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第6章 引越

(2017年 4月15日 UP)

目次

〔1〕古い家での生活

〔2〕生活環境の悪化

〔3〕引越に向けて

〔4〕引越の効果

注:この章では、2011年に書いた原稿を2017年にアップロードしています。

*CS:化学物質過敏症、ES:電磁波過敏症


第6章 引越

〔2〕生活環境の悪化
○水道の問題
 2010年2月初めは、それまでになく寒さが続きました。2月2日の夜から冷え込みが強くなり、2月3日には最低気温が−12.6度まで下がり、日中の最高気温は−9.5度までしか上がりませんでした。5日連続で最低気温が−10度以下の日が続きました。3日連続で、最高気温が−5度以下でした。札幌に引っ越してきてから、一度も経験したことのない寒さです。それまで最低気温が−15度くらいまで下がることはあったのですが、それも一日だけのことで、翌日にずっと暖かくなっていました。5日も寒い日が続くことはなかったのです。

 2002年にこの家に引っ越してきてから、頻繁に水道が凍結するので、私たち夫婦は様々な対策をしてきました。前述のように水抜きをしただけではダメで、抜けきらずに水道管に残った水が凍ってしまいます。インターネットで調べてみた結果、「水道の栓を少しだけゆるめて、一筋だけ水を出し続ける」というのが効果があるようでした。冷え込みそうな夜には、水道をほんの少しだけ出して寝ます。チョロチョロと水が出ている状態で一晩過ごすと、朝になっても水道は凍ることはありませんでした。水がもったいないのですが、凍結して蛇口を交換したり、大規模な工事が入ることを考えれば、ずっとマシでした。この方法を実践するようになってから、水道は凍らなくなりました。その後も何度か凍結していますが、それは寒くなったのにチョロ出しするのを忘れてしまったときでした。冬の間は気温の移り変わりに注意して、チョロ出しを忘れないように気を配りました。その方法で7年間過ごしてきて、おおむね成功していたのです。

○信じられない事態
 ところが、2010年の2月に起きたことは、それまでと全く勝手が違っていました。2月2日に寒さが始まって3日目、私たちは警戒して、日中も水道をチョロ出ししていました。これだけ寒いと昼間も凍ってしまう可能性があったからです。2月4日の夜に私がお風呂を沸かして入っていたときには、シャワーは出ていました。夫が続いて入浴したとき、使用中に、シャワーの出が少しずつ弱くなっていったと言います。入浴後も水道のチョロ出しは続けました。ところが、2月5日の朝に起きてみると、浴室の水道から出る水が糸のように細くなっています。今にも止まりそうです。そして、蛇口をいっぱいにひねっても、水が出ません。ほんの一すじ糸のように出ているだけです。凍ってしまったのでしょうか。この時点で台所の水道はまだ出ていました。しかし、それから1日2日とたつうちに、どんどん細くなり、最後には止まってしまいました。2月7日までには家中の水道が止まってしまいました・・・。

 トイレは元栓が他の水道と別になっており、こちらは2月の初めから完全に水抜きしていました。第1部のスモール・データ・バンク「トイレのリフォーム」でも書きましたが、この家のトイレは、冬場とても冷えるので、冬の初めに元栓を閉めて水を完全に落としてしまい、台所からバケツで水を汲んできて流していました。春になるまで元栓を開けずにバケツで流します。昼間でもトイレはとても寒く、水が凍ってしまうので、このような方法をとっていました。

 2月5日から、浴室や台所の水流が細くなっていったので、トイレを流す水にも困りました。初めは浴室でほんの一筋出ている水を15分くらいバケツに入れて少しずつためていったのですが、水流がどんどん弱くなって、ためるのにも時間がかかるようになっていきました。バケツいっぱいためるのに、30分・・・1時間・・・と時間がかかるようになっていき、ついには水道の水が止まってしまいました。「凍結したに違いない」と思いました。しかし、夫の話では、前夜の入浴中に、すでにシャワーの水が細くなっていったということですから、お風呂に入っている間に凍っていったのでしょうか。入浴中で、水道管に温かいお湯が通っている間に、凍結が進んでいったのでしょうか。「そんなことがあるのだろうか?」と驚きでした。

 それまで浴室の水道が凍結したときは、お風呂場にストーブを持っていって、浴室の温度を上げて溶かしていました。標準的な方法として、水栓金具にお湯をかけるというやり方がありますが、それでは全く溶けませんでした。蛇口だけではなく、壁の中を通っている水道管が凍っているようです。それまでは2〜3時間、長くても5〜6時間ストーブを焚いていれば水が開通していたのですが、この日は全く反応がありません。外気温が低すぎるので、暖かくなる日を待って、もう一度やってみることにしました。

○水道なしの生活
 当面の間、水が出なくて困るので、対策を考えてみました。

  マルガリータ  クリス(夫)
飲み水 ミネラルウォーター 会社で汲んできた水道水
トイレ 会社で汲んできた水道水 会社で汲んできた水道水
料理 会社で汲んできた水道水 会社で汲んできた水道水
歯磨き ミネラルウォーター 会社で汲んできた水道水
入浴 銭湯

