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【データ 1】
●『粟國の塩』10周年記念イベント〈第1部〉
=金丸弘美さんが「スローフードとは」で基調講演=

『粟国の塩』10周年記念イベントの第1部「基調講演」は2005年2月19日、沖縄県・粟国島の粟国村総合センターで行なわれ、食環境ジャーナリストの金丸弘美さんが「スローフードとは」と題して約1時間にわたって講演した。以下が講演要旨。

地域の「食」と「食文化」を正しく認識し、次世代に伝えたい
日本でも“小さいけど多様なもの”を大事にする運動を
司会の平野さん(左)の紹介を受ける金丸さん
きょうは「スローフードとは」ということでお話しさせていただきます。
「スローフード」という言葉は聞きなれないかもしれませんが、実は、みなさんの身近なところでも行なわれているのです。ここ粟国島で10年以上にわたって『粟國の塩』を作ってこられた小渡さんの行動こそ、実はスローフードの一つの実践例なのです。昨年10月、イタリアのトリノというところで開かれたスローフード協会の大会(テッラ・マードレ)に日本から選ばれたことでもそれは証明されます。

講演会場で紹介され、あいさつする我那覇夫妻(立つ人)
この大会は世界の131ヵ国から5000人の農家、地域の食を育んでいる人たちが集まり、自分たちはどういうことをやっているかという発表とコミニュケーションをとることを目的に開かれたのですが、たまたま私が日本から参加する人の推薦を依頼され、そのうちきょうこの会場に小渡さんのほかに、第2部のシンポジウムでパネラーを勤められる佐賀の武富さんや、沖縄本島でアグーを育てている我那覇さんがおいでですのでご紹介いたします。なかでも武富さんは佐賀県で古代米を復活させたり、地域の障害をもった人たちと一緒に地域づくりをしたということで、日本で初めて「スローフード・アワード」という賞を授与されました。

さて、イタリアを初め各国で料理の決め手はなにか?―と聞きますと、ほとんどの人が「塩だ」と答えます。素材もしかりですが、それ以上にポイントになるのが塩なんですね。海外にも塩はたくさんあります。でも、自然塩でうまい塩というのはおそらく1%くらいではないでしょうか。

私はいま、自分の仕事を「食環境ジャーナリスト」と称していますが、その前は一介の編集者にすぎませんでした。しかし、10年前に子供が生れ、保育園に連れていくようになったら保育園の先生から「お宅のお子さんは肌がきれいですね」と言われたので、「どうしてでしすか?」と聞いたら、「いまの子供たちは6割くらいがアトピーなんです」ということで不思議に思い、妻に聞いたら実は彼女も若い頃はかなりひどいアトピーに悩んでいたということで、それを直すために食べ物を変え、住まいも移し、環境を変えて体質改善に取り組んだ結果、健康を取り戻し、結婚後、健康な子供に恵まれたという話を聞いたことがきっかけになって、もっと「食」のことを知りたい、とくに作られている農村を知りたいと思い始め、この10年くらいで全国の農村の300ヵ所以上を回って紹介し始め、7年ほど前にここ粟国島にお邪魔し、小渡さんにお会いしたというのが小渡さん―『粟國の塩』との出会いです。そしてまたスローフードに対する関心を強めたというわけです。


地域の農産物をPRし、しっかり収入を上げるスローフード運動
ところで、スローフードと言いますと、ゆっくり食べることとか、郷土料理のことだとか、地産地消のことですかとか、イタリアの料理ですか? などないろいろなことが言われますが、スローフードというのは実はNPO―非営利団体の名前が「スローフード協会」といい、そこが進めている小さい農村を守るとか、食の教育プログラムを作るとか、地域の小さい農産物の宣伝をするとかの運動をやっているのがスローフード運動であるわけです。要するに、地域の農産物の宣伝をしてあげるという運動です。しかも、国や行政や企業などからちゃんとお金を取ってやっている運動だということを理解してください。

