・データ1 ・データ2 ・データ3 ・データ4 ・データ5 ・データ6

■データ 5■

「ホルマリンで海を汚すな!」

〜あぶない養殖魚の実態〜

 

天草の海からホルマリンをなくす会事務局長
松本 基督 

 

【「ドキュメント‘03」《裏切りの海》〜養殖フグとホルマリン〜が暴いた養殖現場の実態】

ホルマリンによる薬浴作業の様子

 2003年4月27日、「裏切りの海」〜養殖フグとホルマリン〜と題した民放のドキュメント番組が放映された。私もたびたび同行した10ヶ月に及ぶ長期取材の集大成として制作されたもので、数年前に熊本県に代わりトラフグ生産量日本一となった長崎県における驚くべきホルマリン使用の実態が克明に撮影されていた。

養殖トラフグの全国シェア40%強を占める長崎県。その生産量の半分以上が伊万里湾に浮かぶ人口3000人程の離島・鷹島町で生産される。

番組ではその鷹島におけるすさまじいまでのホルマリン使用の有り様を生々しく描いていた。

早朝、倉庫代わりにした保冷車のアルミコンテナからホルマリンの箱を続々運び出す様子、それを船に積み込み沖のイケスに運び、ホルマリンと書かれた箱から直接海にドボドボと注ぐ様子、消毒作業をえて空になったホルマリンの箱を陸に揚げ証拠隠滅の為か燃やし尽くす様子など、ショッキングな場面の連続でこれが本当に信頼と安心を得てブランド化しているトラフグ養殖現場なのか、と我が目を疑うほどであった。

薬浴後、イケス近くの海岸の海水からは
0.2〜0.5ppmのホルムアルデヒドが検出された

 また、夏休みの海水浴場ではしゃぐ子どもたちの数百メートル沖にある養殖場でホルマリンが次々とまかれるシーンも映し出された。養殖魚のホルマリン使用が長年問題となってきた愛媛県でも‘02年5月海水浴場でホルマリンが検出されたという報道が流れたが、リアルタイムでそれを捉えた映像はまさに衝撃的であった。

 最初の電話取材に対して「熊本のホルマリン騒動で全く使っていないうちの漁協は迷惑している」と答える漁協長。‘03年4月の突撃取材の際には「昨年夏までは使っていたかもしれない。稚魚はあれ(ホルマリン)がないとできないようだ」と全く整合性のとれないコメントをする有り様。しかし、カメラは出荷時期の‘02年12月にもホルマリをまいている様子を捉えていた。

 〜虚偽の投薬履歴報告書〜

 消費者を欺く行為はこれだけではなかった。全国のフグが集まる下関・唐戸魚市場では食肉、農産物の表示偽装が次々と明るみに出た教訓から、生産者にエサの種類や薬品投与の有無などについて記載する商品履歴書の提出を求めている。ホルマリン使用を認めたトラフグ養殖業者が提出した商品履歴書の薬品投与の有無の欄には「無」と記載されていた。それは表示偽装そのものだった!

 私たちの活動拠点である熊本県では7年前にアコヤガイ大量死原因の究明過程でホルマリンの大量使用が表面化した。熊本の業者たちは常々「熊本だけホルマリン使用に対して厳しいのは不公平だ、隣の長崎や愛媛などは使い放題ではないか」と不満を洩らしていたが、まさにそのような実態が目の前で繰り広げられていたのだ。

海藻が全く生えていない海岸

【トラフグ生産量日本一・長崎県の対応】

民放のスクープ番組放映前に何とか自らの立場を保ちたい長崎県は4月22日、金子知事が緊急記者会見を行ない、県内トラフグ養殖業者の過半数が寄生虫駆除剤としてホルマリンを使用していたとする調査の中間結果を発表し、「実態把握が十分でなかったことを深く反省し、全国の消費者に申し訳ない」と陳謝した。

 発表の主な内容は以下の通りだ。『ホルマリン登録業者の販売記録を基にした調査の結果、県内でトラフグ養殖を営む33漁協151経営体の内、11漁協95経営体で‘01〜‘03年のホルマリン使用が判明した。年間使用量は約500kℓ。魚介類へのホルムアルデヒド残留調査結果(養殖および天然トラフグ、養殖マダイ、貝類など)は全て検出限界値(1ppm)未満。養殖イケス内の水質調査(37検体)もすべてホルムアルデヒド検出限界値(2ppb)未満。「トラフグ養殖適正化対策協議会」を設置し、ホルマリン不使用の徹底を図り、早急に適正な生産体制を確立する』

              

