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読書感想

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No.61〜70

[70] ヨーロッパの子どもの本(下)

ベッティーナ・ヒューリマン
訳:野村 ひろし

下巻です。

ナンセンス(ルイス・キャロル、エドワード・リア)ムーミン、『みどりのゆび』、象のババール、サン=テグジュペリ、ポター、リンドグレーン、『ウルスリの鈴』、マーク・トウェイン(挙げた順番はバラバラです)
などなど…、ほかにもいろいろ、たくさんの本や作家について語られています。それぞれ国の文化や政治などおかれた状況も含めて広い視点で。

ヒューリマンさんは、ババールが気に入っているかどうかは知りませんが、気にかけているような感じをうける。その章だけじゃなくて、あちこちの言葉のはしにババールのことがでてくるもの。

ひとつ特に気になっているのは、ズザンネ・エームケという人の絵本 『鳥ひげ』、これは日本では出ているのかなあ…。ひげに鳥がとまっている鳥ひげじいさんの絵がひとつ出ているのですが、なにかしら、心うばわれてしまうような魅力をたたえたおじいさんの姿です。カラーで見てみたい。

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[69] ヨーロッパの子どもの本(上)

ベッティーナ・ヒューリマン
訳:野村 ひろし

副題は「300年の歩み」。子どもの本のことがたくさん書いてありました。福音館書店から『子どもの本の世界』として出ていたもの。

まずは上巻から。

最初は、「ベッティーナ・ヒューリマン? 知らないわ〜」なんて思っていた。後で、瀬田貞二さんの『幼い子の文学』(参考:『幼い子の文学』(評論の項へ))で、この本の名前(旧の)が出ているのに気づいた。

(上巻の)はじめのほうは、詩や童謡、昔話、また、コメニウスという人の書いた一種の教科書「世界図絵」のこととか、古い時代のことがあって、なかなか読み進めるのが難しかった。が、後ろのほうは、わりとどんどん読めた。ロビンソン、インディアン小説、ホフマン、アンデルセン、まんがの登場、政治と子どもの本についてなど。

原著(第1版?)は1959年とかなり古い著作です。ヨーロッパと言っても、アメリカの事もあるし、ドイツのかたなので、ドイツの本も多く取り上げられて、今までイギリスからの方向から見ている場合が多かったので視点が広がって良かったです。

感想は下巻に続く

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[68] 旅の子アダム

エリザベス・グレイ・ヴァイニング
訳:立松和平

吟遊詩人の子アダムを主人公に、イングランド南部の旅を描きます。

1294年、アダム・クォーターメーンは、聖オルバン僧院の学校で、フランスに行った父親のロージャーを待っていました。吟遊詩人の中には、曲芸で人目を引く者もいましたが、ロージャーは物語で人を感動させることができました。アダムは父をとても自慢に思っています。ド・ライル卿の家来となったロージャー。でも吟遊詩人はずっとお屋敷にいるわけではありません。旅に出なければなりません。ロージャーは言います。「道が吟遊詩人の家」だと。

「オレンジ、レモン」と鳴る聖クレメント教会の鐘。マザーグースのテキストを読んだ時、このことが出ていたのを思い出した。

「ロンドン橋」の歌でフォークダンスをする場面もあった。

「この歌はずいぶん古い」(p.67)

と書かれていた。この描かれた時代からでも古いのかー。

「木造のロンドン橋は百年以上前にこわれて落ち、」(p.67)

ともあった。

王の森の中で密猟をすると厳しく罰せられることについての記述もあった。ロビン・フッドで描かれていたことと同じだ。そんなつもりで読み始めたのではなかったが、あら、と思って、何かロビンの気配を感じながら読んでいた。

他にも、それくらいの時代なのかな、と思われる習慣や、行事や、街の様子など、物語の背景に描かれている事柄があった。

作者は、天皇陛下が皇太子だった時代、家庭教師をつとめた人だそうだ。日本に来る前は児童文学者で、1942年に本作を発表、翌年ニューベリー賞を受賞。奥付を見ると、Elizabeth Janet Gray という表記だけど、邦訳表記がエリザベス・グレイ・ヴァイニングとなっているのは、「ヴァイニング夫人」という呼び方のほうが、日本では通っているからでしょうか。