   夫は飲み水からトイレを流す水まで、会社から大量に運んできてこなすことになりました。私は飲み水や歯磨きをミネラルウォーターでやって、他は基本的に会社から汲んできた水道水です。問題は入浴をどうするかということでした。夫には銭湯に行ってもらうことにしました。

 私はどうしたらいいのかよく考えてみる必要がありました。銭湯は以前、水道が凍結したときに行ったことがありました。しかし、そのときの経験から、銭湯には多くの問題点があることに気づきました。他の人と一緒に入浴することになるので、シャンプーや石けんの匂いで具合悪くなってしまうおそれがあります。以前、銭湯を利用したときは、それを避けるために「家族風呂」を利用して、夫と2人だけで入浴できるようにしました。しかし、それでも他の問題点が多く目につきました。銭湯は灯油などを燃料にしてボイラーをたいているので、大きな煙突から煙が出ています。その煙が敷地全体に漂っているようで、匂いや刺激がありました。せっかく入浴して体の化学物質を洗い流しても、すぐに汚染されてしまう感じがしました。浴室は水道水の塩素や消毒剤の匂いが強いです。私はシャワーの塩素などをとるために、浄水シャワーヘッドを持ち込みたいと思いましたが、銭湯の中には、シャワーヘッドが壁に固定されていて、シャワーホースがついていないものが数多くありました。このようなシャワーでは、浄水シャワーヘッドをつけることができません。塩素を除去せずそのままの水道水で体を洗うと、肌がボロボロになってしまいます。

 新しい銭湯は、建材や塗装などの匂いが問題になります。また、古い銭湯は施設の老朽化が問題になります。脱衣所や浴室にカビが生えていて、アレルギーのある私は反応してしまうことが多かったです。カビ掃除の薬品臭が強いところもあります。また、古い銭湯は水道水に錆が多く混じっているので、錆に過敏な私は強い目の痛みの発作を起こしてしまうおそれがありました。これらの問題点をなるべく避けるようにして、銭湯選びをしなければなりません。

○銭湯を探す
 私はインターネットで調べてみて、オール電化の銭湯を見つけました。電磁波過敏症の問題があって自信がなかったのですが、ここなら煙突からの煙が出ることはありません。電磁波については、入浴中に我慢できる範囲であれば、何とかいけるのではないかと思いました。ところが、調べを進めていくと、どうやら浴室に隣接して、「漢方サウナ」というものがあるらしく、ここからの漢方の匂いが心配になりました。私は漢方薬を煎じているところ、煎じ薬から顆粒状の漢方エキス剤まで、その匂いに反応して具合悪くなります。物によっては強い目の痛みを起こすものもあります。それは私にとっては一番重大な症状なので、絶対に避けなければなりません。漢方サウナに対する不安が強かったため、その銭湯は見送ることになりました。
 さらに調べを進めていくと、どうもネットカフェのシャワーがいいのではないか?と思い当たりました。インターネットでは、出勤途中にジョギングをする人が、会社近くのネットカフェで会社に行く直前にシャワーを浴びているという体験が載っていました。ネットカフェのシャワー室であれば、個室なので、他の客のシャンプーの匂いを気にする必要はありません。多分ユニット式のシャワー室なので、浄水シャワーヘッドをつなぐこともできるでしょう。備え付けのシャンプーや掃除の洗剤、消毒剤など気になる要素もありましたが、とにかく一度行ってみることにしました。自宅の水道がとけて出るようになるまでのことなのだから、少しの間試してみるのは悪くないと考えたのです。ここで、その後の引越を決定づける大きな発見をすることになりました。「ピンチの時こそ、チャンスがやってくる」という言葉のとおりでした。

 インターネットで札幌市内のネットカフェを検索してみたところ、シャワーがある店とない店がありました。シャワーがある店は、人が多く集まるような立地で、駅前や繁華街にあります。札幌では、札幌駅前や大通付近に集中していました。私はこのような繁華街に近づくと、多くの人々が利用する携帯電話の電磁波によって、強い過敏症状が起きてしまいます(→「第2部 第1章 電磁波過敏症(携帯電話)」参照)。もしシャワーを使いに行くとすれば、週に2〜3回は通う必要がありそうです。頻繁に繁華街に行くというのは、私の体には大きな負担となりそうでした。このように多くのものに過敏反応を起こすので、店を探すのも容易ではありません。様々な条件の隙間をぬって、かろうじて見つかるか見つからないか、といったところです。インターネットではよいところが見つからず、あきらめて パソコンのスイッチを切ったあと、ふと夫の部屋のテーブルを見てみると、ネットカフェの広告が入ったポケットティッシュがありました。夫の話では、1年くらい前に路上でもらったものだということです。それを見ると、家から車で10〜15分くらいのところにあるネットカフェの案内でした。広告には「シャワーあり」と書いてあります。JRの駅に近いですが、それほど多くの人が集まる場所ではありません。偶然とは面白いもので、もし私がそのとき夫の机を見なければ、このネットカフェの存在に気づくことはなかったでしょう。夫が言うには、そのティッシュは1年くらいそこに置きっぱなしにしていたのだそうです。必要なときには直感が働いて、このように求めている情報に気づくことができるようです。この店に行ってみることにしました。

