引っ越したとき、夫の車もフェリーで津軽海峡を渡りました。札幌でもその車に乗り続けました。私は重症になってからは、自分で車を運転することができず、夫に乗せてもらっていました。自分で運転できるようになったのは、ある程度回復してからで、2003年になってからです。

 その後、特に問題もないカーライフが続いていましたが、2004年8月に、私は突然、車に乗れなくなってしまいました。エアコンをつけると猛烈な刺激臭が吹き出てくるようになったのです。目の痛みのためにとても運転していられません。無理して運転していたら、駐車場で車をぶつけてしまったので(対物自損)、それ以来、車に乗るのはやめました。それからは公共交通機関を利用して移動しています。

 エアコンの何が原因で刺激が生じたのかは、今もってよくわからないです。古い車なので、「エアコンの冷却ガスが漏れたせいなのか?」 あるいは「エアコンにカビが生えて刺激を感じるのか?(カビくさいにおいはしませんでしたが…)」などと、 いろいろな可能性を検討してみましたが、結局 、原因はわかりませんでした。ボンネット内にオイルがこぼれていたので洗浄してみましたが、効果はありませんでした。

 [自動車の運転 ]
 車を運転していると、常に交通事故の危険性がつきまといます。特にCSで神経の不調があるとき、集中力が落ちているとき、体が弱っているときは、注意が必要です。

 私はCSだと気づく前も気づいた後も、体調が悪かったので、自分の運転が危ないと感じるときが多くありました。今はかなり回復して、しっかり運転できるようになりました。今、当時を振り返ってみると、「よくもあんなにぐあい悪い状態で運転していたものだ・・・」と怖くなります。大きな事故を起こしていないのが不思議なくらいです。

 2003年春までは、CS症状が重く、常にめまいがあり、視野が狭く暗かったので、よほど注意して運転しないと、とても危険でした。車に乗っているときは、化学物質からの回避よりも、交通安全が優先になります。そのことだけは運転するたびに 、いちいち心に刻み込むようにしていました。運転中バスやトラックの後ろに つくと、ディーゼル車の排気が一気に迫ってきて、平静ではいられなくなります。しかし、それを避けようとして不自然な動きをすると、事故を起こしかねないので、よくよく自制して運転するようにしていました。

 体調が悪いときは運転しないように決めていました。しかし2003年までは「体調のよいとき」というのがめったになかったので、少々体調が悪くても運転するようにしていました。運転するかしないかを判断する基準がとても曖昧でした。それでも、危険を避けるために一定のルールを自分に課していました。次のようなものです。

○出かける前に目的地までのルートをよく確認し、危険を予測する(化学物質に出会いそうな場所・運転上注意しなければならない場所をチェックしておく)
○信号機のない交差点で右折しない。(どうしてもしなければならないときは、代わりに左折を3回する)
○信号機のないT字路で右折をしない。(しないですむように遠回りする。)

 右折するときは周囲にまんべんなく気を配らなければなりませんが、首を左右に振るとめまいがひどくなるし、動いている車をうまく目で追えないので、とても危険なのです。それで、上記のようなルールを決めて守るようにしていました。2001年にCSが重症になってからは、 初めていく場所は必ず夫に運転してもらい、連れて行ってもらうようにしていました。1人で行くと思わぬ有害物質に遭遇し、運転不能になる可能性があるからです。

 [車内の空気の管理 ]
 車の中は狭い密閉空間なので、少しでも有害なものがあると車内の汚染濃度がすぐにあがってしまいます。私は少しでも疑わしいものであればトランクに積むようにしています。最近はハッチバック式でトランクがない車が増えてきました。その場合は、衣装ケースなど、きっちり蓋が閉まる収納ボックスを車内に積み込むといいと思います。(ケースはよく日に干してにおいを飛ばしてから使います。) 車内の収納の工夫については、第1章〔3〕−a 「量・距離・時間の法則」〔3〕−b「すべての物・場所をレベル別に分類する」〔3〕−c「有害物質を避けるための収納の工夫」〔4〕−b「新しい場所に行く ときの注意」にも情報があるので見てみてください。

車の運転中、私は窓を閉めます。私の場合、車内の空気より外気の方が有害だと感じる場合が多いからです。都市部では他の車の排気ガス、田舎では農薬が問題になります。人によって事情は様々でしょう。新車などで車内の空気の方が有害性が高い場合は 、窓を開けて走った方が楽だと感じるはずです。事情に合わせて選択してみて ください。

 [中古車探し ]
 2004年9月から、車を買い換えるために、中古車売り場を見て回るようになりました。中古車の営業マンに事情を話して、「においの少ない車」を選ぶことになりました。私が1台1台車内のにおいを嗅いでいって判断しました。まず、ざっと30台くらい見てみました。中古車は芳香剤の強い車、タバコのにおいが染みついている車、カビくさい車など様々なにおいがあります。中古車でも製造されてから3年以内のものは新車のにおいがきつくて、私には耐えられそうにありませんでした。車は新しいと車自体の化学物質が問題になり、古いものだと後からついた化学物質(タバコなど)が問題になります。ほどよいものがなかなか見つかりません。レンタカーや展示車、試乗車だった車は比較的生活臭が染みついていないものが多いです。芳香剤を使っていないのでその点も有利です。しかし、レンタカーにはタバコのにおいはしっかりと染みついていました。

 よくにおいを嗅ぎながら少しでも条件のよい車を選びました。30台見てみて 、乗れる可能性のある車が1台あるかないかです。また、においを嗅いでみるまでもなく、一見しただけでダメだとわかる車も多かったです。北海道の中古車は、冬タイヤをセットにして販売するのが標準のようで、車内にタイヤを積んで展示している車が多いのです。タイヤが積んである車は 、車内が猛烈なタイヤ臭なので、そもそもにおいを嗅ぐことができません。営業マンは「タイヤを降ろしてみましょうか。」と言ってくれました。しかし、タイヤを降ろしたところで 、すぐににおいが取れるわけではないです。よほど長期間換気しなければ、タイヤのにおいは消えることはないです。もともとタイヤを乗せていない車だけを見て回ることにしました。(タイヤを積んでいない車は 、全展示車の1/5といったところでした。)

 乗れる可能性がある車が見つかると、その車を細部までチェックします。制止した状態でよさそうな車も 、エンジンをかけたり、エアコンをつけたりすると、刺激を感じることが多かったです。このようにチェックしていくと、私が乗れそうな車はほとんど見つかりませんでした。

 何件か中古車屋に行ったのですが、一軒とても親身になってくれる営業マンがいる店がありました。この営業マンは、1台1台よく見せてくれて、よさそうな車があれば時間をかけて細部までチェックさせてくれました。こちらの事情を説明すると、よく耳を傾けてくれました。展示場で見てみて判断できなかったときは、その車を一晩貸してくれる、とまで言ってくれたのです! とてもありがたかったです。一晩借りてみてよくわかったのですが、展示場で短時間見るのと一晩じっくり検討するのとでは雲泥の差があります。一晩借りてみた車は、昼間はよさそうだったのですが、暗くなってライトを点けると、強烈な目の痛みに襲われました。目の痛みはライトを点けた瞬間に始まり、消した瞬間に収まるので、電磁波過敏症(ES)の症状だったようです。車を一晩貸してもらったのにダメだったので、営業マンはがっかりしていました。私はとても申し訳なく思いました。さらにもう1台借りたのですが、これも長時間乗っているうちに刺激を強く感じるようになってきてダメでした。

 いくら探しても見つからないので、私はだんだん意気消沈していきました。営業マンも元気がなくなってきました。営業の人には 、ここまで親切にしてもらったのに期待に応えられない、という申し訳なさがあり、心苦しくなってしまいました。これは家族に対しても、日常的に抱く感情です。

 車は高価な買い物です。買ってダメだったら…と思うと、気後れしてきました。何だか疲れてきたので、それまでよりペースを落として 中古車探しをしているうちに、冬を迎えました。冬になると、展示してある中古車の車内のにおいはかなり薄くなります。気温が低くなって化学物質の揮発量が減るためです。そのため、ドアを開けて嗅いでみて大丈夫な車でも、15分くらい暖房をたいて車内を暖めてみるとにおいが強くなる、ということが頻繁に起こりました。車内を暖めてみなければ判断できないというのは、探すのに効率が悪すぎます。春になるまで車選びは延期することにしました。春に車を買って 、一夏換気すれば、かなりにおいが減るのではないかと予想しています。

(2005.6.13)

 

 消毒用アルコール 
 
[トイレのカビ掃除]
 
2003年5月頃から、自宅のトイレに入るとカビのにおいがするようになってきました。私はカビアレルギーがあるので、目や鼻が痒くなったり、咳が出て息苦しくなったりしました。このままではぐあいが悪くなる一方なので、トイレの大掃除をすることにしました。

 我が家のトイレは洋式便器です。便槽のへりの部分にカビが生えているようでした。へりの部分は複雑な形状になっていて、普通のトイレブラシでは掃除することができませんでした。ホームセンターに行って 、いろいろな形のブラシを買ってきて、工夫してカビを掃除しました。ゾッとするほど大量のカビが取れて、前よりもカビのにおいは薄くなりました。どうやら私が引っ越してくるよりもずっと前から 、カビが増え続けていたようです。

 [消毒用アルコール]
 ブラシでこすれるだけこすったのですが、どうしても届かないところがあり、いまいちスッキリしません。そこで、薬局で消毒用アルコールを買ってきて消毒することにしました。消毒用アルコールの容器の蓋を開けて鼻先で嗅いでみました。ツーンとしたにおいがありましたが、 それほど刺激は強くなさそうでした。それで、消毒用アルコールをトイレのタンクに入れてみました。入れた瞬間、強烈な刺激臭が立ち上りました。目や鼻がヒリヒリして猛烈な痛みです。私はすぐさまトイレから逃げ出しました。そして 、服を着替えてシャワーをあびました。シャワーをあびたら目や鼻の痛みは軽くなりましたが、トイレに近づくことができません。夫にトイレの窓を開けっ放しにしてもらい、よく風を通しましたが、強い刺激臭はなかなか取れませんでした。

 [対策]
 その日からトイレに入れないので、とても困りました。仕方がないので、トイレ用の服と帽子を一式用意し、トイレに行くたびに、全身着替えることにしました。着替えてマスクをして用を足します。そしてトイレから出てきたら、またもとの服装に着替えました。トイレ用の服には刺激がついてしまいますが、すぐに着替えるのでその影響を最小限に抑えられるわけです。それを1日に何回も、トイレに行くたびに繰り返していました。

 「いつまでこんな生活を続ければいいのだろう・・・?」と途方に暮れましたが、解決はあっさりやってきました。たった3日でアルコールが揮発し、刺激が薄れてきて、終いにはなくなってしまいました。4日目からはまた 、もとのように普通にトイレに行けるようになりました。アルコールは、他の化学物質に比べると、揮発するのが早いようです。それに、トイレのタンクは水が頻繁に入れ替わるので、それもよかったようです。大騒ぎした割にはあっけない幕引きでした。その後、私はトイレ用の服装一式を洗濯して、「トイレアルコール事件」は決着しました。トイレのカビのにおいは 、念入りな掃除と消毒用アルコールのおかげで、スッキリと消えていました。

 病院や歯科医院に行くと、消毒用アルコールのにおいがします。CS症状が重かったときは、このにおいを嗅ぐと頭がボンヤリとしてきて、思考力がふだんの半分くらいに落ち込んでしまっていました。 病院に行く前に、あらかじめ、診察のときに話す内容をよくまとめてメモしていくようにしていました。現在は症状が軽くなったので、メモは必要なくなりました。

(2005.7.5)

食品 CSの人は体に合わない食品があるので、それを避けなければなりません。食品選びには工夫が必要です。私の食品の選び方を以下に紹介します。

  [野菜]
 野菜は、基本的には無農薬有機野菜のものを買っています。無農薬有機栽培の野菜でも、刺激が強くて食べられないものがあります。これは、次のような理由が考えられます。

●有機栽培の畑の近くに普通の農地があって、そこで使用された農薬が飛散している。
●輸送中に有害物質が付着した。
●農薬以外のものに反応している(有機栽培に使用する肥料など)

実際にどの理由によることなのかは、よくわからないです。そのつど鼻で確かめて刺激がないか確認しています。外食のときに野菜を食べても大丈夫なことがあるので、スーパーで売っている野菜でも食べられるものがあるのではないか、と思うこともあります。しかし、有機野菜はスーパーの野菜よりずっとおいしいので、もっぱら有機野菜を食べています。 「グルメだなー」と思います。にんにく・しょうが・もやしは普通のスーパーのものを買って食べています。(国産のものを選んでいます。)

  [卵]
 「正直村」の卵を食べています。今のところ問題なしです。私は卵アレルギーがあるので、他メーカーのものを試すのは勇気がいります。加熱した卵であれば、食べられます。生卵を食べるとアレルギー症状(皮膚に湿疹・呼吸困難)が出るので注意しています。卵はよく加熱するように 、調理中よくよく気をつけています。

  [肉]
 羊肉がおいしい! 北海道では、羊肉が安く手に入ります。たいていニュージーランド産のものです。羊肉は他の動物の肉に比べて薬品臭さが全然ないので、重宝しています。育てられ方が、とても自然な状態に近いようです。ラムしゃぶしゃぶ用の肉を豚バラ肉の感覚で使い回しています。麻婆豆腐を作るときなどもラム肉を使います。

 豚肉はSPFのものを時々食べています。SPFとは、豚が生まれたときから細菌感染しないよう注意して育てたもので、抗生物質を使わずに育てられた肉です。他の豚肉よりはよいようですが、それでも脂身が薬くさいので、いちいち取り除いて使っています。

 牛肉はオーストラリア産のものを時々食べます。国産のものもたまに食べます。選ぶ基準は、店頭でにおいを嗅いでみて刺激の少ないということです。牛肉はその時々で当たりはずれがあり、よくないものに当たると、調理中に有害成分が揮発して、台所中が刺激臭に包まれます。

 鶏肉は体に合うものが見つからないので、うちでは食べていません。外食でたまに口にするくらいです。外食でも体に合うものと合わないものがあります。

 自然食品で売っている肉は、安全性に配慮した方法で育てられているようですが、私は利用していません。2度ほど買ってみたことがあるのですが、食べられませんでした。冷凍した肉を売っていたのですが、商品の回転が悪いらしく、油がすっかり酸化していました。加熱すると強烈なにおいがしました。高い肉なので無理して食べようとしてみましたが、少し食べただけでぐあいが悪くなってしまいダメでした。その肉は賞味期限内のものでしたが、品質は劣化していました。どのような基準で賞味期限を決めているのか、店頭での品質管理は十分だったのか、よくわからないのですが、とても食べられたものではありませんでした。

  [魚介類]
 魚介類を買うときは、店頭で鼻先に近づけてよくにおいを嗅ぐようにしてします。魚介類は肉に比べて有害なものが多いです。最近はスーパーでの表示が徹底されてきて、産地や天然・養殖の区別、冷凍・生の区別がわかるようになりました。できるだけ天然の生のものを買うようにしています。現在の冷凍技術は発達しているので、冷凍物を解凍して売っている ものでも鮮度がいいようですが、私はなぜか冷凍物でダメなものがとても多いので、結果として生ものを買うことになっています。CS患者の中には、生はダメで冷凍物なら大丈夫という人もいるようなので、「人によって過敏性が違うんだなぁ」と驚きます。
*1 魚介類は 、肉よりも刺激の強い物が多く、売り場にあるものの半分は刺激があって買えない、という感じです。

  [米]
 米はいくら探しても体に合うものを見つけられませんでした。有機栽培のものでも(理由はわかりませんが)、ダメなものが多かったです。いろいろ試した結果、生協の減農薬米に落ち着きました。それを 3年ほど食べていましたが、2003年の夏に天候不順となり、その商品はなくなってしまいました。とても困りました。何種類も試してみたのですが、私が食べられる米はなかなか見つかりません。一時は 、明日の米にも困る状態になりました。いつも有機野菜を買っているお米屋さんで、無農薬の米を何種類か試してみました。1種類よいものが見つかったので、それを食べていくことにしました。しかし、その米は買うときによって、有害度が全然違うのです。よいときもあれば悪いときもあります。一度、とても食べられないような有害度の高い米にあたったときがあったので、そのときを境に、そのお米を買うのはやめました。どうやら精米機が原因のようでした。その米屋では、1台の精米機で様々なお米を精米するので、精米器にその削りカスがついてしまっています。無農薬米の他にも、農薬を使った米も販売しており、どの米も一台の精米器で精米されています。私が買う直前に精米した米が有害だと、その成分が 精米器に残っていて、私のお米についてしまうようなのです。精米する前は大丈夫でも精米機に通すとダメになってしまうのです。家庭用の精米機を買ってみることも検討しましたが、結局やめました。その精米機で1回でも有害なお米を精米してしまうと、その後 、機械が使えなくなってしまう恐れがあるからです。

 困っていたら夫の実家から、お米を送ってくれました。近所の農家で自家用に栽培されたお米です。これは無農薬というわけではないのですが、なぜか刺激がなかったので、私は食べることができました。自家用なので 、あまり農薬を使っていないそうです。市販品でいえば、減農薬に当たるものだと思います。そのお米をしばらく食べていました。その後、無農薬米で食べられるものが見つかったので、現在までそれを食べ続けています。

  [その他の食品]
 基本的には、体感で大丈夫なものは何でも食べるようにしています。有害なものを食べると、次のような反応が起きます。
●鼻や目に刺激を感じる
●食べた後、胃が痛くなる
●食べた後、発疹が出たり息苦しくなる
このような反応が起きたら、その食品をよく覚えておいて、次回からは食べないように気をつけています。

  [食品の購入方法]
 有機野菜や自然食品は、宅配サービスが発達していますが、私はこれを利用していません。宅配サービスを利用しようとして、何社かサンプルをとったのですが、送られてきた野菜の半分は刺激があって、食べられませんでした。宅配は、「実物をあらかじめ鼻で確かめてから買う」ということができないので、このようなことになってしまいます。それで、宅配は諦めて、店頭売りの有機野菜を買うようにしています。自然食品店でもスーパーでも、とにかく自分の鼻でよく嗅いで、確かめて購入します。たいていの食品はビニールの包装に入っているので、中身のにおいはよくわからないのですが、袋の上からでも刺激の強いものはわかることがあります。多分、工場で袋詰めする ときに、内容物から発散する有害成分がビニール包装の外側にも付着するからだと思います。

[外食]
 私はときどき外食します。外食はとても楽しいです。でも、新しい食材に反応するリスクがあるので、慎重にしています。一度食べてみて大丈夫だったもの、ダメだったものをよく覚えていて、次回の参考にするようにしています。だからいつも、同じ店で同じメニューを頼むことが多いです。

 私は「自分で調理するとぐあいが悪くなるが、調理されたものなら食べられる」という食品があります。ちょっとわかりにくい現象でしょうか。調理中は、熱と共に食品の有害成分が立ち上り、揮発しています。そのとき、自分で調理していると、そのガスをもろに吸ってしまいます。台所中が刺激でいっぱいになります。しかし、調理された料理は有害物が揮発して抜けていて、案外刺激が少ないことがあるのです。下ゆでした食物は、かなり刺激が少なくなると感じています。外食の場合は、食卓から離れたところに厨房があって、強力な換気扇が設置されています。食卓に座っていて、調理中の煙を嗅ぐことはありません。少しだけにおいが漏れ出てくるだけです。調理された料理が出てくると、それは案外刺激が少ないものが多いです。そのため、外食は、ふだん自分では調理できない食材を食べるためのよい機会になっています。例えば、キノコ類です。生のキノコは胞子のためか薬品のためか、私は触ることも持ち歩くこともできません。我が家では何年もキノコを買っていません。しかし缶詰の水煮のキノコであれば大丈夫です。外食で調理されたキノコも大丈夫です。キノコはとてもおいしいです。外食の ときに積極的に食べるようにしています。このように外食でしか食べられない食品があるので、栄養の偏りを防ぐために、ときどき外で食べるようにしています。

 (食品の調理については、スモール・データ ・バンク「調理」に書きます。)

*1 「ある日、化学物質過敏症」山内雅恵/著 三省堂/刊

(2005.9.1)

シロアリ駆除 
 
[シロアリ駆除剤による症状]
 私は農薬が特に苦手です。虫を殺すものには、たいてい激しい反応を起こします。1999年に自分がCSであると気づいてから、何十件も賃貸住宅を見て廻ったのですが、一番問題となるのはシロアリ駆除剤でした。CSのため集合住宅に住むのは難しいと考え、古い一軒家を探したのですが、床下・1階は強烈な反応があります。私は物件を見るとき、床下の通風孔を必ず嗅いで みるようにしていました。シロアリ駆除剤による反応は、次のようなものです。嗅いだ途端 、重苦しいガスが呼吸器に入ってきた感覚があり、一気に吐き気がします。手足がだるくなって体に力が入らなくなります。立っているのがやっとという状態になります。重力が5倍くらいになった感覚です。船に乗っているような揺れるめまいが現れてきて 、歩くのが難しくなります。思考力が落ちてしまい、不動産屋と会話をすることもおぼつかなくなります。視覚の変化もあり、物が歪んで見えます。遠近感も狂ってきます。視野が暗く狭くなったと感じます。ひどいときは家に帰れなくなるので、一人で見に行くときは警戒していました。家に帰ると 、丸一日寝込んでしまうことがありました。

 [過敏性の高さ]
 どんなに古い住宅でも、シロアリ駆除は5年に1回くらいやるようです。私の場合、「薬剤撒布後10年経っても反応する」という感じです。2002年まで実家に住んでいたのですが、 この時点で薬剤撒布後10年経っていましたが、1階の畳の部屋は薬剤の匂いがして、ぐあい悪かったです。

 私がCSだということを知って、何人かの人が健康住宅を建ててみたらどうかと勧めてくれました。しかし、私の過敏性の高さでは 、自分の家でシロアリ駆除剤を撒布しないとしても、隣家で撒布すれば十分反応を起こす可能性があります。”ニュータウン” などという名称の住宅地に入ると、住宅地内にシロアリ駆除剤の匂いが充満していると感じられるほどなのです。そのため一ヶ所に定住するのは難しいと感じていました。

 [シロアリのいない地域]
 シロアリ駆除剤のために新しく住む家を見つけることができず、私と夫は結婚後3年経っても、それぞれの実家に住んでいました。「木造は無理なのではないか…?」と思い、鉄筋コンクリートのマンションを探したこともありました 。しかし、鉄筋コンクリートの建物は、気密性が高いために建材の匂いがこもりやすく、10年経ったものでも木造よりずっと匂います。どこにも住む所がないという状態が3年続きました。

 その後、北海道(南部地域を除く)にはシロアリが生息していないということを知り、 札幌に引越しました。現在は 、木造築30年の一軒家に住んでいます。

(2005.1.21)

新築建物
 [建物の有害度をはかる]
 私は新築の建物になるべく近寄らないようにしています。新しい店がオープンしたという情報を耳にするといってみたくなるのですが、そこは我慢。デパートやスーパーなら、だいたい
1年半〜2年たつと行けるようになります。

  新築建物のリスクを避けるために、次のような方法を行っています。今まで行ったことのない建物に入るときは、まず建物の外観をよく見て、新築かどうか見当をつけます。そして中に入ってみます。玄関を入ったときに、室内の空気を嗅いで有害度を判断します。玄関に入った時点で室内の空気に耐えられそうにないと思ったときは、すぐに建物から出て、引き返すようにしています。どうしても すまさなければならない用事があるときは、急いですませるか、他の人に代わりに行ってもらうかしています。どちらの方法をとるかは、建物の空気を嗅いでみて決めています。

 建物を訪ねる前に、あらかじめ築年数を確認することもあります。1999〜2000年にかけては、旅行に行くときは、あらかじめ宿泊先に電話して、築年数を確認していました。また、ホテルガイドブックなどを見て、築年数を確認することもありました。たいてい築10年以上たっていれば大丈夫でした。(1泊程度の時間を過ごす分には、大丈夫だということです。)

 このように、ある程度長い時間を過ごす場所は、事前に確認しておくと安心です。友人の家を訪ねるときも、築年数を聞いて、大丈夫かどうか判断するようにしています。

 1999年に自分がCSだと気づいてから、数多くの賃貸物件を見て回りましたが、それによって築年数と室内空気の状態を関連づけて把握できるようになりました。どのくらいの築年数であれば化学物質の濃度がどのくらいか、ということが予想できるようになりました。不動産物件を見て歩いて、一般住宅(主に木造)の「有害度と築年数の関連スケール」が頭の中に でき上がってきました。

 公共の建物についても、同じようなスケールがあれば便利だと思いました。それで、1999年から2000年にかけての1年間は、出かける度にその建物の築年数を調べたり、職員に直接尋ねたりしていました。そのような経験が積み重なり、公共の建物についても、「築○年であれば室内空気の状態はこれくらい」ということが把握できるようになりました。もちろん建物によって有害度や汚染物質の種類は違うのですが、大まかな傾向がつかめるようになりました。このデータを もとに、自分にとって耐えられるのは築何年までの建物なのか、ということが建物の種類によって細かく予想できるようになりました。現在は、今までの経験をもとに行動しているので、うまく新築のリスクを見分けられるようになっています。また、体調が回復してきたので、以前よりはるかに、新しい建物に耐えられるようになってきました。

 2003年3月に、札幌駅前にビルがオープンしました。その中に大きな書店ができたので、私は行きたくてうずうずしていたのですが、新築なのでとても無理です。しかし、オープンしてから、1年半後の2004年9月には 、その本屋に入れるようになりました。以前の体調では、1年半後では、とても入れなかったと思います。「本当に回復してきたんだなあ」と実感した出来事でした。

 半年ほど前に、札幌駅の西側に大きな本屋がオープンしたので、これも行ってみたいのですが、まだ無理です。あと1年くらいは待たなければ行けないようです。気長に待ってみます。

 [ ビルと住宅の違い]
 新築の建物は、化学物質の濃度が高いので、近づくことができませんが、デパートやスーパーなどの鉄筋コンクリートのビルだと、1年半でかなりにおいが抜けます。しかし、一般住宅はもっとにおいが抜けにくいように感じています。一番の違いは換気量の違いのような感じがします(→スモール・データ・バンク「換気」参照)。同じ築年数の鉄筋コンクリートの建物でも、ビルよりも住居(マンション)の方がずっと建材のにおいが強く感じます(生活空間にはビルとはちがう化学物質が存在するせいもあるかもしれませんが。例えば防虫剤など。)  そして、木造の住宅は、鉄筋コンクリートとはちがう独特のにおいがします。まず一番鼻に つくのは合板のにおいです。木造住宅は合板が大量に使われているので、そのにおいがとても強く感じられます。そしてビニール壁紙のにおいや畳のにおいが混じり合って、室内の空気相を作っています。

 [北海道の住宅]
 札幌の木造住宅は、仙台のものより高気密なので、同じ築年数の住宅でもずっと有害度が高いように感じます。2004年11月に、築6年の友人宅を訪ねていったのですが、玄関を入った途端、鼻を突くような強烈な合板のにおいがしていました。仙台で木造築6年の建物といえば、短時間であればそこそこ耐えられるものだったので、そのつもりで出かけていったのですが、それは大きな間違いでした。入った途端、重苦しい頭痛がして、一気に思考力が落ちました。そこで数時間話をしたのですが、帰るときはぐったりしてしまいました。そして、その後2日くらい寝込んでしまいました。

 北海道で、完成したての建物に入ったことはないのですが、築7年であれだけの濃度があるなら、新築であればどうなってしまうのだろうかと怖くなります。その友人宅は24時間換気システムが入っていて、6年間運転しっぱなしなのに、それでもあれだけの有害度があるのです。

 [ マンションの動向]
 2004年6月と2005年2月に、夫は不動産会社が主催する「市内マンションツアー」に行きました。これはマンションを購入予定の人を集めて、市内の新築マンションを見学してまわるというものです。夫は 「最近のマンションの動向を調べるのだ」と、意気込んで出かけていきました。

 夫が帰ってきて説明するには、最近のマンションは「シックハウス対策」を意識して、内装に合板をほとんど使用していないそうです。営業マンは「だからシックハウスの心配はないんですよ。」と言っていたそうですが、夫が言うには、やはり新築マンションは化学物質のにおいがとても強かったということです。ホルムアルデヒド対策は相当進んだようですが、他の化学物質については 、対策はまだまだこれからのようです。

 夫がマンションツアーから帰ってきたら、体中に新築のにおいがついていたので、すぐに着替えてシャワーをあびてもらいました。持っていったカメラにもにおいがついてしまったので、2、3日干しました。

(2005.11.25)


生理用品
 女性であれば、何十年にもわたっておつきあいしなければならない生理(月経)。CS患者の場合、それを処理するための生理用品についても、材料の制約を受けます。綿や布、ビニールなどに反応する患者は、使える生理用品を見つけ出すのに苦労します。私はこれまで何度かメールで、過敏性の高いCS患者の方から深刻な相談を受けたことがあります。また、このサイトの掲示板でも、何度か話題になっています。なかなか表立っては語りにくいテーマですが、ここで生理用品について取り上げてみたいと思います。  私自身、2007年に入ってから、これまで使っていた生理用品が使えなくなり、新しいものを試してみなければなりませんでした。前半は、私が生理用品をいくつか試した体験を書きます。後半は、生理用品の歴史をひもとき、「CS患者にとって負担の少ない生理用品とは何か」について、考えてみたいと思います。