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[67] 海時計職人ジョン・ハリソン

文:ルイーズ・ボーデン
絵:エリック・ブレグバッド
訳:片岡しのぶ

絵本です。副題は、

「船旅を変えた ひとりの男の物語」

とあります。

18世紀イギリス。航海する者たちは、自分の船が緯度何度にいるのか、それは知っていた。しかし、経度、つまり、自分の船が母港から、西あるいは東へ何度の地点にいる、ということを断言できずにいたんだそう。

経度を計るには、航海中に、船の現地時刻と母港の時刻を知らなければならない。船の現地時刻は、太陽と星を観測すればわかる。でも母港の時刻は。普通の置時計、クロックでは、気候の変化についていけず、測定には使えない。

この本は、大工の息子、ジョンが、一生かけて、H-1からH-5の5つの船舶時計を作りあげるまでの話。

なかなか賞金を与えない、経度評議員会。時計なんか役に立つわけがないと考える天文学者。それにもめげず、最後までやりとげた、ジョンはえらいなあ。

にしても、この絵本、きれいなのだけど、文章は少したいくつかもしれない。伝記なので、ほかにどうしようもないといえばそうなんだけど…。

でも絵は気に入りました。帆船の絵、時計の絵、町の建物やその時代の姿をした人たち。こういう時代の雰囲気、わくわくしてしまいます。

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[66] しょうがパンぼうや

ポール・ガルドン
訳:ただひろみ

「つかまったりするもんか!
 ぼくは パンぼうや,
 パンぼうやさまだい!」

「にげてきたのさ おばあさんから,
 にげてきたのさ おじいさんから,
 にげてきたのさ うしさんから,
  − にげちゃうんだよ,きみからも!」

ころころパン系統の絵本、ふたたび。(参考:[63]『ころころころパン』

このパンは、丸いかたちではありません。しょうがパンのぼうや、つまり平たくて、男の子の形がきりぬいてあるもの。ほしぶどうの目、すぐりの実が口、シナモンのドロップが鼻です。

おばあさんとおじいさんから逃げ、
うし
うま
おひゃくしょうたち
草を刈るうしかいたち(草刈のかまが大きい。)
そして、きつね。

きつねはしっぽにぼうやを乗せて川をわたりはじめます。

確か今まで読んだのは、きつねがパンの歌をもっと聴きたいというので鼻の近くにいくんだったと思う。今度は、川に落ちるといけないので、背中、肩、鼻の上に乗るように言う。

そしてついに……そのあとの、ページが2枚もある。

絵柄といい、アメリカっぽいような、コミカルで明るい感じがします。

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[65] 義賊伝説

南塚信吾

ロビン・フッドの興味から、この本を読んでみた。新書で、難しいのではないかと思ったが、わりとすぐ入り込め、興味深く読めた。

鼠小僧、ロビン・フッドなど、法律の目からみると違法者ではあるが、民衆の英雄となった人たちは「義賊」と呼ばれるわけです。

ロビンは、(一人の個人としては)実在していたかどうかはわかりません。原型にあたるような人物は、何人か候補はあがっています。しかし、その伝説は、形を変えながらも大きく長く伝わりました。

そういった「義賊」について、はじめは世界各地の義賊(のうわさが高い人たち)をあげ、その後には特に、ハンガリーの義賊、ロージャ・シャーンドルという人の生涯や、行動、伝説を探っています。

ハンガリーでは、18世紀後半

「武装して権力に対抗する義賊」(p.38)

が多数出て、ベチャールと呼ばれるようになりました。ベチャールは、タニャという、平原に点在する農家や、チャールダという居酒屋兼宿屋を隠れ家にしたりかくまわれたりしました。パンドウールという、騎馬の治安官に賄賂を渡して情報を得ることもありました。1848年の革命ではベチャールたちはオーストリア軍とも戦いました。そんなベチャールの中の王様といわれた、シャーンドル。(ハンガリーでは、日本と同じように、姓・名の順です)