○ネットカフェのシャワー
 案内されたシャワー室は小ざっぱりしたユニットタイプのもので、洗剤やシャンプーの匂いもあまり感じませんでした。脱衣所の合板の家具などが気になりましたが、短時間であれば影響を回避できそうです。浴室や脱衣所のカビも警戒していましたが、問題なく、きれいに清掃されていました。浄水シャワーヘッドも問題なくつなぐことができて、塩素を除去しつつ、シャワーを浴びることができました。問題となったのはタバコの煙で、すでに玄関を入ったときから匂いました。一応形だけは分煙になっているのですが、喫煙スペースを仕切るものは何もなく、ここから立ち昇った煙が店内全体に充満しています。シャワー室は電灯をつけると、自動的に脱衣所の換気扇が回る仕組みになっていて、喫煙スペースからの煙が脱衣所内にどんどん引き寄せられて入ってきました。換気扇を止めようとすると、脱衣所もシャワー室も真っ暗になってしまいます。スイッチを付けたままにするほかありませんでした。シャワー室の換気扇は別のスイッチになっていたので、こちらはオフにしてシャワーを浴びました。これで、煙がシャワー室まで入ってくるのをいくらか防げます。シャワーを終えて脱衣所に戻ってくると、また強烈なタバコの煙です。最後は逃げるように店を出て、家に帰ってきました。

 タバコの煙には参ってしまったけれど、他にもっと重大な発見がありました。これが最終的に、2010年11月の引越を決定づけることになりました。このネットカフェでシャワーを浴びたら、肌がしっとり、髪がサラサラになったのです。それまで自宅でシャワーを浴びていたときは、肌がガサガサになり、粉をまぶしたようになっていました。アトピー性皮膚炎があるので、かゆみのある湿疹も出ます。髪はごわごわとしてまとまりがなく、頭皮が乾燥してかゆみが出ていました。それがたった1回の外シャワーで一変してしまったのです。最初は「いつもとちょっと違う感じ」だったのが、回を重ねるごとに肌はますますみずみずしくなっていきました。 頭皮のかゆみも乾燥も出ません。皮膚症状は体質的なものだと思っていたので、これには驚きました。

 私はタバコの煙にめげそうになりながらも、ネットカフェのシャワー室に通い続けていました。肌の症状が楽になったばかりか、体のだるさも楽になり、気分も明るくなってきたのです。あれだけタバコの煙を浴びていてもなお、それを上回るような効果がありました。

 初めは凍結した水道がとけるまでの辛抱だと我慢していたのが、そのうち私はここのシャワーが好きになって、行くのが楽しみになってきました。夫からも私の変化を補完するような知らせがもたらされました。夫は私が通うネットカフェの近くにある銭湯に行っていました。2人で車に乗っていき、私はネットカフェへ、夫は銭湯へと別れます。銭湯に通っていた夫も「髪がサラサラになった」というのです。家でシャワーを浴びていたときは、夫の髪は洗った直後でもベトついていて、まるでワックスを掛けたようになっていました。ところが、銭湯から帰ってきた夫の髪は、サラサラと軽快に風になびいていました。

○コインランドリーでの意外な発見
 夫からは、さらに大きな変化の報告がありました。家の洗濯機が使えないので、夫はコインランドリーに行きました。家から遠く離れた会社の近くにあるコインランドリーです。家に帰るなり、夫は興奮して話し出しました。

「今日、コインランドリーで洗濯してみたら、洗濯物が・・・俺はものすごい衝撃を受けたんだ!」

私は最悪の事態を想定しました。コインランドリーの有害な化学物質にあって、衣類が汚染されてしまったのではないかと思ったのです。夫は続けて言いました。

「驚いたことに、何と、何と・・・洗濯物の汚れが落ちて、ものすごくキレイになっているんだ!! こんなこと初めてだよ!」

私「ええー!? どういうこと?」

夫「うちで洗濯していたときは、洗い終わったときに、衣類に繊維とかホコリみたいなのが大量についていて、洗う前より汚くなっていたんだ。洗い上がった衣類がワックスでもかけたみたいにベトついていたし。それと、水道のサビで染まるのか、どす黒い色になっていた。コインランドリーではそれが全然ないんだ!」

私「えええー、ということは、私とクリス(夫)の髪の毛に起こったこと(ゴワゴワ→サラサラ)が衣類にも起こったというわけ?」

夫「そういうこと! 俺は今ものすごく感動している! 洗濯ってこういうものだったんだね。今までやっていたのは、ぜんぜん洗濯じゃない。衣類を余計に汚しているだけだったんだ!」

 2002年に札幌に引っ越してきてからずっと、私は手洗い、夫は洗濯機を使って洗濯していました。引っ越してきたばかりの頃、夫はさかんに訴えていました。「この洗濯機、おかしいんじゃない? 洗ったあとの方が衣類が汚れる。」「洗剤(100%純せっけん)が悪いのかも?」「水道がおかしいのかも?」私は洗濯機を使っていなかったので実感としてはわからなかったのですが、確かに夫の衣類は汚れていました。そして、どんどんどす黒く染まっていきました。ワックスをかけたみたいにベトついていたし、油が酸化したような匂いがしていました。「純せっけんですすぎが悪いとこうなってしまうのかな?」などと漠然と考えてはいたのですが・・・。

