■データ 4■
「ホルマリンで海を汚すな!」
〜あぶない養殖魚の実態〜
「天草の海からホルマリンをなくす会」
松本 基督
2001年9月に我が国初のBSE発生が確認されて以降、食品表示偽装事件や農産物への無登録農薬の使用・残留などが相次いで発覚した。さらに、遺伝子組み換え食品の増大など食品の安全性に対する消費者の不安・不信感は極限まで達している。
そのような中、発ガン性が指摘されている劇物・ホルマリンが大量に養殖魚に用いられていることが判明し、養殖現場では重大な問題となっている。消費地ではほとんど知られていない本問題の本質を海の現場で活動してきた立場から報告・検証する。
【「激安トラフグ」のからくり】
近年、暖冬傾向が続いているが、やはり、木枯らしが吹く季節になると恋しくなるのが、鍋料理である。中でも、冬の味覚の代表格、トラフグはかつて最高級料理とされてきたが、最近では「コースで1人前2980円!」などの看板を掲げる激安店をあちこちで見かける。
なぜそのような安値で提供できるのか?その理由は、養殖ものの台頭にある。
養殖魚の主流であったハマチやタイは生産過剰による価格の暴落やエサの高騰などで採算性が悪化し、
多くの養殖業者はより単価の高いトラフグやヒラメなどの飼育に切り替えた。
トラフグやヒラメなどの飼育は寄生虫病などの疾病が発生しやすく困難とされていたが、安価で寄生虫駆除に高い効果を発揮するホルマリンを消毒に使用するようになり、格段に生産性が上がった。
トラフグなどの養殖業者によると、ホルマリンはうまく育てるための「魔法の水」だそうだ。
【ホルマリンの経過と実態】
ホルマリンはホルムアルデヒド約40%水溶液にメタノールを添加したもので、防腐・消毒剤、合成樹脂原料として用いられ、毒物・劇物取締法で劇物に指定されている。その主成分ホルムアルデヒドは発ガン性が指摘され、「シックハウス症候群」や「化学物質過敏症」を引き起こす事で知られる大変危険な化学物質である。その消毒法はシートで覆ったイケスに海水で希釈したホルマリンを注ぎ濃度1000ppm程度に調整し、その中で魚を一定時間泳がせて寄生虫を死滅させる「薬浴」が一般的だ。薬浴後に大量のホルマリン含有海水はそのまま海に垂れ流される。(〈トラフグ消毒の手順〉参照)
現場の観察や住民・漁師の聞き取りなどから、大量のホルマリンを使うとされる魚類養殖漁場周辺で海藻が枯れ、岩がツルツルの「磯焼け状態」になり漁獲が減った、正体不明の「白潮」が発生した、カキ・イガイ等の付着生物が死滅した、死んだ貝の腐敗臭がしない、などの異変が報告されている。
本年発覚したホルマリンを使用した養殖フグの食品安全性について多くの報道がなされているが、周辺の生き物への影響評価についてきちんとした体系的調査は全く行なわれていない。
もともと養殖魚のホルマリン問題は1996年春、熊本県天草で発生した真珠貝の大量死の原因究明の過程で判明したものだ。それゆえ当時は大量死の原因であるか否かとの議論が大半であった。
熊本県ではその後、何度もホルマリン不正使用が発覚している。しかも、認可薬の容器にホルマリンを詰め替えて使用するなど手口がより巧妙になり、事態の根本的解決には程遠い。
高級魚トラフグの養殖生産量は全国で5769d、長崎県は2405dを生産し(2001年)、40%以上のシェアを占める日本一の生産県だ。その長崎県で2003年4月22日、知事が緊急記者会見を行ない、「県内トラフグ養殖業者の過半数が寄生虫駆除剤としてホルマリンを使用していた」とする調査の中間結果を発表した。
なぜ、突然今回の発表のような事態が発覚したのか?それは私たちが現地調査を行ない、毒物及び劇物取締法に触れるようなずさんなホルマリンの管理を明らかにし、それを厚労省に通知、厚労省から長崎県に調査・指導の要請があったためだ。
しかし、学識者から成る「ホルムアルデヒド安全性検討委員会」において「残留検査値は健康上問題のないレベル=安全である」と結論付けたのだ。ホルムアルデヒドはタンパク質などと非常に結合しやすいが、結合して出来た反応生成物の毒性や存在の確認さえ行なっていない。
