Cottage Design Karuizawa  Karuizawa                      




Vol. 2山荘だより
Vol. 1 Vol. 2 Vol. 3 Vol. 4 Vol. 5 Vol. 6 Vol. 7 Vol. 8 Vol. 9 Vol. 10  Vol. 11  
Vol.12                     




Vol. 2内容>

○碓氷峠で野生のキツネと遊ぶ ~一時間余りのコミュニケーション~

○セミの謂れ

信じられないイノシシの怪力 重機のような痕跡が!!

○イノシシ肉と自家製ワインを楽しむ集い 12/14 2013

リース飾りいろいろ  群馬IC協会イベント“暮らしのナニコレ?工房”  -YouTube-   
  群馬IC協会x関西ペイント ピクシーミーティング ゛風土とインテリア”

こぶしざわ自然塾 年中飾る自然の恵みで作る “ハッピーリース”を作る集い 
             
             
地場木材で作る 幸せを呼ぶ 〝吉鳥フクロウ”を作る集い

○高崎市井野児童館の.ママ達イヴェント〝リース作り”に素材提供 12/1 2014

Tea Break ハッピーリースに無病息災の“無患子”(むくろじ)の実を付けて

追分水辺の景観シリーズ第2弾 群馬IC協会会員向けオープンハウス&水辺界隈散策

○食材としての渡来植物(外来種)

○雪の山荘、2012年1月21日初雪

○空前の記録的大雪でこぶしざわ山荘孤立 2014年2月
○雪中JR信越本線、JRバス、しなの鉄道乗り継ぎ徒歩の旅 2016年¹月㏴

○ドアノッカーへのこだわり




碓井峠で野生のキツネと遊ぶ
                                    一時間余りのコミュニケーション                    平成29(2017)年㋄㏦ 

長野と群馬の県境碓氷峠へ優良山菜「モミジガサ(シドケ)」を採りに出掛けた山荘事務所ご近所Nさんが県境から群馬側へ少し下った採取ポイントで、モミジガサを採取開始、間もなく一匹のキツネが現れ、何と寄ってまとわりついてきたと言う。

その間一時間余り、キツネを相手に山菜採りもままならず?
碓氷峠は、碓氷バイパス(入山峠)の開通以来車の通行量は少なく、急峻な山腹に切り開かれた道路故に周囲に民家はない場所、飼育や餌付けをされたキツネとは思えない。何故、初対面の人間にこんなに寄って来たのか不思議でならない。

私は、この話を聞かされたとき、冗談半分に「キツネに化かされた幻想では」と。
携帯電話に納められたキツネと戯れる映像を見せられビックリ。
キツネがNさんの優しく大らかな人柄を見抜き、惚れ込んだのだろうか。

Nさんそろそろ帰宅しようと、「さあ、森に帰って」とキツネに呼びかけるも、帰ろうとせず、その間採取したモミジガサのビニール袋を奪い、中身を確認、食べられない物と、諦めるなどしたと言う。
お腹を減らしているのだろうか、など複雑な気分にさせられ、後ろ髪を引かれる思いでキツネと別れたと言う。
 
       
警戒しながら寄って来た  甘える仕草 おねだりか  車の中を覗き込む 森に帰ろうと諭すも じっと見つめる

 
     



セミの謂われ~

 
兄夫婦のプロバンス地方の土産として陶製のセミを貰った。
釘穴のある掛けタイプもあるそうだ。

これは中央が少し窪み、刻み跡がつけてあるのでニンニクのおろし器であろう。

詳しい謂れはわからないが、セミはラッキーシンボルとして彼の地では非常にポピュラーという。
セミ柄クロスやクロスストッパー、置物などありとあらゆるセミグッズが売られていると言う。

山荘ではティーバックトレイやスプーンレストとして使っている。
 
 
黄色の陶器製蝉トレイにティーバックを載せて
大きな白いイタリア鉢には花梨の果実
右端は漆塗り茶托に英国製ガラスのアンティークチーズドーム
カップ&ソーサーはアメリカ製アンティークのファイヤーキング
 
 
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  信じられないイノシシの怪力

重機のような痕跡が!!  


近隣をウオーキングしていて時々イノシシを見かける。
ある時は、小さいのが道端の落葉堆積や草むらを夢中で掘り返し餌を探していたため、人の近づくのも気付かず、こちらが声をあげると、慌てて茂みの中へ
逃げていった。
大きな奴では突進でもされたらひとたまりも無いが、追い詰められた訳ではなく、逃げる場所が四方にあれば突進はないだろうと高を括っている。 

山荘の勝手窓からお隣の庭を見ると、草が剥がれ黒土が剝きだしになっている。何だろうと傍に行くと、イノシシが地球の皮を剝いた跡であった。
2x4mくらいの広さで深さ20cmほどに無残に掘り返され、恰も小型ユンボで掘り返したようだ。恐るべし。体重60kg程度の小さなものでも、力は重機並み。
まさに地球の皮を剥くと言える程の凄まじさ。

落葉堆積ならいざ知らず、大きな雑草が根を張った土の場所でもこの有様。
以前、自庭でも真冬の2月に凍土が掘り起こされ、ヤマユリの球根を食べられてしまった。近くの山荘庭にヤマユリが咲き乱れるお宅があったが、ここも今はない
イノシシに食べられたのだろう。猿には蕾や花をたべられるが、イノシシにやられたら根絶だ。こんなことはここ数年のことだ。
数が増えているのだろうか。時々農家が設置した檻罠を見かけるが駆除が追いつかないのであろう。
雄の牙のみならず、牙を持たない雌でも鼻と顎で掘り返してしまう。道具をもたないで恐るべき怪力。


     
 
人力ではシャベルや鍬を使っても半日でここまで出来るだろうか 
     
     
   
 


 ~またもイノシシにヤマユリを!~  8/15 ’12

近くのSさんが見え、「我が家の庭は、昨日とその数日前、連日イノシシに荒らされ散々です。」と、ヤマユリを全部食べられてしまった嘆きを聞き、
いよいよ他人事ではなく、また自分のところへもとの不安感に襲われた。

Sさんは、先代からの山荘庭に沢山の山野草を大切に育てる野草愛好家。こんなことは初めてと、近年のイノシシの行動に困惑。
驚くに、Sさんの隣家ではチューリップの球根まで犠牲になってしまったと。

 
     
何時ともしれぬ脅威をよそに、今まさに純白の大輪を咲き誇らんとするヤマユリ
オレンジ色の十字花はフシグロセンノウ 
 8/16 ’12 於 こぶしざわ山荘庭
 明朝咲き誇る2つの蕾のうちの一つ 朝靄に芳しさを放つ 8/17 '12
   
   
   
 
 


~イノシシの捕獲罠~ 
 
     
近所の畑脇に仕掛けられた捕獲罠 軽井沢町も農作物被害を防ぐため地主とともに罠を仕掛ける 奥の餌台に乗ると扉が落ちる仕掛け
     
この罠ではないが、軽井沢在住の知人が朝 犬の運動中に罠に捕獲されたイノシシを見たという。
イノシシと目があったら 尻尾を振っていたので複雑な気持ちにさせられたと言う。
熊と違い、捕獲されたイノシシは鍋材料として食べられてしまう運命だ。



山荘近所にも2箇所の罠が数カ月間設置されていたが捕獲された様子はない。
2箇所のうち、150m程のご近所Gさん宅では捕獲されたら猪の鍋のお誘いを約していたが、果たせずじまいで25年末には片付けてもらうと話されていたのがその通りになってしまった。
猪突猛進といわれる猪君もそうやすやすと鍋材にはならない。警戒心は強いとのことだ。
猪の鍋も冗談に終わり、これで近所に出没しなければ嬉しいことであるが、猪の鍋も食べてみたいと複雑な思いだ。