 私はずっと手洗いをしていましたが、この家の水道はとにかく泡が立たないので苦労しました。せっけんを大量に入れても、すぐに泡が消えてしまいます。すすぎをすると大量のせっけんカスが水面に浮きました。まるで消しゴムのカスみたいな色と材質のせっけんカスが、投入した洗剤の量よりも多く、大量に出ました。すすぎをするときは、せっけんの成分や汚れを落とすだけでなく、この大量のせっけんカスを落とさなければならず、重労働でした。私はしつこいくらい念入りにすすぎをしたので、せっけんの油が酸化したような匂いは出ませんでしたが、洗い上がった衣類はベトついていました。そして、いつも汚れがすっきり落ちきらないような感じがありました。洗濯の労力は、引っ越しする前、仙台でやっていたときの5倍以上かかりましたが、洗い上がりの良さは5分の1以下といった感じでした。年を経るごとに、洗濯するのが憂鬱になってきました。

 水道がストップしたあと、私は下着や靴下などの小物をシャワー時に洗っていました。これも、髪や肌と同じように、しっとりサラサラに洗い上がるのです。私だけでなく、夫の身にも同じことが起こっているということは、自宅の水道の水質に問題があるに違いありません。夫の証言により、「せっけん」と「洗濯機」の嫌疑は晴れました。

○水道水の性質
 私は水道水について調べてみました。せっけんが泡立たないと言えば、水の硬度が高いということが考えられます。しかし、日本は中国やヨーロッパと違い、軟水のはず。自宅のように、あんなに大量にせっけんカスが出るような水質ということがあるのだろうか?と考えました。また、自宅とネットカフェの距離は、5kmしか離れていません。それなのに、こんなに水質が違うなんてことがあるだろうか? この問題が自宅の水道に特有のものなのか、あるいは地域一帯に共通するものなのか、それをはっきりさせたいと思いました。

 答えは、思いがけずやってきました。2月下旬に、私はネットカフェのタバコの煙に耐えかねて、他の入浴施設を探すことになりました。しかし、2月初めに探したときのように、私の体質でもOKなところはなかなか見つかりません。うろ覚えでしたが、このとき「そういえば、自宅近くの介護施設で一般の客にも大浴場を開放していたのでは・・・?」と思い出しました。高齢者対象の介護つきマンションの浴室です。インターネットでは全くヒットしませんでしたが、電話で問い合わせてみると、確かに開放しているとのこと。新しいところに行くのは勇気がいりましたが、行ってみることにしました。高齢者対象の施設だけあって、館内は消毒剤や消臭剤の匂いがしました。これは予想していたことでしたが、私は何とか耐えられそうでした。浴室は、浴槽のお湯から塩素の匂いがしていて、少しつらかったです。私はシャワーだけを利用しました。施設は建ててから5年くらい経過していたのでしょうか。建材の匂いはそれほど強くなく、清潔感のある浴室でした。「近くに良いお風呂があってよかったな」と思いながら初入浴。タバコの影響は全くありません。ところが、シャワーを浴び始めてみると、せっけんがうまく泡立ちません。シャワー後には、髪がゴワゴワに、肌がガサガサになってしまったのです! それは自宅でシャワーを浴びたときと全く同じ現象でした。こちらのお風呂は新しいので水道管のサビは問題になりません。自宅と介護施設と、そこいら一帯の水質の問題であることが、はっきりしました。ちなみに一緒に入浴しに来た夫の髪の毛も、ゴワゴワのベトベトになりました。

○浄水場による水質の違い
 どうやら自宅付近の水質がまずいらしい。しかし、5km離れたネットカフェの水質は良い。その間に水質の境界があるようでした。インターネットで調べてみると、せっけんの泡立ちを悪くしたり、せっけんカスを発生させたりするのは、水道水に含まれるカルシウムやマグネシウムで、これらを多く含む水を「硬度が高い水」「硬水」と言います。

  軟水 中硬水 硬水
硬度  0 - 60 60 - 120 120以上

日本では極端に硬度が高い硬水は少ないようですが、比較的硬度の高い中硬水と呼ばれる地域はあります。沖縄や関東地方は日本でも硬度の高い地域のようです。

 私が注目したのは、札幌市の水道水の硬度分布です。札幌市水道局のサイトによると、札幌市には 5カ所の浄水場から水道水を供給しています。

◇各浄水場の5年間の硬度(平成16〜20年)単位mg/L

  最大  平均 最小
藻岩 52 34 26
白川 55 34 25
西野 68 51 32
宮町 51 39 29
定山渓 53 38 22

  私が当時住んでいたのは「西野浄水場」の地域です。この地域だけ、他地域より10以上も硬度が高いのです! 髪がゴワゴワになった介護施設もこの地域にあります。髪がサラサラになったネットカフェは、「藻岩浄水場」の地域にあります。夫がコインランドリーを使ったのが、「白川浄水場」の地域。西野浄水場の地域だけが突出して硬度が高いのです。これが私たち夫婦が体験したことの謎を解明する答えではないかと思いました。