日本では阪神大震災の時のボランティア活動を契機にNPO活動が活発になりましたが、まだ日本のNPOは2万くらいです。それに比べてイタリアには22万あります。そのうちの6万が行政とタイアップしたNPOです。


スローフード協会はワイン愛好者の反マグドナルド運動が設立の動機
まず、スローフード協会についてお話ししましょう。
スイスに近いブラという所で1986年に設立されました。なぜ人口28,000人という小さな村にスローフード協会のようなものができたかと言いますと、元々はバローロ愛好協会というワインの愛好者の集まりだったのですが、地域の産業がだんだんすたれてしまい、これをなんとかするために食べ物を中心にお客さんを集めようという運動を起そうということをワインを飲みながら話し合っていたわけです(笑い)。
ちょうどその時、ローマにあのマグドナルドが出店してきた。これにはローマのレストランの人たちが反対運動を起した。こんなものが入ってきたら町の景観が損なわれるし、こういう多国籍企業が入ってくると、原材料の肉だとか小麦だとか野菜などがどこで作られ、どういう経路で入ってくるのか分らないし、かれら大資本はコスト第一ですから地域の牧畜や農業がなくなっちゃう―ということで反対運動を展開したんです。
しかし反対運動だけでいいのか? 地域に根づくような運動をしなければただの反対のための反対では地域は残れない。向こうが「ファースト」ならこっちは「スロー」で行こうということでスローフード協会になったのがこの組織と運動の始まりです。

いま、この組織には80人の選任スタッフがいます。ほとんどが地元の人ですので、地元の雇用促進という役割も果たしているわけです。この人たちの人件費―1人当り15万〜20万円だそうですが―は町とか企業とか一般の企業などからお金を取ってやっています。イタリアでも失業率は高いわけですが、こういうNPOが地域の雇用とか産業の振興に寄与しているという重要な役割を果たしているわけです。

スライドをお見せしながら進めます。
ブラの町を歩くと、とにかく看板が見当たらない。駐車場もない。築400年から200年とかの古い建物をそのまま活かしています。古い街並みと観光を両立させるという考えなのです。
スローフード協会の会員は全世界で8万人います。みな食品を扱っています。日本人は3000人くらいで、年1万円会費を払っています。うち65%を本部に納めています。この会費もスローフード協会の運営のための貴重な財源になっています。アメリカは100%本部に納入しているそうです。独立して稼ぐから会費は全部入れるという自信というか、実力でしょうか。

スローフード協会はいろいろなイベントをやっています。その一つがトリノで開催される「サローネ・デル・グスト」と、ブラの「チーズ」です。「チーズ」を紹介しましょう。これはその名の通りチーズ祭です。町から依頼されてのイベントですが、チーズの生産者を連れてきて、チーズを販売しつつ、チーズの良さを来場者にアピールするという狙いがあります。どうやって運営しているかというと、まず町から4000万円の補助金が出ています。なおかつ生協とか農協とかコーヒー屋とかピザ屋とかのスポンサーを募ってお金を集めてやっています。それで1200種類のチーズを展示して、4日間で14万人を動員しています。
また、スローフード協会の活動の一つにイベントの看板を作ったり、町の地図を作ったりすることがあります。その中にスポンサーを表すマークを入れたりしています。なかなかしたたかです(笑い)。

このチーズ祭にはスローフード協会が認定した人が招待され、販売できる。言い換えれば、生産者がここにきて直接販売するという直接取引きの場にしているわけです。消費者にとっては生産者の顔が見えるわけです。これはまた本物を教える教育システムにもつながっています。元々はフランスで始まった“味覚教育運動”ですが、大学の先生、生産者とスローフード協会が結びついて具体化しているわけです。しかもちゃんとお金を取ってやっています(笑い)。
そして、1200種のチーズは味も香りも生産方法もすべて違う。それぞれが特徴をもっていることを知らしめ、そういう多様性こそがファーストフードと違うんだよ、本来の食文化がこんなに豊かなんだということを啓蒙しているわけです。