 
 





イノシシ肉&自家製赤ワインを楽しむ集い~ 

2013年12月14日(土)
於 小海高原美術館内レストラン“花豆”
 

     
猪肉の赤ワイン煮
肉提供:小海町猟友会
調理:レストラン花豆 
2013年信州小海産自家製ワイン
自家製赤“Ari Monte”無添加醸造
使用葡萄:東御市 さくら農園 巨峰
製造者:有山至  
2013年信州東御産自家製ワイン
自家製赤“密造酒”(仮称)
使用葡萄:東御市 中沢ファーム 巨峰
製造者:中沢義邦 
     
     

     
     
     
 

   
       
参加者が持ち寄った自慢の手料理やケーキ類を加えてテーブルは溢れんばかりのご馳走 
 
       
漬物のことを「鰍(かじか)」と言うそうだ。長野の方言であろうか?
「鰍も漬物も石の下」から来たのだそうだ(初耳) 
東御中沢ファーム産 巨峰 初冬完熟で高い糖度 ハシバミ(へーゼルナッツ)安曇野産(左)
とカリフォルニア産の差し入れも



レストラン花豆さんから猪肉と自家製ワインを楽しむ集いへのお誘いを頂く。
山荘仲間のIさんを誘い片道50km弱を駆る。
小海フインランド協会会員、松原湖高原別荘地、東御市などから17名が参集。我々軽井沢を除き、多くは夫妻での参加だ。

我が国の高度成長時代を企業戦士として、長年勤め上げて来られたつわもの達。
かっては、商社、金融、報道、編集、行政、エンジニアなどジャンルは多岐に亘り、多士済済だ。

今では農園や葡萄栽培、レストラン経営など第二第三の人生を思い思いの夢の実現に向け、志高く己の道を楽しんでいる。
そのためか、皆若く元気だ。実年齢を聞き驚きを連発。

我が山荘近隣にも猪の捕獲檻が設置され(前ページイノシシの捕獲罠)、捕獲されたときのお振る舞いが約され、待っているが未だ一度も実現していない。
「猪突猛進」といわれる猪は実はかなり警戒心が強いらしい。檻の鉄や人の臭いに警戒し、容易く罠にはかからない。

こんな折、猪肉を食べられるとは、遠路ながら勇んで出掛ける。
今回の獲物は地元猟友会の会長さんから頂いたものという。

花豆さんのメインディシュに加え、参加者が腕に縒りをかけた自慢の漬物、カラスミ、ジャム、辛味噌、ケーキなどがテーブル上に溢れんばかり。
また、貴重な自家製赤ワインが振舞われた。贅沢にも参加者の農園で収穫された巨峰を原料にした、ヌーボーながらフルーティーで甘く芳醇な出来で好評。

メインディシュの良く煮込んだイノシシ料理は臭いや癖がなく、シッコリとした歯応えで美味しい。牛肉の霜降りのように脂肪が少し欲しいが、自然の少ない食べ物で作られた肉にはそんな要求は無理というものか?

ユーモアを交えた自己紹介と近況報告が始まると、笑いが耐えない。時の経つのも忘れ、何と15:00時から5時間にも及び、飲み、食べ、しゃべり、笑いの楽しい時を過ごすことができた。


席上、小海フインランド協会小池理事長より長湖畔フインランドヴィレッジを引き継いでくれる先が見つかり、取り壊しの危機を回避することができたとの朗報が報告され、会員参加者からの安堵と喜びの拍手で湧いた。

-追伸 26年1月29日付-
フインランドヴィレッジを購入された方は当小海フインランド協会会員の公益法人日本サウナ・スパ協会の専務理事米田行孝様であり、26年2月にも今後の運営等について協議予定と言う。


 
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所属する群馬インテリアコーディネーター協会のイベント“暮らしのなにこれ工房” におけるワークショップの一つで
パンで作るリース作りを提案

八ヶ岳こぶちざわにある山のパン屋“桑の実”で焼いていただいたパンをベースにしたリース飾り作りを担当。

事前に会員達と作ったサンプルパンリースとともに自然素材を使った各種リース飾りを参考披露した。


          -暮らしのナニコレ?工房

            2012年11月17日10:00~18:00
                    18日10:00~17:30
<ワークショップ>
A.畳表で作るインテリア  B.もこもこウールのほっこりーす C.パンで作るリース飾り D.タペストリー(かべ掛け)
D.こけ玉つくり

<セミナー>
使うヒトの個性を、空間に表現するインテリアのヒント

於:群馬会館 1階広間
主催/公益社団法人インテリア産業協会関東甲信越支部 
共催/群馬インテリアコーディネーター協会 
後援/上毛新聞社
 
 
   
イベント会場のリース作りに関連したブース“FAMILY -家族の絆を深めるクリスマスからお正月迎え-”

以下、企業会員&会員たちの出展協力を得ました。
ステージ製作: (株)共同建設
パネルのクロス: (株)ホシケン(<株)サンゲツ 品番RE2958)
ピクチャーレール: 立川ブラインド工業(株) 品番VP-M
飾り台: インテリアショップRooming+
飾り台塗装:(株)関西ペイント 漆喰塗料 アレスシックイホワイト
小さな厨子(祈りのかたち): 軽井沢森の雫
照明:(有)コテッヂデザイン 鳥麗人<ヌードスタン廃品再生) 
パンリース(見本): 藤野、境野、パン工房桑の実ほか
各種リース&小物飾り: (有)コテッヂデザイン
山本龍前橋市長が会場に姿を見せ 成田会長、会員達と談笑
 


 
***パンで作るリース(Wreath)飾り  ワークショップ***
   
作成したパンのリースを掲げる参加の皆さん 初日〈左)と二日目〈右) 
 



 
-You Tube-
暮らしのナニコレ?工房
 群馬インテリアコーディネーター

(撮影・編集 K.Okada & K. Hiyamizu 
www.Fuwarilab.com)

 





~歴史・文化・風土とインテリアコーディネーター Pix Meeting ~

  関西ペイント販売 x 群馬インテリアコーディネーター協会
群馬インテリアコーディネーター協会の企業協賛会員である関西ペイント販売(株)が主宰する゛Pxi Meeting (ピクシーミーティング) "の対談に群馬インテリアコーディネーター協会が登場。

この企画は、関西ペイントが主宰運営するもので、全国各地のインテリアコーディネーター協会とのミーティングで、各地の歴史、文化、風土とインテリア、地域におけるインテリアコーディネーターの関わり方などを語ろうと対談形式で行われるもの。

今回は、4番目として群馬インテリアコーディネーター協会が選ばれた。

開催日:平成26年(2014年)12月3日
場所: 軽井沢町 こぶしざわ山荘事務所
参加者: 関西ペイント3名、群馬IC協会3名、撮影スタッフ1名、編集者1名 計8名

                            http://www.kansai-pxi.com/meeting/04.html






              tea break

       ~リース飾りのすすめ~  
                      
                                          12/6 ’13
 
禅宗の一円相
 
リース(Wreath)の語源は、花輪、花冠、輪、渦巻きの意。
本来はキリスト教の宗教祭事であるクリスマスにおいて飾られるもので、「永遠の環」、「永遠に続く神の愛」を意味する。