 まず、私自身の体験を書きます。私は生理用品の素材について、特別CS的に過敏性が高いということはないようなのですが、他の人と比べて、CSとは別の意味で生理に対して過敏だといえます。皮膚や粘膜が大変かぶれやすいということと、生理に対する不快感が強いことです。2007年12月から、様々な文献や資料を調べましたが、私のように過敏な人は数少ないことがわかりました。だから、その点あらかじめ考慮に入れて、読み進めていっていただきたいと思います。また、私のように過敏な方は、私の体験がいくらか参考になるのではないかと思います。

[生理・私の経歴]
 初経は1983年、12歳のときでした。使い捨てナプキンを使いましたが、当時は綿を不織布で包んだフワフワとした感触のナプキンでした。これは肌触りがよかったですが、活発に動き回ると、ナプキンがずれて血液がもれやすかったです。私は、もれないようにとても気を遣いました。 生理期間中は、とにかくお腹が痛く不快で、ナプキンを当てたところがしけっぽくジメジメするし、肌がかぶれるし、本当に嫌なものでした。血液が排泄される感覚も、特に不快でした。こうやってこの先何十年も、生活の4分の1の期間(4週間のうちの1週間)をこんな状態で過ごすのかと思うと、絶望的な気持ちになりました。今、資料を調べて、他の女性の体験をひもとくと、私の生理痛はそんなに強いものではないようです。量も、他の人に比べれば、むしろ少ない方。それにもかかわらず、不快感は大変強く、毎月生理が来ると憂鬱でした。

 私の不快感は、触覚に関するものが主なものでした。液体が何日間にもわたって排泄される感覚、湿ったものが皮膚に当たっている感覚、皮膚の痛みやかぶれ、そういったものが、生活を根本からおびやかすくらい、つらく感じられました。アトピー性皮膚炎がある方は、感覚的にわかるのではないかと思いますが、皮膚に刺激があると、そこがかぶれやすくなります。そのため、日常生活で刺激を与えないように気を配ると、だんだん炎症が治まってきます。しかし、生理期間中は、1週間近くにわたって皮膚に刺激が与えられて、切れ目がないので、歯止めがきかず炎症が続きます。防ぎようがありませんでした。

 生理期間中は、血液がもれるのを防ぐために、ナプキンと組み合わせてサニタリーショーツをはきます。これは、普段はいているショーツよりピチッとして締めつけられる感じがあり、不快でした。また、素材が化繊のため、肌へのあたりが強く、静電気や湿気がたまりやすく、それもとてもつらかったです。

 生理の間は、ナプキンを替えるタイミングをはかることや、もれないように気を配ることで、相当のエネルギーを使いました。今ふり返ってみると、多分、中学校・高校には、トイレに「パラゾール」(パラジクロロベンゼン)が設置してあったはずです。そのため、トイレに行くごとに気分が悪くなってしまい、生理中は頻繁にトイレに行かなければならなかったので、その不快感を増したのではないかと思います。

[新しいタイプのナプキン]

 高校生のとき、羽根つきのナプキンが発売されました。確か、1986年頃ではないかと思います。これで、「血液がもれるのではないか」という心配は軽くなりました。羽根なしのナプキンとは大きな違いです。活発に動き回っても、もれにくくなりました。私はとても喜びました。

 この製品には他にも、これまでの製品にない特徴がありました。血液を吸収する部分の表面が、「ドライメッシュ」というサラサラとしたさわり心地のものになりました。これは、表面をよく見てみると、小孔があいていて、肌に密着しないのでべとつかないし、一度吸収した血液が表面に戻るのを防ぐので、むれない製品だということです。また、このとき業界で初めて、吸収体に綿や紙ではなく、化学的な合成物である「高分子吸収体」が使われるようになりました。その結果、ナプキンは、それまでよりずっと薄くなりました。この「ドライメッシュ」タイプが、私にはよくなかったのです。これは、従来のナプキンに比べて、とても皮膚・粘膜にしみました。そして、かぶれが強くなりました。もれにくいナプキンがほしいという気持ちで、羽根つきタイプを選んでいたのですが、この頃から生理の不快感が格段に強まったように感じます。

 当時、読んだ少女漫画に、次のような話がありました。*1 とても生理痛の重い少女(高校生)がいて、生理が来るたびに寝込んでしまい、学校も休んでしまうことになります。この少女は決心して、婦人科の病院に行き、子宮を摘出してもらえないか相談しようとします。毎月のあまりにも強い生理痛のことを考えると、将来子供を産めなくなってもいいから、子宮を取ってしまいたいと考えたのです。私も同じ気持ちでした。本当に毎月毎月憂鬱で、生理のために人生の大半の喜びが損なわれているように感じたのです。さわやかに毎月の生理を乗り切っている女性も多い中で、私のこの悩みは、誰にも言えない、行き場のないものでした。

[タンポンとの出会い]
 20歳の頃のことだったと思います。私の生活に大きな変化が訪れました。私は当時、本か何かで、タンポンに関する記事を読みました。「これだ!」と思いました。それまで私はタンポンを使うことなど、考えもしませんでした。小学5年生のときに、生理の処置について授業を受けたときも、紹介されたのは使い捨てナプキンだけだったし、母から教わったのもナプキンだけです。タンポンという生理用品があることを思いつきませんでした。

 当時読んだ記事では、「タンポンは生理が来ていることを感じさせないくらい快適である」と書かれていました。もれる心配はないし、むれたりかぶれたりすることもない。動いても違和感がなく、入浴、水泳にも差し障りがないということです。その構造を調べてみると、タンポンは体内に入れて血液を吸収するので、血液が体外に排泄されず、私を悩ましていた触覚的な不快感を解消できそうでした。

 私はさっそくタンポンを買ってきて、試してみました。それは私の人生のターニングポイントになりました。「これまでの悩みは何だったのか」というくらい、生理期間中を楽に過ごせました。本当に、タンポンの記事に書いてあった通りの使用感でした。このときから、私は毎月訪れる生理を不安な気持ちで待つことがなくなり、生理期間中の憂鬱もなくなっていきました。肌はほとんどかぶれなくなりました。

 タンポンの場合は、サニタリーショーツをはかなくていいので、綿100%の普段使いのショーツをはき続けることができるようになり、不快感が減りました。私はふつうのショーツに、手製の小さな布ナプキン(ライナー)を併用しました。これは、タンポンを替えるタイミングが遅れたときに血液を受けとめるのに役立ちました。タンポンを使い始めた当時、1991年頃は、布ナプキンはほとんど知られていなかったと思います。私はまったく自分の思いつきから、布ナプキンを作って使うことにしたのです。自分で縫ったものを両面テープでショーツにつけて使いました。メインはタンポンなので、布ナプキンは小型の薄いものですみました。これを毎月、洗濯して使いました。

 私はその後何年も淡々と、毎月訪れる生理期間を過ごしていきました。生理の間もそのことを意識せず、いつの間にか始まって、いつの間にか終わっているものになりました。私の生活をおびやかすものではなくなっていたのです。

*1 「赤すいか 黄すいか」 大島弓子選集(8)、大島弓子/著、朝日ソノラマ/刊

[タンポンによるCS症状]
 次に、CS的な観点から、タンポンの素材について考えていきます。私がタンポンを使い始めた当時、1991年頃には、私はすでにCSを発症していましたが、自分の病名がCSであることに気づいていませんでした。生活の中で、体に合わない化学物質が数多くあったはずなのですが、その害に気づいたのは、反応しているもののごく一部でした。それ以外のものについては気づかず、無防備に使ってしまっていました。

 1999年(28歳)に、自分がCSだと気づいたとき、身のまわりの生活用品を1つ1つ点検して、体に合わないものは、別のものに変えていきました。そんな中で、タンポンは特別CS的な問題を感じなかったので、そのまま使い続けることができたのです。これは、とてもありがたいことでした。

 私は当時、「タンパックス」のタンポンを使っていました。私が住んでいた地域(仙台市)で容易に入手できたのは、「タンパックス」と「ユニチャーム」のタンポンです。私は「ユニチャーム」のものより「タンパックス」の方が、化学臭が少なく、体に負担が少ないように感じていました。しかし、2001年、日本で「タンパックス」の輸入販売を行っていた商社が取り扱いをやめたため、日本全国の薬局から「タンパックス」製品は一斉に姿を消しました。

 それで、やむを得ず「ユニチャーム」のタンポンを使いました。他のタンポンは手に入らなかったからです。これは、少し化学的な匂いがして、粘膜にしみる感じがありました。しかし、強い反応はなかったので、使い続けることができました。

 タンポンにいかなる化学物質が使われているのか、その詳細はわからないのですが、10年以上使い続けていると、だんだん粘膜に影響が現れてきたように感じます。タンポンを入れるときに、ときどき痛みを感じるようになり、入れている間に少ししみるような感じがしてきました。私のCS症状が進んだせいもあるのかもしれませんが、2004年頃からスーパーサイズ(量が多いとき用で、レギュラーサイズより大きいもの)を使えなくなりました。痛みが強いためです。それで、レギュラーサイズをこまめに交換して使っていました。多分、タンポンそのものの素材も、時と共に変わっていったのではないかと思います。以前より刺激があって、粘膜に影響のある成分に変わっていったのかもしれません。

 2007年になると、明らかにタンポンの成分が変わりました。嗅いでみると、刺激のある匂いがしました。これを使って大丈夫なのかと心配になりました。しかし、当時はそれまでの習慣で、そのまま使っていました。他のメーカーのものが手に入らない以上、「ユニチャーム」のものを使い続けるしかないと思ったのです。私はナプキンに戻す気はまったくなかったので、そのままタンポンを使い続けていました。

 2007年の後半になると、タンポン使用中に、なんともいえず不快感があり、粘膜のしみる感じや下腹部の鈍い痛みが出るようになりました。それは、生理痛とは別の痛みでした。そして、頭に重い痛みがあって、全身がだるく、気持ち悪い感じになっていました。私の頭の中のイメージでは、タンポンを入れているところの粘膜から化学物質が吸収され、血液に乗って全身に広がっている感じでした。その結果、全身症状が出るように思えました。

 私はタンポンの成分が本当に変わったのか、私の体質の問題なのかを調べるために、3年前のタンポンと現在のタンポンを比べてみることにしました。3年前にスーパーサイズのタンポンが使えなくなってしまったので、当時のものがまだ家にあります。包装を取って現在のものと嗅ぎ比べてみると、2007年のものは2003年のものに比べ、明らかに刺激が強かったです。それで、これをこのまま使うのは体に負担が大きすぎると考えて、新しい生理用品を模索することにしました。

[ 布ナプキンを試す]
 インターネットで調べてみて、特に評判がよいのが、布ナプキンです。私が1991年に手作りしたときに比べて、この世界は格段に進歩していました。今では、数多くのデザイン、製品を見ることができます。また、手作りで布ナプキンを作る人も多くなっていて、これなら自分の大丈夫な布で作れるので、CSの私にもできそうだと思いました。

 洗いざらしの布を使うのだから、化学物質の点ではまったく問題がないようです。しかし、十分な量を吸収できるのか、もれやすいのではないか、夜間の使用感はどうか、など気になる点がありました。

 その悩みは、多くの人々の体験談を読んで払拭されました。とにかく使用感がよいというのです。ネット上には、布ナプキンに変えてどれだけ快適になったか、生理痛やかぶれが楽になったかということが、情熱的に語られていました。その言葉は、心の底から出たもので、私の心を動かしました。

 2007年12月、手製の布ナプキンをいくつか作り、生理の日を迎えました。ナプキンのデザインは、ネットで見たものを真似て、自分なりに作ってみました。手作りの手軽さで、まずは試してみて、問題があるなら作りなおしていけばいいと思いました。
 布ナプキンは、確かに市販の使い捨てナプキンよりは格段に快適でした。サラリとして、肌へのあたりがよいし、化学臭がないので、粘膜への負担も少ないと感じました。もし、現在市販の使い捨てナプキンを使っている方がいれば、ぜひ試していただきたいです。

 この先は、私の特殊な体質によるものなのでしょうが、私にとっては、布ナプキンであっても心地悪さを感じました。使い捨てのナプキンよりはむれにくく、かぶれにくいとはいえ、体外に排泄された血液と皮膚がじかに接触することにより、私の肌はかぶれてきてしまいました。また、湿った感じ、液体がふれている感じは、とても不快でした。これは頻繁にナプキンを交換しても、解消できませんでした。

 そして、タンポンのときより生理痛がずっと強いのです。生理痛というのは、子宮が収縮して、血液を体外に押し出すときに現れる痛みだということです。私は大学生のとき、医学に詳しい友人に教えてもらいました。だから、頭痛の痛みと違い、鎮痛剤が効きにくいのだそうです。布ナプキンを使っていたときの生理痛は、確かに子宮が収縮するような痛みでした。タンポンのときには感じなかった痛みです。タンポンは子宮口の近くに入れるので、強い力で押し出さなくても、血液がすぐに吸収されるのではないでしょうか。それは膣の自浄作用という点から見れば、体によくないことなのかもしれませんが、とにかくタンポン使用時の生理痛はとても軽いものでした。少し下腹部に鈍い痛みがあるだけで、ほとんど気になりません。しかし、ナプキンにすると、とても痛みが強くなりました。

 私は12月の生理をナプキンだけで過ごしましたが、結果はさんざんなものでした。かつての不快感が一気によみがえりました。それは、長い間まったく忘れていたものです。私はこれまでずっと、私の生理生活を快適に守ってきてくれたタンポンに対して、感謝の気持ちでいっぱいになりました。もしずっとタンポンを使わずに来たら、これまでの人生がどれだけ暗いものになっていたでしょうか。布ナプキンはいったん終わりにして、またタンポンに戻すことにしました。

オーガニックタンポンを試す]
 2008年1月には、オーガニックのタンポンを試すことにしました。オーガニックコットンが原料のものです。私はオーガニックコットンの布に反応を起こしてしまうので、タンポンを使えるかどうか自信がありませんでした。試したのは、「ナトラケア」のオーガニックタンポンです。これは、このサイトの掲示板で、その存在を知りました。書き込みしてくださった方、ありがとうございます。*2 

 通販で注文し、家に届けられた荷物を開けて、さっそくタンポンの匂いを嗅いでみました。これまで試してきたオーガニックコットンの布は、綿の植物性の匂いが強く、喉や鼻の粘膜がいがらっぽく、からみつくような感じがしました。すぐに息苦しくなってしまいます。それで、オーガニックタンポンにも同じ反応が出るのではないかと身構えました。しかし、タンポンの方は、そのような刺激がなく、また化学臭もないので、体に負担を感じませんでした。

 生理が始まったので、さっそく使ってみると、これが実に快適なのです。それまで使っていた「ユニチャーム」のタンポンと違って、粘膜のしみる感じや刺激がありません。また、重苦しい頭痛や、全身のだるさ、気持ち悪さもまったくありません。生理痛もほとんどなく、生理であることを忘れてしまうような快適さです。本当にタンポンを使用していることもまるっきり意識しないような、自然な使い心地でした。

 夫が言うには、毎月の生理期間中、私は精神的に余裕がなく、神経質になって、ピリピリとした緊張感を漂わせていたそうです。それに比べて、オーガニックタンポンの使用期間は、精神的にとても穏やかで、端から見てもその違いがよくわかるということです。私にも、それははっきりとわかりました。生理中のホルモンバランスの関係で、神経質になっていたのではなく、タンポンの化学成分によって症状が出ていたようです。

 私はオーガニックタンポンの使い心地をすっかり気に入ったので、これからもこれを使い続けていくつもりです。唯一問題となるのが価格で、これは「ユニチャーム」のタンポンの3倍以上の値段です。オーガニックタンポンは、通販の送料も合わせると、1本あたり75円くらいの計算になります。これを高いと見るか、快適さへの正当な対価と見るかは、人によって変わってくるでしょう。私にとっては、十分見返りのある対価であるように思われました。

 2008年1月から6月まで、オーガニックタンポンを使い続けてきましたが、半年間、問題なく過ごしています。

 私の体験はこのようなものでしたが、CS患者の皆さんには、まず布ナプキンを試してみるようにお勧めしたいです。私のような特殊な過敏さを持っている人でなければ、布ナプキンで十分快適に過ごせるのではないかと思います。特にかぶれやすい方や、不快感の強い方は、ぜひタンポンを試してみるようにお勧めします! こんなによいものを知らずに過ごしている人がいるのだとしたら、もったいないことです。

 しかし、タンポンは体内に入れて使うものなので、体への影響がいくつか心配されるのではないでしょうか。(このことについて詳しくは後述します。) 様々な情報を勘案して、自分に最も適した生理用品を見つけていってほしいと思います。

*2 「化学物質過敏症 私の方法」 旧掲示板 No.[664] http://www14.plala.or.jp/margarita/kako_keijiban05.htm

トキシックショック症候群(TSS)について]
 タンポンを使用している中で、いちばん心配なのがトキシックショック症候群(TSS)です。これはタンポン使用者にまれに見られる疾患で、膣内で黄色ブドウ球菌が大量に増殖するために起こります。菌の毒素が粘膜を介して血液に入り、全身に廻ることで、重篤な症状を起こします。急な発熱、吐き気、日焼けのような発疹、失神または失神に近い症状、筋肉痛、めまい、意識の混濁、 下痢。重症になると死亡する場合があります。*3

 この問題がクローズアップされたのは、1970年代に起きたP&G社の「リライ」タンポンのショック死事件でした。当時、このタンポンを使っていた人の中に、突然の発熱から死に至る人が続出したのです。遺族がメーカーを相手に裁判を起こし、何年にもわたり争った結果、メーカー側は敗訴しました。(この経緯は、「11 番目の戒律」という本に詳しく載っています。裁判の経過は、遺族側にあまりに過酷で、涙なしには読めないです。)*4
 
 このタンポンは、新しい素材の高分子吸収体を使用したもので、この素材が黄色ブドウ球菌の増殖を格段に早めるものだったのです。そのため、タンポンを使用していた人の膣内で大量の毒素が産出され、死に至ったものです。 メーカー側はこの製品を回収し、以後、黄色ブドウ球菌が繁殖しにくい素材でタンポンを製造するようになりました。だから、当時のような大きな危険は現在のタンポンにはなくなって います。TSSを過剰に恐れる必要はないと思います。それでも、タンポンの使い方を誤れば、TSSを発症する可能性があるので、注意する必要があります。

 TSSを防ぐためには、とにかくこまめにタンポンを取り替えることです。長時間使用すると、黄色ブドウ球菌の増殖を招きます。量が多い日は、頻繁に交換するのですが、少ない日や生理期間の終わりかけのときに、長時間入れっぱなしにしているのがよくないです。生理の終わりに取り忘れるのが、最も危険です。ふつうの頻度で交換している分には、危険は少ないのではないかと、私は考えています。私はなるべく頻繁に交換し、長時間タンポンを入れっぱなしにしないように気をつけています。

*3 社団法人 日本衛生材料工業連合会 http://www.jhpia.or.jp/standard/tss/tss1.html
トキシックショック症候群(TSS)についてさらに詳しく知りたい方は、このサイトが参考になります。
*4 「 11番目の戒律〈上〉―汚されたアメリカンドリーム」 アレシア・スウェージー/著、 岸本 完司/訳 、アリアドネ企画/刊(1995)

生理用品の歴史−現代への応用 ]
 ときどきCS患者の方から、生理用品の相談を受けます。あまりにも過敏性が高く、布も紙も使えないような人からです。トイレットペーパーやティッシュペーパーも使えないので、生理の処理に困っているという相談です。このような方は、他の面でも生活用品の使用に窮乏していることが多く、生活はギリギリのところで維持しているような人です。重症度でいうとE(生活必需品にも事欠く。ライフラインが確保できない)にあたる人です。私はそのような窮乏状態に対し、これまで適切なアドバイスをできずに来てしまいました。しかし、相談を受けるたびに少しずつ生理用品について調べるようになりました。これまで長い歴史の中で、人々はどのように月経処理をしてきたのだろうか。200年以上前には合成の化学物質はほとんどなかったのだから、天然の素材を使っていたはずです。その中に解決のヒントがあるのではないかと考えました。

 生理用品の歴史は、表だって文書に記録されることはほとんどありませんでした。長い歴史の中で、女性はなるべく目立たない形で処理してきたのであり、公の文書に残ることはなかったのです。(そのような文書を作るのはたいていは男性でした。) そのため、明治になるまでは、ほとんど資料が残っていません。私が調べて参考になったのは、「アンネナプキンの 社会史」( 小野清美/著、
JICC出版局/刊  1992年 )という本で、出版されている本の中で生理用品をメインテーマにしているのは、これだけのようです。インターネットでも調べてみましたが、たいていの情報がこの本をもとにしているらしく、どこでもほとんど同じことが書いてあります。(出典の明記があるところとないところがあります。) それで、この本の内容を参考にしながら、CS患者の生理用品について考えてみたいと思います。

 生理用品は、これまで大きく分けて2通り、ナプキンタイプとタンポンタイプがありました。この本の著者は、下着の形態などから(これは記録が残っているので)、過去の生理用品の形態を推測しています。タンポンタイプはつめものをするので、吸収体があればOKですが、ナプキンタイプはそれを保持しておくための下着が必要です。自然の成り行きとして、「タンポンタイプがナプキンより早くから使用されていたのではないか」と著者は推測しています。ナプキンを当てるための下着も、いろいろと工夫されてきたようです。

 タンポンタイプにせよ、ナプキンタイプにせよ、血液を吸い込む吸収体が必要です。この素材について、調べてみました。工業的に管理されていないものを体内に入れるのは、TSSの問題などもあり心配なので、ここではナプキンタイプにしぼって話を進めます。

 これまで生理用品として使われてきた吸収体には、次のような素材のものがありました。
@ シート状のもの
布、(綿、麻、絹)、紙(和紙)、木の葉、植物など。
A スポンジ状のもの
綿(わた)、海綿など
B 粉状のもの

おがくず、米ぬか、灰、炭の粉など

  @、Aのものは、そのまま当てて血液を吸収させることができます。木の葉というのは、第二次世界大戦中の日本で、物資が少なかった頃に使われたようです。吸収力がどのくらいあったのかはわかりません。布か紙があれば、たいていは処理できたようです。重症のCS患者の中には、それも使えない人がいるので、大変苦労なさっていることと思います。

  @の分類で、現在手に入るものは、布や和紙、トイレットペーパーやティッシュペーパーなどです。
Aのスポンジ状のものは、綿(わた)や海綿があります。現代の素材では、ウレタンやセルロースのスポンジがあります。脱脂綿や手芸用の綿(わた)などからも、よいものが見つかるかもしれません。

  Bの粉状のものは、飛び散らないように入れておくための袋が必要です。歴史的には、和紙や布の袋を使ったようです。中に入れるものは天然の素材で粉状のものであればたいてい吸収します。本を読んでいて、私がとてもよいと思ったのは炭の粉で、これは消臭効果があるので、血液の匂いも少なく快適なようです。化学物質の匂いも吸収するので、CS患者にはいいかもしれません。中の粉は使い捨てにします。袋は、和紙であれば使い捨て、布なら何度も洗って利用できます。

 現代の生理用品の概念にとらわれなければ、この他にも使える素材は見つかるかもしれません。本当に困っている人への明確な答えにはなっていないかもしれませんが、いくらかでも解決のヒントになれば、と思って書いてみました。

(2008.7.7)
 

 

掃除機
 [掃除機改造!]
 掃除機は進化を続け、排気がクリーンだという商品が次々販売されてきました。アレルギー疾患の増加に伴い、需要が増えてきたためです。

 しかし、排気対応型の掃除機を使っていても、私は排気のほこりっぽさに耐えられません。現在では0.3μmの粒子まで取れるという掃除機が出回っていますが、その掃除機の排気でも私は息苦しくなってしまいます。そのため我が家では掃除機を改造して使っています。

 この項はCSには直接関係ないのですが、アレルギー疾患の人のために書き加えました。

 まず掃除機を使用する前提として(多分CSの人はすでに十分承知していることだとは思いますが)、使用するゴミパック(使い捨て)は抗菌処理していないものを選ぶことです。抗菌処理のものは、排気とともに抗菌剤が排出されるので、耐えられないにおいになります。電器店で抗菌していないものを買うようにします。無ければ注文しましょう。

 [吸引力の問題]
 仙台にいたときは、掃除機の吸い込み口に延長パイプをつけて、本体を部屋の外に出して使っていました。

 吸い込み口が象の鼻のようになっています。本体を屋外に出せるので、排気も外に出ます。仙台の家はフローリングだったので、これで十分対応可能でした。

 しかし札幌の家はカーペットなので、「象の鼻」方式では吸引力が弱すぎます。延長パイプを使うと、吸い込み口が本体のモーターから遠く離れてしまうので、吸引力が落ちてしまうのです。この方法だと、カーペットにからみついた髪の毛や埃は 、まったく取れる気配がありませんでした。そのため、吸引力を落とさずに排気を外に出す方法を考え出しました。

 

 掃除機本体に長いビニールの筒をつけて、その筒の端を窓の外に出します。排気は筒を通って屋外に排出されます。


[ 掃除機改造のしかた]
用意するもの

養生用ビニールシート(幅1800mm長さ6m。ホームセンターで入手。素材はポリエチレン。)

梱包用テープ(できるだけにおいの少ないものを選ぶとよい。) 我が家では、透明タイプを使いました。

作り方

【1】 ビニールシートを輪にして、テープでとめて筒状のものを作る。

【2】 掃除機本体をビニールですっぽり覆う。

コンセントは、本体に収納できなくなるので、しまうときも出しっぱなしになります。

【3】 掃除機本体の車輪は使えなくなるので、移動のための台車を作る。

使い方

筒状ビニールの端を窓の外に出して、コンセントを差し込んだら、あとはいつもと同じように掃除機をかけます。かけ始めは、うまく排気が外まで行っているか、よく確認します。ビニールがねじれていて、排気がうまく出て行かないと、破裂します。掃除機の移動に伴って、ビニールの位置を変えて、うまくさばきながら掃除します。

注意

我が家の掃除機では、3年間問題なく使っていますが、機種によっては、本体に負担がかかって故障する恐れがあります。その点、あらかじめ覚悟が必要です。

この掃除機を使うようになってから、排気の問題は解決しました。吸引力も十分あるので、カーペットもきれいになります。

(2006.1.15)

 

horizontal rule

 私が建材の中で最も苦手なものは「畳」です。他にも有害な建材は数多くありますが、その中でも畳は群を抜いています。

 1999年から2000年にかけて住む家を探していたときに、室内で一番の問題は畳でした。(これに床下のシロアリ駆除剤が加わって、二大問題となっていました。)

 [畳による症状]
 現在住んでいる家の畳は10年以上たっているものらしく、表面がささくれ立って、よく日にやけています。それでも鼻につく強烈なにおいがします。うまく表現することができないのですが、分類的にはハッカのようなにおいです。ハッカを苦くして重苦しくしたようなにおいがしていました。このにおいを嗅ぐと、鼻の穴がヒリヒリして痛くなります。のどと気管が腫れたようになり、息苦しくなります。神経にもダイレクトに影響が出て、手足がだるくしびれた感じになります。胃がムカムカして吐き気がしてきます。ゆらゆらした浮遊性のめまいが出ます。畳の裏には防虫紙がついていて、その成分による症状ではないかと思います。我が家の畳は、引っ越してきたときに、すべてビニールで包んで、有害成分が発散しないようにしました(→第1章〔2〕−C「覆って有害物質の揮発を抑える」参照) 。

 [イ草製品]
 ホームセンターのイ草製品売場には近づくことができません。強い刺激がして、10メートル以上離れないと耐えられません。イ草自体が防虫処理されているのではないかと思います。夏期はイ草製品が店内にあるので、近寄れない売場があります。目的のものを買えずに帰ってきたことがありました。夫に頼んで、イ草製品売り場の近くの商品を買ってきてもらったことがあるのですが、その商品にもイ草製品のにおいがついてしまっていて、刺激が強くて使えませんでした。デパートでもスーパーでも、夏になるとイ草製品の売り場ができるので、近づかないように気をつけています。

 [賃貸住宅を探す]
 1999年から2000年にかけて賃貸住宅を探したときは、「前住人が退去したあと、リフォーム、ハウスクリーニングをしていないもの」という物件を紹介してもらいました。(→スモール・データ・バンク「家さがし」参照)

 畳表が新しいものに替えてある部屋は、絶対に無理です。畳がすっかりやけている部屋でも、まだ有害だと感じる場合が多かったです。賃貸住宅を探しているときは、入居後に畳をビニールで覆ってしまうという前提で探しました。ビニールで覆わなくても私が耐えられる畳というのは、いくら探しても見つかりそうになかったからです。

 現在住んでいる家は4LDKですが、和室は1室だけです。北海道の家は和室が少ないような感じがします。寒い地域なので、暖かい感触のカーペット敷きが多いようです。とても助かります。(カーペットはカーペットで 、アレルギーにはすごく悪いのですが・・・。)

 2000年頃、仙台で家さがしをしているとき、「畳替えをしていない家がある。畳はかなり年数がたっている」ということで、とても古い家を見に行ったことがあります。不動産屋に鍵を渡されて、私一人で見に行きました。

  その家の畳は、確かに古かったです。すっかり日にやけてささくれ立っていました。しかし、いくら何でも古すぎです。畳表がところどころすり切れて、畳床が見えているではありませんか! いくら何でもこんな畳では暮らせない…いくら古いと言っても限度がある…と思いながら、ふと上を見ると、砂壁が水玉模様です。
「へー、こんなデザインもあるんだ。」
と思って、よく見ると、緑色の斑点はすべてカビでした! 私はあわててその家から飛び出しました。カビアレルギーがあるので、大量のカビと接触するのは恐怖なのです。

 [神様の卵]
 
