副読本その23 「手に手をとりあい」
「
何とかならんのか? カミュ!」
「 お前の言うことは、いつもながらよくわからぬ。 いったい何のことを言っている?」
「 決まってるだろうが!! お前の、この衣裳だよ!俺はなんとしてでも、この衣裳を着たお前を見たいっっ!!」
子供のようなことを云うと思われてもかまわない、とミロは考えた。
こんなに美しく豪奢な衣裳を着こなして王侯貴族にひけを取らぬ振る舞いを見せているカミュを
この俺が見ないという法があるものか!
昭王は俺なんだから、この俺にも見る権利はあるだろうが!
「
無理だな、論理的に言って有り得ない。」
無感動に云うカミュに、ミロの眉がぴくっと上がる。
「 お前ね・・・・・・前から思っていたんだが、ちょっと冷たくないか?外ではかまわんさ、水瓶座の聖闘士なんだからな、水と氷をまとっていて一向にかまわん。 俺としても、お前に、外で誰彼かまわず愛想を振りまいてほしいなんてさらさら思っちゃいない。」
ミロがまっすぐにカミュを見据えた。
「 しかし、ここでは俺とお前しかいないんだからな! もう少し優しい言い方はできないのか?たとえば、 『 私としてもお前に見せたいのは山々だが、残念ながらかなわぬことだ 』 とか、 『 それを云うなら、私もお前が昭王の白と紫の衣裳を着ているところをぜひ見たい 』 とか。
そうは思わんか?カミュ」
なにか言おうとしたカミュが、言葉を飲みこみ目を伏せた。
目の前にいる想い人が両の手を握りしめ顔をそむけたときになって初めて、ミロは言い過ぎたことに気付いたのだ。
「
カミュ・・・・・・・・その・・・俺は・・・」
「・・・・ミロ・・・・私は・・・・私はそんなに冷たいのか・・・」
ぽつりと言ったその言葉が、ミロの胸を鋭くえぐった。
「 違うっ!!そうじゃないっ!」
ミロは自分の愚かさ加減にほとほと愛想が尽きる思いだった。
どうしてカミュにあんなことを言ってしまったのだろう、カミュの性格はとうの昔に知り尽くしているというのに!
「
すまない、俺が悪かった!!・・・・カミュ・・・・俺のカミュ・・・・」
ミロの手がカミュをかきいだくが、カミュは顔をそむけたままだ。
「
カミュ・・・お願いだからなにか言ってくれ・・・・ほんとうに俺が悪かったから・・・・何度でも謝るから・・・・」
しなやかな手がそっとミロの背中にまわされる。
「
昭王が・・・・・」
「・・・・・え?」
「・・・・昭王がかわいそうだ・・・・駆け落ちの唄など歌ってしまったから・・・・きっと昭王は・・・・・誰にも心のうちを云えなくて・・・・・・」
「
カミュ・・・・・」
こんなに優しいのに・・・・・カミュ・・・・俺のカミュ
あんなことを言って、ほんとに俺は馬鹿だ・・・・・カミュ・・・・・
ミロが白いうなじに口付けを繰り返す。
「 大丈夫だ・・・カミュ・・・・・・昭王のことを心配してくれて・・・お前は十分に優しい・・・・他のものはいざ知らず、あの時のお前にだけは昭王の気持ちは伝わった。
そして、昭王も、お前が理解したことを知っている。 俺が保証する、昭王は一人じゃない・・・」
カミュが小さく頷き、震える溜息をついた。
「
カミュ・・・お前もあの唄、歌える?」
「 ああ、歌える・・・・・・あれはメンデルスゾーン作曲の 『 手に手をとりあい
』 という曲だ。 『 三つの民謡 』 の中の第1曲で、フランスではかなり歌われている。」
「 ふうん・・・・ほんとにあるのか。・・・・で、三つの民謡ってことはあの続きがあるんだろ?
駆け落ちした二人はどうなったんだ? 幸せにくらしたんだろうな?」
カミュがミロの胸に顔を伏せた。
「・・・・・・さあ・・・よくは知らぬ・・・・私は第1曲しか覚えていない・・・・」
長い髪が揺れ、震える肩を隠したようだ。
・・・・・・ほんとに覚えていないのか? それとも言いたくない?
まあいい・・・・駆け落ちしよう、と誘えたんだし、その点は昭王より幸せだったといえるだろうな
「
カミュ、今度、俺のために歌ってくれるか? 俺もお前の唄を聞いてみたい。」
思えば、カミュの唄など一度も聴いたことがないのだった。 カミュが唄を歌うなど、いったいどこの誰が考えるというのだ?
「 え・・・?」
ミロにはカミュの顔が見えなかったが、当惑しているのが目に見えるようだった。
「
どう?・・・・・だめか?」
「・・・・・・・・わかった、昭王にも聞かせたのだ、お前に聞かせぬのは片手落ちだろう。」
「
なんなら子守唄代わりに、今歌ってくれてもいいんだぜ?」
「 さて・・・・・・子守唄になるかどうか? かえって目が冴えてしまうかもしれんぞ?」
「
それならそれでかまわんさ。 お前と過ごす値千金の春の宵、少しでも長く起きていたいからな」
カミュが赤くなったようだが、残念ながらミロにはそれが見えてはいない。
ただ、カミュの吐息が胸にくすぐったかった。
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