由来は諸説あるが、抗菌作用のある樅や柊などの葉を付け、魔除けにしたり、豊穣を願い松ぼっくり、麦の穂、葡萄の蔓、リンゴなどを付け、玄関を飾ったもの。
日本の正月しめ縄と似た役割と言える。


近年クリスマスが宗教とは切り離されたお正月前の楽しい行事の一つとして普及して来たのに伴い、リース飾りも宗教的意味合いから装飾的な色彩が強くなるとともに、素材や形も多岐に亘り、飾る場所や時期も自由な発想となっている。

クリスマスシーズンに限らず、縁起の良いインテリア小物の感覚で、玄関のみならず室内へ年間を通して飾りたいものだ。

年中飾られる場合はクリスマス飾りとは区別し、リボンの色や付属小物などを工夫して、シックな表情を醸し出したい。
クリスマスシーズンになると山荘地帯を散策する愉しみの一つに制作したものを拝見することがある。
やはり森と自然に抱かれた当地でのリースは過度な装飾や人工のパーツを避け、木の実など自然の恵み豊かに生成りのテイストを出すことがポイントで、これが必然的に年中飾れるものとなる。

こんな小さなものに制作者の暮らしぶり、美やアートのセンスが凝縮されていると言える。

左は禅宗で悟りの形象として描く丸い形の一円相。
どこまで行っても途切れることがなく、限りなく循環し続ける絶対の真理であり、心性の完全円満を表すと言う。


西洋日本どちらにしても、輪のリースは縁起ものだ。幸せを呼ぶに違いない。







 -2012~’13年 山荘のリース飾り- 

   

浅間山南麓林道から熊出没注意の立て札を横目に、大きな熊鈴をリユックに付け、いざと言う時に戦う樫の棍棒を手に森に分け入り、ベースとなる蔓を採取。
藤、葡萄、アケビ、スイカズラなど。
これに大量の唐松の実の付いた落ち小枝を集める。

山荘工房で作成にかかる。自然素材で野趣味溢れるワイルドさを目指す。釣り紐やポイント装飾には諸々試みみたが下界にあるような大きなリボンや人造装飾品は森の山荘には似合わない。

釣り紐だけでもと、オレンジ色のザックリした和紙?様の紐を何本も束ね、付けてみたがその部分が浮いてしまう。
吊り紐をやめ銅線で直接掛けることとした。

地場の自然素材ではないが、ナーサリーこぶしから小さなタカノツメトウガラシを採取、鮮やかながら少しの赤が枯れ枝にマッチ。
橙色のホーズキは、なんと軽井沢泥川の堰堤ブッシュの中にひっそりながら鮮やかに照り映える実を発見、夢中で採取したもの。

人家の庭で栽培しているものは時に見るが、人里離れた山里に沢山のホーズキが見つかるとは驚きと嬉しさで感激。
50個ほどを採取、リース作りのイベント時に持ち帰り素材として提供、流石に珍しく手に入り難い素材とあって綺麗になくなってしまい嬉しい限り。

自然素材で、ワイルドに力強い男ならではのリースが完成したと自負している。(群馬IC協会イベント“2012年暮らしのナニコレ?工房ブース展示したもの)
 





 
   
ナーサリーこぶしからラムズイヤーと食用ホーズキでフレッシュハーブリリースを 
暮らしのナニコレ?工房展示品
山荘の落葉積みに捨てられていたアナベルのドライアナベルで 
暮らしのナニコレ?工房展示品


~山荘の玄関とPotting Shedに付けたリース 自然味豊かにナチュラルカラーをベースにシックに装う~
 
   
黒い樹皮の“熊柳”をラフに丸めて 木彫朴葉の上に掛ける  藤鶴、唐松小枝&実、栗毬、食用ホーズキ、ドライアナベル、白樺と瓜肌楓のブランチバンデッヂ
   

   
大きな小枝リース 於2014年 potting shed
~フレッシュなモミに赤い造花を付けたクリスマス的飾り~
ありふれた輪では面白くないので塊で円を描く  
 
 
   
2014年こぶしざわ山荘 ドライ檜のベースに木の実   動きある蔓を残した創作リース 於2014年市街地
   
軽井沢バイパス沿い桜ヶ丘の檜の巨樹伐採から 
クリスマスが過ぎクリスマス的カラーを排除した地場ヒノキの毬果が沢山付いたリースに交換 年中バージョンに 清々しい香りが漂う     12/31 2012





            ~他所で見つけた年間を通して飾られる地場素材のリース~

   
軽井沢大橋を渡った山麓に広がる別荘地オナーズヒルの管理棟入口に飾られた自然味豊かなリース コンクリート打ち放し壁面にマッチさせて  (2012年9月)
 


 

~その他各地で拾った参考見本~
 
   
         赤坂9丁目“ミッドタウン”のSTYLE MEETS PEOPLEにて 数百枚のドライリーフを重ねる 上段とともに打ち放しコンクリートにマッチ 渋さが光る(12/6 2012)
 
   
クリスマスシーズンになると大きなモミツリーを準備するガーディナー の恒例作業
 
枝、バーク、ドライリーフ、ベリーや苔などの地被類も素材に 
 
上から
市販の枝リースをベースに斑入りの柊、雉の尾羽でポイントを
カラフルなアジサイの花を密に付けて 花屋さんならでは
輪状ではないが、松枝、尾羽、シナモンスティツク、フルーツ、小麦藁で束ねた
スワッグ(Swag) シンプルさを強調 
西洋柊、乾燥オレンジ乾燥リンゴ、胡桃、ナッツ、ローズマリー、松ボックリ、シナモンスティツク、ライムなど豊穣なリース用小物 
右下の白い実はミスルトー(ヤドリギ)小枝をクリスマスリースに用い、その下にいる少女にはキスしても良いという古い習慣がある
 




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こぶしざわ自然塾

―年中飾る自然の恵みの “ハッピーリース” をつくる集い― 


なぜ今頃リースなの?


通常リース作りはクリスマス前、10月~11月にかけてお花屋さんやフラワーアートの先生達の教室が各所で開かれます。 

私がおすすめ実践している年中飾る装飾リースを見て、山荘のご近所さん達が興味を示され(?)、リース作りの集いを開催して欲しいとの依頼を受け実施に至ったものです。

私のリース素材は、趣味の山野跋渉の折、樹木に絡みついている藤蔓を中心に採取し、その場で丸めベースとしています。
浅間の林道や碓氷峠など場所によっては
「熊出没注意」の看板を横目に採取するもので、自ずと巷の教室で作られるリースやスヮッグとは異にします。
フレッシュ素材や着色の人工飾りではなく男ならこそ採取できるワイルドな素材がベースとなります。
(本ページ前述の “ Tea Break” リース飾りのすすめ ご参照)

軽井沢ならではの自然の恵みをふんだんに使い、生成りの素材感を生かし、アーティステックで個性豊かなハッピーリースがご近所の山荘玄関を四季を通し飾られる日を楽しみに・・・。


開催日時: 平成26年4月27日(日) 13:00~15:30
ところ:    こぶしざわ山荘

その他: 参加者はご近所さん達の予約で満席のため募集はしておりません。

    
スギ、松(赤 黒)、唐松、ハンノキ、トウヒ、ヤブツバキ、イチジク、ザクロ、クリ、マテバシイ、ネズミモチ
メタセコイヤ、ムクロジの実 白樺枝・皮 
 
   
主催者は、3人ならぬ5名の女性のしさに圧倒され大きなテーブル一杯に繰り広げられた制作中のスナップを撮るのを忘れてしまいました。

制作開始に先立ち開催提案者の開催依頼に至った経緯の説明に続き、15個ほどの蔓ベースから好みのものを選ぶ。
珍しい黒い樹皮の
「クマヤナギ(熊柳)」は3個のみ, 全員希望のためじゃんけんで。