その報告を基にホルマリン使用履歴のあるトラフグ120万匹(県全体の46%)の出荷が決定された。消費者団体から全量廃棄を求める強い要請があったにもかかわらず、だ。世を挙げて「食の安心・安全」が叫ばれている中、時代の流れに逆行する消費者無視・業界優先の姿勢であると言わざるを得ない。出荷の際にはホルマリン使用履歴を添付することになっているが、料理店で調理されてしまえば消費者には判別できない。
過去の資料を調べてみると、すでに1981年の国会質問でウナギやニジマスなどへのホルマリン使用の問題について追及がなされている。また、いくつかの専門書にはトラフグやヒラメの疾病対策として「ホルマリン薬浴が有効」と説いている。社会的にはほとんど知られていなかったが、魚類養殖現場では効率を最優先した高密度飼育の必然の結果として魚病が頻発し、その安価な特効薬として20年以上も前からホルマリンが広範にかつ大量に使われてきた。
【行政の対応】
水産庁は‘81年(今から22年も前!)から数回にわたり魚類養殖のホルマリン使用制限・禁止通達を出して指導の徹底を図ってきたと言う。一方で使用制限・禁止通達を出し、もう一方ではホルマリン薬浴の有効性を説くという矛盾した対応をとってきたのだ。責任逃れ的な罰則のない一片の通達では実効は全く上がらず、養殖現場ではほとんど無視されてきた。それでも効果の上がるような施策を行なわなかった不作為行政の典型だ。
‘03年4月の長崎県のホルマリン使用に関する発表を受け、水産庁は各都道府県に改めて使用実態調査の通知を出した。しかし、調査方法はあくまで養殖業者に対する「聞き取り調査」であり、虚偽の報告をしてもその確認はなされず実態把握は絶対に不可能だ。
不祥事を起こした長崎県を「いけにえ」にして、全国の養殖現場に広がるホルマリン汚染の実情にふたをする「トカゲのしっぽきり」そのものである!
【魚類養殖業界の体質】
水産行政による「獲る漁業からつくり、育てる漁業」の推進体制を背景に今や海面養殖業は沿岸漁業生産額のほぼ半分を占めるに至った。同じ養殖といってもワカメ・コンブなどの海藻類やホタテ・カキ・アコヤガイなど貝類の養殖は「無給餌養殖」といってエサを与えず、海水中の栄養分を吸収して育ち、海の浄化につながる。一方、魚類養殖などは「給餌養殖」と呼ばれ、以前から過密養殖やエサの過剰投与で引き起こされる周辺漁場の汚染が問題視されてきた。
1996年に発覚した熊本県天草のホルマリン使用問題を契機に養殖魚の全国組織「全国かん水養魚協会」はホルマリンの全面使用禁止を決定した。
しかし、その後も主要産地において水面下のホルマリン使用が続けられ、発覚すると「残留がないから安全だ」と開き直っている。使用禁止決定は自主規制で拘束力も罰則もないという。
かつて魚類養殖の魚網などに使われた猛毒TBT(有機スズ化合物)入り防汚剤使用の問題を振り返ってみるとホルマリン問題もほとんど構図は変わらないようだ。
つまり、初めは「使っているが有害ではない、問題ない」と言い続け、消費者の拒否反応又は社会的な批判が強まると、今度は使っていても「使っていない」とウソをつき隠れて使用を続ける、と言う具合である。
1980年代には有機スズ入り漁網防汚剤の使用によって「背曲りハマチ」が多発し、抗生物質の大量使用と共に「薬漬け」養殖として厳しい批判が相次いだ。
有機スズについては製造・流通・使用が厳しく制限されているが、いまなお、密輸入品が裏流通しているという。屈指の魚類養殖生産地として知られる宇和海でも「表層ほどTBT濃度が富化している」との調査報告がなされ、不正使用の可能性が高い。
また、抗生物質についても単位生産量当たりの使用量は倍増しており、より「薬漬け」状態が加速している。全漁連の資料にも「底質環境が悪化し、慢性的な魚病被害が発生。被害の拡大を防止するため、日常的な投薬等により魚病被害を回避せざるを得ない状況になっている」と書かれている。
では、魚類養殖は過疎地の地場産業として地域振興に一役買っているのか?否。多くの業者がどんどん倒産・廃業に追いやられている。自ら汚染した漁場の生産性が悪化し、エサ代が高騰し、薬剤費がかさみ、立ち行かなくなっている。残されるのは荒廃した漁場だけだ。
豊かな内湾の生態系と生産性を取り戻すためにも効率最優先、利潤追求型の養殖のあり方をそろそろ見直すべき時期が来ている。
*発表先:『月刊 むすぶ』396号(2003年12月25日発行)