「新しい畳もダメだし、古すぎてもダメ。なかなか難しいなあ。」
私はトボトボと帰路につきました。
 その後、私はちょっと不思議な体験をしました。呆然としながらうつむいて歩いていると、一人のおばあさんに会いました。そのおばあさんは手に卵を持っていて、それを見ず知らずの私にくれると言うのです。
「今、神様のところにお願いに行ってきたんだよ。この卵は神様からもらったものだよ。あなたにあげるよ。」
私は、その人とは一面識もなかったので、突然のことに驚きましたが、言われるままに卵をもらいました。私がお礼を言うと、そのおばあさんは、去っていきました。その卵を手に、私は家に帰りました。

 もらってはみたものの、私は卵アレルギーがあるので、その素性のわからない卵を食べる勇気がありませんでした。見たところ、鶏の卵ではないような感じもします。結局、夫にあげて、夫の実家で食べてもらいました。

 今でも、ときどきあのときのことを思い出します。あのおばあさんは一体誰だったのだろう? なぜ私に卵をくれたのだろう?
「あのとき、神様からもらった卵を食べていたら、病気がとっくになおっていたのかもしれないな」
などと思ってみたりします。あのころは、何件も賃貸物件を見て回っていましたが、見ても見てもいいものが見つからず、落ち込んでいました。卵をもらったことで、その暗い気持ちが慰められたような気がしました。

 [ホテルの畳]
 2000年春に旅行したとき、泊まった宿が畳の部屋でした。しかも畳替えをしたばかりらしく、真っ青です。私はすぐにぐあい悪くなってしまいました。特にひどかったのが鼻水です。鼻の粘膜がやられてしまったらしく、洪水のように鼻水があふれ出てきました。一晩その部屋で寝たら、翌日にはぐあい悪さでぐったりしてしまいました。その宿には2泊することになっていたので、ホテルの人に事情を話して、2泊目は洋室にかえてもらいました。この とき以来、宿に泊まるときは、和室ではなく洋室に泊まるようにしています。

 [実家の畳替え]
 2003年に、私の実家(仙台)で、畳替えをすることになりました。もし、防虫紙つきの普通の畳にしてしまったら、私は実家に帰省することができなくなってしまいます。このときは、畳のことをよく調べて、安全な畳表を使ってもらうことにしました。

 その結果、選んだのは、ダイケンというメーカーで作っている畳表です。 イ草の代わりに和紙を原料にした畳表です。防虫処理はしていません。

 実家で畳替えをしてから半年後に、私は帰省しました。そのとき、この和紙畳のにおいを嗅いでみましたが、とても刺激の少ないものでした。私は、和室に入ることができました。普通の畳表だったら、何年たっても和室に入ることはできなかったでしょう。2〜3時間なら、和室に居続けることができました。

 この畳を自宅に置いたらどうなるだろうか?と考えてみると、結果を予想するのは難しいです。2〜3時間なら大丈夫なのですが、それ以上長時間になると、耐えられるかどうか自信がありません。実家は仏壇や防虫剤、シロアリ駆除の影響もあるので、畳だけの有害性を判断するのは、難しかったです。

 [フェリーの畳]
 2004年12月にフェリーに乗ったときには、特等船室に泊まりました。2等船室だと安いのですが、案内に和室だと書いてあったので、無理だと思い、特等にしました。(値段がとても高いです。1等はすでに満室でした。)

 フェリーに乗ってから実際に目で確認してみましたが、2等船室はカーペット敷きになっていました。何年か前に乗ったときは確かに畳が敷いてあったのですが…。畳よりカーペットの方が管理しやすいということで替えたのかもしれません。畳が苦手な人で、フェリーに乗る予定がある人は 、電話でフェリー会社に確認してみるとよいと思います。私が見た船はカーペットでしたが、船によってちがうかもしれないからです。

 [飲食店の畳]

 2005年2月に、和食のファミリーレストランに行きました。その店は何度も行ったことがあって、それまではあまり問題なく食事ができていました。しかしその日は店内に入った途端に、ぐあい悪くなってしまいました。息苦しさ、だるさ(全身の力が抜ける感じ)、手足のしびれ、ゆらゆらしためまい。これらの症状から、座敷席の畳を替えたのではないかと思い当たりました。 店員に聞いてみると、やはり畳を交換したばかりだということでした。ただし、すべての畳ではなく、一部の畳を替えただけだということでした。私は椅子席に座っていましたが、席を立って、座敷席の畳を見に行きました。その店の畳は、時間がたっても変色しないものらしく、古い畳でも青々としていました。色では見分けられないので、表面の風合いで判断することにしました。表面が毛羽立っているのは古い畳です。1枚1枚チェックしていくと、全部で20枚くらいあるうちの1枚だけ交換したことがわかりました。その畳は私の座っている席からずいぶん離れています(5メートルくらい)。たったこれだけで、こんなに症状が出るなんて…驚きました。畳で症状が出るのは久しぶりでした。2005年2月には、前と比べてかなり体調が回復していたので、畳に対する過敏性が下がったはずと思っていたのですが、やはり前と同じような症状が出ます。がっかりしました。家に帰ってから着ていた服を洗濯し、体をシャワーで洗い流しました。

 それから1ヶ月後、同じ店に行きましたが、畳のにおいはずいぶん薄くなっていたので助かりました。建物の換気がよいせいなのか、と思いました。ほんの少し反応が出ましたが、大丈夫でした。

(2006.1.25)

 

タバコの煙 
 [タバコの煙による反応]
 タバコの煙はとても苦手です。2004年に健康増進法というのができてから、公共のスペースでの喫煙場所が減ってきて助かりました。しかし、禁煙スペースが増えたとはいっても名ばかりのものも多いです。 場所が区切ってあるだけで、煙が流れてきてしまう場合が多いからです。これから、もっとよくなっていけばいいとおもいます。

 私がタバコの煙を吸ったときの反応は、まず鼻やのどがヒリヒリ痛くなってきます。そして、息が苦しくなって、肩で息をするようになります。いっしょうけんめい息をするのですが、追いつかなくてどんどん気が遠くなってきます。動作が緩慢になって 、思うように動けなくなります。頭痛がして、視野が狭く暗くなります。

 [飲食店での利用]
 外出先でタバコの煙を避けるために、私が行っている方法を紹介します。飲食店などに行くときは、必ず電話で禁煙席があるかどうかを確認するようにします。禁煙席があったとしても、ただ単に場所を分けているだけの所も多いので 、店内に入ったら空気の流れをよく確認するようにします。まず、天井の換気扇の位置を確認します。何ヶ所かあるのですが、換気量が多いのは、厨房にある換気扇です。空気は 、吸気口やドア・窓の隙間から入ってきて、換気扇から出て行きます。店内には必ず空気の流れがあるはずなので、その流れを読んで煙の風上に座るようにするとよいです。しかしこの方法も、タバコの煙の濃度が高すぎると効果がありません。店中に煙が充満しているような場合です。そのときは早めに店を去るようにしています。仕方ないです。店に入ろうとした瞬間や、禁煙席に座ろうとした瞬間に煙が多すぎるな、と感じたら、その店で過ごすのはあきらめ、他の店に行くようにしています。CSの事情に理解がある人が一緒の場合は 、店を変えることに同意してくれますが、それ以外の人が一緒だとつき合い上なかなか難しいので、下調べをよくして店を選ぶか、これまでに何度か行ったことがあって、喫煙事情をよく知っている店に行くようにしています。

 [要望を伝える]
 店によっては「お客様アンケート」などというスタイルで、客の意見を吸い上げるシステムがあるので、大いに利用しています。タバコの煙で苦労したときはその旨を書き、どのように改善したらよいのかも具体的に書くようにします。また、全席禁煙のような まことにありがたいお店には、「とても助かります。素晴らしい。」などと賞賛の言葉を書きます。これを毎回毎回しつこいくらい繰り返しています。実際に 、ある店は、数ヶ月間アンケートを書き続けた結果、何箇所もあった喫煙場所を1ヶ所に縮小してくれました。これで座れる席が増えて大助かりです。またある店では、禁煙席はないのですが、なるべく煙の来ない席をわざわざ用意してくれるなど、細かい対応をしてくれました。何度も訴えていると、いろいろ親切にしてもらえることがあります。

 客のニーズを伝えるのはとても大切なことだと思います。「アンケート」を置いている店は、客の意見を聞く姿勢があるわけですから、これに書かない手はないです。こまめに訴えることで 、社会全体が少しずつ変わっていく原動力になるのではないかと期待しています。

(2005.1.9)

暖房
[北海道でストーブを購入]
 2002年5月に札幌に引っ越しました。それから4ヶ月たって秋口になると、本格的に冬の準備を始めなければなりませんでした。

 近所の人の話からすると、北海道の冬はとても寒いので、仙台から持ってきた小型のファンヒーターでは、とても対応できないということです。北海道の寒さにも対応できるパワーのあるストーブを買うことにしました。あまり知識がないので、隣の家の人が使っているのと同じ ものを買うことにしました。

 そのストーブが配達されてきた日に、試しに焚いてみることにしました。事前にいろいろな人に聞いたところによると、ストーブの炊き始めは耐熱塗料のにおいがきついので、何時間か空焚きする必要がある、ということでした。窓を開け、換気扇を回してストーブを空だきしました。初めはストーブからみるみる煙が上がって強烈なにおいになりました。私は家にいられないので、外をウロウロしていました。4時間くらい焚いてみましたが、まだ強烈なにおいです。それから10日間、毎日、外出しては8時間ずつ空焚きを行いました。しかし、10日たってもとても耐えられるレベルにはなりませんでした。さらに1週間…さらに10日…と空焚きしましたが、全然ダメです。

 

[ストーブを交換]
 困ってしまい…ちょっと変わった方法を試してみることにしました。隣家に住んでいる人は、全く同じ型のストーブを使っています。そして、そのストーブは、すでにワンシーズン焚いて、2年目に入ろうとしています。そのストーブなら塗料のにおいが抜けているはずです。隣の人にお願いしてストーブを交換してもらいました。隣の人はこの奇妙な提案に一瞬戸惑ったようですが、ストーブが新品になったので喜んでいました。しかし、私は1年経過したそのストーブの耐熱塗料のにおいにも耐えられなかったのです。

 これはとても深刻な事態になったと思いました。1年焚き続けてもにおいが消えないとなると、どう対策していいのかわかりません。私が使えるストーブはどこにもないのでしょうか。

[様々なストーブを試す]
 とりあえず、どんなストーブがあるのか、どれだけ臭うのかということをリサーチするために、知り合いの家を訪ねてストーブを見せてもらいました。いくつかみせてもらったのですが、どれも、あの耐熱塗料の嫌なにおいがしていました。ひょっとして2年以上たったものでも私は耐えられないかもしれない…と思いはじめました。

 私が苦手な塗料は、表面がマット調(艶消し)のもので、色は黒かレンガ色。北海道で売っているストーブはどれも燃焼部分にこの塗料を塗っていました。仙台で買ったポータブルのファンヒーターは透明でツヤのある塗料が塗ってあります。この塗料には耐えることが できました。

 リサイクルショップに古いストーブがあるかもしれない・・・と思い、見に行ってみました。かなり古いストーブがあったので、買ってみました。家に帰って、車からストーブを降ろしていると、隣の家の人が声をかけてきました。
「そのストーブ、塗料を塗ったばかりじゃないかい」
そうです。リサイクルショップでは古いストーブでも清掃点検し、塗料を塗り直して店頭に並べて売っているのです。確かに本体は古いのですが、塗料だけは塗り直してありました。すぐさまそのストーブを返品しに行きました。

 そういう私の窮状を見かねて、ストーブを貸してくれるという人が現れました。とても古いストーブでした。借りて試してみてダメだったら返してもかまわないと言うことです。とてもありがたい申し出でした。ただで試せるので大助かりです。このストーブはとても古くて、塗料が完全に焼き切れているようでした。しかし、私はこのストーブにも耐えられなかったのです。古いストーブなので内部や煙突に煤が付着しており、そのにおいに耐えられませんでした。

[FF式ストーブ]
 それまで試したストーブは煙突で室外に排気するタイプのものでしたが、このタイプだと室内煙突の継ぎ目から排気が漏れます。それを避けるためにFF式のストーブ*1も試してみることにしました。我が家は壁にFF用の穴があいていなかったので、大家さんに頼み込んで、穴を開けさせてもらいました。そしてネットオークションでFF式のストーブを買いました。そのストーブは古いもので、塗料の部分もかなり古くなっていました。

 しかし、そのストーブにも私は耐えることができませんでした。はじめに10日くらい外出して空焚きしたのですが、嫌なにおいは取れませんでした。とにかく塗料の鼻につくにおいが部屋中に充満して、居ても立ってもいられなくなります。それを嗅ぐとのどが痛くなり、息苦しさと皮膚のかゆみが出ました。

[寒い冬]
 これだけ次々試してもダメなので、結局諦めて、仙台から持ってきた小さなファンヒーターで冬を越すことになりました。寒かったです! ファンヒーターは開放型のもので、排気が室内に出ます。そのにおいは私にとってつらいものでしたが、他に方法がありませんでした。2002年から2003年にかけての冬は寒い冬で、室温は一冬ずっと12℃くらいしかありませんでした。何とか冬を越したという感じです。春の訪れをあれほど喜んだことはありませんでした。

 私が使っているファンヒーターは日立製のものです。仙台にいたときに、家中で石油ファンヒーターを何台か使っていましたが、メーカーによって排気のにおいが違います。日立製のものがいちばんにおいが少ないと感じました。

 翌年、2003年の冬は、日立のもっと大型のファンヒーターを使ったので、部屋(LDK)の中はずいぶん暖かくなりました。これは新品だと臭うので、2002年の初冬に購入して一冬、夫の部屋で焚いていてもらったものです。開放型のファンヒーターは部屋の空気がすぐに悪くなるので、こまめに換気するように気をつけています。

*1 室外から吸気し、室外に排気するタイプのストーブ。部屋の空気が汚れないといわれている。

(2005.10.26)

 

調理 
[コンロ]
 食品を調理するときに、問題となるのは、ガスなどの熱源と食品から出る煙や刺激です。まず、熱源についてですか、私は調理にガスを使っていません。ガスのにおいが苦手なので代わりに電気で調理しています。私が使っているコンロは、「ハロゲンコンロ」と呼ばれている もので、以下のメーカーのものを使用しています。

  

ナショナル   ハロゲンコンロ HL−C1

 

 

 

小泉成器(株) ハロゲン調理プレート KHL−1301

 

 形状はポータブルの電磁調理器に似ています。電磁調理器は頭が痛くなるので、私は使えませんでした。ハロゲンコンロも近づくと少し頭が痛くなるのですが、何とか使えています。ハロゲンコンロは、使い始めはプラスチックなど 素材のにおいが強く出ます。使い始めは、庭で煮炊きしてにおいを飛ばしました。ポータブルコンロなので、延長コードで庭に出して使います。1〜2週間そんなことをしていると、室内でも何とか使えるようになりました。

 火力はガスに比べるととても弱く、炒めものはしんなりと仕上がります。お湯を沸かすのに時間がかかります。火力が弱いので、お料理好きの人は「ハロゲンコンロ」を使うとがっかりするかもしれません。しかし、現在ガスのにおいに耐えられなくて困っているような人は、試してみる価値はあると思います。電気代がそれなりにかかりますが、逆にガス代が全くかからないので、経済的負担は それほど変わらないような感じです。(我が家はガスを契約していません。)

 小泉社製のものは、弱火にすると1秒ごとに強弱運転を繰り返すので、ぐあいが悪くなります。電圧が1秒ごとに変わるらしく、それに合わせて部屋の電灯が明暗を繰り返します。その感じが、たまらなく気持ち悪くて体にこたえるので、このコンロは強火専用で使っています。ナショナル製のものは、弱火にしても 大丈夫です。

[調理中の有害物質をうまく避ける]
 調理中にぐあい悪くなることがあります。食品の包装を開けたときや食品を加熱したときです。過敏性が高かったときは、食品の包装を開けるときに、いちいち家の外に出て行っていました。外で食品の包装を開けてみて、中から刺激性の気体が立ち上ったときは、すぐにその食品を地面において家の中に入ります。その後、夫に頼んで後始末をしてもらいました。反応を起こした食品は、たいてい捨てることになります。もったいないのですが、こればかりはしかたありませんでした。現在は回復したので、そのようなことはめっきりなくなりました。

  食品は加熱すると刺激が増します。茹でるとき、炒めるとき、鍋に入れられた瞬間、刺激が立ち上ることがあります。重症だったときは、一気に刺激が発散すると、ぐあい悪くてどうにもならなくなるので、最初に少しだけ加熱してみるようにしていました。刺激のあるものを加熱すると、鍋にもその刺激が移ってしまい、後始末が大変なので、小さい皿に少しだけ食品を乗せて、電子レンジで加熱してみます。(私は電磁波過敏症があるのですが、注意すれば 電子レンジを使えます。) 電子レンジで加熱してみて、刺激を感じるようであれば、その食材を使用するのはやめにします。 大丈夫であれば、なべに入れて、本格的に調理にかかります。

  刺激の強い食品は、下茹ですると取れることがあります。庭にポータブルコンロを出して、外で下茹ですることがあります。しかし、刺激のあるものを下茹ですると、鍋に刺激がついてしまい、後始末が大変なので、あまり頻繁には行わないようにしていました。2003年頃は 、刺激の強い食品にしょっちゅう出会っていたのですが、その後CSが回復すると共に反応を起こす食材の数が減ってきました。現在は、庭で下茹ですることはなくなりました。

注)ナショナルのハロゲンコンロは、現在は販売終了となっているようです。探すなら中古市場で、ということになります。

(2005.9.12)

 

トイレのリフォーム
[緊急事態発生!]
 2008年2月中旬のことでした。夫がトイレから出てくるなり、深刻な顔で言いました。
「大変なことが起
こった。トイレのタンクが割れてる」
すぐに見に行ってみると、タンクの上から下まで、一直線に亀裂が入っていました(写真1)。よく観察してみると、タンクの他の面にも亀裂が入っ
て、タンク全体が今にも崩れ落ちそうです。タンクの蓋を開けて中をのぞいてみると、中は氷で満たされています(写真2 )。タンクにたまった水が凍って膨張し、タンクを破裂させたようです。

  写真1    写真2

 そもそも、このような事態を防ぐための方策は取っていました。我が家は私のCSのため暖房が貧弱なので、冬は家中とても寒いです。(→スモール・データ・バンク「暖房」参照)トイレは、ストーブを焚いている部屋から離れているので、室温がとても下がります。ほとんど屋外に設置してあるのと同じ状況です。そのため冬になると、昼間でもトイレの水道が凍ってしまいます。凍ったときに一時的にとかして開通させたとしても、またすぐに凍ってしまうので、どうにもなりません。それで、冬の間は一日中、トイレの元栓を閉めておくことにしています。冬の初めに元栓を閉めてしまい、開けるのは春になってからです。(我が家では毎年「トイレ終了の儀式」と「トイレ開通の儀式」をやります。「トイレ終了の儀式」には悲壮感が漂い、「トイレ開通の儀式」には喜びが満ちあふれています。)

 冬の間は用を足すたびに、暖房をたいているLDKの水道からバケツに水を汲んでいって、流しています。2007年の冬までは、次回使う分をバケツに汲んで、トイレに置いておきました。しかし、2008年の冬は特別寒さが厳しく、汲んでおいた水が凍ってしまいます。汲み置きができないので、1回ごとに汲んでいっていました。

 このように、冬の間はタンクには水がたまらないはずなのに、どうしてタンクは割れてしまったのでしょうか。

[破裂の原因]
 今回タンクが破裂した経緯は次の通りです。12月に「トイレ終了の儀式 」をしてから2月まで、元栓が開かれることはありませんでした。2002年にこの家に引っ越してきてからずっと気になっていたことですが、元栓のハンドルがとても固くて、なかなかしまりません。渾身の力で回しても、最後まで回しきれずに残ってしまうような感じがありました。1年ほど前からさらに固くなり、そのため元栓を閉めても、少しずつ水が漏れ出てくるようになっていたようです 。

 2008年1月中旬から寒波がやってきて、トイレは室温が低い状態が続きました。この間、元栓から漏れ出てきた水は、水道管の中で凍ってたまっていたのではないかと思います。それが2月中旬に暖かい日が2〜3日続いたときに、とけて少しずつタンクにたまり、タンクをいっぱいに満たしたのでしょう。その後、また寒い日がやってきて急激に気温が下がったときに、水が膨張してタンクを破裂させたのです (図1)。

 すぐに対処しなければなりませんでした。割れた直後は氷が固まり、かろうじてタンクをつなぎ止めていましたが、氷がとければタンクは崩れ落ちてしまいます。そうなれば、トイレ中が水浸しになってしまいます。少しの猶予も許されませんでした。

[水道業者に相談]
 すぐに水道屋さんを呼んで、相談しました。このようなとき、どんな業者を選べばいいのか、迷うものです。我が家では、2002年に札幌に引っ越してきてから、ずっと同じ水道業者にお願いしてきました。この業者と出会ったのは、偶然のようなものでした。2002年に水道の蛇口を交換するときに、どう選んでいいものかわからなかったので、電話帳を見て、何となく電話をかけてみたのでした。ところが、いざ工事をお願いして、CSの事情を相談してみると、この方は実にのみ込みがいいのです。CSに対する心理的抵抗もなく、こちらの要望も受け入れてくださったので、スムーズに工事が進みました。それ以来、ずっと同じ水道業者にお願いしています。

 水道屋さんに割れたタンクを見てもらうと、「タンクと便器を交換して、床も張り替える必要がある」とのことでした。我が家のタンクと便器はとても古いものなので、タンクだけ交換することはできないということです。古い便器に合うタンクがないからです。また、新しい便器をつけると、排水管の位置が変わるので、床材をはがして工事をする必要があるということでした。「タンクの交換だけですめばいいのに…」と思っていたのですが、予想していたより大規模な工事になりそうでした。これだけの大工事は、この家に引っ越してきて以来、初めてです。自分の体にどのような反応が出るのかわからず、心配でした。

 これまでインターネットや本を見て、CS対応の住宅リフォームについて、ある程度は知識があるつもりでした。一般的なリフォームのしかたでは化学物質による影響が大きいので、なるべく安全な建材を使う必要があります。また、一般的にCS患者に安全と考えられているものでも、私は反応してしまう可能性もあります。それを防ぐためには、サンプルを取り寄せて嗅いだり、ショールームに確認に行く必要がありました。しかし、今回の事態は緊急のもので、すぐに対処しないと大変なことになります。徹底的に検討するには、時間が足りなそうでした。

 また、我が家は賃貸住宅なので、好き勝手にリフォームするわけにはいかず、大家さんの許可を取る必要があります。予算も大家さんと相談して決めなければなりません。完全にCS対応のリフォームをすると、通常の2〜3倍の費用がかかるだろうから、その分をどうやって都合つけるのか…など、考えなければならないことがたくさんありました。

 水道屋さんが「この機会に、暖房便座やウォッシュレットにしてみたらどうですか?」と勧めてくれたので、もともとウォッシュレットに憧れていた私は心が動きました。これまでも何度かウォッシュレットをつけようかと検討したのですが、便器の型が古いので、つけられずにいました。今回、便器が新しくなるのだから、ウォッシュレットをつけるチャンスだと思いました。

 この日の水道屋さんとの話し合いでは、次のことを確認しました。
◆便器は抗菌していないものを使う。
◆床材のクッションフロアを貼るとき、接着剤を使わず両面テープで貼る。
◆配水管をつなぐとき、シーリング剤ではなく、シーリングテープを使う。
(配管用のシーリング剤は、缶に入った白い液体で、溶剤のような強いにおいがします。)
◆元栓の金具を交換し、水漏れをなおす。

 これ以外のことについては、この段階ではまるで想定できず、この先、工事のしかたや建材についてCS対策を調べたり考えたりしなければなりませんでした。

[タンクの撤去]
 とりあえず、トイレ中が水浸しになる危険を回避するために、水道屋さんがトイレのタンクをはずしてくれました。中にはぎっしり氷が入っているので、大変な重量です。水道屋さんはフーフー言いながらタンクを外に運んでいました。そのあと便器もはずして、外に運ぼうとしました。

「ちょっと…ちょっと待ってください。工事日も決まっていないのに…私たちはこれからどうやって用を足せばいいのですか?」
私が焦って質問すると、水道屋さんは
「何とかしてください。」
「それは困ります。どうせもともとバケツで流していたんだから、タンクがなくても便器さえあれば用が足せます。便器は置いていってください!!」
私の必死の懇願で、便器は戻されることになりました。

 そもそも、水道屋さんは、今回の事態をよくのみ込めないようでした。「ふだんから元栓を開けずにバケツで流しているということはどういうことなのか」「なぜ人が住んでいるのに、トイレのタンクが凍るほど室温が下がるのか」「なぜ昼間も元栓を開けられないのか」このような根本的な疑問を解消できないようでした。札幌市でも、私の家のように室内が寒い家は、他にそうそうないようです。タンクがなければ、当然便器も使えないだろうということで、一緒に運びだそうとしたのです。

 便器はトイレに戻されましたが、一旦はずしたものを固定するのは難しいし手間がかかるということで、便器は床に置いただけ、排水管も軽くつないだだけです。
「バランスを取りながら、気をつけて用を足してください。」
その日はそう言い残して、水道屋さんは帰っていきました。予算の話し合いや工事方法の準備をしてから、工事をしてもらうことになりました。

[崩壊寸前のトイレ]
 トイレの中は、まるで災害現場のようでした。そこいら中に陶器の破片が散っているし、水も飛び散っています。また、便器はどんな成り行きで割れたのかわかりませんが、後ろの方にヒビが入っていて、今にも崩れ落ちそうでした。用を足すときは、よくバランスを取って座らないと、便器ごと横倒しになりそうです。体重を預けることができず、腰を浮かせて用を足しました。

 タンクをはずした翌日には、元栓からの漏水がはっきりと確認できました。元栓のバルブを閉めていたにもかかわらず、配水管の先からつららが下がっています(写真3)。少しずつ漏れ出た水が、寒さで凍結したようです。タンクが割れた原因がはっきりしました。元栓の修理も必要です。

 私の胸中は複雑でした。工事が入れば、体にどんな影響が出るかわからない。トイレのみならず、家中の空気が汚染されてしまえば、家で暮らすことができなくなり、避難する必要もあるかもしれない。できれば工事などせずにすませられればいいのに…。「先延ばしにしたい」という気持ちでいっぱいでした。何度も使用しているうちになれてきて、ぐらぐらした便器でもうまくバランスを取って用を足せるようになってきました。この先ずっとバケツで流して、この便器で暮らしていってもいい…とすら思いました。そんなことは不可能なことなのですが……それはわかっていたのですが…。

 夫はこの便器に完全にキレていました。
「こんなもので用が足せるか!」
夫は、私よりずっと体が大きく体重もあるので、この便器に座るのが怖くてしかたなかったようです。つまり、事態は一刻の猶予も許さないのであり、すぐにでも工事をしてもらう必要がありました。

[トイレ工事について調べる]
 情報収集には、インターネットが最適だと思いました。しかし、私は1月から電磁波過敏症(ES)が悪化したために、パソコンを使うのがつらくなっていました。自分で一から調べるのは手間がかかるし、時間もかかります。「掲示板で相談してみよう!」と思いました。建材やリフォームについては、私より詳しい人がいっぱいいます。頼もしい仲間たちです!