枝の凹凸を剪定バサミで整え、吊元位置と表裏を決める。

作品制作は個性豊かに進むも、ベース素材を覆わず地場の生成りの素材を生かすため木の実パーツを付けるのにグルーガンでは上手くいかず手古摺る。

松ぼっくりなどの大きなものは針金でアンカーを付け、ベースにインパクトドリルで穴開けして瞬間接着剤の力を借りて付ける。
グルーガンでの接着は弱く、リースを持ち上げて眺めようとするとボトボトとパーツが落ちてしまい騒然。
3時間かけても道半ば、完成は家に持ち帰りじっくり腰を据え完成させることで作業は終了。楽しみの茶会へ。

茶会も賑やかに、主催者としては楽しい場を提供できたのではないかと?
個性豊かな地場素材のハツピーリースがご近所に飾られる日を楽しみに。
 




こぶしざわ自然塾

地場木材から作る 幸せを呼ぶ ふくろう(梟) を作る集い

初回 平成27年8月28日(金)
 2回目 平成27年9月16日(水)  
                   3回目 平成27年9月29日(火)(最終回となることを目指したい)


 
H27年4月軽井沢南ヶ丘から伐採されたホウ丸太2本から製材加工で採取した4本の角材 120㎜x130mmx780mm
バードカービングで使われる南洋材のジェルトンやチュペロは柔らかく加工しやすいが、このホウ材は版木などで使われるとは言っても大きな塊を削り出すのは容易でない。
安価にあげることと、燃されてしまう地場材を利用することに意義を見出したい 。
角材を22㎝~24cmの長さに切断し鉈でフクロウの粗形が準備される。 
ここまで加工されていないと、彫刻刀ではとても歯が立たない。 特に非力な女性達には扱えない

奥はリンゴの古木洞に入れたフクロウ、小諸のリンゴ農家から近所のNさんが薪として入手した物を頂いた
こぶしざわ山荘玄関梁上のネズミを捕獲したフクロウ
室内2階窓にも別のものが置いてある。
これらを見ているご近所さんからフクロウが作りたいとの希望を受け、今回のテーマが実現された
 
完成品は森の自然にマッチさせるため雨を避けた屋外に置きたい。
その意味でもできるだけリアルな表情が求められる


フクロウの種類 
フクロウ目に属する鳥は地球上に224種類いると言われる。
内、キンメフクロウ、シマフクロウ、アオバズク、コノハズク、トラフズクなど11種類が日本に生息。

コノハズクやトラフズクのように羽角という耳のような飾り羽がある種がミミズクと呼ばれている。


フクロウ由来
世界中で古代から信仰の対象とされ、古代ギリシャでは知の神アテネ女神の使いとして「グラウス」と呼ばれ、キンメフクロウが崇められ他のフクロウとは区別されていた。

日本の風水などでもフクロウの首は360°回転できることから、
「首が回る」、お金に苦労しない商売繁盛の縁起物とされ、「夜の闇を見通す」フクロウの目は物事の真実を見極め、隠れた金運や幸運を見つけ出す力の象徴とされている。

また、福が来ると書いて
「福来」と呼ばれてきたほか、福が籠る「福籠」や、幸せに老いる「福老」、苦労知らずの「不苦労」など幸運をもたらす福の鳥=吉鳥として、さまざまな良い事づくめの由来が伝えられている。

・点眼力・・・人相、手相見などの力
・洞察力・・・見抜く、見通す力
・神通力・・・何事も自由自在にできる力

目指すフクロウ像
フクロウの種類は世界中に224種類いるといわれ、驚くほどその姿、形は大小さまざまである。
それ故、絵、彫像、焼物、イラスト、ブローチなどあらゆるジャンルで多くのフクロウを目にすることができる。
そんな中、今回モデルにした種は古代ギリシャでアテネ女神の使いとされ、フクロウの中でも別格の「グラウス」と呼ばれたキンメフクロウに肖りたい。
その中でも特に小型の「コキンメフクロウ」をフクロウらしい端正な顔つき、小型で加工のし易さから選んだ。

土産店やイラストなどで目にするフクロウはそのほとんどがデフォルメされたりマンガチックなものである。
この講座では屋外の自然と融合させ、初めて見る者に驚きと感動を与えられるようなリアルで真迫性を持ったフクロウが理想だ。

然れどバードカービング材のような軟材ではないためバードカービングのように繊細で細密加工は無理である。
梁や窓枠などに置き、粗を隠せる遠目から眺めるものとし、顔の表情に力点を置き、適格でリアルな形に拘りたい。

どんな鳥相のふくろうができるか、制作者の個性を写した完成作品が楽しみだ。


金運や商売繁盛を願う象徴として、厄除け、家内安全、延命長寿、冨気繁栄祈願の縁起ものとして、自ら製作したオリジナルで慈愛あふれる作品を目指したい。!!



       ~吉鳥 “フクロウ” 制作2日目~
              (9/16 2015)


右下、サンプルとして制作したものを見て、俄然ヤル気が出たのか、力を込めるため立ち姿で無心に取り組む。(右上)

目玉のガラスアイを嵌め込む穴が窪みの奥結構な掘り込みを要する上、目玉を上瞼に少し隠れさせるため丸刀での掘り込みに苦戦。
ガラスアイを試しに当てて、生き生きとする表情に思わず歓声があがる。

頭や羽根部分の粗削り凹凸をナイフで滑らかに削り、鉛筆により羽根を描く。
翼の上部から小翼羽、雨覆、飛ぶための主翼である風切と描き、今日はここまでとして彫は自宅での宿題とする。

本日の制作時間2時間程の後のティータイムでは「次回はガラスアイの定着、彩色、完成と最終回を目指したい」との力強い言葉に、そう願いたい思いと、口では彫れない思いが交錯、複雑な気持ちにさせられる。

 
無心に取り組む 時として冗談が飛び出し笑いも 
 
  サンプル制作 穏やかな表情と好評 
   

~吉鳥 フクロウ” 制作 3日目(9/28 ’15)4日目完成日(9/29 ’15)~ 

 
参加者の豊かな個性を写す完成作品
4日目、延べ制作時間自宅作業を入れ、およそ9時間ほどでついに完成。
4羽とも制作者の思いが映り、個性豊かな表情を見て驚きと感激。
 
もともと豊かな表情を見せるフクロウ故に作品対象として興味は尽きない。

粗型は準備されたものの、固い大きな塊に最初はどうなるものか心配されたが、形が整い、ガラスアイを試しに入れて、フクロウらしくなってくる過程に俄然ヤル気が出て、一気に完成 まで持って行きたいとの思いで2日連日を希望され完成に漕ぎつけた。

かって私が教わったシジュウガラなど小鳥のバードカービング教室でも、完成までの所要時間は15時間程要することを考えると約半分の時間、割れや目元の埋め戻し、嘴の艶出しなど乾燥を要する作業が完全でないなど急ぎの弊害はあるも、熱意溢れる頑張りに脱帽。