 〜緊急記者会見のきっかけ〜

漁港付近にずさんに保管されたホルマリン

 私たち「天草の海からホルマリンをなくす会」発足のきっかけは‘96年の熊本県天草・羊角湾における真珠貝大量死の原因究明過程で発覚した養殖トラフグのホルマリン使用だったが、その際、厚生省は関係県のホルマリン使用状況調査を行なっている。その結果、長崎県でも113経営体中27経営体の使用が判明した。しかし、その後の調査では使用者は全く確認されなかった。

なぜそれが今回の発表のような事態が発覚したのか?それは私たちの現地調査によって毒物及び劇物取締法に触れるようなずさんなホルマリンの管理が明らかになり、それを厚労省に通知、厚労省から長崎県に調査・指導の要請があったためだ。

ホルマリンの販売記録を基にした同調査は使用実態についてかなり突っ込んだものだが、決定的に不備な点がある。それはホルマリンが大量に垂れ流されてきた漁場周辺の環境影響 調査だ。つまり、海藻や水生生物がどのような影響を受けてきたかについての調査を行なうという視点が全くない。

 

 ホルマリンの主成分は発がん性が指摘され、毒物及び劇物取締法で劇物に指定されている有害物質ホルムアルデヒドで、シックハウス症候群や化学物質過敏症を惹き起こす最大要因とされている。

ホルマリンは安価で寄生虫駆除の特効薬、飼育水槽の殺菌剤として早くから淡水魚に用いられてきた。‘90年代に入り、飼育にホルマリンが不可欠といわれるヒラメやトラフグの生産量が急増し、それに伴い海域での使用も膨大な量となったと思われる。そもそも、ホルマリン使用を前提とした養殖技術自体が全く不適切、不完全であると言わざるを得ない。

 

〜長崎、166万匹のトラフグ出荷へ〜

 長崎県は7月に学識者4名から成る「ホルムアルデヒド安全性検討委員会」を立ち上げ、トラフグ中のホルムアルデヒド残留検査結果などの評価を検討した。

同委員会はたった2回の検討会議だけで、「残留検査値は健康上問題のないレベル=安全である」と結論付けたのだ。ホルムアルデヒドはタンパク質などと非常に結合しやすいが、結合して出来た反応生成物の性質や存在の確認さえ行なっていない。

 

 また、7月29日に開催の「食品安全・安心委員会」第2回会合において、「食品として安全である」旨の検討結果が報告され、県漁連代表はそれを受けて「廃棄は地域経済へ重大な影響が及ぶ。ホルマリン使用履歴書の添付や胸びれを切るなど使用魚の識別を可能にする」と出荷に理解を求めた。

 これに対し、消費者代表などからは「料理店がホルマリン使用と表示するとは思えない」、「とても出荷を受け入れる状況にない」などと極めて厳しい意見が続出した。

 にもかかわらず、その直後の7月31日に開催された「トラフグ養殖適正化対策協議会」において出荷が決定されたのだ。世を挙げて「食の安心・安全」が叫ばれている中、時代の流れに逆行する消費者無視・業界優先の姿勢であると言わざるを得ない。

 長崎県の幹部が県漁連役員らと全国各地の魚市場を回り、事実上自県産フグの取り扱いを求めていたことも明らかになった。

 

【他の主力生産県の対応】

〜熊本県の場合〜

 一方、養殖トラフグ生産量第2位の熊本県では5月に1業者のホルマリン使用が判明し、県は出荷停止中の約4万尾の廃棄を求めていたが、ホルマリン使用の裏付けが取れなかったとして出荷自粛要請を撤回した。また、県と県漁連は第三者機関「県養殖トラフグ生産履歴審査会」を設置し、飼育魚の安全にお墨付きを与える認証制度を今年の出荷分から導入することを決めた。しかし、その内容は養殖業者の提出した生産計画と作業日誌の照合など一方的な情報提供に負うところが大きく、隠れてホルマリンを使ってもチェックできる仕組みはない。

 他にも薬品流通関係者による「過去2年半に40業者に150トンものホルマリンが販売された」との証言もあり、実態は依然として闇に包まれたままだ。

〜愛媛県の場合〜

 ‘02年、海水浴場からもホルムアルデヒドが検出されるなど長年にわたりホルマリン使用が大きな問題となってきた愛媛県は‘03年7月の改正薬事法によるホルマリンなど未承認動物用医薬品の使用規制目前にホルマリン使用禁止等を定めた県条例を制定した。にもかかわらず水産庁が‘03年5月に行なった関係県調査に対して‘01〜‘03年のホルマリン使用は「ゼロ」と報告され、熊本県と同様、真相は全く不明だ。

 