 私が気になっていたのは
◆便器・タンクの抗菌
◆便器・タンクの表面加工(汚れがつきにくくするためのもの)
◆床材(クッションフロアか代替品か)

 掲示板にはたくさんの人がレスをつけてくれて、1つ1つがいちいち参考になり助かりました。わざわざサイトを検索してくれたり、カタログを調べてくれた人もいて感激しました。

「化学物質過敏症 私の方法」掲示板 スレッド番号[543]
 http://www3.bigcosmic.com/board/s/board.cgi?id=dnalccet


 わかったことは…

◆ 現在流通しているたいていの便座は抗菌で、便器・タンクは汚れのつきにくい表面加工がしてある。抗菌の種類は、プラスチックに銀を練り込んだものが多い。汚れのつきにくい表面加工は、釉薬を表面に焼き付けてあり、化学成分の揮発は少なそうである。

◆ 排水口の位置を変えずに交換できる便器がある。TOTOのリモデル便器。これを使えれば、床の工事がいらず、床材を貼りかえる必要がない。
 
TOTOのサイト http://www.toto.co.jp/products/toilet/t00019/05.htm
 リモデル便器の構造説明 
http://www.sunrefre.jp/wc/remodel/ 

◆ クッションフロアはとてもにおうので、使わない方がよい。代わりの床材には、天然木の無垢材、タイル、リノリウム、石などがある。

◆ もしクッションフロアを使うにしても、すぐに敷かずに干してからの方がいい。

◆ ウォッシュレットや暖房便座は、プラスチックが加熱されて匂いがあがるのでよくない。電磁波の問題もある。
 私はタンクが割れてからというもの、考えなければならないことがたくさんあって、何が何やらわからなくなっていました。割れたことによる精神的な衝撃で、呆然としていたのも大きかったです。掲示板のレスをじっくり読んでいるうちに、だんだん考え方の道筋が見えてきました。

[工事内容の検討]
 ウォッシュレットと暖房便座については、まったく掲示板の皆さんのいうとおりで、これはつけるべきではないと思いました。ウォッシュレットはプラスチックが加熱される問題の他に、洗浄水が水道水で塩素が含まれているという問題もありました。ふだん直接体に触れる水はすべて浄水で何とかやっているのに、ここだけ水道水で私の体が耐えられるとは思えません。第一、ウォッシュレットにするにしても、何もこんな大変な事態のときにやる必要はなく、平穏なときに考えればいいことです。ウォッシュレットに対し、変に憧れを抱いていたのですが、すっかり目が覚めました。特別な機能のないシンプルな便器にすることにしました。

 表面加工・抗菌については、どんな便器を選んでもまぬがれないのかもしれないと思いました。私は普段から銀の抗菌剤が苦手なので、これは心配でした。ショールームに行って、いろいろな便器を実際に嗅いで確かめたかったのですが、工事を急ぐ必要があり、それだけの時間が取れそうにありませんでした。

 いちばんの問題は床材で、クッションフロアを使うのか、他のものにするのか、他のものを使うにしても、それを試したり検討したりする時間があるのかどうか。サンプルを取り寄せたり、ショールームを見にいっている時間はなさそうでした。

 リモデル便器が使えれば、床材を貼りかえずにすみます。掲示板で紹介していただいたサイトをよく見て、検討してみました。我が家のトイレは、もともとの便器が古い型のもので、排水口が壁に迫っています(図2)。リモデル便器では、従来の排水口が壁から305〜405mmにあれば、便器自体で調整可能なようでした(図3)。しかし、我が家の従来の排水口は壁から180mmところにあり、リモデル便器では対応できないことがわかりました。穴を開け直すのは避けられないようです。床材も貼りかえる必要があります。

 このような経緯で私は使えませんでしたが、リモデル便器は、もし使えるのなら、CS患者にとても有効なものです。この先、トイレ工事の予定がある方は、ぜひ検討してみることをお勧めします。

[建材を試す]
 私はホームセンターに行って、便座とクッションフロアを嗅いでみることにしました。ホームセンターは、店内に入っただけで化学物質の匂いがするので要注意です。便座は何種類か嗅いでみて、思ったより刺激・匂いがないことを確認しました。「これなら大丈夫かもしれない」と思いましたが、何しろホームセンターの他の商品の匂いが混じってしまっているので、定かではありません。

 次にクッションフロアです。私は2001〜2002年頃は、クッションフロアに強い反応を起こしていました。勇気を出して嗅いでみると…思ったより匂いませんでした。塩ビの匂いがします。これも店内の匂いと混じっていて嗅ぎにくいので、10cmばかり切り売りしてもらって、家に帰ってから嗅いでみました。

  私はつねづね匂いの強そうなものを嗅いで試すときは、お風呂に入る直前にやります。そうすれば、反応したとしてもすぐに入浴して、体についた匂いを洗い流すことができます。入浴直前、服を脱いで嗅ぐと(←寒い!)、服にも匂いがつかないので、洗濯の必要もないです。

 家で嗅いでもクッションフロアはあまり匂いや刺激がないので、「ひょっとしてこれは使えるかもしれない」と思いました。たった10cm(90cm巾)のものを嗅いだだけなので、工事で広い面積を使ったらどうなるかはわかりません。

 しかし、私は天然木の無垢材(樹種に限らず)にも強い反応が出るので、それよりは害が少なそうでした。もう工事の時間は迫っており、もしクッションフロアでいけるのなら、それがいちばんと思いはじめていました。価格も安いので、「もし使ってみてダメならあらためて考えてみる」という方針で行くことにしました。クッションフロアを貼ってみて強い反応があれば、しばらく床の上にビニールシートを貼って暮らすという手もあります。そして、気温が上がる4月になったら、ビニールをはがし、めいっぱい換気をして、匂いを飛ばしてはどうかと思いました。

 この時点で考えた方針は…
◆ 床材はクッションフロア。接着剤は使わず両面テープで貼ってもらう。
◆ 便器・タンクはシンプルな型のものを。これで反応するようなら、そのとき考える。

 このときの私の頭にあった工事内容はこのくらいでした。実際工事が始まってみると、他にも様々な材料や道具を使う場面が多かったのですが、この時点では思いつきませんでした。

 工事は翌日に迫っていました。

[工事当日]
 工事の朝に、工事車両が来て、廊下や玄関にたくさんの道具が広げられました。この道具類には、それまでの工事で使った建築材料の匂いがついているようです。家の中の空気が溶剤のような匂いになって、少し気分が悪くなってきました。

 はじめに、水道屋さんから、クッションフロアと両面テープを嗅いでみるようにと渡されました。鼻を近づけて嗅いでみると、両面テープの方はOKです。普段から、物によっては両面テープに反応していたので、これはラッキーなことでした。匂いや刺激はありましたが、私の苦手なタイプではありませんでした。

 次にクッションフロアです。これはとても匂いました。私がホームセンターで買ったサンプルよりもずっと強い匂いです。大きなシート(90cm×1.3m)が巻いてあったので、まず外側の匂いを嗅ぐと、タバコの匂いが。これは、私の家まで運搬するまでの間に、車内で吸ったタバコの匂いがついたのではないかと思いました。なぜなら、巻きをほどいて中の方を嗅いでみると、タバコの匂いはしなかったからです。建材の運搬の際にも注意するべきだったのに、私はそこまで頭が回りませんでした。あらかじめビニールに包んでもらうようにお願いしておけばよかったのです。しかし、タバコの匂いがあとからついたものは、しばらくすれば抜けるのではないかと思いました。普段の経験から判断すると、私の体質では、このくらいのタバコの影響なら、何とか耐えられます。

 もっと問題だったのは、クッションフロア全体にシンナーのような強い溶剤臭がついていたことで、これは巻いてある表面だけではなく、中の方までしっかり染みついていました。「これは製品のもともとの匂いなのか、工場や保管場所でついたのか? それとも、工事車両の匂いが移ったのだろうか?」 どのみち、これを使うのは無理でした。それで、ホームセンターに行って、私の大丈夫なクッションフロアを買ってくることにしました。自分の車で行って買ってくれば、工事車両の匂い移りを心配することがなくて安心です。

 私が事前にサンプルを買ったのは、家から離れたホームセンターでした。車で20分くらいのところです。(これをA店とします。)それで、同じチェーン店で、家の近くのホームセンターに行きました(B店)。同じものが売っているはずです。ところが、B店には、サンプルで買ったものは売っていなかったのです。やむを得ず、その場で匂いを嗅いでよさそうなものを選びました。

 水道屋さんは、このホームセンターのチェーン店の、さらに別の店(C店)に行って、クッションフロアを買って来たのだと言っていました。見てみると、B店でも同じものが売られていました。それを嗅いでみると、水道屋さんがC店で買ってきたものと全く同じ匂いがしました。シンナーのような匂いです。それで、この溶剤の匂いは、工事車両の匂いが移ったのではなく、もともとの製品自体についていたものだとわかりました。(製造時か保管場所の匂いではないかと思われます。) 

 新たに私が選んだものは、それよりはずっと匂いの少ないものでした。しかし、ホームセンターの店内で嗅いでいるので、はっきりと判断できません。このクッションフロアを90cm巾×1.3m買って車に積み込み、家に向かいました。その途中で、私はすでに刺激を感じました。目や粘膜にピリピリと刺さるような刺激です。「これを使って大丈夫だろうか?」と思いました。家に帰ってからも、条件や方法を変えながら、何度か嗅いでみましたが、やはり刺激があります。

 結局、最終的には、私が事前にサンプルを買ったホームセンター(A店)へ夫が行って、同じものを買ってきてくれることになりました。往復40分の道のりですが、夫は行ってくれました。とてもありがたかったです…。

[工事の行程]
 工事は、私が思っていたのより、ずっと多くの行程を要しました。実際に行ったのは、次のような工事内容です。

1.タンクをはずす。(これは、前日までに撤去済みです。)
2.便器をはずす。
3.元栓の金具を交換する。
4.クッションフロアをはがす。
5.排水口の位置を変える。
 a.排水口の周りの床板を四角にくりぬく。
 b.排水管をつけ直して位置を変える。
 c.四角い板(新しい排水管の位置に合わせて穴を開けたもの)をはめる。
6.クッションフロアを貼る。
7.便器・タンクを設置する。
8.配水管をつなぐ。(元栓〜タンク)


 この行程を工事前にすべて聞き出して、使う材料や道具もすべて事前に検討できればよかったと思います。しかし、私はこのような工事内容は全く頭に浮かばなかったので、そもそも質問のしようがありませんでした。水道屋さんの方も、いつも通りの工事をいつも通りにするだけなので、どこがCS的に問題となるのか、思いつかないのではないかと思います。あらかじめ、水道屋さんの方で気づいた点は、いくつか取り上げて打ち合わせをすることができましたが、その他のことは、工事当日になってから対応していただくことになってしまいました。つまり、水道屋さんの側では、何がCS的に問題なのか思い浮かばないし、私の方は工事の内容が思い浮かばないし、ここの間に空白ができた形となりました。それは空気のようなもので、どちらの意識にものぼらなかったのです。私の側で1つ1つの行程をじっくりと聞き出して確認すればよかったのですが、知らないことを聞くのは難しいものです。よく準備するにしても、ある程度の知識がないと、アプローチのしかたがわからないです。

 掲示板に、工事の行程について詳しく書き込みしてくださった方がいました。本当に我が家の工事は、全くその通りに進んでいったのです。工事前に見られればよかったのですが、書き込みを見たのは、工事が終わってからでした。残念です。

[元栓の修理]
 はじめに便器をはずして、元栓の金具を交換しました。タンクが割れたそもそもの原因は、元栓が閉まりきらなかったことです。便器・タンクを交換しても、元栓からの漏水がなおらなければ、また割れてしまいます。もし、金具を交換しても水が止まらないようだったら、もっと大がかりな工事が必要だと説明されました。水道屋さんは「床を壊して床下の配管をいじる必要がある。庭の土を掘って、その中も工事する必要がある。」と言ったので、私は血の気が引きました。そんな大工事に、私の体が耐えられるとは思えなかったからです。幸い、元栓の金具を交換しただけで、漏水は止まりました。本当に安心しました。

[床材と排水管の工事]
 次に、クッションフロアを剥がしていきました。下地の板は合板でした。排水口の位置を変えるために、下地の合板を四角く切り抜きました。電動工具で板をくりぬいたあたりから、本格的に家の空気が悪くなってきました。私は工事の様子を遠巻きに見ていました。近づきすぎると、CS反応が出てしまうし、かといって、ぜんぜん見ないのも心配だし…。

 床下の排水管を交換するときは、塩ビのパイプをつけ替えるのですが、本来ならこのとき、継ぎ目を接着剤で固めるそうです。水道屋さんは、この接着剤を使わずにすませてくれました (写真4)。これは、こちらからお願いしたのではなく、水道屋さんが機転を利かせてくれたのです。接着剤は匂いが強そうなので、使われていたら大変なことになっていたと思います。 

 そのあと、合板を四角に切って丸い穴を開け、新しい排水口に合わせて床にはめ込みました。合板を切る作業は外で行っていましたが、外にも玄関にも粉が飛び散って、とてもいがらっぽい空気になりました。私は遠くから合板を眺めましたが、それは新品のものではなく、とても古いものでした。新品の合板は匂いが強いということで、水道屋さんが気を利かせてくれたのかもしれません。合板をトイレの床にはめ込むときには、何か接着剤のようなものを使ったのかどうか…これは確認しなかったのでわかりません。上にクッションフロアを敷けば、封入された形になり、揮発は少ないのではないかと思いました。

 クッションフロアを敷き込む前に、下地の合板が濡れているところを、ドライヤーで丁寧に乾かしました。私は合板の匂いが熱であがってくるのではないかと、なるべくその場に近づかないようにしていました。我が家は築30年の古い木造住宅なので、下地の合板は古くなっていましたが、長年クッションフロアに覆われていたので、成分がどの程度抜けているのかは見当がつきませんでした。ドライヤーは夫のものをお貸ししたので、ドライヤーに合板の揮発成分がついてしまうのではないかと心配になりました。ドライヤーはファンで外気を取り込み、電熱線で温めて吹き出す構造です。内部に合板の匂いが付着して、夫が髪を乾かすときに、その成分がついてしまうのではないかと心配でした。しかし、工事後、夫がドライヤーを使っても気になるほどの匂いはなく、安心しました。下板の合板は古いものだったので、成分の揮発は少なかったのかもしれません。

 夫がホームセンターから帰ってきたところで、ちょうどクッションフロアの敷き込み作業に入りました。掲示板で、クッションフロアを敷き込む前に何日か干してみるように勧められたのですが、私は下地の合板の匂いの方が問題なように思われました。それで、すぐにクッションフロアを敷き込んでもらいました。もし、事前に干したり洗ったりできたら、その方がよかったと思います。

 クッションフロアをちょうどよい大きさに切ったあと、下地の合板に両面テープを縦横にはりめぐらせ、クッションフロアを貼り込んでいきます。この時点では、私はいろんな工事の匂いを嗅ぎすぎて、ぼんやりしてきてしまい、匂いをよく嗅ぎわけられなくなってきてしまいました。「とにかく早く工事が終わってほしい」と思いました。

[便器とタンクをつける]
 便器をつける段になって、水道屋さんから、新品のトイレットペーパーホルダーを嗅いでみるように言われました。このホルダーのプラスチックと、便座のプラスチックが同じものだということです。嗅いでみたら、少し刺激があるような感じがしましたが、判断しづらくなっていたので、そのままつけてもらいました。

 便座もタンクもつけてもらって、ふと見ると、水道屋さんがシーリング剤を手に持っています。私は反射的に「シーリング剤は使いますか!?」と聞いたら、水道屋さんもハッとしたようで、「あ、シーリング剤はダメですか」と聞き返してきました。「ええ、多分。あらかじめ匂いを嗅がせてください。」 シーリング剤は、注射器のような いれものに入った透明なペーストで した。それを紙の上に練りだしてもらって、匂いを嗅いでみましたが、鼻がバカになっているのでよくわかりません。

 夫の部屋に行って、夫に嗅いでもらうと、「これはダメだよ。ひどい匂いだ。」と言われました。私ももう一度嗅いでみると、確かに匂います。夫の部屋はストーブを焚いていて暖かかったので、寒い廊下で嗅いでいたのとは違い、今度ははっきりとわかりました。肺を圧迫するような重苦しい匂いです。それで、シーリング剤は使わないでもらうことにしました。

 本来なら、床と壁の間、便器と床の間にシーリングを施して、隙間を埋めます。床と便器の間は、本当はシーリングしてほしかったのです。古い便器を撤去すると、便器が乗っていた部分の床材が真っ黒にかびていました。これは、2002年にこの家に引っ越してきたときから、ずっと気になっていました。カビにアレルギーがある私は、この部分のカビで息苦しくなっていたからです。新しい便器にシーリングを施せば、この部分のカビは防げます。しかし、トイレを使えなくなったら元も子もないので、シーリングはやめてもらいました。

[配水管工事]
 最後に元栓からトイレタンクまで配水管をつないで、工事は終了です。本来なら、継ぎ目に液体のシーリング剤を塗るのですが、それは使わずシーリングテープを巻いてもらいました(写真5)。配管用のシーリング剤は、便器や床の隙間を埋める透明のものとは違い、缶に入った白い液体です。ペンキのような強いにおいがするので、CS患者は使わない方がいいと思います。 私は、2002年に水道の蛇口を交感したときに、このシーリング剤の匂いでぐあい悪くなってしまいました。水道屋さんは、そのときのことを覚えていてくださったのです。シーリングテープはほとんど匂わないので、助かりました。 

 配管用の金具は、あらかじめ外でガスバーナーを使って焼いていました。表面のさびを防ぐためなのかどうかよくわかりませんが、ガスの苦手なCS患者は注意をする必要があります。私は、もう疲れとぐあい悪いのとで、なすがままという感じで…確認せず、そのままつけてもらいました。

 配管をしたあと、見映えをよくするために、この金具にシルバーのペンキを塗ることになっているようなのですが、水道屋さんが判断して塗らずにすませてくれました。ありがたかったです。

[工事後の経過]
 こうして、我が家のトイレ工事は終了しました。トイレはピカピカの新品になりましたが、とても空気が悪く、近づくのがはばかられました。夫がトイレの窓を開けてくれました。私は、この後どうおさまるのか心配だったけれど、夕方から用事があったので外出しました。翌日も朝から用事で家を空けました。この間、家にいなくてよかったと思います。

 工事の翌日の夜に、廊下・玄関・トイレに、丁寧に掃除機をかけました。合板の粉が飛び散っていると思ったのです。また、玄関の外に散っていた合板の粉は、雪が降ったので、雪の下になり、風が吹いても飛び散らなくなりました。私は工事中の曝露と、その後の外出で疲れていたので、お風呂で体を隅々まで洗い、よく休むことにしました。

 1日目は、自分の部屋にいても空気の悪さを感じ、夜寝ていても気持ちが休まりませんでした。でも、少なくとも家にいることはできたのです。工事後、避難する可能性も考えていたので、これにはホッとしました。 工事後3日目を過ぎた頃から、家中にもうもうと漂っていた不穏な匂いが薄れてきて、体が楽になってきました。それに伴い、気持ちも落ち着いてきました。

 工事後、トイレに入るのが怖かったです。でも、1日に何回かは入らないわけにはいかずに、恐る恐る入りました。トイレ用の服を一式用意して、トイレに行く直前に着替えるようにしました。用を足してトイレを出たら、またもとの服に着替えます。トイレで服に匂いがついても、すぐに着替えるので、その影響を最小限に抑えられます。頭は帽子をかぶって、髪をすっぽり覆うようにしました。

 工事直後は、トイレに入ると、モヤッとした匂いと、ピリピリとした刺激が迫ってきて、気が気じゃなかったです。それが日に日にうすまってきて、3日目を過ぎた頃から、楽になってきました。工事から2週間を過ぎると、さらに匂いと刺激はうすまって、服を着替えずにトイレに入れるようになりました。その後、春になって気温が上がってきたので、化学物質の揮発量が増えるのではないかと心配しましたが、常にトイレの窓を開けていれば、問題なく過ごせています。

 この先さらに気温が上がってくると、化学物質の揮発量が増えることが予想されますが、換気を徹底することで、対応していくつもりです。

 皆様のおかげで、無事工事がすみました。掲示板で相談に乗ってくださった方、見守ってくださった方々、本当にありがとうございました。
 

まとめ・工事の中でCS対応してもらった部分

工事内容  標準的な建材 CS対応 分類
床の下板をはめ直す 合板 古い合板
排水管のつなぎ替え 接着剤 接着剤なし
クッションフロアを貼る 水道屋さんが用意したクッションフロア 自分で用意したクッションフロア
クッションフロアの接着 接着剤 両面テープ
タンク・便器 抗菌、ウォッシュレット、暖房便座 抗菌してないもの、シンプルな機能のもの
床・壁・便器間のシーリング シーリング剤(透明なペースト) シーリングなし
配水管の接続 シーリング剤(白い液体) シーリングテープ
配水管の塗装 ペンキ 塗装なし

分類:A…事前の打ち合わせによるもの B…工事中に指摘 C…水道屋さんの機転

(2008.4.7)

 

灯油
 灯油の問題では、ずいぶん頭を悩ませてきました。特に仙台から札幌に引っ越してからは、灯油の使用量が増えたので、さらに悩みはましました。

 

北海道の灯油事情
 北海道の家庭には、灯油を大量に溜めておくための「ホームタンク」というものがあります。

 金属製のタンクで、我が家のものは、容量が490リットルです。仙台にいたときは、18リットルのポリタンクに灯油を買っていましたが、北海道は寒いので、それではとても間に合いません。490リットルのホームタンクに灯油を配達してもらうと、冬はだいたい3ヶ月持ちます(暖房+給湯器)。3ヶ月に1回ずつ、配達してもらっていました。

 

 札幌に引っ越してから、灯油の質が極端に悪くなったような気がしました。ストーブを焚くと、ホコリが燃えているような、不完全燃焼しているような、嫌なにおいがします。これは、流通している灯油の質もさることながら、ホームタンクの問題が大きいようでした。ホームタンクが古いものなので、中がさびているし、汚れがたまっているようでした。現に、灯油に赤さびが混じっているのを目で確認することができました。

 ホームタンクの灯油をフィルターで漉して、きれいにするサービスを利用してみましたが、あまり効果はありませんでした。(灯油をホームタンクからくみ上げて巨大な浄水器のようなものに通す浄化方法です。)

我が家の特殊事情

 北海道の一般家庭では、手動でストーブに給油することは、ほとんどないようです。私が見た限りでは、次のようなスタイルが一般的なようです。

ホームタンクから地下パイプを通って、室内まで灯油が来ています。ストーブをパイプに接続すると、自動的に給油されます。

 しかし、我が家の場合は、ポータブルのファンヒーターしか使えないため(→スモール・データ・バンク「暖房」参照)、手動でストーブのタンクに給油しなければなりません。

イラストのように、ホームタンクから、手動でポリに灯油を取り、さらにストーブのタンクに入れるということを、行っています。手動で行うということは、それだけ灯油に接触する危険性が高いということです。夫の協力も得て、なんとかこなしています。

 一般家庭では、ホームタンクにフィルターがついていて、いったん灯油が漉されて、ゴミやさびを取り除かれてから、ストーブに運ばれます。しかし、我が家は、ホームタンクからフィルターを通さずに、そのままストーブのタンクに給油するので、タンクや灯油が汚れていると、その影響がもろに現れてしまうのです。

配達されるごとに灯油の質がちがう
 3ヶ月に1回ずつ、ホームタンクに給油してもらいました。その度にドキドキしました。配達の度に灯油の質が違い、そこそこ安全なものから、かなり有害なものまで、様々だったからです。有害なものに当たったときは、3ヶ月間、そのにおいを我慢して暮らさなければなりません。冬の間は寒くて、ストーブ なしではいられないので、長時間そのにおいにさらされることになってしまうのです。

 灯油の質が悪すぎて耐えられないときは、配達してくれた業者と交渉して、引き取ってもらったこともあります。返金してくれる場合とくれない場合がありました。

 灯油を引き取ってもらったあとは、すぐに別の業者に配達をお願いしなければなりませんでした。しかし、次の業者の灯油が安全かどうかは、試してみなければ確認できません。そんなことを繰り返しているうちに、経済的にも精神的にもかなり消耗しました。

灯油移し替え大作戦
 
2004年10月に灯油を配達してもらったときは、業者と交渉してみましたが、返金はしないし、さらに引取料がかかるということでした。このときは、しかたがないので、灯油を有効に使うために、両隣の家に 、我が家の灯油をあげることにしました。

 「灯油をあげる」といわれて、喜ばない人はいません。両隣の家の人たちも、我が家の事情を聞いて驚いたようですが、快く承諾してくれました。

 私と夫は、2時間かけて、両隣の家のタンクに灯油を移しました。まず、我が家のホームタンクから18リットルポリタンクに灯油を移します。それを隣家のホームタンクに移します。その作業を延々と繰り返し、2時間後にようやく490リットルを移し終わりました。私は灯油のにおいでフラフラになりました。両隣の人は灯油をもらえて喜んでいました。   

 これを最後に、ホームタンクの灯油を暖房に使うのはやめにしました。暖房用には、いちいちポリタンクに灯油を買っています。まず、夫がガソリンスタンドに灯油を買いに行き、5リットルだけ買ってきます。(私はガソリンスタンドに近づくことができないので夫にお願いしています) それをストーブで焚いてみて、よさそうなら18リットルポリタンクに4つ分買います。それを暖房用に使いました。ホームタンクの灯油は、給湯器専用にしました。

 ポリタンク4つ分(72リットル)の灯油を少しずつたいて、だいたい3週間持たせます。3週間に1回、夫に灯油を買いに行ってもらうようにしました。試しに5リットル買ってみて、それがダメならさらに別のガソリンスタンドで5リットル買ってもらいます。何度も試すと、夫の手間が大変なので、2回試してダメだったら諦めることにしました。刺激の強い灯油に当たったときは、3週間、我慢の生活です。それでもホームタンク(490リットル)に配達してもらっていたときに比べれば、リスクは格段に少なくなりました。

後日談
 隣の家に灯油を上げたあとの話です。灯油をあげて、室内の暖房の問題は解決しましたが、別の困った問題が発生しました。隣家で給湯器を使う度に、うちの周りが強い刺激臭で包まれるのです。その家の給湯器の排気口が我が家の方を向いているために、問題の灯油を焚く度に 、こちらに刺激臭が流れてくるのです。あげたときには、こんなことは想定外でした。

 しばらく刺激臭に悩まされましたが、1ヶ月もすると隣家は灯油を使い果たしてしまい、刺激はおさまりました。となりの家は灯油を使うペースがとても速いので助かりました。

給油時の注意
 ストーブに灯油を入れるときの工夫を書きます。我が家のストーブは7リットルの灯油タンクが取り外しできるようになっていて、そこにポリタンクから 灯油をポンプで給油します。灯油がなくなる度に、庭に置いてあるポリタンクのところに給油に行きます。

 私は灯油のにおいが苦手なので、給油のときになるべく吸い込まないように工夫しています。灯油のにおいを吸うと、息苦しくなったり、気が遠くなったりします。頭が痛くなることもあります。給油ポンプは、電動のものを使っています。給油がすむとブザーで知らせてくれるので、便利です。ポンプをセットしてスイッチを押せば、自動的に給油してくれるので、その間はその場を離れることができます。灯油のにおいが来ないような場所に離れて待っていて、ブザーが鳴ったらそばに戻るようにしています。こうすると、手動のポンプを使うのに比べて、灯油のにおいを吸う量が格段に減ります。

 ポンプをセットするとき、ポンプを片付けるときに、灯油のしずくがたれることがあります。このしずくが体にかからないように、よくよく注意して行います。給油は決して夜には行わず、昼間の明るいときにするようにしました。給油専用のビニール手袋を使い、手に灯油がつかないようにしています。

冬の大気汚染
 札幌では、冬になると、街全体で大量の灯油を消費します。たいていの家は、部屋の中を暖かくするので、大量の灯油を焚きます。室温が25度以上のお宅もあります。そして、部屋の空気が汚れないように、室外に燃焼ガスを排気します。

 また、「ロードヒーティング」といって、駐車場などのアスファルトを暖めて雪を溶かすシステムがあります。これは巨大な床暖房のようなもので、これにも大量の灯油が使われます。屋根に雪が積もると、重さで家に負担がかかるし、雪が落ちると危険なので、屋根を暖めて雪を溶かすシステムもあります。これにも灯油が使われます。また、雪がたくさん降るので、雪かきをしているうちに雪を積む場所がなくなってしまいます。雪の置き場に困ったときに、雪を溶かして処理する「融雪槽」というものがあります。このとき、雪を溶かすのに、灯油が使われます。

 冬になるとこのような大量の灯油の燃焼を札幌市民(190万人)が同時に行うわけなので、街中の燃焼量は、相当なものになります。燃焼ガスは、ほとんどが室外に排気しています。そのため、冬になると、街中の外気が灯油のにおいになります。冬の初めから少しずつ濃度が上がり始め、1,2月の極寒期になると、相当な濃度になります。私は冬の初めから少しずつ体調が悪くなっていって、3月頃、冬の終わりになると、「慢性灯油中毒」のような状態になってしまいます。頭痛、息苦しさ、だるさが長期間続きます。

 5月になって、市内でいっせいに暖房の使用がなくなると、空気はきれいになります。
「あー、やっと息が吸えるようになった!」
と喜びます。(しかし、そのあとすぐに、農薬シーズンが始まってしまうのですが・・・。)

 このように札幌は灯油の影響が大きいので、灯油が苦手な人が住むのは、難しいかもしれません。

 北海道でも、札幌のように人が密集していない場所なら、もっと楽だと思います。私は札幌に引っ越して4年になりますが、一冬ごとに灯油への過敏性が増してきているように感じています。

(2005.11.15)

 

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農薬 
 
[仙台での生活]
 
私は札幌に引っ越す前(〜2002年)は、仙台の実家に住んでいました。そこは、住宅と田畑が混在している地域でした。家の裏には畑がありました(広さは約2000u・600坪)。その畑で、ときどき農薬散布をするのですが、私はその度に体調を悪くしていました。裏の畑で農薬を散布しはじめたことに気づいたら、すぐに家中の窓を閉めるようにし、散布が終わるまでは窓を開けないようにしていました。在宅中はこのように対応できるのですが、外出中に散布されると対応できません。それで、外出するときは、自分の部屋の窓だけは閉めて出かけるようにしていました。家中の窓を閉めた方が安心なのですが、夏の暑い日に、他の家族が家にいるのに、家中の窓を閉めていくわけにはいきませんでした。

 裏の畑で農薬を散布されると、その後、何日間も農薬の濃度が下がりません。独特のにおいを感じるのですが、それが2,3日たっても1週間たってもにおいます。そして、においが薄くなっても私のCS症状は続き、1ヶ月くらいは影響を受け続けます。夏に1ヶ月間ずっと窓を閉め続けるというのは暑くて無理なので、窓を開けると、残留している農薬の気体を吸い込むことになってしまいます。夏の間は頻繁に薬剤散布が行われるので、一夏ずっとぐあい悪い状態が続きました。あまりにもぐあい悪いときは、原因を確かめるために、裏の畑に入っていって症状がどう変わるのかを確認してみました。畑は薬剤の独特のにおいがしており、近づくと症状が重くなるのがわかりました。本当は、わざわざ発生源に近づくのは危険なのですが、確かめずにいられなかったのです。裏の畑の農薬問題はどうしようもなくて、濃度が高いときにはあきらめるしか ありませんでした。どこか安全な場所に引っ越したいと思いましたが、なかなか住める家が見つかりませんでした。(→スモール・データ・バンク「家さがし」参照)