バーニングペンで日付と制作者名を焼き入れ、やり終えた物づくりの楽しさや充実感に浸る。

4羽並べると個性豊かな表情に知性と思慮深さが伝わってくる。
荘厳ささえも漂わせていると言っても言い過ぎではない。

左から少し大き目なMr.Sさん、Mさんの作品 16mmのガラスアイで穏やかで可愛さが。

Gさん作品 制作プロセスでは猿や飼い犬、制作者本人に似ているなど評が二転三転するもスマートで凛々しい種に仕上げる。(14㎜ガラスアイ)

右端 唯一横向きの拘り派Mrs.Sさん作品
「可愛いとは言わせない」と 端正で鋭い目付きがまさに"夜の闇を見通す”雰囲気を漂わす。(14mmガラスアイ)


自然に溶け込む置き場所を決め、各戸に吉鳥フクロウの功徳が齎らされることを願いたい。
 





 
 Oさんから戴いた軽井沢に生息していたふくろう 平成28年初詣高崎観音山
人気者ふくちゃんが迎えるかどや分店で求めた黒いふくろうのミニチュア 







―児童館のイヴェント リース作りに素材の提供―

 
旧高崎市街に3か所ある児童館の一つ井野児童館でお世話になっている娘と孫。
井野児童館は井野駅から徒歩圏内の平屋建ての広々とした建物。
幼児が保護者と一緒に集い、楽しいイヴェントが盛り沢山、ママ同士の交流も盛んに行われている様子。

娘からママ達でリース作りをやりたいので、リースベースと付ける素材が欲しいとの要望を受け、沢山の自然の恵みを提供した。

リースベースは、
クマヤナギ(下段にクマヤナギのことを掲載)を中心に輪にし、付属パーツは木の実など約30種類を揃えた。

 
   
色鮮やかな個性あふれる作品群  赤いリボンや花はママ達が持参 
   
   
持参されたバイオレットの生花でシックに装う 

サワラの青葉、トチ、トウヒ、ヤブツバキ、マツボックリ、カラスウリザクロ、ウバユリ、シャリンバイ
など目一杯付けて、思わず笑いが 




 
              tea break

     ハッピーリースに無病息災の素材=無患子(むくろじ)を付けて~ 
                      
                                   12/19 ’16
 
  無患子(むくろじ)はムクロジ科の落葉高木、我が国では新潟、茨城以西に自生する。学名はSapindus mukorossiでラテン語の石鹸を意味する。果皮はサポニン(Saponin)を含み、水につけ揉むと泡立ち、昔は石鹸の代用として洗濯や体を洗ったという。

子供のころ私の田舎の隣家裏手に堀に囲まれた屋敷森があり、石仏とこの巨木があったのを思い出す。今はもう耕地整理とやらで雑木林や堀は埋められ、墓地までも掘り起し一か所に整理されてしまい数百年の老木や巨木も伐採されて昔の田舎風情はなくなってしまい寂しい限りだ。
この無患子は数年前、自然が残る散策コースとして好きな高崎の烏川堰堤に残る雑木林から落ちていたのを見つけ、以後毎年初秋になると拾いに出かける。これを見つけたときは子供の頃を思い出すと共に嬉しさが込みあげたのを思い出す。今では自分一人の秘密の場所としている。
縁起の良いリース=輪、和、途絶えることのない永遠の真理に無病息災の縁起実を付ければ鬼に金棒、これ以上の縁起物はない。
成っている頃、硬い表皮はこんな色をしている。
熟して落下する頃は右のような黄褐色になる。
 
硬い殻を破ると艶のある真っ黒な種子が出る。   

無患子は文字通り「患いを無くす」、「無病息災」、「厄除け」の効能として、お守りや数珠玉に。
また、硬い黒い種子は
厄を跳ね返すといわれ、平安時代からの遊び、羽根つきの(おもり)として使われて来た。

近年はこの無患子の木は前記した耕地整理や開発で伐採され、僅か鎮守の森や手つかずの雑木林などに名残を留めている程度と言った状況だ。
加えて、この木の持つ厄除けや縁起の由来も忘れ去られてか、植樹でも選ばれることは少ない。
こんな状況から無患子の本物実が入手し難いためか、錘は樹脂などの代物に替わり、無患子の由来も知る人は少ない。


山荘だよりVol.7
新軽井沢自然塾 森の恵み=
森の黒真珠〝無患子” で作るハッピーストラップ、ハッピーネックレスなど。

 



 ~クマヤナギ(熊柳)のこと~
軽井沢文化協会会員の堀川氏が「クマヤナギ」について季刊会報夏号「軽井沢たより」 に寄稿されています。
昔の生活の中での自然との深い関わりなど体験者ならではの話しです。
植物学者の著作ではここまでの内容は知りえません。
体験に裏打ちされた貴重な話しを語り継げる方達も年々少なくなる中、興味深く拝読しました。


こぶしざわ山荘玄関のクマヤナギのハッピーリース
緑黒い樹皮の美しい素材感を生かし、シンプルかつラフに。
柑橘の橙(だいだい)と同様、1年かけて実が熟し
花と実が同時に途切れることなく、
代々繁栄を続ける縁起もの
軽井沢たより No.57 軽井沢文化協会 2013年7月19日発行
●自然観察● 「クマヤナギ」 堀川正登

「クマヤナギ」-クロウメモドキ科クマヤナギ属と書いても、軽井沢や周辺地域では分からない人がほとんどと思います。
クマヤナギは、日本全土の山地や山裾などに自生しています。中国や朝鮮半島にも分布しています。
つる性の落葉低木で、別名クマブドウ・クマフジ・トウズルなどがあります。軽井沢周辺地域では「クマンド」といわれています。
茎は森の力持ちの熊でも切ることができないくらい強靭で弾力があり、葉は細長く柳の木の葉に似ているから「クマヤナギ」と名がついたといわれています。

今は、生活用品に金属やプラスチックが多く使われ、また生活様式も変わって山野のものは使われなくなってきています。

クマヤナギの茎は傘の柄・杖・馬の鞭・かんじき(雪の上を歩くときに足が沈まないように靴に取り付ける用具)の材料になったそうです。
また、葉と茎は漢方薬として健胃・整腸・胆石に用いられました。若葉は山菜として天ぷら・おひたしとして食されました。実は生食・果実酒にしました。

クマヤナギは八月ごろにブドウの花のように房状に四~五ミリの白色系の五弁の花を咲かせます。
実は八月下旬ごろから緑が赤色に、そして熟して黒色の小豆ほどの大きさになります。
花が咲いてから実が熟すまでとても早いですが、これには訳があります。
花が咲いて受粉しても実が成長するのは次の年になってからです。
受粉してから落葉して冬の休眠の後、春になって若葉が芽生えてから実の成長が始まり、夏の終わりから初秋に熟します。たっぷり一年かかっています。

身近にある自然と日常の生活が疎遠になって、昔から受け継がれてきた知識や技術が途絶え、その技術を形にするために考案された工具がなくなりといったことで、クマヤナギをはじめ自然との関わりの中から伝来されてきた諸々のものが消えてゆき、その再現が困難になってきています。
これは伝統文化の喪失といっても過言ではありません。
今の生活用式を変えることはできませんが、自然との関わりを振り返り再考してみたいですね。
新たなる多様な関わりがいっぱいあるのではと思います。




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 群馬IC協会会員向け 第2弾 
~軽井沢追分水辺のオープンハウス&景観探訪~

 
温水路で遊ぶカモ    温水路に飛来のハクチョウ番 


平成26年5月7日(水) 11:00~14:00
場所: 軽井沢追分 温水路域(御影用水水辺域)
スケジュール(見学順路): 事前勉強会(於 こぶしざわ山荘)→平野氏邸(講師・案内)→H様邸→K様邸(外観)→水辺界隈景観→水屋付山荘→T様邸(工事中 外観)→旧飯箸邸(フレンチレストラン ドメイヌ・ド・ミクニ 外観)→平野氏邸

