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《やさしい「お塩」の物語》 =1=

◇ヒトや動物にとって必要不可欠なのは「誕生」と深いかかわりがあるから


海水浴に行って波を被り、思わず海水を飲んでしまったという経験はみなさんお持ちでしょう。その時、ほとんどの人が「辛い」か「しょっぱい」と感じたことでしょう(「甘い」と感じた人はかなりのへそ曲がりです………)。

塩の話をするにあたって、なにから始めようかといろいろ考えました。多くの文献は、塩が持つ「辛い」とか「しょっぱい」という味覚から入っていますが(実は入りやすいのです)、この《やさしい「お塩」の物語》は「塩と生命体」というもっとも難解なところから始めようと思います(これって、海水をがぶりと飲んで「甘〜い」と言うへそ曲がりに似ているかも?)

そうそう、ここで言う「生命体」とは私たち人類を初め、この地球上で生きる動物と考えて下さい。塩って、それほど広く、深く生命に関わっているのです! なので、敬意を表して塩でなく「お塩」と呼ぶことにしました(*^-^*)。 

ナトリウムイオンと塩素イオンが規則正しく並んでいる塩の結晶体。「シオちゃん、塩素イオンをはずさないでね!」
◇「お塩」とは………食塩/塩化ナトリウム/NaCl/SALT/

「お塩」についてお互い共通の認識をしておく必要がありますね。ここで取上げる「お塩」とは「食塩」であり、化学用語では「塩化ナトリウム」と呼ばれ、万国共通の化学記号ではNaCl と記します。この塩化ナトリウムを主に含む物質のことを「お塩」と総称します。ちょっとこんがらかるかもしれませんが、同じ「塩」と書いて「えん」と発音する学術用語もありますので、これと区別するために塩化ナトリウムを食塩と呼んでいます。
初めに“やさしい物語”と言いましたが、「お塩」とは――を説明するにはどうしても次のような少し難しい化学用語も使わなければなりません。我慢して読み進んでください。


「お塩」は、ナトリウムイオンと塩素イオンとが規則正しく配列された無色透明の正六面体の結晶です。ただ、製法によって結晶の外形も不定形になり、色相もいろいろです。比重は2.2程度、融点は800℃付近、沸点は1413〜1440℃前後、飽和食塩水の氷点は−21℃です。そして水に対する溶解度は温度によってほとんど変わらず20℃で26.4〜35.8%、100℃で26.9〜39.1%です。

そして、私たちの体の中にも一定の「お塩」(塩分)が溶け込んでいることもまず認識しておいてください。
みなさんの中には「えっ? わたし(ボク)の体の中のどこにお塩があるの?」と思われる方がいるかもしれませんね。ずばり言って、それは「血液」の中にあるのです。いろいろな人たちの長い間の研究の結果、人間の血液中には塩が約0.9%含まれている――というのが定説になっています。これをベースに私たちの体にどのくらいの食塩が含まれているのかを考えると、体重70キロの男性の場合、陽イオンとして存在するナトリウム約99グラム、陰イオンとして存在する塩素も約99グラム含まれていることになります。この両方を合わせて塩化ナトリウム=食塩として換算すると、ほぼ200グラムに近い塩分が私たちの体内に存在することになります。したがって(ここでは深く触れませんが)、これに相当する塩分を常に保っていないと、体に変調をきたすことになるわけです。

◇最大の役割は「浸透圧」で筋肉を収縮させたり血液の成分になったり……


とにかくヒトや動物にとって「お塩」は好むと好まざるとにかかわらず、生理的に必要不可欠なものなのです。「お塩」がなければ生命を維持していくことはできません。「お塩」は水と空気とともに人類(動物)にとって“3大必需品”なのです。

どうしてそういうことが言えるのでしょうか?
少し難しい表現になりますが、「お塩」は体内、それも体液――血液・リンパ液・脳脊椎液・精液など動物の体内を充たす液体――の中に存在し、体中をめぐって細胞の中にある古いものを新しいものに入れ換える作用――新陳代謝を促す働き、すなわち浸透圧を保つ役割を担っているからです。体内に吸い込んだ新しい空気を取り込んだり、食べ物や飲物を体内に吸収して成分を取ったあとに、余った(いらない)ものをウンコやオシッコで排出する作業を促すわけです。

排出と言えば、直接排出するほかに「汗」によって排出する方法があります。汗を舐めると塩辛かったり、汗(の水分)が蒸発すると皮膚に小さなキラキラしたものがつきますね。塩分が結晶になって体外に排出されたことの証明です。そして体内の塩分はいつも一定に保たれる必要があるので、大汗かいたりすれば排出された分を食べ物によって補給する必要があるわけです。このためにはどうしたらよいのか――というテーマまでは今回は踏み込みません。別の機会に取上げます。