 私はCS対策のため、純せっけん分100%のシャンプーやせっけんを使っていました。そのため水道水中のカルシウムやマグネシウムと反応してせっけんが泡立たず、せっけんカスが大量に出たものと思われます。一般の家庭では合成洗剤を使っているので、このような問題は起きていないようです。

○快適な洗濯
 私は小物をネットカフェで洗濯し、衣服は会社の洗面所で洗濯していました。会社も、夫が行ったコインランドリーと同じ「白川浄水場」の給水地域です。「藻岩浄水場」地域だったネットカフェほどではありませんでしたが、自宅に比べると、格段によく泡立ち、よく汚れが落ちました。白い靴下などは驚くほど汚れ落ちがよくて、それまで何年間も自宅で洗濯していたのは何だったのだろうと虚しくなります。私は自宅でせっせと手洗いをしていましたが、結局せっけんの洗浄力を生かすことができず、汚れを落とすどころか、汚れをせっけんカスの膜でコーティングしていたのです。当然、衣類に付着した化学物質も封じ込めていたことになります。長年そのような洗濯をしていたため、どの服も汚れが重なって薄汚れて見えました。

 ネットカフェや会社で洗濯するようになって、格段に汚れ落ちがよいのに驚きました。それまで薄汚れていた衣類が、まるで新品のようにキレイになったのです! 感動的な瞬間でした。長年蓄積していた化学的な匂いも取れていきました。そして、特に驚いたのは、衣類の通気性です。新しい水道で洗った衣類は風通しがよいのです。夏はしっかり体から出た湿気を発散させるので、とても涼しく過ごすことができます。自宅で洗濯した衣類は、せっけんカスが全体をコーティングしてしまい、まるでワックスをかけたように脂ぎっていました。この膜が通気性を損ない、汗の発散を妨げていたようです。「それまで洗濯が汚れや化学物質を衣類に塗り込めていた!」という事実は、私にとって激しい衝撃でした。

 また、私はせっけんカスそのものにもCS反応を起こしていました。自宅で洗濯しているとき、せっけんカスは次々と出てきていましたが、その消しゴムのカスのようなのが、すすいだあとも衣類に残ると、目の痛みが出ました。念入りに、念入りに、すすぐ必要がありました。

 しかし、念入りにすすいで、固まりのせっけんカスが残らないようにしても、衣類全体にうっすらとせっけんカスの膜ができていたようです。そのため、衣類の通気性が妨げられ、服全体から目の痛い物質が少しずつ発散していました。水質の良いところで洗濯するようになって、通気性も良くなり、このような目の痛みも消えていったのです。

○外風呂は続く
 介護施設のお風呂には約1ヶ月通いました。髪や肌はゴワゴワになってしまいますが、自宅から歩いて5分という立地は便利でした。入浴中に他のお客さんがいると、その人たちが使うシャンプーや石けんの匂いで具合悪くなってしまいました。この施設は、一般公開していることをあまり宣伝していないためか、外来入浴のお客さんは少なかったですが、それでも常に1〜2人の客はいました。ほとんどが毎日のように入りに来る常連客でした。私はいろいろ試していくうちに、閉館1時間前の午後8時頃行くと、他の入浴客が来ないことに気づきました。その時間であれば一人でシャワーを浴びることができ、他のお客さんの出す香料類に煩わされることがありません。毎日その時間に入浴していましたが、この施設は事情により、3月下旬に行けなくなってしまったので、私はまた新たな入浴場所を探さなければなりませんでした。

 結局、私はもとのネットカフェに戻りました。他に私が行けるような場所が見つからなかったからです。ここのシャワーはあまりにもタバコの煙がつらいので、利用客が最も少なくなる時間帯の午前5時頃に行くことにしました。仕事を終えて帰ってきたあと、ベッドではなく床で仮眠をとります。仕事のあとは体に様々な化学物質が付着しているので、布団にそれが移ってしまう恐れがあったためです。そして、4時半頃ネットカフェでシャワーを浴びるために家を出ました。帰ってきたあとは、ベッドで寝ることができました。

 こんなことを続けていたら、だんだん体力が低下してきて、常に疲れてだるい状態になってきました。ネットカフェのタバコの煙がそれに追い打ちをかけました。その一方で、介護施設でゴワゴワになっていた髪と肌は、ネットカフェに通い始めた途端、またしっとり・サラサラに戻りました。これだけはっきりと違いが出るのか、と驚きました。通うのは本当につらかったのですが、それでも介護施設に通っているときより、肌や髪ばかりか、体調も気分も明るくなっていったのです。本当に不思議なことです。

○水道工事、待ったなし!
 さて、もともとの原因となった自宅の水道ですが、気温が低い状態が続いたため、なかなかとける様子がありませんでした。2月末にようやくゴボゴボととけるような音がしたのですが、水が出る気配はなく、3月末になっても開通する様子はありませんでした。これは、ただ凍っているだけでなく、何か重大なことが起きているに違いありません。もし故障しているとしたら、水道工事が必要になります。CS的な負担を考えると、工事はできるだけ避けたいと思いました。

 4月中旬になると、脱衣所の壁から水がしみ出てきて、床にたまるようになりました。私は「いつか凍っているのがとけて、またもとのように水道を使える日が来るに違いない」と祈るような気持ちで待っていたのですが、望みは断たれました。「水道管が破裂して漏水している。」それが確実な事実となりました。