 [農薬による症状]
 当時の農薬による症状は、次のようなものでした。手足がだるくなりしびれたようになり、全身の力が抜けます。体がだるくて身の置き場がないような感じになります。寝ていても寝返りばかりうっていて、苦しくて寝られませんでした。のどが腫れた感じになって、息苦しくて、息ができません。船に揺られるようなユラユラとしためまいが現れ、それに伴って車酔いのような症状が出ました。胃がムカムカして吐き気がします。頭に水がたまって腫れたような頭痛がしました…全身症状のオンパレードでした。

 [症状の季節差]
 1999年2月に、自分がCSであることに気づいた後、私は身の回りのCS対策をして、だんだん体調がよくなっていきました。はじめの頃は様々な原因物質に囲まれて暮らしていたので、常にぐあい悪かったのですが、対策を進めていくうちに、体調がよいときと悪いときの境目がはっきりしてくるようになりました。第1章〔1〕−c「有害物質をかぎわける際の注意点」にも書きましたが、雑音いっぱいの部屋から雑音が取り除かれ、小さな音が聞き分けられるようになった感じです。「音」ではなく「におい」についてそのような現象が起きてきました。

 1年くらい対策を続けていった結果、化学物質をかなり細かく嗅ぎわけられるようになりました。2000年になると、症状の季節差がはっきりとわかるようになりました。冬になると体調がよくなるのですが、夏の間はすごく体調が悪いのです。思い返してみると、それまで何年も同様のことが起きていたようでした。毎年5月頃から体調が悪くなり、10月まで続きます。11月になって、木々の落葉が始まると、体は楽になってきます。それが毎年毎年繰り返されていました。過去何年分かの手帳を読み返してみると、冬の間はきちんと予定が書き込まれているのですが、5月〜10月のページは空欄だらけです。これまで意識せずにやってきたのですが、毎年手帳がそうなっているのを確認して、それまでも夏に体調が悪くなっていたことがわかりました。

 [農薬のにおい]
 農薬は独特のにおいがあります。物によってにおいが違いますが、よく嗅ぐものは何種類かあって、そのにおいを覚えてしまいました。草もちのにおいのようなもの。シナモンのようなにおいのもの。「キンチョール」のようなにおいのもの。工事現場のペンキのようなにおいのもの。よく嗅ぐもので特徴のあるものは、このようなにおいです。田畑の近くを通ると、このにおいと共に、上述の全身症状が一気に出てきます。無臭なのに症状が出ることもあります。症状と状況(田畑の近くいるなど)から、農薬が原因だと推測しています。無臭なものでも、そこに有害なガスがあってそれが体に侵入し、症状が起きているのが感じられます。これは嗅覚を伴わない感覚です。(この感覚はきっと、一般の人にはわかりにくいでしょう。) 私はこれまでCSの説明をするのに、何度も「におい」という言葉を使ってきましたが、実際はにおいを伴わない反応も多いのです。しかし、他に表現のしようがないので、あえて「におい」という表現を使っているところが何カ所か あります。また、一般の人にCSのことを説明するのに「無臭の有害物質が体に侵入して…」とやると、相手は理解できないので、そのときはよく「におい」という言葉を使って説明します。私の場合は、嗅覚を介在しない症状は意外と多く、全体の半数以上を占めています。何にでも鼻先を近づけてくんくんにおいを嗅ぎますが、においを感じるというより、刺激そのものを感じることの方が多いです。活性炭のマスクを使うと、周辺環境のにおいはかなり薄くなりますが、刺激の方はマスクを通して体に入ってきてしまうので、私にはあまり効果が感じられませんでした。

 [避難生活]
 2000年5月に、家の裏で畑を作っている人が、畑から続いている私道に除草剤を撒きました。その私道は、私の部屋の真下に当たります。ここに除草剤を散布されたので、私は急激にぐあいが悪くなりました。ある朝、目覚めてみると、どうしようもなくぐあい悪かったのですが、原因がわかりませんでした。そのぐあい悪さが続き、2,3日過ごしているうちに、私道の草が一面に枯れ始めました。それで、体調不良の原因は除草剤であることに気づきました。確認のために私道に行ってみると、症状が強くなりました。とにかく息苦しさとだるさのためにとても起きていられません。寝ていても苦しくて体が休まりませんでした。このまま家にいてもぐあい悪くなるだけなので、動けない体にむち打って、何とか出かけました。家を離れると症状は軽くなっていきます。外出してから2〜3時間たつと楽になってきました。その日から、昼間は避難し、夜は仕方がないので家に帰ってきて寝る、という生活を1ヶ月くらい繰り返しました。1ヶ月たって、私道に草が生え始めた頃、私はようやく家で過ごせるようになりました。

 ホッとしたのもつかの間、私道に2回目の除草剤散布が行われました。家にいられるようになってほんの数日しかたっていなかったので、ショックでした。また避難生活が始まりました。2回目の散布量は少なかったので、今度は2週間くらいで症状が治まりました。畑の人は、前年までは草刈り機で雑草を刈り取っていたのですが、家族に病人が出てからは、農作業に手が回らなくなり薬剤を散布したようです。(母が近所の人に話を聞いてきました。)

 [お願いに行く]
 このままでは通常の生活がままならないので、畑の持ち主の家を訪ねて、お願いすることにしました。私は除草剤の影響でぐあいが悪くなっていて心許ないので、夫に一緒に行ってもらいました。菓子折を持って訪ねていきました。

 畑の持ち主に、次のように事情をお話しして、お願いしました。
○私道に撒いている除草剤が原因で私は体調を崩していること
○私道の雑草は、これから私が草取りをするので、除草剤を撒かないで欲しい、ということ
○畑は生活上必要なことなので、従来通り薬剤散布してかまわない、ということ
その人はとてもよく聞き入れてくれました。私と夫はホッとして家に帰ってきました。私は、畑の作物にまいている農薬にもひどい症状を起こしていたので、本当の気持ちは、ここの散布もやめてもらいたかったのです。しかし、この畑は、趣味でやっているわけではなく、仕事でやっているので、そこまで望むのは難しいと感じていました。畑よりも、私の部屋に近い私道の除草剤散布をやめてもらうことが先決でした。相手の気分を害することなく、話を聞いてもらうためには、上記のような条件でお願いするのがいいのではないか、と思ったのです。あらかじめ、夫とよく話し合って、方針を決めていきました。

 2000年の夏はひたすら私道の草むしりをしました。畑から農薬の気体が流れてくるので、フラフラになりながらやりました。苦しかったけど続けることができました。雑草を取ることで、自分の手で自分の身を守っているのだという実感があったからこそ 、続けられたのだと思います。私が黙々と草取りをしていると、母がよく手伝ってくれました。本当にありがたかったです(涙)。翌年からは、裏の畑の人が、私道の草を、草刈り機で刈ってくれることになりました。助かりました。そもそも私道に除草剤を撒いたのは、「雑草が生い茂っていると私の家に迷惑がかかるから」というのが本来の理由だったようです。母が畑の人と何度か話をするうちに、そういうことがわかってきました。

 [症状が悪化]
 2001年5月からCSが急激に悪化し、水道水に対して強い目の痛みを感じるようになりました。それと同時に、田畑の近くに行くと、強い目の痛みが出るようになってきました。2001年の夏は外気の刺激が強くて、とても部屋の窓を開けることができなくなってしまいました。私はCSのためにエアコンを使うことができなかったので、閉め切った部屋で過ごす夏は暑くて、とても苦しかったです。水道水が使えなくなってからは、汗をかいてもシャワーを浴びたり洗濯したりするのが困難になったので、とても困りました。これではとても暮らせないと思い、引越を決意しました。夏の間はあまりのぐあい悪さに、とても先のことを考えている余裕はありませんでした。2001年も冬になったら、農薬の刺激が少なくなって、少し体調が回復したので、その間に真剣に調べたり考えたりしました。そして、2002年5月に私は札幌に引っ越しました。この引越は成功で、農薬に関して いえば、格段に楽になりました。住居選びは、周囲に農地がないことを第一条件に選びました。

 [札幌での生活]
 札幌は涼しいので、仙台に比べて雑草の育ち方がとても遅いです。夏が短いので、雑草は年に数回、草刈り機で刈ればすんでしまうようでした。河川敷の雑草を、草刈り機で刈っている人の姿を、目にすることがあります。砂利を敷いてある駐車場も、仙台と比べると、少ししか草が生えないので、除草剤を撒く必要がないようです。また、札幌の人は仙台に比べておおらかな感じで、雑草が生えていてもあまり気にしないようです。道路の脇や空き地に草が生い茂っているのを見ると、私は安心します。仙台ではアスファルトで舗装されていない場所はどこでも、徹底的に人の手が加えられていました。しょっちゅう除草剤を撒いているところを目にしました。雑草が生えると蚊が発生するというのも、除草剤散布に拍車をかけていたようです。札幌に越してきてからは、私はほとんど蚊に刺されなくなりました。市街地にいる限り、蚊を見ることはありません。蚊取り線香を焚く家もないので助かります。蚊以外の虫も、仙台と比べると格段に少ないです。サイズも小さく弱々しいです。そのため、殺虫剤の使用量も少なくなっているようです。

 [ 回復]
 
2002年の夏は、私の過敏性はまだ高いままでした。7月の初めに近所で一斉に庭木の消毒が始まりました。家の窓を閉めていても、私はとてもぐあいが悪くなってしまいます。撒布の現場を目撃したときは、すぐに家中の窓を閉め、車で外出するようにしていました。一日中、出かけていて、夜帰ってくるのですが、家の周り の空気は強い刺激臭を帯びていました。

 その刺激が何日も続きます。近所のあちこちで次々と撒布するので、回復するいとまがありませんでした。

 2003年になると、劇的な変化が起きました。例年通り、7月に消毒が始まりました。前年のように急いで窓を閉めて、外出しました。この年はたった半日家を離れていただけで、帰宅したときには刺激臭は消えていました。前年に比べれば格段の回復です。半日家を空けるだけでいいので、気持ちも体もとても楽になりました。

 症状はさらに年々回復してきて、現在(2005年)では、もっと反応が軽くなってきています。2005年7月に隣家で庭木の消毒をしたときには、外出せずに、半日窓を閉めているだけですみました。私は窓越しに、撒布の様子をじっくり眺めることが できました。撒布4時間後、近所のポストに手紙を出しに行ったのですが、消毒した庭の横を通っても、特に反応は起こしませんでした。その日は念のため、窓を閉めたままでいましたが、翌日からは普通に窓を開けて換気できるようになりました。その2日後には、庭でジンギスカンを食べていて何ともなかったので、よくぞここまで回復したものだと感心します。

 この先もっと回復していけば、農薬に対する反応はさらに軽くなっていくのではないかと期待しています。

(2005.6.20)

農薬の空中撒布 
 [農薬散布の状況]
 田畑に広い範囲で農薬を撒くときは、ヘリコプターによる空中撒布が行われます。空中散布は広範囲に大量に農薬の霧が拡散するので、有害性が高いと感じます。

 2002年までに住んでいた仙台では、何年か前からヘリコプターによる空中撒布は廃止されていました。その代わりに農業機械やラジコンヘリによる散布が行われていたようなのですが、撒布の現場を見たことがないので、どのような規模・頻度で行われていたのかはよくわかりませんでした。

 夫は、宮城県の南の方の町に住んでいました。結婚後も一緒に住む家が見つからないので、私たち夫婦はそれぞれの実家に暮らしていました。夫の実家は、家の周囲が見渡す限り田んぼで、ヘリコプターによる空中撒布が行われている地域でした。撒布をするときは、事前に回覧板で撒布日を知ら されるのだそうです。農薬を空中撒布すると、田だけではなく、家や車にも農薬の霧が飛散します。

 [夫に会えなかった日]
 夫の家の周りで空中撒布があってからすぐに、夫が私の家に来たことがありました(2001年7月頃)。私の実家の庭に、夫の車が入ってきたとき、私は強い刺激を感じました。その刺激は夫の車のボディから発散していました。そして、夫が車から出てきたとき、夫本人からも 、とても強い刺激臭を感じました! 空中撒布後、夫の実家の周辺一帯が濃い農薬の霧に包まれていたのではないかと思います。そのため、夫の車にも、着ている服にも、農薬の成分が付着してしまったようでした。夫ははるばる50kmの道のりを運転して私を訪ねてきてくれたのに、私はとても一緒にいることができませんでした。申し訳なかったけれど、そのまま家に帰ってもらうことにしました。

 夫と別れた後、私は2日間寝込みました。そして、その後しばらくは夫と会わないことにしました。どれくらい時間がたったら、あの刺激は収まるのか、気が気ではありませんでした。このままずっと会えなくなってしまうのではないかと心配だったのです。2週間後 、夫がまた訪ねてきてくれました。私は恐る恐る玄関から出て行ったのですが、幸いなことに、あの刺激はなくなっていました。本当によかったです。それからは、空中撒布が行われた後は 、しばらく会わないように日程を調整しました。

 [無農薬野菜なのに・・・]
 札幌に引っ越してからは、家の周りに農地がないので、空中撒布とは無縁の生活を送っています。それでもときどき、空中撒布のことを意識することはあります。夫の実家では自家用に野菜を栽培していて、我が家にも野菜を送ってきてくれます。無農薬栽培です。この野菜はとてもおいしいです! しかし、 ときどき野菜に刺激物が付着していることがあります。そのときに電話で夫の実家に聞いてみると、周辺で農薬の空中撒布をした直後だったということがありました。根菜類はそれほどでもないのですが、葉物野菜はとても刺激が強かったです。

(農薬の空中撒布については、「第2章〔2〕原因の究明−a よく観察し調べる」にも情報が載っています。)

(2005.6.24)

horizontal rule

 

排気ガス 私は自動車の排気ガスが苦手ですが、他の化学物質に比べると、それほど強い症状は出ません。第1章〔1〕−bにランキング表を載せましたが、排気ガスは下の方(症状が軽い方)になっています。

 [排気ガス質の違い]
 仙台にいたときは通行量の多い道路を歩いていても、排気ガスの害をそれほど意識することはありませんでした。困るのは、トラックがアイドリングしている近くを通るときや、バスターミナルに行かなければならないときくらいでした。しかし、2002年に札幌に引っ越ししてから、以前より排気ガスに苦しめられるようになりました。札幌は仙台よりディーゼル自動車の割合が高いからです。道路脇を歩いていると、ディーゼル排気のにおいと粉っぽさを感じるようになりました。吸い込むと鼻の穴が痛くなり、息苦しくなります。徒歩で外出すると、家に帰ってきたとき、全身粉をまぶしたような感覚になります。

 [ディーゼルは苦手]
 アイドリングしているディーゼル車の近くを通らなければならないときは、急ぎ足でサーッと通り過ぎるようにしています。はじめの頃は、夫は私の行動が理解できず困惑しているようでした。私が突然急ぎ足になるので、驚いていました。急ぎ足になるようなときは、緊急の場合が多いので、その場では説明している時間がありません。危険が去って落ち着いてから、ゆっくり説明するようにしていました。何度か繰り返すうちに 、夫はすっかり慣れてしまったようです。現在では、夫の方が一足早く危険を察知して、先の行動を促してくれることもあります。「あ、トラックがいるよ。先に行きなよ。」というように。これは歩きタバコの人がいるときも有効な方法です。

 [札幌の冬の朝]
 北海道の冬の朝は、どの車も出勤前に長時間アイドリングをして車を暖めるので、街中排気ガスが充満します。この時間帯に雪かきをしないように気をつけています。家の窓を開けて換気するのも控えています。

 [駐車場での注意]
 車で出かけたときに、駐車場が立体駐車場だったり、地下駐車場だったりすることがありますが、要注意です。立体駐車場や地下駐車場は排気ガスが充満しているからです。一人で出かける ときは青空駐車場以外には停めないようにしています。夫と二人で出かけて、立体駐車場や地下駐車場に駐車するときは、駐車場に入る前に私だけ車から降りて、夫だけが駐車場に入っていきます。その後 、建物の玄関などで待ち合わせをするようにしています。

 [バスターミナル]
 仙台にいたとき(〜2002年)は、バスターミナルでバスを待つのは、絶対に無理でした。ディーゼル車の排気ガスが充満しているからです。駅前のバスターミナルの近くを通るときも、早足でサーッと通り過ぎていました。2004年8月から自家用車に乗れなくなり、バスで移動することになったのですが、排気ガスで困りました。はじめの頃は、バスターミナルに行けるわけがないと思っていたので、バスターミナルを避けて路線を選んでいました。乗り継ぎのときも 、バスターミナルを避けて路線を決めました。でも、バスターミナルを経由しない乗り継ぎ方法なんてあるでしょうか? 停留所1つ分歩いたりして、何とか工夫しました。それにしても不便でした。

 あるとき、どうしてもバスターミナルに行かなければならない用事ができてしまいました。おそるおそるバスターミナルに行ったのですが、思ったより刺激が少なく、何とか耐えることができました。札幌のバスターミナルは 、寒さから乗客を守るために、待合室が建物の中にあります。そのため、排気ガスを浴びるのは、バスに乗り込むときだけなのです。待合室は建物の中とはいえ、バスの排気ガスが少しずつ入り込んできますが、外で待っているのに比べたら格段に楽です。ありがたいです! 現在では 、バスターミナルに問題なく行けるようになっています。むしろ交通量の多い道路沿いでバスを待っているより楽です。

 [国による違い]
 国によって、排気ガスの質が違います。1999年〜2001年にかけて、何度か海外旅行に行きました。その経験から評価すると、ドイツ・ベルギー・日本は排気ガスの質はよい方です。フランスは少し有害性が高いと感じました。スペインは街中ものすごい排気ガスのにおいで、のどや肺が痛くなり、ほとんど息ができないという感じでした。苦しかったです。カナダは日本に比べると、排気ガスの有害性が高いように感じました。アメリカはカナダに比べると、 ずいぶん楽でした。ただし、カナダ・アメリカに行ったときは(2001年)、私はすでに電磁波過敏症(ES)を発症していたので、純粋に排気ガスの有害性を感じていたのか、ES症状が混ざり合っていたかは自信がないです。国によって、排ガス規制や法律の遵守の度合いが違うので、このような違いが出るのだと思います。

(2005.5.26)

バス 

 これまでのバスとの関わり]
 子供の頃からバスに乗るのは苦手でした。よく車酔いしました。今思うと、車酔いの他に、バスの排気ガスのにおいや車両のにおいでぐあい悪くなっていたというのもあったようです。

 仙台に住んでいたときは、家が地下鉄の沿線にあったので(〜2002年)、ほとんどバスに乗ることはありませんでした。札幌に引っ越してからも、自家用車のみで移動していたので、長年バスとは縁のない暮らしをしていました。自分がCSだと気づいてからは、子供の頃にバスが苦手だった理由がよくわかりました。 特に、車内の消毒のにおいに反応していたのではないか、と思い当たりました。そして、「CSが治るまでは、バスに乗るのはとても無理だろう」と頭から決めてかかっていました。

 転機は2004年8月に訪れました。8月のはじめから、自家用車に乗ると、エアコンの空気で強い刺激を感じるようになり、乗っていることができなくなってしまいました。目の痛みが強く、とても目を開けていられません。しばらく痛みを我慢して乗っていたのですが、8月中旬に駐車場で、車をぶつけてしまいました。このままでは大事故を起こす可能性もあったので、車に乗るのをあきらめました。

 車に変わる交通手段として、バスに乗ってみることにしました。最初は「絶対にぐあい悪くなるはず」と決めてかかっていたので、短時間だけ試してみることにしました。スーパーに買い物に行くことにしたのですが、バス車内でぐあい悪くなってしまった場合、買い物を無 事すませられるのだろうか、帰ってこれるのだろうかと、とても心配でした。念のため、着替えを持っていきました。バスの車内で刺激物が服についてしまうと、 バスを降りた後、ぐあい悪さのために買い物ができなくなる恐れがあります。スーパーに着いてからトイレで着替えをすれば、バスの刺激物の影響を減らすことができます。

 初めて乗ったバスは…そうです、確かににおいました。バスの車両のにおい、排気ガスのにおい、乗客の服のにおい、香水、シャンプー、革靴のにおい…そんなものが混ざり合ってにおっていました。しかし、私はそのにおいを嗅ぎながらも、 それほど強い反応は起こさずに目的地までたどり着きました。きっと前よりも、体が回復していたのでしょう。多分、その1年前にバスに乗ったらもっと強い反応が起きていたと思います。ここ数年で少しずつからだが回復してきたために、バスに乗れるくらい過敏性が下がってきたのです。重症のCS患者にとっては、バスはリスクの高いものなので、ある程度回復してからでないと、難しいかもしれません。

 バスの車内のにおいは、乗るときによって違います。乗客が身につけているもののにおいが混じり合って、車内の空気を構成しているからです。香水のにおいの強い人、新築に住んでいるらしい人、農薬のにおいがする人など様々です。これらが無差別に襲ってきます。そのときによって何が出るかわからないので(びっくり箱のようです)、ヒヤヒヤします。雨の日は湿気があるので、より一層においが強くなります。車両が新しいと 、バス自体のにおいも強いです。(塗料のようなにおいがします。) どうしても車中にいられないときは、いったん降りて、次のバスを待つこともあります。しかし、1時間に1台しかバスが来ない路線もあ るので、 その場合は、次のバスが車で、長時間待つことになってしまいます。もし、1本やりすごしたとしても、次のバスが大丈夫かどうかわからないので、困ります。そのようなときは、がまんして乗り続けることもあります。そのつど状況を判断して決めています。

 バスの車内で、自分の座席の近くに香水や整髪料のにおいが強い人が来たときは、サッと立って他の席に移動します。席が空いてないときは、一番楽な場所に移動して立っています。ウロウロと車内をさまよっています。私は電磁波過敏症(ES)もあるので、ケータイメールをしている人もこのように避けています。(1mくらい離れると大丈夫な感じです。)

 [バス会社による違い]
 札幌市内は、3社の民間バス会社が、地域別にバスを運行しています。私がよく利用するのはA社のバスで、ときどきB社も利用します。*1
 バスの車両のにおいや環境はバス会社ごとに違います。よく利用するA社のバスは、ほとんどの車両が刺激が少ないので 、あまり警戒せずに乗れます。しかし、B社のバスは3台に1台くらいの割合で、強烈な刺激臭がするバスに当たるので、その度にものすごくぐあいが悪くなります。乗るたびによく観察し、記録をとったのですが、どのタイプのバスが刺激が強い なのか、外観から見分けることはできませんでした。原因はエアコンから吹き出てくる空気のようです。冬の間、暖房をつけているうちは大丈夫なのですが、夏になって冷房になると、刺激の強い車両に遭遇するようになります。

 B社のバスにはなるべく乗らないようにしているのですが、やむを得ず乗らなければならないことがあります。そのときは、バスに乗り込むときによく車内のにおいを嗅ぎます。乗り込むときの動作をなるべくゆっくりにして、その時間でよく嗅ぐようにしています。それで刺激が強いようであれば 、すぐにバスを降ります。チェックする時間が短くて判断できないときは、運転手に「このバスは○○に停まりますか?」などと質問して時間を稼ぎながら、車内のにおいを嗅ぎます。それでOKなら乗り、ダメなら次のバスを待ちます。

 B社のバスに乗るときは、あらかじめバス用の服装を用意しておきます。バスに乗る直前にトイレで着替えます。有害なバスに乗ってしまうと、服に刺激がついてしまい、バスを降りてからもずっとその刺激に悩まされることになります。バスに乗る前に 、バス用の服に着替え、目的地に着いてから、もとの服に着替えます。そうすると、バスの刺激がついた服を長時間着ることがないので、症状を最小限に抑えられます。着替える場所は公衆トイレですが、芳香剤のにおいが強いところが多いので、それでも困ることがあります。同じ場所に何度も行くような場合は、どのトイレが大丈夫かということをよく確認して 、定番のトイレを決めています。

 ほとんどのバスは、乗客が手で窓を開けられるようになっています。車内が暑くなると、窓を開ける人が出てきます。すると、車内に他の車の排気ガスが入ってきて、私はぐあいが悪くなります。特にバス停で他のバスの後ろについたときや、バスターミナルに 停まっているときなど、ディーゼル車の排気ガスが車内に流れ込んできて、たまらない状態になります。バスの前の方の席に座ると少しだけ楽です。

 [季節による違い]
 2004年の10月頃から、ストーブの煤のような、塗料のような、灯油のようなにおいをした乗客が増えました。寒くなっていっせいに自宅でストーブを焚き始めたからのようです。夏を越した質の悪い灯油を焚いたのではないか…というような においの人がたくさんいました。服や髪ににおいがついています。この頃は、混んでいるバスに乗るとつらいので、買い物などで出かけるときは、すいている時間を選んで行っていました。

 2004年12月始めに本格的に雪が降り、乗客が次々と冬物のコートを着始めました。その頃からバスに乗ると、とてもぐあいが悪くなるようになりました。症状は、農薬を浴びたときに似ています。フラフラと船に揺られているようなめまいが起き、頭に水がたまったような痛みが出て、気が遠くなります。視野が狭く暗くなります。手足がしびれてだるくなります。のどが腫れて息苦しくなります。乗客のコートに防虫剤のにおいが混じっていました。樟脳、ナフタリン、パラジクロロベンゼン、ピレスロイド系(無臭だけど神経症状が出ます)。明確に嗅ぎわけられるわけではないのですが、おおよそこのようなにおいが混在していました。ナフタレンやパラゾールのにおいは久しぶりに嗅いだので懐かしかったです。この頃はバスに乗ると、フラフラになってしまい、家に帰ってからシャワーを浴びて洗い流しても神経症状が取れず、ぐあい悪さが続きました。乗車中に 、だんだんと意識が遠くなっていくのが怖かったです。このまま意識を失ってしまうのではないかと思って…。

 バスは満員になると、50〜60人の人が乗ることになります。満員のバスに乗っていると、さながら洋服タンスの中に押し込められたような感覚にとらわれました。防虫剤の他にも、クリーニング剤のにおいも混じっていました。冬のコートは、タンスから出したばかりが一番におうはずなので、この先、冬が深まっていけば、次第に防虫剤のにおいは薄くなっていくだろう…と予想しました。冬物のコートは玄関などに掛けておいて、いちいちタンスにしまわないので、日に日に防虫剤の成分が発散していって濃度が薄くなるはずです。それで、12月は一時的に我慢して、バスに乗らないようにしていました。外出できなくなって、すごくつまらなかったです! 1月になってから、おそるおそるバスに乗ってみましたが、12月初めに比べて防虫剤の濃度はかなり下がっており、以降またバスに乗れるようにな りました。 防虫剤でぐあい悪くなったときは、のどが腫れて息苦しくなったので、のどの前の皮をつまんで空気を通してやりました(→第1章〔4〕−d「ぐあい悪くなったときの対処法」参照)。少しだけ楽になります。活性炭のマスクをしてみましたが、効果がないばかりか 、かえって息苦しくなったのでやめました(→スモール・データ・バンク「マスク」参照)。バスの車内全体の空気が悪いときは、バスの先頭のドア付近に立つと楽です。停留所に とまる度に、ドアが開いて、外の空気が入ってくるからです。これも、交通渋滞などのときは、排気ガスが入ってきて逆効果になってしまいますが…。私はその場の状況に合わせて、少しでも楽な場所を探しています。

 [バス停での注意]
 バス停でバスを待っているときは、車の排気ガスに曝されてつらいです。バス路線はたいてい幹線道路沿いなので、交通量が多いです。バス停でバスを待っていると、もろに排気ガスを浴びてしまうので、バス停から離れたところで待つようにしています。歩道よりさらに下がった空き地・駐車場や、細い道の奥の方で待ちます。道路際から少し離れるだけでも、排気ガスの濃度は、かなり薄くなるように感じています。近くに建物があって、中で待てるような場合は、そこで待つこともあります。いずれの場合も、ときどきバス停の方を見て、バスが来ていないか確認します。

 冬になって雪が積もると、排気ガスによるCS症状は、かなり軽くなります。雪が排気ガスの粒子を吸着してくれるようです。そして、冬道はスリップする危険性があるので、ドライバーはスピードを落として走ります。そのため排気ガスの量が少なくなっているようです。春になって雪がとけると、再び排気ガスの濃度が高くなったように感じます。

 [天然ガス自動車]
 札幌市内のバス会社A社は、環境に配慮した天然ガスを燃料にしたバスを導入しています。バスに乗り始めた頃、私はときどき、とても刺激の強い車両に乗り合わせることがありました。車内では目が痛くてとても開けていられません。空いているバスでもその刺激を感じたので、乗客が身につけている ものが原因なのではなく、車両由来の刺激物質のようです。何度か遭遇するうちに、刺激のあるバスは天然ガス車であることに気づきました。このことに気づいてからは、天然ガス車が来たら、1台やり過ごすことにしました。 バスの車内に乗り込まなくても、外にいるだけで強い刺激を感じるので、そのバスが天然ガス車だとわかります。「天然ガス自動車」と車両に明記してあるのもありがたいです。(「地球に優しい」と書いてある車両もあります。地球には優しいかもしれませんが、私には…?)  バスの本数が多い路線は、1台やり過ごせばよいのですが、本数が少なくて1時間に1本しか来ないような路線では、天然ガス車が来るととても困ります。その場合は事前に電話でバス会社に確認するようにしています。
「私は天然ガスのバスに乗ると、においでぐあい悪くなるので、明日乗る予定のバスが、天然ガスの車両かどうか教えてください。路線は○○、時刻は○○です」
というように問い合わせます。そのバスが天然ガス車であれば、予定を組み替えるようにしています。私があまりにも頻繁に問い合わせるので、バス会社の方では私のことを覚えたみたいです。最初に問い合わせた ときは、バス会社の人が特別に対処してくれました。私が前日に電話で事情を話すと、バス会社の人は、
「明日のそのバスは天然ガス車ですねー。でも、わかりました。明日の配車表を書き換えて、そのバスは普通燃料車にします。」
と言ってくれました。え!? 私一人のために? わざわざ!? すごくうれしかったです。でも絶対にその時刻のバスに乗らなければならないので乗り遅れないか(乗り継ぎがうまくいくか) 、ヒヤヒヤしました。バスは場合によっては、ものすごく遅れることがあるからです。このときはうまいぐあいに乗り継ぎができて、予定のバスに乗れました。翌日の予定がはっきり決まっていないときは、前日に問い合わせることができないので、バスに乗る直前に 、そのつど電話で確認しています。しかし、いちいち問い合わせるのが面倒なときは、当たりはずれはあるのですが、確認せずにバスを待つこともあります。バス会社の説明では、10台に1台が天然ガス車だと いうことです。