言い換えれば、「お塩」は水分の量を調整し、細胞と体液の間の圧力(これがさきほど触れた浸透圧です)のつりあいを調整します。そして、筋肉の収縮を助けたり、血液や胃液などの成分となって働くのです。このため、「お塩」は人間が生きていくのに欠かせない存在だと言われるわけです。しかも、「お塩」は唯一無二。地球上にこの成分は一つしか存在せず、他のものでは代替えできない、私たちヒトや動物にとってかけがえのないものなのです。

ついでに、海の水がなぜ塩辛いかに触れておきましょう。海水中には多くの塩分が含まれているからです。
そのことを理解するために、数字を並べてみます。
成分の高いものから並べると―
塩化ナトリウム (NaCl) 77.9%
塩化マグネシウム(MgCl2) 9.6%
硫酸マグネシウム(MgSO4) 6.1%
硫酸カルシウム (CaSO4) 4.0%
塩化カリ (KCl) 2.1%
――が主な成分で、これらを含めて天然にある92の元素のすべてが溶け込んでいて、これが塩辛さの原因なのです。

ついでにもう一つ。こういう海水の成分を世界的に調べるのに働いたのは実は軍艦だったのです!
19世紀の後半、イギリスの軍艦「チャレンジャー号」が世界の海水を採取し、それをエジンバラ大学のディットマー教授が当時の最高の技術を駆使して海水中の主な8つの成分を分析した結果、濃度はサンプル毎に差があるけれど組成はどこの海水も一定であることを発見したのです。

◇哺乳動物は海水と同じ成分をもったまま“上陸”した

さて、海水の成分と人間の血液の成分が実によく似ているという大事な話に移りましょう。そして、このことは人間だけでなく、地上の哺乳動物にも共通していると言うのです。陸上に生息する高等動物もほぼ同じで、海水中に生息する下等動物の血液中のミネラル分の濃度は海水食塩濃度と一致するそうです。

なぜでしょうか?
それは人類や哺乳動物はその発生過程において「海(海水)」と深い関係があるからなのです。
私たちが今住んでいて、汚し続けている(ちょっと余計なことですが………)地球は、いまから46億年前に誕生したと推定されています。40億年前には“原始海洋”ができ、間もなくこの海水中に「生命」が誕生したと言われています。もっとも、この頃は海底のさらに深い所で誕生したという説を唱える学者先生もいるようですが、どちらにしても海洋(海水)の中で長い間生息した後、陸地に上がったことは間違いありません。それは5〜6億年前とされ、最初の脊椎動物が海中で誕生し、3〜4億年前(デボネ紀といいます)、これらの一部が陸上に上がり、約2億年前になって哺乳動物が分かれ、人間もその一員としておよそ500万年前に誕生したようです。その時、それまで生息していた海水と同じ成分を体の中にもったまま陸上に上がってしまったというわけです。このDNAが今も私たちの中に脈々と生きているのです。
様々な生命が育まれる時、それらがもつDNAは確実に引継がれていく

体内に存在する液体成分(全体水分量といいます)とは、細胞の中に含まれる液(細胞内液といいます)と、細胞の外に存在する液(細胞外液です)に分けられ、細胞外液がいわば私たちの体内にある海なのです。ここに、私たちからすれば“神秘的な共通点”があるのです。
ただ、厳密に言いますと、海水と血液は組成分は似通っていますが、その食塩濃度の比率は3:1(4:1という説もあります)です。すなわち海水の方が血液の3倍(4:1であれば4倍)も濃いのです。

この理由について簡単に触れておきましょう。理由は二つと考えられています。
私たち哺乳動物が陸上に“進出”した当時はほぼ同じでしたが、その後の数億年の間に陸地から海に流入するミネラルや海水の水分自体の蒸発などで海水の濃度が濃くなったことが一つ。もう一つは、哺乳動物が陸上に上がってしばらくは海につながっている河口で生息したからと考えられます。河口付近の海水は河の水によって濃度が薄められ、それに適応してから陸に進出したとすれば、当然海水より薄い濃度になりますね。

◇地球誕生→大雨→海→海水にナトリウムやカルシウムが

理科の時間に先生から習いましたよね?
誕生当時の地球は隕石や小惑星の衝突のエネルギーで非常に熱く、岩石もドロドロに溶けていて、「水」ではなく気体の水蒸気でした。そして惑星の衝突がおさまり、やがて冷えてくると地表が固まり、表面はデコボコになり、そこにこんどは水蒸気が液化して延々と雨が降り続き、それによって地表は冷め、海ができたということを。水は低きに流れますから、高い所に降った雨は川となって流れ、低い所にたまり、やがて大きな海となります。その間にナトリウムやマグネシウムやカルシウムなど地面のいろいろな成分が溶けこみます。海水が塩辛いのはそういう成分がたまった結果だということはさきほど触れましたね。