 工事は4月30日〜5月2日に行われることになりました。水道屋さんの話では、私のCS体質には厳しい工事になるかもしれないとのことでした。いつも同じ水道屋さんにお願いしていますが、化学物質過敏症のことをかなり配慮してくれる業者さんです。(この水道屋さんの仕事ぶりについては、第1 部スモール・データ・バンク「トイレのリフォーム」に書きました。水道屋さんの説明によると、工事の内容は次のようになるとのことでした。

(1)壁紙をはがす。
(2)石膏ボードを壊す。
(3)破裂した水道管を切断する。
(4)新しい水道管を溶接する。
(5)石膏ボードを貼る。
(6)壁紙を貼る。
(7)通水。

水道屋さんは、(4)の溶接の時に強い匂いがするので、CS患者には危険だと言っていました。「(6)の壁紙を貼るときに、接着剤を使わなければならないが、匂いが強いので難しいでしょう」とも言っていました。それで、壁紙は貼らずに石膏ボードをむき出しのままで工事を終えることになりました。「その分の代金はプールしておき、この家を退去するときに、大家さんに渡して壁紙を貼ってもらうようにしましょう。」 水道屋さんは、こう提案してくれたのです!

○工事前の準備
 一般のCS患者への注意に加えて、私には金属粉と鉄サビに激しい反応を起こすという問題がありました。それは壁紙の接着剤の影響を大きく上回るような、危険な要素でした。(3)の水道管を切断するときに、大量の金属粉が飛び散るでしょう。これが全工程でもっとも危険な場面かもしれません。(7)の通水の時には、しばらく使っていなかった水道管(工事で交換した管以外の部分:古くて老朽化した水道管の部分)からは、大量の鉄サビが出るでしょう。この2つの工程が、私に激しい恐怖心を与えました。

 玄関やリビングなど、工事現場に近いところのものは金属粉で汚染されて使えなくなってしまうかもしれない。そう考えた私は、工事の始まる4月30日の朝までに、ひたすら玄関とリビングを片付けました。置いてあるものを次々と2階の部屋にあげていきます。移動できないものはすべてビニールで包みました。一階にある自分の部屋も影響を受ける可能性が高かったので、部屋のものを2階の小部屋に移して、工事後はしばらくそこで暮らすことにしました。

 工事は打ち合わせどおり行われ、3日かけて無事済みました。予想通り、水道管を切断したときに出た金属粉が1階中に散らばったようで、強烈な目の痛みを起こしました。工事直後に、水道屋さんが試しに通水したときも、赤水が出てきて、1階中が猛烈な目の痛みになりました。私はしばらく1階に近づけませんでした。夫が1階に掃除機をかけて金属の粉を吸い取ってくれました。水道も夫が気をつけて、水を出してくれました。ホースを使って、蛇口から直接排水口に向けて水を出します。しばらく勢いよく出し続けて、赤水が出尽くすまで続けます。こうすると、赤水が出たときのサビの成分が辺りに飛び散ることがありません。それぞれの蛇口について、10分以上出してくれて、赤水やサビの成分は止まりました。このとき夫が着ていた服や髪の毛にサビの成分がついてしまい、近づくと強烈な目の痛みが起こりました。夫には、すぐに銭湯に出かけてもらい、髪と体を洗い、服を着替えてもらいました。夫の体から立ち昇っていた目の痛み の成分は止みました。

○水道は開通したけれど・・・
 工事後、夫はそれまでの銭湯通いをやめ、自宅のシャワーを浴びることができるようになりました。夫の髪はまた、ベトベトした質感に戻ってしまいました。夫が言うには、工事後、以前にも増して水道水にサビが混じるようになったとのことです。築30年以上たち、3ヶ月通水していなかった水道管は、さらに老朽化して、サビが進んだようです。4月30日の工事の時、夫は破裂した水道管が撤去されるのを見たのですが、管の中が鉄サビで覆われて、水の通り道が狭くなっていたということです。管全体が腐食して、外側までボロボロになっていたと言っていました。工事では破裂した部分だけを取り替えましたが、その他の大部分の水道管はさらに腐食が進んで、大量の赤サビが出るようになったようです。夫が言うには、以前は毎日シャワーを使っていれば赤水は出なかったが、工事後は毎日使うたびに赤水が出るようになったそうです。ときどきサビの黒い固まりも出てくるということです。そして、工事後に夫が家でシャワーを浴びると、全身から目の痛い物質が発散するようになってしまいました。初めに水道をしばらく出して、赤水が出ないようにしたあとでも、水道水中には、以前よりずっと大量のサビ成分が含まれているようです。工事後に、私もシャワーを再開したかったのですが、こんなに大量のサビが含まれる水でシャワーをするのは、危険すぎると感じました。私は鉄サビや化学物質を除去するために、浄水シャワーヘッドを使ってシャワーを浴びることにしていましたが、カートリッジを通したとしても、これだけの赤サビを防ぎきれないのではないかと思ったのです。