 2005年の3月頃から、私の住む地域のバス路線で、明らかに天然ガス車の割合が増えたように感じました。以前は15台に1台くらいの割合で遭遇していたのですが、この頃は7台に1台という感じになりました。1台やり過ごしたら、次のバスも天然ガス車だった 、ということが重なりました。何台もやり過ごして1〜2時間待ったこともあります。それに懲りて、バスに乗るたびに、バス会社に電話でいちいち確認することにしました。1ヶ月ほど、毎日のように電話していました。そんなことをしているうちに 、その後めっきりと天然ガス車率が下がり、めったに遭遇しなくなりました。私がしょっちゅう電話するので、バス会社の方で考えて、私の家の近くのバス路線に天然ガス車を回さないように配慮してくれたのかな、と思います。(気のせいかもしれませんが…。)  本当にありがたいです。この先、環境に配慮した天然ガス車は、ますます台数が増えていくそうです。そのうち私はバスに乗れなくなってしまうかもしれません。でも、その頃までには体調がよくなって、バスにも自動車にも問題なく乗れるようになっているのではないかと思います。それが私の目標です。

 追記
 ずいぶん細かいバス事情を書いてきたので、これを読んだ方は「大変そう」と思ったかもしれません。確かに細かい注意は必要なのですが、ゲーム感覚でやると、「冒険」という感じがして面白いです。今ではバスにすっかり慣れて、出かけるのが楽しくなりました。自家用車にはないのんびりとした感じが好きです。バスの車内で声を掛け合ったり、席を譲ったり、人とのふれあいがあるのもいいです。ずっと自家用車に乗ったままだったら、街の人々をこんなに身近に感じることはなかったろうと思います
。バスの運転手さんがすごく親切なのもいいです(A社)。

*1 札幌市及び近郊にお住まいの方への情報
    バス会社は、A社・・・JR北海道バス  B社・・・北海道中央バス です。

                                                                                                           (2005.6.30)


↑JR北海道バスのペーパークラフトです。

 

飛行機(航空機) 
 [席の選び方]
 実家に帰るときに、国内線の飛行機に乗ります。私は、必ず翼より前の席に座るようにしています。一度、何も考えずに翼より後ろの席に座ったら、離陸と同時に鼻の穴が痛くなり、息苦しくなって頭痛がしたので、これはジェット燃料による反応ではないかと考えました。「シートベルト着用」のサインが消えてからすぐに 、翼の前の方の席に変えてもらったら、前記症状は軽くなりました。それ以来、座席を取るときは、必ず翼の前の席を取るようにしています。「混雑していて前の席がない」と言われることがありますが、「ジェット燃料が苦手でぐあい悪くなる」と事情説明すると、席を取ってくれます。混雑時でも 、今まで一度も断られたことがありません。

 人によっては、翼の前より後ろの方が楽だと感じるようです。私は電磁波過敏症(ES)でもあるのですが、ESについて書かれた本を読んだとき、「飛行機の前の席より 、後ろの方が電磁波環境はよい。後ろの席に座ろう」と書かれてあるのを見たことがあります。いろいろ情報はあるのですが、最終的には、私は自分の体感で選んでいます。自分の体にとって一番楽な場所はどこかを 、感覚で選んでいくのが一番確実だと思います。飛行機の中は、いろんな人の服や持ちものの匂いでけっこう大変ですが、国内線は短時間なので何とかなっています。

 [国際線]
 2001年にCS症状が悪化するまでは、海外にも何回か行っていました。国際線は、長時間乗っているので、体に負担の少ない環境を選ぶことが重要になってきます。これまで乗った中で 、アメリカン航空(AA)と日本航空(JAL)の機内の空気は割とよかったです。エール・フランスは、香水のような匂い+何か別の匂いでぐあいが悪かったです。2003年 頃からのことですが、北米から西ナイル熱を日本に運び込まないようにするために<日本> ←→ <北米>の機内の消毒が強化されているようです(2003年7月4日 朝日新聞)。2004年6〜7月に 、夫がAAでアメリカに行ったのですが、鞄や服に刺激臭が染みついていました。多分、私が今AAに乗るのは無理だと思いました。

(2005.1.9)

 

 

←ボーイング747型機のペーパークラフトです。

 

病院通い
 [病院の消毒のにおい]
 仙台にいたときに通っていた皮膚科は、とても消毒臭の強いところでした。待合室で待っていると、だんだんぐあいが悪くなってきます。だるくて、体の力が抜けたようになり、思考力の低下と 、気の遠くなる感じが起きました。CSが重症化する前は、それでも何とか通い続けていました。

 2001年に化学物質過敏症が悪化してからは、とても待合室で待っていられなくなりました。それでも、定期的に通わなければならなかったので、夫の助けを借りることにしました。夫は、仕事が休みの日に、私と一緒に皮膚科まで行ってくれました。私は待合室にいるとぐあい悪くなるので、外で待ち、代わりに夫が中で待ちました。私はときどき中の様子をうかがっています。順番が来て名前が呼ばれると、夫が外に合図してくれるので、私は中に入っていって受診しました。このような方法で診察を受けることができました。(協力してくれた夫にはとても感謝しています。)

 この皮膚科は、いつもとても混んでいました。2時間くらい待つのは当たり前でした。夏の暑い日や冬の寒い日に、外で待っているのはつらかったです。

 1999年頃からすでに、その病院の消毒剤の有害性に気づいていました。この頃はまだ、自分で待合室で待っていられたのですが、診察が終わる頃には、いつもぐったりしていました。家に帰ってすぐに着替え、シャワーをあびるようにしていました。

[どうしても通えない]
 2001年1月に、帯状疱疹(ヘルペス)にかかったときは、毎日この皮膚科に通わなければなりませんでした。私はヘルペスで熱が出ている上に、抗ウィルス剤を飲んでぐあい悪くなり、体を動かすのがつらくなりました。2日続けて皮膚科に通った後、3日目はどうしても体が動かず、病院に行くことができませんでした。無理して行ったとしても、帰ってきた後の着替え・シャワーができるかどうか自信がありませんでした。

  それで、家で寝ていたら、病院から電話がかかってきました。ぐあいが悪いということを話しましたが、無理をしてでも病院に来るように言われました。それでも、 どうしても行けませんでした。2週間くらい安静にしていたら、ヘルペスは治っていきました。

[医療を受けられない問題]
 その後、この病院を受診したときに、再び「きちんと通わないとダメだよ」と言われました。このときは、このような強い姿勢が疑問だったのですが、それから4年後に、ようやくその理由がわかりました。2005年にペインクリニック(痛みを取る医療)の本を読んでいて、「ヘルペス後神経痛」についての記述を見つけました。ヘルペスにかかった人の中には、後遺症で神経痛が出る人がいるらしいのです。

 この痛みは難治性のもので、一生続きます。そして、その痛みがとても強いので、そのため人生の質が変わってしまうほどだと書いてありました。ヘルペスにかかったときに、しっかり治療をして、きちんと治してしまわないと、この神経痛が出やすくなるのだそうです。それを読んで、4年前、どうしてあれだけ強い口調で通院を促されたのかがよくわかりました。あの先生は 、私のためを思って言ってくれたのです。私はその重要性がわからなくて、病院にも行かなかったし、薬を飲むのもやめてしまいました。後遺症が残らずにすんで本当によかったです。このときは 、たまたまよい結果に終わりましたが、場合によってはもっと深刻な事態になる可能性もあったということです。必要な医療を受けられないということは、とても大きな問題だと思いました。

 札幌に越してきてから通っている皮膚科は、仙台の皮膚科とは対照的に、消毒臭のとても少ない医院です。体の負担が少なくて、とても助かっています。

注意:ヘルペスにかかるということは、かなり体力が弱っていた証拠です。私は2000年9月に顎関節症になり、顎の痛みのため、まともな食事を取れなくなってしまいました。しかし、活動量は落とさなかったので、どんどん体力が低下していったようです。2001年1月にヘルペスが治ったあとも、同様の生活を送り、2001年5月に、電磁波過敏症の発症・ CSの劇的な悪化を体験することになります。

 このように、CSの悪化には、前兆となる出来事がありました。あのとき、体のサインを見逃していなければ・・・という思いが、今でもあります。栄養をとること、体力をつけることは、CSの発症・悪化を防ぐために有効な手段であると思います。

 2003年春に新しい食事法を始め、食事を大量にとるようになってから、CSはどんどん回復しました(→第3章「 過敏性を下げる」参照)。このときも顎関節症は治っていなかったので、食品をいちいちすり鉢ですったり、ハサミで刻んだりして、とにかく食べられるだけ食べるようにしました。体力が弱ってくると、食欲が落ちてしまい、食べることが億劫になってしまうものですが、そこを工夫して積極的に食べるようにすると、よい循環に乗ってきます。

 以上が、私の体験から得られた教訓です。

(2005.10.20)

ペンキ ペンキは、日常生活ではあまり遭遇することのない化学物質です。外壁や屋根の塗装、マンションの塗り替え、家のリフォームのときに問題になってきます。私はこれまでペンキに接触した機会はあまり多くないのですが、これまでの曝露歴と症状の出方を振り返ってみたいと思います。

 

 [ペンキを積んだ車]
 2000年頃、夫の会社の車に乗せてもらったことがありました。工事現場に乗り入れるワゴン車で、脚立やペンキが積んであります。乗る前から、「ぐあい悪くなるんじゃないだろうか…?」と思いましたが、短時間だけなので、乗ってみることにしました。乗り始めから10分くらいした時点で、頭痛がしてきました。こめかみの上が締めつけられるような鋭い痛みです。その痛みが時間と共に頭全体に広がっていって、耐えられない痛みになりました。このように 、ペンキによる反応は、この頃は頭痛が主な症状であり、体の他の部分には出ませんでした。このときは、何とか最後までその車に乗っていましたが、次回からはもう無理だと思いました。

 [屋根塗装]
 次のペンキ体験は2002年の夏のことです。隣家で屋根のペンキ塗りが行われました。工務店に依頼するのではなく、隣家の主人が屋根に上がって塗っていました。このときはCSが重症だったので、症状がひどくならないかとても心配でした。しかし、 予想したよりはぐあい悪くならなくてすみました。ペンキのにおいはしていましたが、家の窓を閉めれば何とかしのぐことができました。ペンキの種類が私にとって負担の少ないものだったことと、よく晴れた日に行ったので、成分の揮発が早かったのが幸いだったようです。

 ほとんど同時期に道路を挟んで斜め向かいの家でも屋根の塗装をしました。このときのペンキの刺激は隣家のものよりずっと強かったです。私は目の痛みと頭痛を感じました。家の窓を閉めていても 、隙間から家の中に、少しずつペンキの成分が入ってくるのがわかります。2〜3日窓を開けずに、濃度が下がるのを待ちました。やはり夏だったので、揮発が早くて助かりました。ペンキの種類によって 、これだけ症状の違いが現れるのだということが、よくわかった出来事でした。私が現在住んでいる家(賃貸住宅)も、いずれ屋根塗装をすることになるはずなので、そのときは隣家で使ったものと同じメーカーのペンキを使ってもらおうと思っています。

 [スプレー・ペンキ]
 2003年に、私は車を運転中に、駐車場の障害物に接触してしまい、車に傷をつけてしまいました。とても目立つ傷です。「みっともないけど、まあ、いいかー。」と思い、そのまま放っておくことにしました。そうしたら 、隣の家の人がその傷を見て、親切にもペンキで塗ってくれました。その人はスプレー塗料を持ってきて、私の目の前で、いきなりその傷に吹きかけました。私はその瞬間、3メートルほど後ずさりました 、後ろ足で。「あ、これはまずい」と思ったら、自然と足が動いていました。そのまま家の中に逃げ込みたかったのですが、それでは相手に失礼だと思い、何とかお礼を言った後、すぐに家の中に入りました。すでに強烈な頭痛が始まっていました。すぐに着替えて寝ました。シャワーをあびたかったのですが、ぐあいが悪くてとても無理です。2時間ほど死んだように寝て、その後シャワーをあびたら、少し楽になりました。スプレー塗料だったので、霧状になったものを直接吸ってしまったようです。そのため にこのような重い症状が現れてしまいました。

 その後、3日くらい車には近づかないようにして、家の窓も開けないようにしました。(庭に止めている車から塗料のにおいが家の中に入ってくるのを防ぐためです。) 3日くらいたったら、スプレー塗料のにおいは揮発して 、かなり薄くなりました。 ペンキは他の化学物質(農薬など)に比べて、揮発が早いような感じがします。

 [回復のしるし]
 2004年夏に、庭でジンギスカンを食べていたとき、ふと上を見上げると斜め向かいの家で屋根にペンキを塗っているのが見えました。「全然気づかなかったけど、いつから塗っていたんだろう?」と思いました。よく見てみると、屋根のほとんどの部分を塗りおえています。何時間も前から塗り続けていたようです。私と夫は気づかぬまま1時間以上もジンギスカンを食べ続けていたのです。距離にして10メートルくらいでした。風向きや湿度などの面で、たまたま影響を受けにくい状況だったのかもしれませんが、何にせよ、びっくりする出来事でした。回復して、ここまで過敏性が下がったのだとわかって 、うれしくなりました。

(2005.7.19)

防虫剤
 [防虫剤を処分]
 1999年に自分がCSだと気づいてから、私は家中の防虫剤を処分しました。1999年以前も、私個人は防虫剤は使っていませんでした。「防虫剤は体によくない」ということをどこかで聞きつけたのと、実際に使ってみてぐあい悪くなるのとがあったからです。

 CSの本を読んでみると、自分の部屋では防虫剤を使わなかったとしても、他の部屋で使うと、家中の濃度か上がってしまう、と書いてありました。そのために体調が悪くなっているのかもしれないと思い、家族にお願いして処分させてもらうことにしました。

 処分は私自身がやりました。大量の防虫剤に触れたので、フラフラになりました。鼻の粘膜が炎症を起こしたようで、鼻水がズルズルと出て止まらなくなりました。その後2、3日ぐあいが悪かったです。

 家族に「1階の押し入れには大切な衣類があるので、ここだけは防虫剤を取り除かないで欲しい」といわれたので、1階の和室だけは防虫剤が残りました。それでも、家の中にある防虫剤の大部分が取り去られたので、あの嫌なにおいが薄くなり、私の体はとても楽になりました。防虫剤を残した1階の和室だけは 、相変わらずにおいがしていたので、なるべく近づかないようにしました。

 防虫剤を取り除いた後に、効果があるのかはわかりませんが、虫除けのハーブを入れました。私自身はこのハーブのにおいも苦手だったので、自分のタンスには入れませんでしたが。

[虫害が発生]
 2000年になって、家族の服が次々と虫に食われているのが見つかりました。申し訳なかったです。母は「いい服がみんなダメになった…」とガッカリしていました…。それでも、防虫剤を新たに入れることなく我慢してくれたので、本当にありがたいと思いました。

 私の服は、防虫剤を使用しなくていいように、綿素材のものだけにしました。シルクやウールの服は、虫に食われる心配があるので、着ないようにしました。冬はちょっと寒いけど、 ウールの代わりに、綿のセーターとキルティングのコートです。

[我が家の防虫対策]
 
2002年に引っ越してからは、家の中にいっさい防虫剤を置かなくなったので、格段に楽になったと感じました。実家にいたときは、防虫剤を使っているのは和室1室だけだったとはいえ、やはり私の体に対する害は高かったのです。

 札幌に越してからは、夫のスーツやコートなど虫食いそうなものは、みな風通しのよい部屋に干してあります。セーターはアクリルのものにしてもらいました。(ちょっと化学的なにおいがしますが…。) それで、今のところ虫害に遭わずにきています。

[実家はまたまた虫害]
 2004年に仙台の実家に帰省したとき、母が、「防虫剤を入れていたのに、また服が全部虫に食われてダメになったのよ」と言っていました。実家は、衣類の収納スペースがオープンタイプのクローゼットなので、防虫剤が効きにくく、虫に食われてしまったというのです。3畳くらいの部屋にハンガーがあって、服を吊っているスタイルの収納なので、室内の広さに対して防虫剤が少なすぎ、濃度が十分に上がらないので効果が出なかったのです。しかし、3畳の部屋を防虫するには大量の防虫剤を使用しなければならず、人体に影響が出そうです。結局、蓋がきっちり閉まる衣装ケースに 、防虫剤と共に服をしまうことにしたそうです。

 防虫剤を入れていても虫に食われたのだから、2000年に虫に食われたものも、私が防虫剤を取り除いたことだけが原因ではなかったんだな、と思い、ほんのちょっと気持ちが軽くなりました。

[防虫剤を使わない方法]
 防虫剤を使わない衣類の収納方法について、本で調べてみました。次のような商品があります。
「ファスナーつきのビニール袋に、服と脱酸素剤を入れて密閉する。ビニール袋の中の酸素がなくなるので、虫は生きていけない」 ネットでは、ここに紹介されています。↓(「虫バイバイ」という商品です。)
http://www.mother-earth.ne.jp/karada/mushibaibai.html
私は試したことがないので、効果がどの程度なのかよくわからないのですが、興味がある方は見てみてください。

「防虫剤」については、スモール・データ・バンク「バス」にも体験を書きました。

(2005.11.30)

 

horizontal rule

マスク CS患者の方は、ほとんどの人が外出時にマスクを つけていると思います。しかし、私はマスクをほとんど使ったことがありません。なぜかというと、マスクの素材(布・活性炭)そのものに反応してしまうからです。その中でも、ほんのわずかな私のマスク体験を書いていきたいと思います。

[体に合うマスクが見つからない]
 1999年にCSだと気づいてから、情報収集するうちに、かなり早い段階からマスクのことを意識していました。症状が楽になるのなら積極的に使ってみようと思っていました。まず、体に合うマスクを見つけるのが大変でした。布や活性炭、耳にかけるゴムのにおいが有害だと 、かえってぐあいが悪くなってしまいます。店でよくにおいを嗅いで、よさそうなものをいくつか買ってきました。布の部分をよく洗ってから、1つ1つ試してみたのですが、それぞれに有害なにおいがあり、長時間つけていることができません。外した方がずっと楽でした。

[呼吸が浅い]
 
私はCSのために、常に呼吸が浅くなるという症状があります。そのため、いつも弱々しく息をしているのですが、マスクをすると息の通りが悪くなって、とても苦しいのです。重症だった時は、会話をする度に息が切れているような状態だったので、マスクをすると窒息しそうな息苦しさを感じました。

 現在も呼吸は浅いままです。重症だったときに比べれば、ずいぶんよくなってきているようですが、それでも一般の人と比べるとかなり浅いようです。呼吸が浅い状態は、長時間つづくとそれになれてきて、意識しないようになっているのですが、時々意識して腹式呼吸をしてみると、ふだんの呼吸がいかに浅いものであるかがわかります。そのため、現在でもマスクをすると 、とても息苦しくなってしまいます。

[私のマスク体験]
 2003年に、人からクラレのキーメイトマスク(CS−5)をもらったので、試してみました。やはり息苦しくなってしまい、使えませんでした。このときは、マスクをしてもにおいや有害物質がそれほど取れたようにも感じられませんでした。

 2003年5月に、トイレでカビが大発生したとき、キーメイトマスクを使いました。カビの胞子を直接吸い込むのが怖かったからです。(私はカビアレルギーがあります。)  化学実験のような出で立ちで全身をカビからガードし、カビ掃除をしました。マスクのために息苦しくなったので、肩で息をしながらのカビ掃除でした。マスクは、カビやホコリには 、ある程度、効くような感じがします。

 2004年9月に、バスに乗っているとき、強い刺激臭を感じたことがありました。原因はよくわかりません。このとき、キーメイトマスクを試してみましたが、この刺激は全く軽くなりませんでした。がっかりしました。活性炭では取り除けないような刺激物だったのでしょうか? 有害物質の濃度が高すぎたのでしょうか? それとも、私の過敏性が高すぎたのでしょうか? よくわかりませんでしたが、とにかくマスクをしてもしなくても同じだったので、マスクを外しました。

 2004年11月に幹線道路沿いを歩かなければならなかったときに、排気ガスがつらかったので、キーメイトマスクをしてみました。このときは、排気ガスのにおいが見事に取れたので感心しました。しかし歩いているうちに息苦しくて耐えられなくなったので、マスクを外しました。外した途端、排気ガスのにおいが一気に鼻に戻ってきました。活性炭はディーゼル車の排気ガスやホコリのように、粒子状のものはよく取れるような感じがします。しかし、このときもマスクをしているときより外した方が呼吸が楽なので、結局外して歩き続けました。

 2004年12月に、バスの乗客がいっせいに冬物のコートを着始めたので、車内が防虫剤のにおいでいっぱいになりました(→スモール・データ・バンク「バス」参照)。 このときも 、クラレのキーメイトマスク(CS−5)をしてみました。防虫剤のにおいはマスクをする前とほとんど同じ濃度で、鼻に到達していました。のどが腫れて息苦しい上に、マスクのせいでさらに息がしにくくなったので、マスクを外しました。

 その後は、ほとんどマスクをしていません。大掃除をしてホコリを大量に吸いそうなときに、たまにするくらいです。しかし、やはり息苦しくなってしまうので、そのときの体調や状況を見て、するかしないか決めています。

 [新しくなったキーメイトマスク]
 
話はさかのぼりますが、2001年11月に北里研究所病院を受診したときに、予約時に資料とキーメイトマスクが送られてきました。この時点ではまだCS患者用のCS−5は発売されていませんでした。塗装作業などに使う一般向けのキーメイトマスクでした。このキーメイトマスクは密閉されていなかったので、様々な化学物質が付着してしまっていたのでしょう。使用する前からすでに 、強い刺激がしていました。とてもそれを身につけることはできなかったし、そばに置いておくこともできませんでした。3ヶ月後に北里研究所病院を訪れたとき、院内の刺激とマスクに付着していた刺激が同じものだったので、病院のにおいを吸着してしまっていたのだと思います 。(送られてきた資料の紙にも、同じ刺激物質が付着していました。)

 その後、CS患者向けのマスク(CS−5)が発売され、従来品の問題は改善されました。包装は密閉式のものに変わりました。耳にかける部分がゴムではなく紐になっているのも、とても親切なつくりだと思いました。「CS−5」の使用感は 、これまで書いてきたとおりです。

[マスクとの遠い距離]
 
活性炭マスクを使うときは、活性炭に吸着した汚染物質が飽和するのを見計らって、新しいマスクに替えなければいけないようです。しかし、私はマスクの効果を感じられないばかりか、活性炭が飽和していく様子も感覚では全然わかりません。そのため、交換の時期というのも、よくわかりません。

   私のマスク体験は以上のようなものでした。

 なぜ私にはマスクの効果がないのかはわかりません。肺活量が低いというのは、原因の1つとしてあるでしょう。マスクを愛用している方へは、あまり参考にならない内容だとは思いますが、こういう人もいるのだという1つの情報として受け止めていただければと思い、書いてみました。

(2005.10.30)

 まな板
 
[「抗菌」を避けて選ぶ]
 台所用品やバス・トイレ用品には「抗菌」処理されたものが多く、使えるものを探すのに苦労します。私は「抗菌」と表示された商品は苦手で、ほとんど使うことができません。

 実家にいたときは(〜2002年)、自分一人分の調理だったので、小ぶりなまな板(20×20cm)を使っていました。しかし、夫と暮らすようになってからは、そのまな板では小さすぎるので、大き目のまな板(25×35cmくらい)を探しました。何軒か店を廻ってみましたが、どの店に行っても「抗菌」表示のまな板ばかりです。東急ハンズに「抗菌」と書いていないまな板があったので買ってみましたが、プラスチックのにおいのせいなのが、それとも表示はなくとも「抗菌」処理されているのか、刺激を感じ てしまい、使えませんでした。

 高いものを買って使えないのも無駄が多いと思い、100円ショップ(ダイソー)で「抗菌」表示のないまな板を買ってみました。これは、におい・刺激が少なくCS的には問題なかったのですが、プラスチック素材に粘り気がなく、包丁の刃の入りが悪く弾かれるような感じがして、とても使いづらいものでした。夫と暮らし始めて3ヶ月くらいは 、使えるまな板を見つけられずにいました。(小さい方を使っていましたが、切るそばから食材がポロポロとこぼれ落ちていました。)

 [よいまな板を発見]
 その後「ニトリ」という全国チェーンの家具店に行ったら、アメリカ産のまな板を売っており、「抗菌」表示もなく値段も安かったので(¥399税別)、購入してみました。包装を取ったら少し匂ったので 、1週間ほど干しておきました。1週間後においを嗅いでみたら、問題なしです。これで、使い勝手のよいまな板を手に入れることができ、調理がはかどるようになりました。

 「抗菌」をさけるために外国製品を探す、ということを私は時々やります。(辞書をひいて商品の表示をよく確認 します。) 日本ではO−157の食中毒以来、「抗菌」がブームのようになってしまいましたが、外国では、それほど極端な動きはないようです。

 よく探せば使えるものは見つかります。家具店に入れない人もいると思うので、他の店もいろいろ探してみてください。私がまな板を買ったのは 2002年頃くらい前ですが、最近「ニトリ」に行ってみたら、私が買ったのと同じまな板は、もう売っていませんでした。

 [まな板を使わない工夫]
 まな板を使わずに調理できないかとも考えてみました。料理の本をみると、欧米人は、あまりまな板を使わずに、調理しているようです。鍋の上で野菜をペティナイフ(小さい包丁)で切って 、直接鍋に入れています(*1)。私も真似してやってみましたが、不器用でどうしてもうまくいきませんでした。素材によってはキッチンばさみを使って、鍋の上で切ることはあります(ネギなど)。肉も、ものによってはトレーの上で、直接はさみを使って切ることがあります。

 [カビを防ぐ]
 天然木のまな板は木の匂いが強く、私は使えませんでした。症状は、呼吸器に刺激+息苦しさ+頭痛(頭の奥が痛くなり気が遠くなる)です。また、木のまな板はプラスチック製のものより水切れが悪く 、気をつけて管理しないとすぐカビます。毎日使うものなので、次の使用までに乾き切らないことがあります。2つ用意して1日おきに交互に使えば、完全に乾燥させることができるので、カビを防ぐことができると思います。私はカビにアレルギーがあるので、どうやったらカビを防げるかということは 、重大な関心事です。

 プラスチックがよいか、木製がよいかは、その人によって過敏性が違うので、合う方を選んでみてください。プラスチックのまな板でも、使用後よく乾燥させないとカビます。台所の壁などに立てかけておくと、台についている部分の水切れが悪くて、黒くカビます。吊って乾燥させるのが一番です。まな板は必ず端に穴が開いているものを買い、洗ったら吊って乾かします。私は吊り戸棚の取っ手にS字フックをかけてぶら下げています。

 カビ以外にも野菜の色素などで、まな板に色がついてきます。私はあまり気にならないのですが、気になる方は漂白すると 、ある程度取れます。多分、塩素系の漂白剤(成分:次亜塩素酸ナトリウム)を使えるCS患者は少ないでしょう。私は酸素系(成分:過炭酸ナトリウム)なら使えるので、時々漂白します。(酸素系漂白剤は自然食品店で売っています。ネットでも購入可。)  まな板をつけておけるような大きな容器はなかなか見つからないので、ゴミ袋のような大きいビニール袋に漂白液を作ってつけるといいです。

*1「ステラさんのとってもすてきなアメリカンレシピ」 ステラ・カックス/著  主婦と生活社/刊

(2005.1.29)

目の症状
 [目の検査]
 2001年11月に北里研究所病院で目の検査を受けました。検査は3種類でした。

@眼球運動の様子をみるもの
Aコントラストを把握する能力をみるもの
B瞳孔の反射をみるもの

検査の結果、この3種類の検査とも、異常が出ていることがわかりました。

 検査の際にパソコンの画面を見つめなければならないのですが、私は当時電磁波過敏症(ES)の症状が出ていて、パソコンの画面を見ると目が焼けるような痛みを感じていたので 、検査自体がつらかったです。

 1984年に発症したときから、視覚の異常が起きていることに気づいていましたが、それがどのようなメカニズムによって起きているのか考えたことはありませんでした。北里研究所病院の検査で 、これまでの視覚の異常の仕組みがわかって「なるほど。そういうことだったのか…。」と納得しました。瞳孔の反射をみる検査では、「明るい所でも暗い所でも、瞳孔の大きさがほとんど変わらない。これは自律神経の異常から来ている。」というお話でした。 医師がペンライトで私の瞳を照らしたのですが、瞳孔の大きさは照らしていないときと全く変わりませんでした。家に帰ってから夫の目でも同じことを試して見ましたが、明るい所では瞳は縮み、暗い所では瞳は開きます。それはとても早い動きで、人間の目は 、このように瞬時に外界の光量に適応しているんだということがわかりました。それまでずっと、風景がやたらと暗く見えたり、光がとてもまぶしく見えたのは、瞳孔反射が起きていないせいだということがわかりました。