<H様邸オープンハウス>
総合プロデュース: VILLA NORD 3620 平野充氏
設計・管理: Life環境デザイン 井野勇志氏
施工: (株)堀内組 軽井沢営業所
コンセプト: 寒冷地における効率断熱、湿度対策とランニングコストを抑えた地球環境に優しいプラン。
        自然豊かな周辺景観に融合したインテリアとデザイン性。
 


以前当協会で平成20年11月1日(2008年)に開催した「軽井沢水辺の景観セミナー」の講師をお願いした平野氏がプロデュースした40代夫妻が周年利用するセカンドハウスをお引渡し前に群馬インテリアコーディネーター協会会員向に見せていただけることになった。

会員の関連商材である塗装漆喰壁材、イージーチェア、照明具(玄関灯、ペンダント)を採用いただいた経緯もあり特にお願いし実現した。

前回実施した「軽井沢追分水辺の景観セミナー」以降、平野氏の関わった山荘に加え、周辺景観も変貌しつつあるためオープンハウスのみならず、水辺域の
景観散策を兼ねた企画とした。

5月の連休明けとあって参加できる会員は限られるのではと心配されるなか、会員同伴者を含め11名が参加した。

オープンハウスは一部書斎の二階部分と愛犬のためのスペースが確保された建築面積50坪ほど。
外壁は周囲に溶け込んだ自然色のソトン壁、内部は大きな古材梁が天井を引き締め床も古材色にあわせた自然塗料の無垢材床に純白の漆喰塗装壁が映える。北欧のイージーチェアウエグナーのGE290ハイバックユーズド(張り地ダークブルー)、LDのペンダントPH4/3が気高く納まる。
平野氏からセルロースファイバー断熱材の効用やデザインコンセプトの説明あり。

自然の中に融合した色、デザイン性、落ち着いた品の良さが心地よい感慨を与えてくれた。
 


   
外観見学のK様邸をバックに 温水路遊歩道にて参加者   温水路をバックに 温水路遊歩道にて参加者
   
   
ランチを取りながら温水路の歴史、近年の水辺環境、旧飯箸邸(現ミクニ)など見学ルートの事前勉強会 1室5~6名の狭い山荘のためL.Dとサンルームに分かれて  於 こぶしざわ山荘 
   
     
長閑な温水路 上流工事のため生憎水量は少なく淀んでいた。皮肉なことに翌日水を湛えて一層綺麗な流れに
時として、
鴨や白鳥が泳ぎ異国風長閑さに風情を添える
左は上流より、右は下流より望む、右岸は舗装された遊歩道が900m余に亘り続く。 
昭和モダニズムの傑作ドメイヌ・ド・ミクニ 連休明けの休業のため庭に入れて頂く 北西隅の和個室に長大作氏デザインの低座椅子がガラス越しに見られた 
     
 
ソトン壁に玄関灯トルボー220ウオールアルミ色 (H様邸)がマッチ 純白の塗装漆喰壁にウエグナーGE290ハイバック ユーズド(H様邸) 玄関灯はトルボー220ウオール黒色塗装(T様邸)


軽井沢追分の水辺とは~
 
江戸初期に小諸藩の藩田として、後に徳川幕府直轄の天領(石高3万石)となった小諸市の東南に位置する新田(御影区、一ッ谷区、谷地原区)の灌漑用 水として柏木小右衛門(かしわぎこえもん)(1608~1686)により苦難の末開削された用水路。
新田の一つ御影区の地名から「御影用水」と呼ばれる。

その源は、1.中軽井沢千ヶ滝を源とする上堰(地元では“うわせんぎ”と呼ぶ)1650年に完成させた全長28km。
2.軽井沢から峰の茶屋に抜ける有料道路脇の白糸の滝(小瀬)を源とする下堰(しもせんぎ)=湯川 1652年に完成させた全長36km。

今回見学の水辺エリア(温水路沿域)は上堰と下堰の合流地点の下流に位置し、昭和になってから江戸開削の旧水路(千ヶ滝西区の1,000m林道から南に下ったところであろうとされている)より南下し、その機能から平坦な地域に人工的に造られたものである。
冷たい浅間山の湧水を温め稲作の生育に適する水温に近づけるために川幅を広げ、水深20cm~30cmほどの浅瀬のゆったりとした流れを作り太陽熱で暖めるというものである。 長さ934m 幅20m 左岸は用水路の管理用を兼ねた舗装された遊歩道となっている。
場所によっては浅間山の雄大な山容を望め、隠れた散策の快適スポットとなっている。

なお、現在の御影用水の水利権は昭和29年に小諸市、佐久市、軽井沢町、御代田町の二市二町に土地改良組合が設立され、各々へ灌漑用水として多くの取水口より分水されている。
因みに、今回ランチを兼ね見学会の事前勉強会を行なったこぶしざわ山荘敷内の小さなクリーク(こぶしざわ)も直ぐ北の上堰から取水され下流の4枚程 の小さな棚田への灌漑用水となっている。

近年この水辺、御影用水温水路沿いにはデザイン性の高い別荘や住宅、レストラン、カフェ、ギャラリーなどが増え、長閑なヨーロッパ的田舎の雰囲気を 醸し出し、雄大な浅間山山容のビューイングが望めるため近隣の人達のみならず散策に訪れるリピーターが増え、隠れた人気スポットとなっている。

見学の一つとなった「旧飯箸邸 フレンチレストラン ドメイヌ・ド・ミクニ」は20世紀建築界最大の巨匠ル・コルビジェに師事した坂倉準三(1901~1969)によって1931年(昭和6年)に男爵團伊能の別邸として世田谷等々力に建てられたもので、取り壊しの危機から保存運動に発展、東京四谷の名店ホテル・ド・ミクニの三國清三氏が引き取り、多額の費用をかけ軽井沢のこの地に移築したもの。 團伊能―飯箸―今泉篤男―ドメイヌ・ド・ミクニ

この建物は、混乱の時代にありながら素材や細工には目を見張るものがある。例えば床は今では貴重なチーク材であり、ところどころに職人技の繊細な細工が施され必見の価値がある。
なお、家具デザイン界の長老長大作氏(1921~)が1947年坂倉準三建築研究所に入社し、1960年に発表した「低座椅子」は同年グットデザイン賞を受賞。
ドメイヌ・ド・ミクニの座敷個室で見ることができる。

―その他水辺界隈の店―
○カフェ: 「カフェ・グルマン」 ドーム型 テラス席はペット同伴可
       「キャボット・コーブ」 アメリカ生まれのポップオーバー(卵生地を高温で焼き上げ、弾けて飛び出すデニッシュ風)
○ギャラリー: 「ジグザグ」 写真家遠山孝之の写真ギャラリー
○テイクアウト惣菜: 四季彩

ほかに今回外観見学の工事中T様邸は和食処を、また水辺脇のオランダ風風情を漂わす平屋建てでは今夏カフェのオープンが計画されていると言う。

 

群馬インテリアコーディネーターHPでもアップしています。 http://gicc-gicc.com/report.html 

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今や全国的に、深山にまで繁殖している西洋タンポポ、明治時代に食材として西洋人が持ち込んだものと言われている。
野草ではないが、ルバーブは、西洋人が母国からジャム食材として、軽井沢に持ち込み、野尻湖周辺への移住(逃避行)に伴い伝播されたと言う。
今や野尻湖、斑尾高原周辺地域が日本の一大産地であると言う興味深い、食材のトレースがある。