ちょっと話がそれますが、今心配されている地球温暖化がさらに進み、地球上の水分がすべて蒸発したら海に溶けていた物質が結晶になり、海は真っ白な砂漠と化し、そこに残った塩の量は地球のすべての表面を40メートルの厚さで覆うことになろう――という説があります。

◇お母さんのお腹の羊水と海水の成分は酷似している

また海水浴の話を引合いに出します(*^-^*)。
波が静かな時、リラックスして海水中に体全体を任せたこと(たゆたう、と表現されます)がありませんか? なぜか心が和みますよね? 

羊水というプールでたゆたう胎児は人類が海中から誕生した時へ時空を超えてたどりつくのだろうか……
どうしてでしょうか?
実は、私たちがこの世の中に出てくる前、10ヵ月余りにわたってお母さんのお腹の中で過ごしますね。その時、羊水(ようすい)というプールの中で育つのです。お父さんの精子とお母さんの卵子が結合して受精卵ができるわけですが、受精後1〜2ヵ月の胎児は肺呼吸ではなく、水中でエラ呼吸をして過ごすのです。四肢には水かきの名残も残っています。育つための栄養分はへその緒というパイプで補給され、羊水の中で細胞膜の浸透圧を利用して新陳代謝を行なうという仕組みです。この時の海水に浮かんだ、たゆたうフィーリングが私たちの体内に残っているというわけです。

要するに、海水と羊水の成分がよく似ていることが “共通認識”というか“共通体感”につながっているのです。なんとロマンチックで神秘的だと思いませんか?

以上の話を少し科学的に裏付けてみましょう。
〈毎日新聞データベース〉が分りやすくまとめているので引用・紹介します。
人体(体液)と羊水と海水の主要元素の成分構成と存在する量の順位です。
存在量の順位 1位 2位 3位 4位 5位 6位 7位 8位
人 体 H O C N Na Ca P S
羊 水 H O Na Cl C K Ca Mg
海 水 H O Na Cl Mg S K Ca
H:水素  O:酸素  C:炭素  N:窒素  Na:ナトリウム  Ca:カルシウム  P:リン
S:イオウ Cl:塩素  K:カリウム  Mg:マグネシウム

比べると、人体(体液)にP(リン)があり、羊水と海水にMg(マグネシウム)はあるけど人体にはないことと、人体と海水にはS(イオウ)があるけど羊水にはないというあたりが違っている点で、あとは存在量の順位が少し違うだけであることが分りますね。とくに、羊水と海水の構成成分はほとんど同じなのです!

これでお分かりいただけたでしょうか? 「お塩」がいかに神秘的であり、私たちの生命の根源が海と深い関係があるということが。

◇人類は5000年前に火と塩を知っていた?

では、実際に私たちの先祖と「お塩」との出会いはいつごろだったのでしょうか?
これについてもいろいろな説があるようですが、私たちの先祖は野原を駆け回り、動物を射止め、それらの肉を主食にしていたと考えられます。いわゆる縄文時代の話です。この時代は、動物たちの肉や内臓に“適当な塩分”が含まれているので、結果的に自然に塩分を摂取していたのです。
ところが、人々が肥沃で住みやすい土地を見つけ、一ヵ所に定住して植物を栽培(農業の始まり)するようになると、動物の肉を食べて自然に塩分を摂取するというわけにはいかなくなりました。

このへんを、本職は小児科の先生ですが、『塩の道』など「お塩」について4冊もの著書をまとめている平島裕正先生が『塩の百科』(1982年/東京書房社)という本の中で次のように書いています。

『塩と民族』の中で、時雨音羽(しぐれ・おとわ)氏は、古代人ははじめ食物をなまのまま
で採っていたが、ふとしたことで火を知り、食物の場合、加熱が味覚にいちじるしく影響
することを覚え、そこからさらに塩の発見へ進んだのであろうと記している。

塩についての古い記録はきわめて乏しいが〈中略〉、塩の発見が一般に想像されるよう
に火よりもずっとあとのこととは思われない。たぶん、火の発見、その利用による新しい
味覚の経験とほとんど同時期に、やはり偶然の機会から食物に塩分がつき、塩による食
物の味を知り、塩も人類の生活上へ登場したであろうと想像される。

平島先生はさらに中国における記述なども引合いに出し、人類学者は、欧州の穴居生活遺物の資料から、塩は5000年前の旧石器時代にすでに調味あるいは保存用として使われていたと――と結論づけています。