 [瞳の大きさ]
 瞳孔の機能は、現在(2004年)でも回復していません。いつ見ても同じ大きさです。2004年6〜7月に、毎日デジタルカメラで瞳を撮影してみました。昼と夜の2回撮るのですが、そのどちらも瞳の大きさは変わりません。暗い部屋でも明るい部屋でも 、同じ大きさです。角膜(黒目):瞳孔の直径の比率が4:1くらいです。1ヶ月ほど撮影していましたが、何の変化もないので、飽きてきてやめにしました。ときどき化学物質に曝されて 、すごく部屋が暗く感じることがありましたが、そのときは普段より少しだけ瞳が縮んでいることがありました。

 [発症の ときから起きていた目の症状]
 目の異常は発症(1984年)のときから始まり、よくなったり悪くなったりの波はありましたが、現在まで続いています。発症後すぐに「世の中が暗い」「物に色がついていない感じがする(モノトーンに見える)」「風景が平板で影絵のように見える 」という症状が現れてきました。水の中から世界を覗いているような隔絶感、現実感のなさも起きてきました。また、まばたきする度にキラキラした残像が残り、それがなかなか消えないので、はっきりと物を見ることが できなくなりました。(健康な方でも、太陽を見つめたときに同じような経験をしたことがあるでしょう。) 物をじっと見つめていると、だんだん視界が暗くなってきます。そして 、物の輪郭がチラチラときらめいて、浮かび上がってくるように見えました。このような視覚の異常が 、目の機能障害から起きているということは、発症当時中学生だった私には思い及ばないことで、何か脳に異常が現れる精神病にかかったのかもしれないと思いました。

 当時は、毎年花見に行っても、桜の色が黒かったという記憶があります。影絵のようでした。それが1984〜1993年頃まで続き、1994年頃からようやく色が感じられるようになったと思います。その頃ようやく 、紅葉にも色がついていると思った覚えがあります。1999年に自分がCSだと 気づいて対策していった結果、少しずつ目の機能が回復してきました。本当に花の美しさを感じられるようになったのは2004年10月くらいからです。自然の風景の美しさ・実体感を感じられるようになりました。美しい花や風景には本当に慰められます。それまでは散歩の楽しみというのが全然わかりませんでしたが、今は、長い時間歩いていても飽きることがありません。

 [読書]
 目の機能が悪かったとき(1984〜2003年)には、本を読むとき特に異常を感じました。2000年頃はめまいがひどかったので、視線が常にゆれていて、行を目で追おうとしても左右にぶれてしまい、まっすぐ追えませんでした。無理して読んでいるうちに、だんだん酔ってきてぐあい悪くなってきます。この症状は 、特に夏に悪くなりました。たぶん、農薬の影響を受けていたのではないかと思います。何とか行を追えるときでも、文字が虹色にきらめき、文字の輪郭がキラキラ光って浮き上がる、といった症状が起きていて 、とても読みにくかったです。また、視線が滑らかに移動せず、コマ送りのようにガタガタ動いていました。本をビニール袋に入れて読むと、このような視覚の異常が明らかに軽くなりました。本から発散している化学物質が、この異常の原因だったのだと思います。現在は、眼球運動の異常 ・チラチラしたりきらめいたりする症状・めまいの症状が改善したので 、格段に本を読みやすくなりました。それでも、有害度の高い本は、今でもビニールに入れて読んでいます。

(2005.1.15)

 
 2001年に、私のCS症状は坂を転げ落ちるように悪化しました。過敏性が上がり、周囲のものに次々と反応して行きました。生活必需品にも事欠くようになり、生活は困窮しました。このとき私の生活をどん底にま で陥れたのは、「水」の問題でした。 

[水道水に反応]
 2001年5月のことでした。私は外出先で、突然激しい目の痛みを感じました。その場で転げ回るような強い目の痛みでした。その日から、周囲のものに次々と目の痛みを感じるようになりました。 

 2001年6月になると、湯気の上がるものに、強い目の痛みを感じました。電気ポットや炊飯器・風呂・なべ・スチームアイロンから上がる蒸気に反応していきました。その痛みは、まるで目が焼けただれるような激しい痛みでした。健康な方でも、タマネギのみじん切りを長時間やると、涙がぽろぽろ出てきて強い痛みを感じます。それと同じレベルか、それよりももっと強い痛みでした。

 蒸気に反応するようになって、ほんの3日くらい過ぎてから、今度は常温の水にも反応するようになりました。蛇口から出てくる水が激しい刺激を帯びています。水から立ちのぼった刺激があたり一面に立ちこめています。それが目にしみて、とても目を開けていることができません。手を洗ったり、洗濯をすると、猛烈な目の痛みになりました。

 はじめは、一体何が起こったのか、よくわかりませんでした。そんな毒性の強いものが蛇口から出てくるということが、とても信じられなかったのだと思います。ショックでした。

 でも、はじめの時点では、これがどれだけ大きく生活を脅かすことになるのか、まだ気づかなかったのです。私たちは、ふだん何気なく水に接しています。どれだけ水と深いかかわりを持って生活しているのか、それに気づいていません。それほど「水」を使うことは、自然で当たり前のことだからです。ひととおり生活を行ってみて、「水が使えないことがどれほど不便か」ということに1つ1つ気づくまでは、事態の深刻さがわかりませんでした。

 当時、浄水器を使っていましたが、浄水器から出てくる水も、同じように刺激を帯びていました。浄水器を通しても、なお有害な成分が出てくるなんて、信じられませんでした。きっと過敏性が高まっていたので、浄水器で漉しても漏れ出てくるような微量の成分に反応していたのだと思います。

 [激しい目の痛み]
 
洗濯をすると、その服に激しい刺激物質がついてしまいました。シャワーをあびると、自分の体から刺激が立ちのぼります。髪を洗うと、髪がひどい刺激になってしまい、目を開けていられません。ビリビリと目にしみ込むような痛みでした。

 料理をしようとして、食材を水道で洗うと、もうその食材は汚染されてしまい、激しい刺激になってしまいます。野菜を洗ったりゆでたりすることも、食器を洗うこともできません。調理台や食卓が汚れても、布巾で拭くことができません。そうじをするのに、水拭きができなくなりました。トイレに行くと、室内中に水の刺激臭が立ちこめていました。目をつぶりながら、手さぐりで用を足しました。

 お風呂場や洗面所にどうしても入れません。しかし、生活上入らないわけにはいかないので、目の痛みを我慢しながら、入りました。痛みのため、何回もまばたきをしてしまいます。目を開けると痛いので、ときどき薄目をあけながら、用事をすませました。手が汚れても、手を洗うことができませんでした。これは、とてもつらかったです。

 1日中、「目の痛み」のことしか考えられなくなりました。どうすれば、この痛みから解放されるのか…と。しかし、毎日水を使わなければならず、ずっと目の痛みは続きました。24時間、途切れることがありませんでした。この生活が、その後1年間続くことになります

 [皮膚・口の粘膜のただれ]
 6月下旬になると、目の痛みだけでなく、水道水が皮膚に触れたところが痛むようになりました。ビリビリとしみて、ただれるような痛みです。水滴を一滴も肌につけることができなくなりました。それと同時に、水道水を飲んだり口に入れると、口の中がただれたように痛むようになりました。当時、ミネラルウォーターは刺激がなかったので、料理には、これを使っていました。しかし、食材や食器を洗うのが水道水だったため、その微量の成分にも反応して、ひどい刺激を感じました。料理を食べると、目も口の中も、強く痛みました。

 水道水の有害成分は、加熱するとさらに刺激が強まったので、調理をするのが本当につらかったです。なべから立ちのぼる蒸気は、まさに「毒物」という感じで…これを本当に食べるのかと躊躇してしまうほどでした。とても食べ物とは思われませんでした。でも、他に食べるものがなかったのです。この時点で、すべての食材は刺激を放っていたのですから…。

 食事のたびに、口がただれてしまうので、食べ物の味はしないし、食欲もなくなっていました。だんだんやせていきました。

 [雨に反応]
 そのうち、雨にも反応するようになりました。雨が降ると、外気全体が強い目の痛みになりました。水滴の一粒一粒が刺激を帯びているように感じました。雨粒が皮膚に当たると、そこがビリビリとしみて痛みます。赤くただれたようになります。ショックでした。雨粒に当たらないように気をつけてみるのですが、傘をさしていても、防ぎきれるものではありません。雨の日は一切外出をしないことにしました。

 当時は、一体何が何やらわかりませんでしたが、今、解釈してみるには、多分、雨粒に含まれていた農薬の微量成分に反応していたのではないかと思います。夏の間中、市内のあちこちで農薬が散布されると、その霧が大気中に拡散します。それが雨に混じって、落ちてきたのではないかと思います。

 私は、とても過敏になっていたので、他の人が何も感じないような、ごく微量の成分にも、反応してしまったようです。雨に対する反応は、冬になると収まってきました。夏の間が特にひどかったので、農薬との関連を疑っています。

 水道水も、夏の間はひどく、冬になるといくぶん刺激がおさまってきたので、これも農薬との関連を疑っています。

 [蛇口から“赤い水”]
 水道水に反応するのと同時に、外気や生活用品に次々と激しい目の痛みを感じるようになっていきました。外で有害な化学物質に曝されると、服や体にその成分がついてしまいます。有害な物にふれると、手にその成分がついてしまいます。しかし、体や服を洗おうとすると、水道水の刺激物質がついて、前よりも余計に有害になってしまうのです。

 当時の感覚としては、水道水に真っ赤な色がついているような感じでした。蛇口から真っ赤な水が出てきていて、手を洗うと手が真っ赤に染まってしまうというようなイメージでした。それは、「洗う」という行為ではなく、「汚染する」という行為そのものでした。水に赤い色がついていたとしたら、誰がそんなもので手を洗おうとするでしょうか。化学物質に汚染された体や服を洗おうとしても、その結果かえって「汚染」されてしまうのです。洗えば洗うほど、汚染は広まっていきます。どうしていいかわかりませんでした。

 CS患者の方であれば、水道の蛇口から、灯油が流れ出てくる様を想像していただければいいと思います。そんな液体で、体を洗ったり洗濯しようなんて思うでしょうか。当時、私に起こったことは、そのようなことでした。

 環境問題の話題になると、水質汚染の話が出てきます。「水道水は汚染されているから危ない」という話になります。ミネラルウォーターを飲んだり、浄水器を使っている人もいます。それでも、その汚染というのは、「理想の状態」からくらべて汚染されているということで、みんな心の底では水の清浄さを信じているのではないかと思うのです。そうでなかったら、水道水で 洗濯したり、そうじをしたりするでしょうか。確かに汚染されているかもしれないけれども、他の物質にくらべれば相対的にきれいなものだと思っているから、水でいろんなものを洗うのです。汚れを落とすのです。私も自覚せずにそのことを信じていた一人でした。それまでは、CS患者として、水の汚れや塩素の害を感じてはいましたが、それでも化学物質の汚染を除去するために、シャワーを浴びたり洗濯をしたりしていたのです。その信念が根底から崩れました。

  [汚染の広がり]
 生活のすべての面で、汚染は広まっていきました。水で洗うたびに、周囲の生活用品がどんどん真っ赤な色に染まっていくような感じでした。汚染された衣類にアイロンをかければ、アイロン本体やアイロン台が汚染されて使えなくなってしまいます。汚染された雑巾で拭き掃除をすると、拭いたものはすべて汚染されて使えなくなっていきました。水は水蒸気となって、空気中を移動します。洗濯物を干している場所には近寄れませんでした。あまりにも強い刺激が立ちこめているからです。料理をしていて、刺激の強い蒸気があがっているところに近づくと、髪も服も持ち物もすべて、刺激の霧で染められて駄目になってしまいます。しかし、それを洗おうとしても、さらに汚染されてしまうのです。

 2001年の6月から7月にかけて、生活のすべての面に、爆発的に汚染が広がっていきました。

  [対策]
 使える水を確保するために、様々な方法を試してみました。

 まず、それまでも飲料用に使っていたミネラルウォーターですが、これは水道水に比べてずっと刺激が少なかったので、そのまま使えそうでした。これを飲用と料理用に使うことにしました。口から入れる水については、ミネラルウォーターでまかなうことができるのですが、シャワーや洗濯など、洗浄用の水は、ミネラルウォーターではコスト的に無理です。

 浄水器や浄水カートリッジがついたシャワーヘッドを試してみることにしました。シャワーヘッドは、それまで塩素を中和するタイプを使っていましたが、このカートリッジを通しても、刺激は全く減りませんでした。塩素のみを取り除くタイプなので、他の有害物質はとれないのだと思い、活性炭のカートリッジが入っているタイプのものを試してみることにしました。

 活性炭の浄水シャワーはよく効きました。使用はじめは、刺激の少ない水が出てきました。これでシャワー水は確保できると思い、ホッとしました。ところが、このシャワーカートリッジは、たった2日間で効果がなくなり、もとの有害な水が出てきてしまいました。本来ならば、3ヶ月有効のカートリッジなのですが、当時は私の過敏性が高かったため、汚染が飽和するまでにたった2日しかもたなかったのです! 

 他に、浄水器も試してみました。1台目はそれまで我が家で使っていたもので、前述のように、刺激が全く取れなかったものです。カートリッジが古くなったせいだと思い、新しいものと交換して試してみました。浄水シャワーと同じように、交換した当初は、効果がありました。しかし、これも20日間使ったら、汚染が飽和してしまったらしく、また有害な水が出てくるようになってしまいました。本来ならば、1年間有効なカートリッジのはずなのですが…。

 さらにもう1台、浄水器を試しました。これは、10年間カートリッジ交換不要、1週間ごとにカートリッジを洗浄するタイプのものです。高価なものでしたが、思いきって買ってみました。ところが、この浄水器は、たった1週間しか持ちませんでした! 再び、有害な水が出てきてしまいました。カートリッジを洗浄してみましたが、それでも浄水効果は戻りませんでした。(返品しました。)

  [水のコスト]
 こうやって試してみると、安全な水を得るのに、とてもコストがかかりそうでした。当時、水の単価を計算してみた表があります。

  1日の使用量 カートリッジの
交換頻度
交換までの水量 単価 1本当たりの量 1リットル当たりの
値段
浄水シャワーヘッド 20リットル 2日 40リットル 1200円 30円
浄水器A 10リットル 20日 200リットル 14000円 70円
浄水器B 10リットル 7日 70リットル 10万円 1429円
ミネラルウォーターA 160円 1.5リットル 107円
ミネラルウォーターB 118円 2リットル 59円
ミネラルウォーターC 224円 2リットル 112円

この表を見ると、1リットルあたり最低でも30円かかることがわかります。一番コストが低いのが、浄水シャワーヘッド、次がミネラルウォーターBとなります。飲用には、ミネラルウォーターA、料理用にはミネラルウォーターBを使うことにしました。ミネラルウォーターAはBより値段は高いのですが、こちらの方が私の体には合っていました。飲用にはこれを用いることにして、料理用にはBを使いました。そして、口から入れるもの以外の水は、浄水シャワーヘッドを使うことにしました。

 浄水シャワーヘッドがもっともコストが低いとはいえ、それでもかなりお金がかかります。だいたい1回20リットルの使用で、2日しか持ちませんでした。40リットルで、汚染が飽和することになります。1日10リットル使ったとしても、1ヶ月に9000円かかることになります(4日で交換。1ヶ月あたりカートリッジ7.5本使用。1本1200円×7.5本=9000円)。1日10リットルで、洗顔・洗体・洗髪・洗濯のすべてをまかなえるとは、とても思えませんでした。この時点では、まだ、水の確保のために、どれだけコストがかかるのか、想像もつきませんでした。

  [水の使用量を測る]
 まず、1回の使用ごとに、どれだけの水量が必要なのかを測ってみることにしました。容器の容量を測ってみると、湯おけ1杯が1.5リットル、洗面器1杯が3リットル、バケツ1杯が6リットルでした。これを目安に水の使用量を測ってみました。

 従来の使い方では、大量の水が必要になってしまうので、できるだけ少ない量ですませるようにしました。どれだけ少量の水で用が足せるのか、実験したようなものです。以下が、使用量の表です。

  水の使用量 頻度 1日当たりの使用量
洗顔 2リットル 1日 2リットル
洗体 10リットル 2日 5リットル
洗髪 10リットル 2日 5リットル
洗濯(半袖シャツ1枚) 6リットル その都度
手を洗う 1リットル その都度
タオルを洗う 2リットル 2日 1リットル

 体を洗うのに10リットルというのは、とても少ない量です。ちょっと体にお湯をかけ、せっけんをのばし、それを5秒くらいで洗い流します。スッキリと洗い上がったという感じは全くありませんでしたが、何はともあれ、一応体を洗ったことにはなったのです。

 潜水艦に乗っている人は、使える水量が少ないので、たった7秒でシャワーをあびるそうです。「マリンシャワー」というそうです。夫が以前、アメリカ海軍の人から教えてもらったそうです。夫は、当時の私の様子を「マリンシャワーのようだね」といっていました。洗顔も洗髪も一瞬でした。

 潜水艦の人と違っていたのは、私が化学物質のわずかな汚染にも耐えられず、それを洗い流さなければならなかったことです。これだけの水量では、日々遭遇する化学物質の汚染に対しては、まったく追いつきませんでした。お湯で流すだけなら、まだ水量が少なくてすんだのでしょうが、化学物質の汚染を取るためには、せっけんを使わなければならず、そのため、多くの水量が必要でした。

 1日15リットルくらいでやっていけないかと思いました。この量だと、だいたい3日でカートリッジ交換となり、月当たりのコストが12000円くらいになります。これ以上、お金をかけられるのかどうか…というと、難しかったです。今となっては、せめてこの2倍の量を使っていれば(月当たり24000円)、もう少し生活が楽になったと思いますが、当時は、いつまでその生活が続くのかもわからないし、このくらいが限界だと思ったのです。これに加えて、ミネラルウォーター代が別にかかりました。

 この表を見て、「本当にこの水量で用を足せるのだろうか」と疑問に思った方、どうか実際に試さないでください! こんな量では、どだい無理だからです。今、私がふり返ってみてもそう思います。それでも、当時はこの量でやっていくしかありませんでした。

  当時の水の用途別使用表は次のようになりました。

洗顔・洗体・洗髪 浄水シャワー
洗濯 浄水シャワー+その他
手を洗う 浄水シャワー+ミネラルウォーターB
飲み水 ミネラルウォーターA
料理 ミネラルウォーターB
はみがき ミネラルウォーターB
歯ブラシをすすぐ ミネラルウォーターB
調理器具・鍋・皿洗い 水道水
台ふきん・雑巾 使用不可

 
  [洗濯
 シャワー・洗髪の水量も少なすぎて大変でしたが、何よりも問題となったのは、洗濯でした。洗濯は、シャワーとは比べものにならないくらい、多くの水量が必要です。しかも、日々化学物質で服が汚染されていくので、何度も洗濯しなければなりませんでした。この水量をいかに確保するのか、ということが問題になりました。浄水シャワーだけでは、とても間に合いませんでした。いろいろな方法を試してみました。

 まず、炭で水道水を浄化してみることにしました。ポリバケツに水を汲み、そこに炭を入れます。2日ほどおいたら、水の刺激は少しおさまったような気がしました。しかし、炭を取り出してみると、これは、強烈な刺激でした。とても手で持っていられない、見ていられないような目の痛みです。

 炭の刺激をとばすために、オーブントースターで加熱してみました。屋外でやったのですが、オーブントースターから、強烈な刺激が立ちのぼりました。とても耐えられないような臭気です。オーブントースターに近寄れません。熱いうちはもちろん、冷めてからも近づくことができませんでした。

 炭は捨てることにしました。とても家に置いておくことができなかったからです。オーブントースターは、刺激のため、その後使用できなくなってしまいました。

 炭で浄化した水の方ですが、水全体に炭のにおいがしていたし、表面に黒い粉が浮いていて、あまり水質がよくなかったです。もともとの刺激も取り切れずに残っていたので、これを洗濯用に使えそうにはありませんでした。こうして、「炭作戦」は失敗に終わりました。

 次に、お風呂の残り湯を洗濯に使ってみることにしました。お風呂を沸かしたときは、浴室中に蒸気が充満して、耐えられない状態になります。しかし、2回・3回と追いだきしていくうちに、風呂湯の刺激が少なくなっていくように感じていました。3回追いだきした残り湯を洗濯に使ってみました。これで、「洗い」→「すすぎ」とやって、仕上げのすすぎは浄水シャワーを使います。この方法は、思ったよりうまくいきました。それで、何度かこの方法で洗濯していたのですが、ある時、水道水が強烈に汚染されていたときがあり、このときは3回追いだきしても、全く刺激が減る様子はありませんでした。

 このように、水道水の水質が変動するので、いつも同じ方法とはいかず、常によく感覚をとぎすませて、水の汚染度を測らなければなりませんでした。汚染度を確かめるということは、つまり、有害物質を目の当たりにして、じっくりと嗅がなければならないということです。そのたびに激しい目の痛みを感じ、その場に倒れ込みそうになります。ひどい刺激を嗅いでしまったときは、何時間も布団の中で苦しむことになりました。このように、一瞬も気を抜けないような感じで、気の休まる暇がありませんでした。

 そのほかの家事については、次のような対策を取りました。

  [調理]
 
料理にはミネラルウォーターを使いました。野菜を洗うのに、とても困りました。水道水で洗うと、たまらない刺激になってしまいます。土がついていない野菜は、洗いませんでした。(これには、心理的にかなり抵抗がありましたが…。)野菜の下ゆでは行いませんでした。麺類を茹でたり、油抜きをしたりするには、お湯を流しかけたり、使ったあと捨てたりしなければならず、このような調理方法はできなくなりました。ミネラルウォーターでは、とてももったいなくてそんなことはできませんでした。

 食材の確保にも苦労しました。お豆腐や、白滝など、水につかっているような食材は、ほとんどのものに激しい刺激を感じました。魚売り場には、近づけませんでした。いけすのようなものがあったり、氷の上に魚を置いて売っていました。その売り場中が猛烈な刺激でした。

 たいてい水分含有率が高い食材がだめでした。どのような食材でも、製品にするまでに、洗浄されたり、加工されたりして、水の洗礼を受けてきています。そのとき使った水が刺激を帯びていると、食材も汚染されてしまうようなのです。そのようなものを調理したり、食べたりすると、目や口の中が激しい痛みになります。店にある食材のうち9割は刺激が強くて、とても使えないものでした。

 ごくごく少量の食品しか購入することができませんでした。そのため、当時は、毎日必ず同じメニューを食べていました。新しいメニューに挑戦すると、そのたびに、最低でも食材の1つは必ず激しい刺激を帯びていて、料理全体が汚染されてしまうのです。だめになった料理は、すべて捨てなければなりません。そのようなリスクを避けるため、毎日毎日、同じものを食べていました。

  [食器洗い]
 調理器具や食器を洗うのに、水道水を使いました。もちろんミネラルウォーターで洗うなんてことは考えられないし、浄水シャワーも、洗濯などで精一杯です。しかたなく、水道水で洗っていました。 ビニール手袋をして、直接肌に触れないようにしていました。しかし、それでも、洗っているうちに水滴がはねて、皮膚につきます。その部分は、ビリビリとしみて痛みました。

 洗っている最中は、強烈な目の痛みです。食器洗いをはじめる前に、覚悟が必要でした。なるべく気持ちをしっかりと持って、最後までなんとか耐えなければなりません。

 洗い上がった食器は、ふだん使っていない部屋で、乾かしました。食器全体から、刺激臭が立ちのぼっていました。水道水で洗った食器を使うと、食事のたびに刺激が強かったです。我慢して食べました。

 食器洗いをしなくていいように、紙皿を使ってみたことがあります。幸い、紙皿自体には反応を起こしませんでした。しかし、紙皿で食べると、なぜあんなにも食事がおいしくなくなるのでしょう。もともと少なかった食欲が全くなくなってしまいました。きちんと食器によそって食べることは、とても大切なことだと思いました。いくら刺激の強い食器であっても…。紙皿を使ったのは、1回きりでした。

  [掃除]
 水洗い・水拭きはできなくなり、すべて、乾いた方法ですませることになりました。テーブルに液体がこぼれても、トイレットペーパーで拭き取ることにしました。(当時、1種類だけ使えるトイレットペーパーがありました。)この頃から、掃除はほとんど使い捨てでやっていました。従来の方法では無理だったからです。例えば、雑巾を使って汚れを拭き取った場合、雑巾を洗う水に困ります。水道水で洗った雑巾で拭くと、拭いた部分が汚染されてしまいます。

  [歯みがき]
 ミネラルウォーターを使いました。洗面所にいるのがつらいので、自分の部屋にコップを持っていって磨いていました。歯ブラシを洗うのに水道水を使えないので、ミネラルウォーターでためすすぎをしました。(衛生上やや問題がありましたが、しかたがなかったのです。)コップを洗う水に困りましたが、これだけはしかたなく水道水を使いました。コップが刺激を放っているので、歯みがきするのにつらかったです。

  [手を洗う]
 浄水シャワーを使いました。手に化学物質がつくたびに洗い流したいのですが、1日の水量制限があり、そうもいきません。私は、当時、過敏性が高く、有害な物にさわると、手についた化学物質に反応して、さらに症状が出てしまっていました。なるべく、ものに直接手を触れないようにしていました。手袋をしたり、ビニールごしにさわりました。手袋はすぐ汚れてしまうのですが、1日の水量制限があるので、なかなか洗濯ができずに困りました。万事が万事、このようにびくびくとしていて、とても神経質になっていき、精神的に追い詰められていきました。

  [家族とのかねあい]
 家族が水道水を使ったり、蒸気が上がるようなことをしていると、そばに近づけません。家族が調理中や食事中の台所に入ることができませんでした。私は、別室にポータブルコンロ(電気コンロ)を持っていって、そこで調理していました。家族とは、食事時間をずらすようにしました。

 家族がお風呂を沸かすと、浴室に入ることができませんでした。お湯がすっかり冷めて、蒸気が出なくなったあとに、よく換気をしてから、ようやく入ることができました。

    [対策の結果]
 以上のような対策を行ったのですが、それは十分とはいえないものでした。安全な水を使える量が少なかったために、生活のあちこちに水道水の汚染の影響が忍び込んでいました。それに触れるたびに、ひどい症状を起こしてしまいます。そして、1日に使用できる水量が15リットルしかないというシステムには、もともと無理がありました。

 夏になると、市内全体での農薬使用量が増えてきて、外気の汚染が強くなってきました。私の体や服や持ち物も、どんどん汚染されていきましたが、それを洗い流すための十分な水がありません。農薬以外にも、家族の持ち込むものや生活用品に次々反応しましたが、そのたびにシャワーをあびたり、洗濯するのは難しかったのです。周囲のものや、外気の中には、とりわけ刺激の強いものがありました。それにふれるとショック症状のような激しい症状が起きてしまいます。一瞬で目に強い刺激が来て、衝撃が走り、目の前が真っ暗になります。それと同時に強い頭痛と眩暈がやってきて、その場に立っていられなくなります。意識がもうろうとして、自分が一体どこにいるのか、何をしているのか、わからなくなります。その後、何時間も寝込んでしまうような、ひどい症状でした。そのとき着ていた服は、刺激臭に汚染されてしまうのですが、これを十分に洗濯することができません。このように、私の服や持ち物や身のまわりのものが、次々と汚染されて、使えなくなっていきました。洗えないものは仕方がないので、ビニール袋につめて、刺激が発散しないようにして、しまい込むしかありませんでした。新しいものを買おうとしても、過敏性が高くて、使えるものが見つかりませんでした。

 身のまわりのありとあらゆるものが刺激を帯びており、1日に何度も激しい症状を起こしてしまいます。いつショック症状を起こすのかと常に警戒して、気の休まるときがありませんでした。何が原因で症状を起こすのか予想できないので、まわりのものがすべて疑わしく思え、何もかもが信じられなくなりました。

      [着られる服がない]
 汚染が重なってしまったとき、ついに、着られる服がなくなってしまったことがあります。どの服もビリビリとした刺激を発散しており、近づくこともさわることもできません。少ない水量で、目の痛みを我慢しながら、なんとか洗濯してみるのですが、何度洗っても、刺激がとれないのです。それで、しかたがなく、1週間ほど、下着だけで過ごしました。当然、外出はできないし、家族の前に姿を見せることもできないので、生活にはとても困りました。私は当時、CSのために自分ではできず、人の助けを借りなければならないことが増えていたからです。

 1週間ほど下着だけで自分の部屋にこもりきり、という生活をすると、精神的にかなり追いつめられていきました。「このままではまずい」と思い、しかたなく刺激のある服を着ることにしました。着てみると、体のまわりが刺激の霧で包まれたようになり、ビリビリと目が痛み、たまらなかったです。それでも、服を着ないで過ごす情けなさが解消されて、心持ちは少しだけ前向きになりました。

      [猛暑との闘い]
 真夏になると、私の部屋は耐えられないような暑さになりましたが、私はエアコンに反応を起こしてしまい、使うことができませんでした。外気は農薬でひどく汚染されていたので、窓を開けることができません。室温は35度くらいになっていました。しかし、汗をかいてもシャワーを十分にあびることができません。(2〜3日に1回。1回あたり10リットル。) 汗がついた服を洗濯することもできません。この年は猛暑で、特に気温が高かったので、とても体にこたえました。