 夫は水道が開通したあとも、けっして家では洗濯をしませんでした。不便ながらずっとコインランドリーを利用していました。夫いわく、「自宅の水道水で洗濯するくらいなら、しない方がマシだ。洗う前より汚れてしまうのだから。洗濯する効果は、ゼロどころかマイナスだ!」そうです。コインランドリーでの洗濯は快調で、洗い上がりがソフトで美しいということでした。

○新たなネットカフェ
 私は相変わらずネットカフェでシャワーしていました。受動喫煙も度重なると、CS症状が慢性的になってしまいます。5月になって気温が高くなると、シャワー室のあちこちに少しずつカビが生えてきてしまいました。私はそのカビを丁寧に掃除していきました。もし施設側の人が強いカビ取り剤を使うようなことがあれば、私はシャワー室を使えなくなってしまいます。せっせと掃除をしていました。このシャワー室を使わせてくれるネットカフェへ感謝の気持ちも込めながら・・・。「次回来るときは、掃除道具を持ってきて、本格的に掃除するぞー!」と意気込んでいたとき、ネットカフェの玄関に「今月いっぱいで閉店します」の貼り紙が・・・。頭に岩が落ちてくるほどの衝撃がありました。自宅でシャワーを浴びられない以上、再び入浴できる場所を探さなければなりません。

 今度は、自宅から遠いネットカフェを試してみることにしました。ちょうど会社と自宅の間にあるので、仕事帰りに寄ってシャワーすることにしました。5月下旬に下見に行ってみたら、このネットカフェのシャワー室は玄関の横にあり、受付カウンターの近くでした。一般のお客さんたちが漫画を読んだり、インターネットをするブースは、ずっと奥の方にあり、シャワー室までタバコの煙が流れてくることはなさそうです。前のネットカフェで、タバコの煙にさんざん悩んだので、この構造にはホッとしました。

 いよいよ前のネットカフェが閉店になってので、新しいところを試してみました。タバコの煙は問題ありませんでしたが、シャワー室は清掃がほとんどなされていないようで、全く清潔感のないところでした。ここでシャワーを浴びるのは勇気がいりました・・・。私は2回目の時に、ありとあらゆる掃除道具を持ってきて、徹底的にこのシャワー室を掃除しました。しかし2〜3日後、次にシャワーを浴びるときには、また汚い状態に戻っていました。根気よくやる必要がありました。何度も掃除しているうちに、だんだんシャワー室はきれいになっていきました。

 このネットカフェの水道は「白川浄水場」の地域です。前のネットカフェほど髪がサラサラにはなりませんでしたが、自宅や介護施設のべっとり感に比べれば、ずっとマシです。自宅では、シャワーやシャンプーの時にも大量のせっけんカスが出ていましたが、ここではそういうことはありません。

 新しいネットカフェに通うようになって、タバコの煙による症状はだいたい治まっていきました。前のネットカフェでは毎日必死でしたが、よほど大量にタバコの煙を浴びていたようです。度重なると、自分の症状が見えにくくなりますが、原因物質から解放されると、どれだけ影響を受けていたのかがよくわかります。また、新しいネットカフェになって、仕事帰りにシャワーを浴びれるようになり、夜もしっかり眠れるようになったので、体は楽になりました。

 私がこれだけの不便やCS的リスクをもってしても、自宅のシャワーを使用しなかったのは、それだけ有害性が高かったからです。もし有害性が低かったのなら、自宅のシャワーを使うのが一番便利なことであり、CS的なリスクも体への負担も小さくなるのです。しかし、私は自宅の水道をもう二度と使いたくないと思いました。水道が開通してからも、生活用水で私が使うものは、会社から汲んできたものを使っていました。この段階では、夫婦で話し合って、引越は不可避だということになりました。


○カビの問題
 私は4月30日の水道工事に際して、自分の部屋を1階から2階に移していました。これは一時的な措置のはずでした。しかし、工事後1ヶ月たっても、1階の部屋に戻ることはできませんでした。工事後の金属粉や鉄サビの害は次第に薄れていきました。それに変わって問題となったのが、カビです。

 2010年は記録的な猛暑の年でした。6月末に気温が30度を超えたあと、9月上旬まで暑い日が続きました。2009年に、それまでになく自宅がカビだらけになったお話を書きましたが、2010年はそのときの比ではありませんでした。自宅の1階部分は、全体が猛烈なカビ臭でいられなくなりました。戸棚や押し入れなど収納部分は、カビの匂いが強くて、扉を開けることができません。物の出し入れに不自由しました。

 私は2階の3畳ほどの小さな部屋で暮らしていましたが、この部屋にもカビがじわじわと迫ってきていました。5月中旬からこの部屋に入ると、息苦しさや皮膚のかゆみを感じるようになってきました。5月下旬になると、息苦しさが増し、肩で息をするようになってきてしまいました。夜も眠れません。この部屋のビニール壁紙には、黒い斑点が転々と浮き出てきました。カビが生え始まったようです。

 この部屋は、前居者が画材や油絵を保管するために使っていたということで、画室のような化学的な匂いがしていました。それで、4月30日に1階の自分の部屋から、この個室に移動したときには、床にビニールを敷きました。床はカーペット敷きでしたが、石油のような匂いが染みついていたからです。カーペットの下にある合板の匂いもあがっていました。ビニールはそれらの匂いを防いでくれました。