◇草食動物たちにとっても「お塩」は必需品

「お塩」を欲しがる(必要とする)のは私たち人間だけではありません。動物たちも同様です。それは、すでに触れたように、体の仕組みが似ているからにほかなりません。
でも、一概に「動物」ではなく、「海洋中に生息していた生物が陸に上がり、進化して、草食動物になった動物たち」と言うべきでしょう。とくに、塩分を多く含んでいる陸地では、その土地に繁殖する植物も塩分を含んでいるので、それを食べていればそう問題はないわけですが、陸地の大部分は塩分の少ない場所ですから、簡単に塩分補給はできないわけです。

そういう性質を利用して動物を飼育したり、動物の方から人間に近づいたりという例がいくつかあります。たとえば、一部のエスキモーの人たちは家畜に自分たちのオシッコを舐めさせる風習があります。人間のオシッコに含まれる塩分を動物たちに補給させるためです。また、トナカイが人間に飼育されるようになったのは、人間のオシッコにかなりの塩分が含まれていることを知っていて、このため人間に近づいてつかまってしまったということも事実のようです。逆に昔のことですが、山の中で働いていた人たちは山の中での立ちションは獣が舐めにきて、生命をおびやかされることになるのでしてはいけないことになっていたそうです。

動物が塩分を求めての具体的な動きとして、アフリカ大陸などの象や羊などは自分の鼻(臭覚)で塩分の香りをかぎわけ、塩分の多い土地や岩塩を探し当て、それを舐める本能があります。きっと、泉の水を飲みに動物たちが集まってくるように、「お塩」のある所にも草食動物を中心に塩を舐めにきたのではないでしょうか。
そういえば、動物園などでヤギや羊が固形化された「お塩」を交互に舐めているシーンを見たお子さんも多いでしょう。実は、植物にはカリウムを多く含むものが多く、草食動物がそれを食べると当然、カリウムが排泄されますが、そのとき、多量のナトリウムも一緒に出ていくため、それを補うためにより「お塩」が必要になるわけです。

ヒト同様、“個人差”はあるそうだが、草食動物たちは交互にミネラルなどとともに固められた塩を舐めにくる
=2005年3月8日、東京・板橋の板橋区立動物園で
ちなみに、ヒトが1日に必要とする「お塩」は10グラムとされていますが、動物たちはカバが500グラム、牛が80グラム、馬が30〜40グラム、ヤギが20グラム、ニワトリが0.8〜1グラムとされています。

このように、動物の世界でも肉食、とくに哺乳動物をエサにする動物は、その中に多量の塩分が含まれているので食塩の欠乏に悩まされることはありませんが、それができない草食動物は「お塩」を求めて行動を起す必要があるのです。

500万年前ごろに誕生した私たちの先祖は基本的には菜食(草食)で生き延びてきただけに、食塩欠乏に悩まされ、その遺伝子が残っており、“多量の塩分”をとる習性につながったと考えられます。(その弊害を指摘して“減塩運動”が起ったわけですが、このことは別の機会にお話しします)

◇マングローブのように植物にも「お塩」に強いものが

ところで、「お塩」は私たちヒトや動物ばかりが必要とし、植物はむしろ大敵と思い込んできました。
“青菜に塩”という言葉や、台風などで海水が田んぼにかかるとイネが枯れたり成長が止ったりして、その年のお米が取れない(台風の当り年だった昨年も実際にありました)という既成概念が強いからです。でも、どっこい例外もありました。塩分の多い土でも生きている植物があります。その代表がマングローブです。ご存知のように、南の温かい海岸などに生えているマングローブの体液は他の植物のより濃く、また葉の表面が厚く小さいので水分を失いにくい仕組みになっているからなのです。ものごと、何事も例外はあるという典型かもしれませんね。

さて、《やさしい「お塩」の物語》 の1回目はこのへんでオシマイです。
「お塩」とは何か? ヒトや動物などの生命体にとってなぜ大事なのか? 私たちの先祖と「お塩」の出会いはどういうことだったのか?………などについて考えました。これから先は次回に譲りたいと思います。

【参考文献】
・『食塩と健康の科学』 (伊藤敬一/講談社)
・『塩屋さんが書いた塩の本』 (松本光永/三水社)
・『食塩』 (木村修一・足立己幸/女子栄養大学出版部)
・『万有百科大事典』 (小学館)
・『塩の百科』 (平島裕正/東京書房社)
・『地球環境変遷史』 (小出良幸/札幌学院大学講義)
・『広辞苑』 (新村 出編/岩波書店)
・『塩 海からの宝石』 (半田昌之/さ・え・ら書房)
・『塩のはなし』 (片平 孝/あかね書房)

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