ここ軽井沢でも西洋タンポポは外来種として、単位生殖と強い耐寒性からすさまじい勢いで繁殖し、浅間南麓の林道、深山にまで広がり、その生命力には驚かされる。
軽井沢の山荘でも庭一面が黄花で覆われている光景を目にする。外来種敵視からその駆除に躍起となるも、簡単には駆除できそうにない。
一層、食材として見直し、「花、若葉、根の全草が食用になります。せっせと食べたら」と言ってはみても、サラダにしては固く、苦味が強いためアクセントに
入れる程度、根をキンピラや漬物にするも、下ごしらえが大変筋が気になり、いま一つ。
欧米人と異なり、サラダ材に柔らかさを好む日本人にはバリバリした葉は好まれない。

クレソンはサラダ、鍋にして美味しく、湯布院温泉ではクレソン鍋が今や名物となり、それを求めてリピーターが多いと聞く。
やはり美味しいものは、絶える運命にあり、軽井沢でも、かって7,8年までは、御影用水の上流、セゾン美術館かみの清流や中軽井沢の沓掛神社した湯川には
沢山のクレソンが繁茂していたが、今は、僅かその痕跡を見つけるのがやっとと言ったところ。
近年激減した原因が、乱獲されたためと、簡単に片付けるのは信じ難い。

同じことが在来の゛セリ"にも見られる。半世紀前には田舎の水田土手や畦の湿地を中心に、いたるところに繁茂し、年寄りに連れられて、セリ採りに行った記憶が蘇る。
近年田舎でセリを見つけるのは容易でない。軽井沢でも鳥井原や茂沢の水田地帯に僅か見られる程度である。
昔あれだけ日常的に採取できたものが、なぜ激減してしまったか、クレソンと同様、原因が定かでない。人為的とは思いたくない。気候変動の環境変化によるものなのか。

 
高崎市内烏川に注ぐ小川に繁茂するオオカワジシャ(ゴマノハグサ科手前薄紫色花))とクレソン(セリ科、奥白花)共に明治時代に渡来したと言われる。オオカワジシャは、クレソンと同様サラダ材となる。
軽井沢では見かけない。葉柄のない互生葉の根元から花穂が互生する。日本に古くからあるカワジシャは少し小形,近年激減し、危惧種として、関心を集めていると言う。 
      5/23 '11
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~雪の山荘~

新年早々雪に見舞われ山荘はスッポリと雪に閉ざされた。1月15日から降り始め明朝までに50cm程の当地では大雪となった。
一晩で車や樹木が覆われ、翌日中も少し降り続いた。このままでは4Wスタッドレスの愛車X-TRAILでも脱出困難。
除雪がされた表の道まで10m程の雪かき作業を開始した。、冷気のなか心地良い汗をかきながら延べ3時間程で終了。
冬、とりわけ雪の軽井沢が好きという人は少なくない。

真夜中にしんしんと降る雪を家の灯りを消しガラス越しに見つめていると、サラサラと降りしきる音で森の静けさはさらに増幅されるようだ。夜が明け一転快晴となれば、
上空の落葉木の枝に積もった雪に朝日がさしキラキラと輝き白銀の別世界と化す。樹間を抜ける道に出る。モミやイチイの枝葉が雪で撓み景色を一変させる。

今朝野ウサギがつけた足跡が森の中へ続く。辺りに餌を求める四十雀の鳴き声以外人影もなくシーンと静まりかえる。
モミやイチイの針葉樹に挟まれた道の行く先を見通すと一瞬北欧の森に佇む錯覚を覚える。.


     
軽井沢は雪の少ないところ。4年~5年に一度くらい雪に覆われる。2011年2月11日から降り始めた雪は積雪30cm程、辺り一帯はひっそりと静まりかえり、山荘の硝子や外壁の色が一層鮮明に浮かび上がる。白銀の一色と澄んだ冷気がコントラストを際立たせるためであろう。
上段は4年ほど前の大雪、今回は先回ほどではないが、立春後のうれしい兆しを感じる。
          2011年2月12日朝



  ~2012年1月の初雪~

一昨日夜から降り始めたこの冬初の雪らしい雪。大寒の今日(1月21日)午後の積雪は26cmほど、未だ降り続けている。
予報では明日も雪だと言う。30cmくらいは積もるのだろうか。長靴を履きデジカメを持ち、山荘近隣に雪の被写体を求め出かける。

 
 こぶしざわの小滝と上流、取水口のある御影用水本流 (千ヶ滝湯川用水) 
     
 
用水端に建てられた不思議な山の神の標識   美しい小屋の一つに選んだ休耕田に佇む小屋 
     
     
  ~昨夜(1/21 '12)に降った雪は、今朝28cmまでに、(1/22 '12 朝写)~ 
 
                 山荘前の道  寒波続きで事務所サンルームに1mほどのツララがキラキラ輝く こんな長いのは珍しい  1/31'12、    雪に埋もれる山荘
 
 
春の巣作りに備えシジュウカラが頻繁に出入しチェック  雪に埋もれる千ケ滝を源の御影用水からの分流 “こぶしざわ”とそこに架かる〝はるにればし” 
   
   


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~空前の記録的大雪でこぶしざわ山荘孤立 2014年2月~ 


2月14日から降り出した雪は2日間に亘り降り続き東日本をスッポリ覆い山梨、群馬両県の県境では多くの集落が孤立し,ほぼ解消するのに1週間程を要した。

寒冷地でありながら雪の少ない当地軽井沢でも空前の大雪となった。
各地で統計を取り出してからの積雪量といわれ、最も古い観測歴史では1879年以来135年年振りという。

当地軽井沢でも1923年(大正12年)に軽井沢測候所が浅間山火山観測を主に設けられたのに続き1925年以来89年振りの積雪であった。
いずれにしても、全国、軽井沢ともに開闢以来の大雪といえる。

ここ浅間南麓こぶしざわ山荘事務所周辺の19日天空箇所での最深値は70cm程度であったが、場所によっては積雪最深度は1mを超えたという。

幸い14日夕、雪降りしきる中を車で52kmを帰宅、もう1泊していたら山荘に閉じ込められ動けなかったことを考えると難を逃れたことに胸を撫で下ろす。
翌日15日には碓氷峠は閉鎖され、群馬県安中から長野県軽井沢、御代田にわたり国道18号は数百台の車が立ち往生し、3日間動けなくなった様子が報道された。
緊急事態に場所によっては仮設休眠所が設けられ炊き出しも行なわれたという。

山荘事務所の飼い猫コブの心配もあり、碓氷峠開通のニュースを待って18日に自宅高崎より山荘までの56km余を4WDスタッドレスタイヤ車で向かう。
除雪後の一斜線のためか安中一帯は渋滞ながら碓氷峠は順調で山荘事務所まで約3時間を要し、通常の倍以上ながら無事到着。

除雪された道から山荘までの脇道7~8mは60~70cmの積雪。
取り急ぎ除雪されていた表の道に1台駐車スペースを除雪し確保、取り急ぎ山荘までをスコップで除雪。獣道様の狭い堀跡で玄関に辿り着く。

心配していたネコのコブがベランダの保温小屋から姿を現し、乾燥餌も少し残っており無事を喜ぶ。
ご近所や仲間からの雪中見舞いの電話や言葉に感謝。

車は道端の臨時スペースに2夜止め置き、その間に山荘敷内駐車スペースまで2日間かけて人力除雪。
首や腕そして腰の痛みもほどほどで、自宅の除雪から連続4日間の運動量からすると我ながら信じ難い。健康のあり難さを改めて実感する機会となった。