○ビニール部屋
 5月下旬にこの部屋のカビ臭に耐えられなくなったので、床だけでなく、部屋全体をビニールで覆ってしまうことにしました。壁全体からカビ臭がしていましたが、それは壁紙の表面に生えているカビだけではなく、壁紙と下地の間や部屋の構造部分(外壁と内壁の間や天井裏など)から出ているようでした。

 私は部屋のサイズを測ると、ビニールの貼り方の計画を立てました。90リットルの大判のビニール袋で、たまたま匂いが少なく、CS症状が出ないものが見つかったので、それを使うことにしました。90×100cmのビニールを切り開くと、180×100cmのビニールシートができます。これを順繰りに壁に貼っていきました。ホチキスを開いて、タッカー代わりにして、壁紙に留めていきます。脚立に乗って、天上にも貼りました。ビニールとビニールの間にはマスキングテープを貼って留めました。窓とドアノブの部分は、サイズに合わせてビニールを切り取り、マスキングテープで端を留めました。天井に照明のコンセントがあって、そこを避けてビニールを貼るのが難しかったです。何とか工夫して仕上げました。5日かけて、部屋全体に貼り終わりました。作業中は壁や天井から出るカビ臭をもろに吸ってしまうので、息が苦しくてしかたありませんでした。酸欠のせいか手足がだるくてなかなか動きません。それでも少しずつビニールを貼り進めていくと、カビ臭が封入されて、部屋の空気が良くなっていくのがわかります。それを心の支えにして、最後まで作業を進めました。全体がビニールで覆われると、部屋のカビ臭はほとんどなくなりました。すばらしい効果です! がんばってよかったと思いました。

○家中に広がるカビ汚染
 この部屋は3畳ほどしかなく、ベッドを入れるといっぱいになってしまいます。ベッドはあきらめて、ビニール敷きの床に直接布団を敷いて寝ました。すると、数日で敷布団がカビ臭くなってしまいました。寝ている間にかいた汗が、通気性のないビニールの床との間にこもって、カビを発生させたようです。この年の夏は本当に湿度が高かったので、何にでもあっという間にカビが生えました。ベッドも敷布団もあきらめた私は、ビニールの床に直接寝ることにしました。ビニール面はペタペタして気持ち悪く、なかなか眠ることができません。床に直接寝たので、固くて寝苦しく、浅い眠りのまま2〜3時間おきに目を覚ましてしまいます。そんな状態でしたが、日々仕事をし、ネットカフェに通いながら、何とか過ごしていました。

 真夏になると、家中のカビの勢いはすさまじく、他の部屋のカビ臭が私のビニール部屋にまで押し寄せてきました。また、壁のビニールを留めたマスキングテープが、高温のため劣化して、化学的な匂いを放ち始めました。気温が高いので、ビニール自体の匂いも鼻についてきました。もはや家の中には、安全な場所はありません。私はどうしていいのかわかりませんでした。

 私と夫は気温の高い時期に物件の下見をして、秋には引っ越しする計画を立てていました。毎年6〜7月は、よい陽気に恵まれる時期です。気温がある程度高い時期なら、賃貸物件の下見をしたときに化学物質の揮発状況がわかって、その物件の有害性を把握することができます。8月になると暑くなるので、化学物質の揮発量が多すぎて下見をするのは危険だと思いました。そんな計画を立てていました。

 しかし、2010年は、6月末からいきなり猛暑が始まって、体調を崩してしまったので、とても賃貸物件を探すような余裕はありませんでした。暑さで体力を奪われた上、床で寝る生活は、私の体に大きなダメージを与えました。食欲もなく、夜も眠れない状態になりました。8月に膀胱炎になり、さらに体調は悪化しました。カビと、不眠と、食欲不振と、発熱と。あらゆることが重なって、私はダウンしてしまったのです。10月になっても、体調は回復することはありませんでした。秋までに引越するという計画は実現できなくなってしまいました。

○冬道の運転の問題
 夫には、私の体調の他にも、引っ越ししたいという強い動機がありました。それは差し迫ったものでした。夫は毎日、片道40分の道のりを車で通勤していましたが、冬道の運転はとても危険でした。私たちの車は仙台で使っていたもので、北海道の冬道を運転するのには適さないものだからです。札幌の車はほとんどが四駆なのに対して、うちの車は最も冬道に弱い後輪駆動でした。少しでも滑りやすいところや上り坂では、スリップして動かなくなってしまっていました。新しい車を買おうにも、私のCS体質が問題となって、難しかったのです。夫は通勤中に事故を起こすことを避けたいと願っていたのです。実際に、ある日、会社から帰る途中で、あわや大惨事になりそうなこともありました。吹雪の中、車で走っていると、対向車が突然スリップして、こちらにつっこんできたのです。夫はハンドルを切って、その車をよけましたが、よけた先に車がいなかったので、すんでの所で助かりました。もしそこに別の車がいたら、大事故を起こしていたに違いありません。このような危険を避けるために、会社の近くに引っ越すことを望んでいました。冬の訪れに間に合わせるためには、私たちにはあまり時間がありませんでした。


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