実際には、シャーンドルは、いいことばかりしたわけではないようです。

まとめるのが難しいのですが、彼(やベチャール)は、民衆を率いる、というような正義のイデオロギーももっていなかったのではないか、というようなことが書かれていると読みました。貧しさゆえ、また必要に迫られてなしたことが、民衆の希望と一致した部分がある。 社会の変革期にあって、民衆の不満や希望、それらと義賊の行動が一致したとき、一気に伝説化されるというような面があったのではないか。

ロビンフッドの研究において、ホブズボウムという人が挙げた、義賊のイメージ、が興味深かった。

「不当な罪ゆえにアウト・ローになった。」

「裏切りによってのみ死ぬ。」

「姿を見せず、不死身である。」

(そのほかもあります)(p.15,16)

義賊という人たちは、イメージからして、そう、裏切りに合うというイメージがあるなあと思いました。ハワード・パイル版の[52]『ロビン・フッドのゆかいな冒険』での絵も、弱ったロビンの姿が泣けるんです。

でも、ロビンにしてもシャーンドルにしても、金持ちから奪って貧しい者に与える、という伝説は、初期にはうすかったみたいです。のちに現れてくるようです。

歴史の転換期や大変動の時期には、

「義賊への関心が高まり、その再評価が進む」
(あとがきより p.202)

という著者の言葉が心に残りました。

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[64] 魔法のうわぎ

デ・ラ・メア
訳:神宮輝夫

『子どものための物語集』の中の1つと思わなくて別の話だと思っていたら、その中の1つのようです。『九つの銅貨』に入っている5編しか読めないものだと思ったら、この本もあったし、ほかにも『デ・ラ・メア物語集』というのが3巻でているようです。

これは、面白かった。私はどうも、話の筋がはっきりしていたり、冒険的な要素があったりするもののほうがすきなのかも知れない。

ハードカバーで1冊になっていますが、『九つの銅貨』の一つ一つの編と同じくらいでしょうか。どちらかというと、短編より長編のほうが好みなので、本の形態だけで、こちらが良さそうと思ってしまってるところもあるかもしれません。

訳が神宮輝夫さん。そして絵が、寺島竜一さんなんです。(14歳の少年、という設定には見えない絵だけど…。)ちなみに、この話はまた別の人の訳で、『魔法のジャケット』 というタイトルで出ている本もあるみたい?

ロンドンの町、ペルメル通りで馬車を降りたランボルド提督は、茶色の紙づつみをかかえ、どんどん進んでいきます。めざすは小セント・アン通りの舗石に絵を描いている少年。

少年だったランボルド(サンディ少年)がみつけた「船の店」、その店の描写や挿絵に、どきどきします。

店の飾り窓にいっぱい並べられた、古いくつや、瓶の模型の船、望遠鏡、羅針儀…。そして、店の老人。

でも、冒険の世界にいざなってくれるような、スケールの壮大なお話というわけじゃないんです。

サンディ少年は、お父さんに愛されていないというのではない、しかし、まったく理解されない。「サンディ1号」とはまったく違った「サンディ2号」の姿。ランボルド提督がマイク少年に見た「サンディ2号」の姿。

魔法のうわぎ、それは表面的な願いをかなえてくれる働きというのではなくて、あとがきで神宮さんが

「きっかけを象徴しているにすぎません」

と書いておられるように、本当の物語は、提督と少年の心の中にあるように思えます。

「最後にひとこと。なにがおころうとも、わたしはきみを見守っている。わたしの母がいつもいっていた。『サンディや、家に帰る道は一つだけではありません。だいじなのは、てくてく歩き続けることです。』と。」