【水産庁・農水省の対応】

 水産庁は‘81年(今から22年前!)から数回にわたり魚類養殖のホルマリン使用制限・禁止通達を出して指導の徹底を図ってきたと言う。しかし、一片の通達では実効は全く上がらず、現場ではほとんど無視されてきた。それでも効果の上がるような施策を行なわなかった不作為行政の典型だ。

 ‘03年4月の長崎県のホルマリン使用に関する発表を受け、水産庁は各都道府県に改めて使用実態調査の通知を出した。しかし、調査方法はあくまで養殖業者に対する「聞き取り調査」であり、虚偽の報告をしてもその確認はなされず実態把握は絶対に不可能だ。

不祥事を起こした長崎県を「いけにえ」にして、全国の養殖現場に広がるホルマリン汚染の実情にふたをする「トカゲのしっぽきり」そのものである!

現在、農水省では失墜した消費者の食品への信頼を取り戻し、食品の安全・安心を確保するために厚労省と連携し、「食品安全委員会」の設置や食品衛生法を始め各種法改正など様々な対応がなされている。その一環として‘03年7月30日付けで薬事法が一部改正され、ホルマリンなど未承認動物用医薬品の使用禁止(罰則付き)が決まった。

 私たちが1996年に養殖魚へのホルマリン使用禁止を求めて活動を始めて以来足掛け7年目にしてやっと法規制が実現したことになる。

 しかし、養殖業者へのホルマリンの販売・購入には規制はなく、監視体制が未整備であり、何より安全で有効な代替手段がないことから今後も水面下での使用が心配される。

使用禁止措置を実効あるものにする為に、流通経路を遮断・チェックする仕組みも同時に作る必要がある。

 

【魚類養殖業界の体質】

96年、熊本県におけるホルマリン使用の発覚をきっかけに養殖魚の全国組織「全国かん水養魚協会」はホルマリンの全面使用禁止を決定した。

しかし、主要産地において水面下のホルマリン使用が相次ぎ、発覚すると「残留がないから安全だ」と開き直っている。

かつて魚類養殖の魚網などに使われた猛毒TBT(有機スズ化合物)入り防汚剤使用の問題を振り返ってみるとホルマリン問題もほとんど構図は変わらないようだ。

つまり、初めは「使っているが有害ではない、問題ない」と言い続け、消費者の拒否反応又は社会的な批判が強まると、今度は使っていても「使っていない」とウソをつき隠れて使用を続ける、と言う具合である。

 

【ホルムアルデヒドの海水中における動態】

神戸大学の研究グループは海水中のホルムアルデヒドの動態に関して実験を行ない、次のように報告している。

1μのフィルターでろ過した天然海水を用いてホルムアルデヒド濃度20ppmに調整し、密閉状態の−18、0、25℃で静置し、経時変化を見た。その結果、25℃静置区で濃度の漸減が見られた。(図4)

 次に天然海水を10ppmに調整し、25、37、50℃で静置し、経時変化を見たところ25℃では42時間後に37℃では30時間後に検出限界以下になったが、50度では102時間後でも検出された。(図5)従って25と37℃の近傍ではホルムアルデヒドは短時間のうちに検出されなくなることが分かった。この実験からホルムアルデヒドとしての存在はなくなるが、他の化学物質への変化、あるいは微細なタンパク質との結合などの可能性を検討する必要がある。」

 

 一連の養殖魚のホルマリン問題に関連して、海水やホルマリン薬浴を行なった飼育魚のホルムアルデヒド値を分析し、その残留の有無や濃度だけを問題視しているが、反応生成物に関する調査・研究は皆無だ。

また、ホルムアルデヒドは環境省の「生態系保全等に係る化学物質審査規制検討会」や「水生生物保全水質検討会」において優先的にあるいはより詳細に評価を行なうべき物質の一つに挙げられているが、やはり反応生成物に関する視点はない。

 しかし、上述の実験結果やホルマリンが流されてきた現場海域の異変などから海水中のホルマリンの動態と反応生成物に関する調査・研究が不可欠ではないか。

 

*発表先:環境行政会改革フォーラム早稲田総会レジュメ(2003年9月20日)

※データ1〜6をクリックすると別ページで詳細がみれます。
・データ1 ホルマリン汚染の驚くべき実態
・データ2 ホルマリンで海を汚すな!!
・データ3 ホルマリン使用トラフグ出荷へ
・データ4 「ホルマリンで海を汚すな!」あぶない養殖魚の実態
・データ5 「ホルマリンで海を汚すな!」あぶない養殖魚の実態〜2
・データ6 高木基金助成報告集原稿
(C)2004~. ≪環っ波≫ All rights reserved