 この頃になると、精神活動はほとんど休止していて、ただ本能だけで生きている、という感じになっていました。1つ1つのことに心を動かすと、とても耐えられなかったからです。無感動で、無感情になっていました。

 夏になると、水に対する過敏性はますます進んで、ちょっとした水滴にも反応するようになりました。冷たい飲み物が入っているコップに水滴がつきますが、その水滴にも怖くてさわれません。また、水滴がついたものやぬれていたものが乾いたあとでも、そこに水の有害成分がついているのではないかと、強い恐怖心を抱きました。この頃になると、もう、心が病んできていたのだと思います。

   [追いつめられて
 8月になると、外出はほとんどできなくなり、夫が代わりに買い物をしてくれました。当時、私たち夫婦は住む家が見つからず、それぞれの実家に住んでいました。夫は50kmの道のりをはるばる訪ねてきて、身のまわりのことをやってくれました。とてもありがたかったです。それでも、当時の私は、感謝の言葉を発する気力もなく…ただただ助けてもらっているだけでした。

 ときどき夫に付き添ってもらって外出することがありました。久しぶりに見る外の世界は、私がそれまで知っていたものとは全く違っていました。外気はひどく汚染されていて、とても目を開けていられません。物を直視すると、一瞬目に強い痛みが走るので、目をそらすように、焦点をぼやけさせるように見ていました。外界のいたるところから刺激のある霧が立ちのぼっていて、そこに近づくと、激しいショック症状を起こしてしまいます。それを避けるように身をかわしながら、少しずつ進んでいかなければなりませんでした。

 風景の中で水が存在しているところは、点々と色がついているように、はっきりと浮き上がって見えました。雨粒・川の水・水たまり…そのような場所に近づくと激しい刺激を感じます。前に「水に赤い色がついている」という例えを持ち出しましたが、まさにそのような感じでした。風景の中で水が存在する部分は、そこだけ色を塗ったみたいに、赤く浮き出ているように感じました。その色は、汚染度に合わせて、濃い赤から淡いピンク色までありましたが、私のまわりの景色すべてに渡っていました。自然界の水の循環と共に、その赤い色も移動していきます。世界のすべてが汚染されてしまったことがわかり、ショックでした。「この世に私のいる場所はどこにもないのだろうか」と思ったのです。

 驚いたのは、他の人々の生活がこれまでとは変わらず続いているということです。これだけのひどい汚染の中で、何も感じず平気で生活しているということが、とても信じられませんでした。でも、異常だったのは周囲の人々ではなく、私の方だったのです。そのことを身にしみて感じました。私だけの生活が変わってしまい、私だけがこの世界から拒絶されていると感じました。同じ世界に住んでいるとは、とても思えませんでした。

 私の持ち物はどんどん汚染されて使えなくなっていき、最後には何もなくなってしまうのではないかと思われました。私自身も、とてもこの世に生きていることはできなくなってしまうのではないかと思ったのです。10月頃、精神状態は最悪になりました。

  ・ 生活用品を使えず、物質的に困窮していったこと
  ・ 持ち物が次々と汚染されて使えなくなっていったこと 
  ・ いつ激しい反応を起こすのかわからず、症状をまったくコントロールできなくなってしまったこと
  ・ 食材や調理中の蒸気に反応し、栄養をとれなくなっていったこと
  ・ 肉体的な苦痛
  ・ 精神的な消耗

これらが重なり合って、私を追いつめていきました。

   [引越へ向けて
 11月になって落葉が進むと、外気や水の刺激は少しずつ収まってきました。稲刈りも終わり、雑草も生えなくなってきたので、市内全体での農薬の使用量が減ったのではないかと思います。それまで、毎日24時間とぎれることなく、強い目の痛みが続いていましたが、この頃から間が空くようになりました。目の痛みがやむと、一瞬、正気に戻れたような気がしたものです。少しだけものを考えられるようになりました。この年の一夏のことをふりかえってみると、農薬の影響を受けていたのは間違いありませんでした。別の環境に引っ越すことが必要だと思いました。

 水道水に反応しはじめたのが、すべての始まりでした。私が住んでいた宮城県は、山の裾野まで田が広がっています。水道水の水源の上流にも農地があったのです。そのため、水源にも農薬が入ってきているのではないかと考えました。全国で、水源の上流に農地がないような地形の街があれば、そこの水道水は汚染されていないはずです。地図を見て、そのような地域をピックアップしていきました。

 札幌市は、その条件に該当する街でした。市の西側と南側が山地になっていて、水源の上流には農地がほとんどありません。寒い気候なので、殺虫剤や除草剤の使用も少なそうです。そして、シロアリがいない、つまり、シロアリ駆除剤を使わない地域でもあるのです。札幌に引っ越すことを真剣に考えはじめました。

 2002年3月に、夫が札幌に行って、家さがしをしてくれました。その時、札幌市の水道水をペットボトルにくんで持ち帰ってきました。その水を仙台の水道水と嗅ぎくらべてみました。札幌の方が格段に刺激が少なかったです! こうして、私たちは札幌に引っ越しました。2002年5月のことでした。

     [回復]
 引越した当初は、とてもこわごわと水を使っていました。最初に通水したときは、しばらく空き家だったので、久しぶりに水を通した水道は、においました。この刺激は、その後少しずつ減っていきました。

 引越でホコリだらけになったにもかかわらず、私は3日間シャワーをあびませんでした。恐れる気持ちが強かったのだと思います。3日目に浄水シャワーヘッドを使って、シャワーをあびてみました。刺激がありませんでした! 何度も何度も確かめてみましたが、本当に刺激がありません。それで体のすみずみまで洗いました。それまで1年間、たった30秒でシャワーをすませていたので、こんなに思い切りシャワーをあびたのは、本当に久しぶりでした。喜びと幸福感がこみ上げてきました。

 引越から1週間後、夫は洗濯機で洗濯を始めました。水道水には若干刺激がありましたが、これは、仙台の頃と比べると少ないものでした。私は耐えることができました。

 3週間後、ようやく私は洗濯をしてみました。お風呂の浴槽を使っての手洗いです。水道水で洗ったあと、浄水シャワーで仕上げすすぎをしました。たっぷり水を使って洗濯しました。洗い上がった衣類は、刺激は少ないものでした。乾かすと刺激はさらに減って、着られるようになりました。

 夏になると、そうめんなど麺類をゆでて食べることができました。うどん・そうめん・スパゲティなど、お湯でゆでる麺は、1年以上食べることができなかったので、感激ものでした。よく味わって食べました。

 秋が深まってきた頃、この家に引っ越して初めて、お風呂を沸かしてみました。それまでは、どうしてもお風呂に入る勇気が出なかったのです。10月末になると、寒くてシャワーだけではすませられなくなってしまいました。

 恐る恐る入ったお風呂は、それはそれは気持ちのいいものでした。体の芯まであったまりました。それでも1回目のお風呂は、気持ちよさと不安感が入りまじって、複雑な心境でした。2回、3回と入るうちに心配はやんで、気持ちよく入ることができるようになりました。

 化学物質過敏症の治療法として、入浴やサウナで汗をかくことを勧められます。それまでの私の生活では、汗をかいたり、入浴することなど、とても考えられませんでした。汗をかいても、それを洗い流すことができなかったからです。毎日、なるべく動かないようにじっと過ごしていました。まさに、標準的なCS患者とは次元の違う世界でした。シャワーを思い切り使ったり、お風呂に入れる生活、それは本当にすばらしいです。

 水道水への反応が弱まっていくにしたがって、外気や周囲のものに対する目の痛みもおさまっていきました。

     [浄水シャワーカートリッジの収支]
 札幌に引っ越してからも、何度か水道水の水質が悪くなり、反応を起こしたことがありました。その時は、浄水シャワーヘッドが大活躍しました。2002年2月に、仙台でシャワーカートリッジを8ヶ月分購入しました。当時、1ヶ月で10本ずつ使っていたので、合計で80本です。店員に、何事かと聞かれました。一般の人なら、20年分の量になります。

店員「こんなに買って、どうするんですか。」
私「使うんです!」

引越までの3ヶ月で30本使ったので、50本持って札幌に引っ越しました。

 札幌に越してからは、頻繁にカートリッジ交換をしなくてもよくなり、1回に使える水量も増えました。しかし、水質が悪くなったときは、こまめに交換しなければならなかったので、大量にカートリッジを購入していたのは、とても助かりました。この商品は、その後製造中止になり、入手することができなかったからです。この4年間で、カートリッジを40本使いました。平均すると1ヶ月に1本くらいの割合になります。現在は、2〜3ヶ月に1回交換すればすむので、引越した当初にくらべて、交換頻度は減りました。過敏性が下がってきました。

 引越した当初は、もっと頻繁に交換していました。それでも、仙台での「1日15リットル、3日で交換」に比べれば、ずっとよくなりました。ようやく「人間らしい暮らし」ができるようになったのです。結局、私がCSで最大に追いつめられたのは、「水」の問題でした。あれがなければ、ここまでひどいことにはならなかっただろうと思います。

 水で洗うこと、洗浄することは、本当にすばらしいことです。CS対策の基本です。仙台での1年間は、それを失った体験でした。悪夢は去りました。本当に幸せだと感じます。

(2006.11.7)

 

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預金通帳(貯金通帳) 
 
[一風変わった対処法]
 2002年に、安全な環境を求めて、別の地方に引越しました。引越した後の環境は、前に住んでいた所よりずっとよくて本当に助かりました。以前、住んでいた所は農薬による汚染がひどく、そこで使っていた持ちものすべてに 、その有害成分が付着していました。特に、外出時に持ち歩いていたものは汚染がひどく、あまりにもひどいものは捨ててしまうしかありませんでした。しかし、生活上どうしても捨てられないものもあります。

 預金通帳は強い刺激臭のために、私自身は見ることもさわることもできないくらいでしたが、これを捨てることはできませんでした。チャック付ビニールを3重にして密閉し、使うときは夫に託して郵便局にいってもらいました。しかし、これでは不便なので、何とか使えるようにできないものか…と考えて、次のような方法を実行しました。その通帳は記帳するスペースが残りわずか(数回分)だったので、夫がCD機に通帳を入れ 、1000円を入金しては引き出す、ということを繰り返し、通帳の記入スペースをすべて埋めました。そして郵便局の窓口で新しい通帳を発行してもらいました。新しい通帳は、新品の匂いはそれなりにしていましたが、前の通帳より格段に有害度が低く、私自身が通帳を扱えるようになりました。

 このようにやり方を工夫すれば使えるようになります。CD機で入金・出金を繰り返すのはあまり勧められる方法ではありませんが…。通帳の記載スペースの残りが少なかったので、このような方法をとりましたが、今思えば、そんな面倒なことはせずに素直に窓口で事情を話せばよかったかなとも思います。

(2005.1.9)

床下換気扇
 [危機]
 2000年に、夫の実家で、床下にシロアリ駆除剤を撒くことになりました。当時、私たち夫婦は一緒に住むところが見つからず、それぞれの実家に住んでいました。もし、夫の実家でシロアリ駆除剤を撒けば、私にとっても大きな脅威となります。シロアリ駆除剤は、私にとって大変毒性が強いものなので、夫の着ている服や持ちものににおいがついてしまうと、夫と会えなくなってしまう可能性が高かったのです。

[業者との交渉]
 夫とよく話し合って対策を考えました。話の発端は、害虫駆除会社の人が営業に来たことでした。前回シロアリ駆除剤を撒布してから時間がたっているので、そろそろ撒いた方がいいというのです。

 まず、本当に床下にシロアリがいるのかどうか確認することが先決です。業者に床下の点検をお願いすることにしました。点検の際に、シロアリがいるかどうかをビデオカメラで撮影するようにお願いしました。本当にシロアリがいるのかどうか、目で確かめたかったのです。

 点検の結果、シロアリはいないことがわかりました。業者の説明によると、「現在は、まだシロアリはいないが、床下が湿気でかなり傷んでいるので、いつシロアリが繁殖するかわからない」とのことでした。

 そこで、夫と私で薬剤を使わないシロアリ対策をよく調べ、業者と交渉してみました。業者からも、薬剤を使わない方法を提案してもらいました。その結果、次のような方針が決まりました。
床下にゼオライトを敷いて湿気を吸着する
床下換気扇を設置して床下の通風をよくする
これで、薬剤散布の危険は去りました。本当にホッとしました。

[床下換気扇の効果]
 工事は順調に行われ、床下換気扇は運転を始めました。夫の両親の話では、床下換気扇を運転し始めたときは、床下からカビくさい空気が一気に出てきたそうです。そのにおいは、日がたつごとに薄れていって、気にならなくなったと言っていました。

 その後の義母の話では、床下換気扇の思わぬ効果が出てきたと言うことです。家中がジメジメしていたのが、カラッと乾燥して過ごしやすくなったといいます。以前は、押し入れに湿気取り(水が溜まるタイプのもの)を置いていると、すぐに水がいっぱいになっていましたが、床下換気扇をつけてからは、ほとんど水が溜まらないのだそうです。初めは、湿気取りに水がぜんぜん溜まらないので、不良品だと思ったそうです。それだけ、床下換気扇の効果があったということです。

[ かえって裏目に出ることも]
 このように、床下の乾燥に効果のある床下換気扇ですが、場合によっては害をもたらすこともあります。以下は、私が本で読んだ事例です。

 隣家がシロアリ駆除をしてから体調を崩した女性の話です。ある日、隣家でシロアリ駆除剤の撒布を行い、同時に床下の通風をよくするために床下換気扇をつけました。その換気扇の排気が、この女性の家の方に向かっているのです。そのため、床下のシロアリ駆除剤が、高濃度でこの女性の家の方に流れてきます。それを毎日吸い込んでいるうちに、この人はどんどん体調が悪くなってきてしまいました。隣家と交渉したもののうまくいかず、この女性はとても苦しい思いをしています。*1

 これを読んで、私はとても他人事ではないと思いました。この事例が強く心に残っているために、家を建てて定住するのではなく、環境の変化に合わせて臨機応変に移動できる賃貸住宅に住むことに決めました。化学物質過敏症だと気づいた当初は、人によく「自然住宅を建てたら」と勧められたのですが、この事例を知ってからは慎重に考えるようになりました。

*1「床下の毒物 シロアリ駆除剤」植村振作/著 三省堂/刊

(2005.9.15)

 

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リフォーム 
 [アパート探し]
 1999年1月に、結婚することが決まったので、アパートを探しました。このときは、自分がCSであることに気づいていなかったので、日当たりがよくて、静かで、こぎれいなところを探しました。

 一軒とても日当たりのよいアパートが見つかったのですが、室内を見てみると、何だかにおいました。ツーンとするにおいと、肺を直接圧迫するような鈍いにおいとが混じり合っていました。
「いくら何でもこれはくさい。こんなところに住んで大丈夫なのか?」
と疑問に思いました。夫はそこをとても気に入ったので、私は自分の独特の感覚をどのように伝えたらいいのか悩みました。この時点では「シックハウス」という言葉も知りませんでしたから、 このとき私の心にあったのは「漠然とした悪い予感」のようなものだったのです。

 そのアパートに住んでいる人に、直接聞いてみることにしました。いきなり訪ねていったのに 、嫌な顔もせず、親切に答えてくれました。
「 入居したとき、ツーンとしたにおいがしませんでしたか? それでぐあい悪くなったりしませんでした?」
と、私がきくと、
「最初はちょっと気になったけど、すぐになれたよ。だんだんにおいも薄くなってきたし。」
という答えが返ってきました。

 それで、もうそのアパートに決まりそうになりました。しかし、私の心の中の警戒心はとても強く、結局やめにしました。

 さらに何件か見ていくうちに、静かで落ち着いていて、においも少ないところがあったので、そこに決めました。木造アパート2階建(築4年)でした。下見のとき、不動産屋が 言いました。
「壁の汚れは、入居までに壁紙を貼り替えるから大丈夫です。畳も替えるので、今よりずっときれいになりますよ!」

 契約後、引越直前にカーテンのサイズを測りにいったら、下見のときとは違う強い刺激を感じました。窓枠のサイズを測っているうちにだんだん胸が苦しくなり、呼吸がしづらくなってきました。私はとてもだるかったのですが、何とかサイズを測り終えて家に帰りました。

 [引越]
 引越の日、荷物が運び込まれている最中に、私はどんどんぐあい悪くなってきました。すぐにでも横になりたかったのですが、家中ごった返していてとても無理です。息が苦しく、頭が痛くて、とてもだるかったです。

  夫は3ヶ月遅れで引っ越してくることになっていたので、その晩は一人で新居に泊まりました。くたくたに疲れているのに、息が苦しくてとても眠れません。息をするたびに気管がゼイゼイと音を立てていました。喘息用の吸入薬を使ったのですが、ほとんど効きませんでした。その晩は息苦しくてとても寝ていられず、座ったまま 、うとうとしながら朝を迎えました。

 結局、そのアパートに住んだのは3日間だけでした。3日後、フラフラになりながら、私は実家に戻りました。このときはじめて自分が化学物質過敏症なのではないか、と気づきました。ちょうどこの頃、マスコミで「シックハウス」や「化学物質過敏症」について報道しているのを耳にしました。それで、図書館や書店に行って、CSの本をあるだけ読んでみました。書いてあることが、いちいち今回の引越の事情や、これまでの私の体調不良によく当てはまるのです。長年の体調不良の原因がわかって、かなりスッキリしました。

 [シックアパート対策]
 私は本で情報収集し、夫はインターネットでいろいろ調べてくれました。それらの情報をもとに、アパートの対策を行ってみることにしました。当時は、「換気をして化学物質の濃度を下げる」「炭で有害物質を吸着させる」という方法が主流だったように思います。シックハウスの原因物質のうち、ホルムアルデヒドの濃度は測れるようになっていたので、当時はシックハウス対策=ホルムアルデヒド対策と いう風潮がありました。

 まず、24時間窓を開けっ放し、換気扇を回しっぱなしで換気をしました。3日くらいして、換気の効果が十分あらわれたころにアパートに行ってみました。しかし、それでも、私はその部屋のにおいに、とても耐えられませんでした。冬だったので、換気すると室温は2℃くらいでした。もし、換気をして耐えられるような状態になったとしても、この寒さではとても暮らせないと思いました。

  どの部屋のどの建材が有害なのかを確かめるために、外に通じる窓は開けたままで、部屋同士を仕切る戸はすべて閉めました。そして1つ1つの部屋のにおいを嗅いでいきました。特に刺激を強く感じたのは、和室の畳、リビングの壁紙、寝室のクローゼットです。その中でも特に有害だったのは畳でした。畳の部屋はなるべく開けないようにして、他の部屋の対策をしてみることにしました。寝室のクローゼットの合板部分に、ホルムアルデヒドを吸着するという和紙を貼りました。また、リビングの壁紙の上にアルミシートを貼りました。入居前のリフォームで新しく張り替えた壁紙は、リビング全体の1/3程度だったので、その部分に アルミシートを貼り、古い部分はそのままにしました。リビング全体だったら、もっと苦労したはずです。はじめはアルミ箔を貼ってみたのですが、箔が薄いのですぐに破けてしまい、うまく貼れません。不織布のようなもので裏打ちされている少し厚手のアルミシートを使いました。(調理用のものです。) 私は1人で作業したので、アルミ箔をうまく貼れなかったのですが、2人以上でやれば、破れないように貼ることができるかもしれません。

  このような対策を行った結果は、あまりはかばかしくありませんでした。クローゼットの和紙は、ほとんど効果を感じられませんでした。当時はなぜなのかよくわからなかったのですが、今思うと、クローゼットの中の合板以外のものに反応していたためのようです。クローゼットの中は、合板とは別のにおいがしていました。今でもそのにおいを思い出すことができるのですが、それを とう表現したらいいのか、難しいです。あえて表現するとしたら、それは、ハッカのにおいを重苦しい感じにして、辛子を混ぜて苦みを加えたようなにおいでした。和紙を貼る作業中、クローゼットの中に空気の流れを感じました。木造なので、すきま風があるのかなと思っていました。その空気の流れに乗って、ハッカのようなにおいがクローゼットに吹き込んで来ていました。今となっては確認のしようがないのですが、多分、床下にまいた防蟻剤か、建物の構造部分に使った建築材料のにおいが、空気の循環と共にクローゼットに流れ込んでいたのだと思います。

 リビングに貼ったアルミも、ほとんど効果がなかったばかりか、かえって有害性が増したように感じられました。これは、はっきりした原因が今もってわからないです。多分、アルミシート自体が私の体に合わなかったのでしょう。

 [畳を運び出す]
 その後、畳を外に運び出すことにしました。家の中で、一番有害性が高く、強い反応を引き起こしていたからです。私と夫の2人だけでは重くて運べないので、便利屋を呼んで外の物置に運んでもらいました。畳がかびないように、スノコを買ってきてその上に乗せました。そして湿気を吸わないようにビニールで全体を覆いました。畳が室外に出て、和室の刺激はかなり収まりました。しかし、畳を取り除いたあとに下板が露出してしまい、これがにおいます。畳の防虫紙のにおいが 、板にも移ってしまったようでした。また、クローゼット同様に、板の隙間から風が出てくるのがわかりました。この空気の流れも、クローゼットと同じハッカのようなにおいで、嗅ぐと胃がムカムカと気持ち悪くなりました。

 [ベークアウト]
 ベークアウトもしてみました。閉め切った室内でストーブを焚いて、長時間室温を上げてみることにしました。私はその間アパートにはいられないので、夫がストーブの見張りをしてくれました。しかし冬だったので思ったように室温が上がらず、効果もほとんどありませんでした。確か室温25℃以上を16時間くらい保ったと思います。もっと長時間やればよかったのかかもしれませんが、これ以上は無理でした。ベークアウトをする前に、「シックビルディング」
*1 という本を読んだのですが、この本には「ベークアウトは確実な方法ではない」と書かれていました。ベークアウト直後はいったん化学物質の濃度が下がるのですが、時間と共に、もとの水準かそれ以上になってしまうのだというのです。それを知っていたので、徹底したベークアウトは行いませんでした。「ダメでもともとだが、試しにやってみよう」という感じでした。*2

 [アパートを解約]
 やれるだけのことはやったけど、住めるほどにはならない…作業をしているうちに、私はどんどんぐあい悪くなってきて、最後は気力だけでやっているという感じでした。毎日のようにアパートに通って作業をしたのですが、だんだんアパートに向かう足取りが重くなってきました。

  結局、そのアパートは3ヶ月で解約しました。3ヶ月間、とぎれることなく換気をしていたにもかかわらず、有害物質の濃度は、私が耐えられるレベルまでは下がりませんでした。真冬に換気しながらの作業はとても寒かったです。

 [新たに家さがし]
 この後、さらに私が住める家を探していくことになりました。このアパートでの経験をもとに、不動産屋に次のような条件で賃貸物件を紹介してもらうことにしました。
「前住人が退去後、リフォーム・ハウスクリーニングをしていないもの」
賃貸物件は、たいてい、住人が退去したあと、すぐにリフォームしてしまうようです。上記の条件に合うものを見つけるには、退去後、すぐにその物件を見に行かなければなりません。そのため、不動産屋に、もうすぐ空きそうな物件があったら、すぐに知らせてもらうようにしました。連絡が来たら、まず、建物の外観や周辺環境を見に行きます。それでよさそうなら、退去後すぐに室内を見せてもらいました。このような条件で紹介してもらうので、時間をかけて少しずつ見ていくことになりました。時間がかかってもいいから、じっくり探していこうと思いました。

 上記のような条件で探しても、私の住める家はなかなか見つかりませんでした。この続きは「家探し」で書きます。

() 私は過敏性が高かったので、シックアパートの対策はほとんど効果がありませんでした。しかし、私より過敏性の低い人や建物の有害性がそれほど高くない場合は、上記の方法が有効な場合もあるはずです。この文章を参考にして自分なりにトライしてみてください。

*1 「シックビルディング」 Thad Godish/著  小林 剛/訳注 オーム社/刊
*2 私のやり方は不十分だったので効果は上がりませんでしたが、きちんとやれば効果が出る場合もあるようです。1999年当時は*1の本しか情報がありませんでしたが、その後多くの本が出版されているので、参考にしてみるとよいと思います。私が最近読んだ中で参考になった本を1冊。
「ホルムアルデヒドによる室内空気汚染に関する設計・施工基準・同解説」日本建築学会/刊。
ベークアウトの標準的な方法は、「室温30℃〜40℃を72時間保つ」と書いてあります。

(2005.3.11)

 

レンタカー
[車内の空気は大丈夫?]
 仙台に帰省するときに、レンタカーを借ります。初めてレンタカーを借りたのは、2003年9月です。もともと車の中の空気が苦手な私は、レンタカーに乗れるのかどうか、自信がありませんでした。

  仙台空港に着いてから、空港にあるレンタカー会社に見に行きました。あらかじめ電話で、レンタカー会社の人に事情を話し、「その場で車を見せてもらい、においが大丈夫かどうか確認してから、車を借りるかどうか決めさせてほしい」とお願いしました。空港の営業所には、借りられる車は1台しかないということでした。何台かある中から選びたかったのですが、しかたがないので、その車を見に行きました。その1台は、まだ半年くらいしかたっていない新車で、車の中はとてもにおいが強かったです。これではとても乗れないと思いました。

  レンタカー会社の人の説明によると、どのレンタカー会社でも、空港には1台か2台しか置いていないそうです。これでは選択肢が狭すぎます。その車は断って、仙台市の街中で探すことにしました。

[レンタカーを選ぶ]
 空港から仙台駅まで、バスで行きました。仙台駅についてから、電話帳でいくつかのレンタカー会社をピックアップし、電話で確認しました。私が、車のにおいに敏感だということを話し、保有台数や、「その場で自由に車が選べるか」などを問い合わせました。

 仙台駅構内にあるレンタカー会社は、借りられる車が10台以上あるというので、そこに見に行きました。「車内の空気を嗅いでから借りるかどうか決めてよい」と言ってくれました。車の経年数を聞き、古いものから試させてもらいました。レンタカーはたいてい3年以内に製造された車だけだということです。最初の車検までは使用し、その後、手放して買い換えるということでした。それで、3年目のものを中心に見せてもらいました。そのレンタカー会社はありがたいことに、車をぜんぶ青空駐車していたのです。直射日光にさらされていたため、3年目の車はかなりにおいが抜けていました。エンジンをかけてみて、よくにおいを嗅ぎ、エアコンをつけてみて、よくにおいを嗅ぎました。トランクの中も嗅ぎました。「問題なし」という車はなかったのですが、そこそこ耐えられそうな車が見つかったのでそれを借りることにしました。

 その車には、3日間、乗り続けました。やはり、車内の空気はタバコのにおいなどがあって、居心地が悪かったのですが、大きな症状が出ることもなく、無事過ごせました。

[ひいきのレンタカー会社]
 それ以来、帰省の度にそのレンタカー会社を利用しています。半年後にまた帰省したときに、前回借りたものと同じ車両を借りようとしましたが、もうその車はありませんでした。3年たって車検の時期が来た時に、その車を手放してしまったのだそうです。また新たに何台かにおいを嗅いでよさそうな車を探しました。このように、レンタカー は、車両の入れ替わりが激しいです。

 このレンタカー会社の名前は「JRレンタカー」です。仙台の場合、駅構内に青空駐車しています。炎天下に置かれているので、車内のにおいが抜けるスピードが早いです。他の地域の「JRレンタカー」も同じように車を管理しているかどうかはわからないのですが、似たような方法である可能性は高いと思います。仙台以外のところに出かけることがあっても、「JRレンタカー」を試してみようと思っています。他にも、青空駐車しているレンタカー会社があるかもしれません。電話で問い合わせてみれば、確認できると思います。

[タバコのにおい]
 レンタカーは芳香剤のにおいがしないので助かるのですが、車によってタバコのにおいに強弱があります。何台か試してみて、においの少ないものを選ぶと良いです。私はタバコのにおいより新車のにおいの方が苦手なので、3年目のものを選びましたが、タバコのにおいが苦手な方は 、新しめの車を選ぶと良いでしょう。古い車の方が、確実にタバコのにおいは強くなっているからです。

[カーエアコン対策]
 2004年8月に、自家用車のエアコンに反応を起こすようになり、車に乗れなくなってしまいました。(→スモール・データ・バンク「自動車」参照。) それ以来、カーエアコンのにおいが苦手です。レンタカーのエアコンもつけることができません。帰省するのは、カーエアコンをつけなくてもよい季節にしています(春か秋)。デフロスター(フロントガラスの曇り取り)も使えないので、こまめに車の窓を開けて、フロントガラスが曇らないように気をつけています。それでも曇ってしまったときは、ディッシュでふいて曇りをとるようにしています。

[ガソリン対策]
 レンタカーは、最後にガソリンを満タンにして返すことになります。私はガソリンスタンドに近づけないので、夫に任せています。私は、あらかじめ、ガソリンスタンドから少し離れた場所で車から降ろしてもらい、そこで待っています。夫は、給油をした後、私を拾いに来てくれます。

 満タンに給油すると、車がガソリン臭くなることがあります。これを防ぐためには、ガソリンスタンドで、 「エアー抜きをしないでください。」 とお願いするといいです。車の燃料タンクから給油口まで、パイプがのびています。そのパイプにまでガソリンを入れて、給油口まで満たすのが、「エアー抜き」という方法です。「エアー抜き」しないようにお願いすれば、燃料タンクにはガソリンが入りますが、給油口までのパイプは空なので、その分ガソリンのにおいが出にくいのです。ガソリンスタンドで、「エアー抜き」といっても通じないときは、 「ガソリンを給油口までいっぱいに入れないでください。」 と言えば、通じると思います。

(2005.11.4)

 

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