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[63] ころころころパン

作:ジョセフ・ジェイコブス
絵:アンドレイ・デューギン&オルガ・デューギナー
訳:今江祥智

「おれさまはな、じいさんばあさんからもよ、ぼうずからもにげてきたんだ。だもんで、おまえさんがたからも、にげるわな」

「木下順二さんが『とうもろこしパン』、瀬田貞二さんが『おだんごぱん』と訳されたジェイコブスのこの物語は、」

と書かれているけれど、[62]『おだんごぱん』はロシア民話となっていますよね。

ジェイコブスはイギリス民話を集めて書いた人だから、そのように書かれているのが、あれ?と思った。

でも、この絵を描いた人はロシアのひとだ。

同じ話があちこちにあるのは、もちろん民話だからわかるけど…。

でも奥付というのだろうか、原著の記述が書いてあるところをじっとみてみると、元話は確かにジェイコブスだけど、もしかしたら、「Arnica Esterl」という人が再話したものかもしれない。原著はドイツ語のもののようで、単語が読めないのでよく分かりませんが…。この翻訳では「ジョセフ・ジェイコブス作」と、ドンと書いてるんですよね。いいのかなー。

原著もメモっておこうという場合、こういうのややこしいです。

話は下↓の2冊と少し違う。

おばあさんのむすこが、かまどをあけたすきにパンが逃げ出し、むすこ、とうさんかあさんも追いかけるけど、つかまりません。道端にしゃばみこんでへたばっています。井戸掘りの男の人二人にもつかまりません。いちごつみのおんなの子ふたりにも。くま。おおかみ。きつね。

おおかみは騎士のような格好。なぜ? まさか騎士を食べちゃってなりすましてる、ってわけじゃないよね。

絵の質感はとてもきれいです。美術の教科書に載ってたような、西洋画、という雰囲気。おばあさんの息子は、きれいな顔で、あわててパンを追いかけているわりに、無表情。パンはリアルであまり好きじゃない。

一瞬を切り取ったような装飾的な構図が面白い絵が、一見の価値ありと思います。

きつねやくまやおおかみの、言葉づかい、それぞれのキャラクターに沿ったような言葉遣いだけど、少し懲った言葉遣いすぎるかな…いう気もします。原文がどんなかわかりませんが。

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[62] おだんごぱん

ロシア民話
訳:せたていじ
絵:わきたかず

「ぼくは、てんかの おだんごぱん。ぼくは、こなばこ ごしごし かいて、あつめて とって、それに、クリーム たっぷり まぜて、バターで やいて、それから、まどで ひやされた。けれども ぼくは、おじいさんからも、おばあさんからも、にげだしたのさ。おまえなんかに つかまるかい。」

1つ下↓の、マーシャ・ブラウンのと、話の筋は同じ。せたていじ訳となっているけど、民話とはいえ、底本は無いんだろうか。こういう場合、「訳」っていうのかな。

傑作絵本ということになるんでしょうが、わりと地味な絵ですね。うす茶色ぽい…。

最初は、ひとつ上↑で紹介する、[63]『ころころころパン』のほうが絵もきれいだし、そっちのほうがいいかな、と思ったけど、何度かみていると、こちらの方は言葉の流れが、いいな、と思えてきた。

(追記)
(参考:転がるパンのお話をまとめた記事: [303]『ジョニーのかたやきパン』

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[61] パンはころころ ロシアのものがたり

マーシャ・ブラウン
訳:やぎたよしこ

先に、[56]『ころころパンケーキ』を読みましたが、またころころパン系統の絵本を3冊読んでみました。

「こねばちの そこ ひっかいて、
こねばこの そこ はいたらば、
こなが とれたよ、ふたつかみ。」

「おばあさんから ひらりと にげて、
おじいさんから するりと にげて、
あんたからだって にげだすよ。」

ロシアのものがたりとあります。

おじいさんが、パンをつくってくれるよう頼む。おばあさんが粉がない、という。こねばちのそこをひっかいてみると粉がとれると、おじいさんが言う。粉をこね、クリームをまぜ、焼いて、まどのところで冷ましておくとパンが逃げる。のうさぎと会い、逃げる。おおかみと。くまと。きつねと。きつねは、よく聞こえない、と、鼻の上にのって歌うように言う。次は舌の上にのってうたうように言う。そして−。

ざっくりした力強い絵。おじいさんとおばあさんの服装がロシア風で、おじいさん、なにか仙人みたいでむじゃきな感じもしていいです。言葉はリズム感がある。

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