スローフード協会はまたワインについてのガイドブックを作っています。毎年18万部も出しており、これに広告が入っていますのでこの広告費がそのまま協会の収入になると同時に、権威付けされているために、このガイドブックに出ている農家のワインも一定評価され、よく売れるという、いい循環にもなっています。

それから、この地域にしかいなかったピエモンテという白い牛も先細り状態だったんですが、協会が推薦した事で世界的に注目されるようになり、いまではピエモンテ牛料理という名物料理になっているという実例もあります。

地域種であるピエモンテ牛を使った料理。白い色の牛で地元にしかいない牛。スローフード運動効果で世界的に注目浴びるまでになった スローフード協会が推薦したオステリア(レストラン)。入り口のところに協会から送られたカタツムリのマークの入ったシールがはってある。ガイドブックに掲載され紹介されている 
金丸弘美さん提供
さらに地域の小さいレストランや料理屋を応援する意味を含めて、イタリア全土の1700軒のお店を紹介するガイドも出しています。一介の観光客でもその店のドアにシールがはってあるので目印になります。しかも料金は3500円以下、地域の食材やチーズやワインを使っている、置いてある、個人経営でコミュニケーションが取れるお店なので安心ですというガイドであるわけです。

スローフード協会のガイドブックの有用性について紹介すると、ガイドブックに載ることによってレストランの経営者やいい食材を求めている人たちと連絡がつくようになっていることです。
鮮度の高いものを消費者に直接売る事によって自分たちのネットができ、しかもお金がもらえることから広がっているわけです。


日本にも随所にたのもしい動きが出始めている
以上がイタリアの様子ですが、日本でも同様のものが出てきているのでその一端をご紹介しましょう。
その一つが三重県の「伊賀の里 モクモク手作りファーム」です。地域の養豚農家が16軒集まって出資し、レストランを作ったり、ウインナソーセージとかパンの工場―1個1000円のパンが1日1000個売れます―を作ったり、体験できたりするコーナーを作ったりすることによって、人口8000人のところに年間50万人の人が訪れ、売上げも28億円になりました。若い人たちが180人働いています。このほか地ビールとかソーセージとか、ブドウの木の下のレストランで出したりしています。ぶどうの実がなっている木の下で食事をしたりして、人々は楽しんでいます。宣伝めきますが、これについて詳しく知りたい方は拙著をご覧いただければ幸いです。
モクモク手作りファームの「PaPaビアレストラン」 モクモクのウインナー体験教室。この人気が多くの客を呼び、年間50万人動員の大きな引き金となった
=金丸弘美さん提供
直接的なスローフードではありませんが、地域の農家や畜産家がまとまって、生産物を自分たちだけで加工・販売して、マスコミにも積極的に宣伝して拡販するという形が出始めています。

福岡の岡垣にあるグラノ「24Kぶどうの樹」では、ブドウ畑をビニールハウスで覆い、結婚式場に仕立てて年間250組の式を扱ったり、農産物を売ったりしています。
また、農業関係だけでなく、漁業関係でも漁港に面した所にすし屋を作り、その日に漁民が獲ってきた魚をネタにして10席しかないのに年間500万円の売上げを上げたりしている実例もあります。

このように、地域の食文化を世に出すことにより、経済的メリットを上げ、農業面や地域の食文化を子供たちに伝えることなどを含めてやっているのがスローフード運動です。日本でもこれまで国や農協がやってきた大量生産・大量消費のスタイルだけでなく、その地域にしかない、小さいけど多様なものを扱っていくという運動がより盛んになることを願っています。




*『伊賀の里 ただいま大奮闘』
出版元:NAP 
(〒103−0007 東京都中央区日本橋浜町2−55−5−602 / TEL 03−5695−1788)
B5版/200ページ、\1500(本体)






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