 

重機除雪、表の御影用水路端道路 左が山荘への路地入口  表道路から山荘入口まで10m程の接道を望む 人力除雪により両脇に1.5~1.8mの雪壁 
     
     

軽井沢では16年前の1998年に大雪といわれた深度約70cmの積雪量を記録しているが今回大幅の記録更新となった。

地球温暖化による異常気象の影響が心配されるが、気象学者日大の山川修治教授は「直接的ではないが間接的に地球温暖化の影響を受けている可能性がある。」と警告している。
ここでまた深刻な温暖化対策への啓蒙を強くさせられる。

30~100年に一度ならまだしも、こんなことが近年中に繰り返されるとなると、年中利用や常住化が進む当地でのライフスタイルや建築場所選定にあたって憂慮の種が出て来たと思えてならない。


 





                JR電車、JRバス、しなの鉄道乗り継ぐ徒歩の旅     2016年1月21日(木) 

1月18日を初日とし、2日に亘り降った雪は一昨年に次ぐ積雪。
山荘事務所へは機械除雪される表の御影用水側道からの僅か10m足らずの山荘入口道路には仮駐車スペースが無く、除雪作業が出来ない為高崎の自宅から電車、バスを乗り継ぎ徒歩で出掛ける。

自宅から山荘事務所への車で通い慣れた道、.何時か機会あれば電車でのんびりと行ってみたいと思っていたが、大雪到来でついに実現、楽しみと不安な気持ち。
長靴と現地での買い出しが出来ない為若干の食料をリユックに詰め勇んで家を出て、徒歩で高崎駅へ。 


JR信越本線 JR高崎駅(11:20発)―北高崎―群馬八幡―安中―磯部―松井田―西松井田―横川(11:53着) 500円

JRバス 
横川(12:10発)―軽井沢駅(12:44着) 510円

しなの鉄道 軽井沢駅(13:05発)―中軽井沢駅(13:09着) 230円― しなのおいわけ―みよた―ひらはら―こもろ―しげの―たなか―おおや―しなのこくぶんじ―うえだ―にしうえだ―テクノさかき―さかき―とぐら―ちくま―やしろ―やしろこうこうまえ―しののい―いまい―かわなかじま―あもり―ながの―きたながの―さんさい―とよの―むれ―ふるま―くろひめ―みょうこうこうげん

徒歩 中軽井沢駅―こぶしざわ山荘(45分 雪中と写真を撮影のため通常時間約30分を超える)



JR信越本線安中から松井田の間、進行方向右の車窓から見る榛名山から碓井峠まで続く山並の遠望。
長野新幹線の「安中榛名駅」は此の山麓にある。

車で18号を行き来している時は線路の位置は無関心であったが電車に乗ってみて初めて並走する車道との位置関係を意識し確かめる。

高崎駅を出て国道18号の北を並走、安中駅の手前碓東大橋の西で国道の下を横切り18号の南へ、安中駅から18号南を並走、横川駅手前五料跨線橋で再度18号を横切り、18号の北へ、そのまま横川駅へ。

 

横川駅の南目前には国道18号と碓氷川を挟んで奇岩妙義山の北端山並みが迫る。この山の西裏に麻おノ滝や第二不動の滝がある。

高速上信道は18号の南を妙義山へ向かい走るが、ここより少し手前の妙義松井田妙義ICを過ぎると、岩の妙義山を避けるように大きく右に迂回、五料で18号の上を横切る。
碓氷峠に入り少し上った岩山を越えた入山辺りで再び18号上を右から左に横切り、軽井沢の南端に位置する碓氷軽井沢ICへと向かう。
岩山の難関工事を避け、迂回させたのだろうか、勝手な想像域を出ない。

右に高く立つ白い塔状のものは碓氷峠鉄道文化むらの入口看板。

 
 

さあこれからはJRバスで碓氷バイパスの全行程23
kmの入山峠越えだ。
横川駅からすぐ下、駅と国道18号の間に発着場所がある。
直ぐ西隣には碓氷峠鉄道文化むら(安中市松井田町横川) が。
このバスは1997年(平成9年)に廃止された鉄路、信越線横川駅―軽井沢駅に代わって運行されている。
旧鉄路は現在、隣接する鉄道文化むらを起点にとうげの湯駅間2.6㎞に遊具扱いの観光トロッコ列車(シェルパくん)を休日を主に運行させている。
鉄路廃線から20年にあたる2017年の鉄路復活開通の構想があり、安中市と軽井沢町の両首長は具体化に向け、体制の整備を進めているという。
急勾配の登り下りの安全対策や膨大な初期投資など前途多難と言える。
碓氷峠越え専用の電気機関車EF63(通称ロクサン)の復活雄姿が見られることを待ち望みたい。

6日前に起きたあまりにも悲惨なスキーバス事故の直後だけに不安が過る。
乗車して間もなく「安全運転には万全を期しておりますので、ご理解下さい」との車内アナウンスがありホットさせられる。


 

第三セクター運営のしなの鉄道で 軽井沢駅から一つ目の中軽井沢駅まで。
軽井沢駅南のアウトレットモールは中国語で大賑わい。
この車内にも若い男女7,8人の中国語が車内を賑やかす。
軽井沢から何処へ行くのだろうか。

しなの鉄道 設立:1996年5月1日 資本金:23億9,245万円 株主:長野県73.64%を筆頭に長野市、沿線⒑市町村、八十二銀行他
開業当初は軽井沢―篠ノ井間65.1km
2015年3月14日にJRと乗り入れで長野まで、長野駅からはJRからの委託を得て北しなの線として、妙高高原まで(37.3㎞)を結ぶ。


 
軽井沢駅構内2階くつかけテラスのホール入口に2種の北欧調のペンダン照明。1階の図書館内には夥しい数が。北欧のものと見紛うフォルムはヤマギワ特注のオリジナルと言う。デザイン性豊かなシェドーやリフレクターは教会や図書館などの公共建築を多く手掛けたフインランドの名匠アルヷァアアルト
デザインのペンダント照明AT-07を想起させる。

―中軽井沢駅舎、図書館、くつかけテラス―
設計監理:元請(株)トーニチコンサルタント(東京渋谷)
協働設計監理:(株)宮本忠長建築設計事務所(長野市)
宮本忠長氏は長野県建築士会名誉会長であり、小布施町の修景事業に関わる多くの作品を残している。
(宮本忠長氏 逝去 平成28年(2016年)2月25日89歳)

 

中山道古宿辺りには石仏、石碑や老樹(柳)が往時を偲ばせる。
ここから北西へ300m程の国道18号の北沿いには樹齢300~400年と言われる檀〈マユミ)の大木がある。これは江戸時代前に小太郎山(現太郎山)の麓に大きな集落の古宿(こじゅく)があり、小太郎山にあった氏神様の参道に植えられたものであろうと郷土史研究家は言っている。この古宿は柳宿、借宿(かりやど)と並び浅間根腰の三宿と言われたという。
江戸に入り、中山道が出来賑わい始めるとこの集落の人達は賑わいの町中へ南下、移ってきたのではないかと言う。中山道沿いの今の古宿(ふるじゅく)はその名残ではないかと言う。
30年程前の記述によれば古宿には檀の古木が2本あり、1本は前記残る1本は村の入口で道祖神を見守っているとある。もしやここがその場所が?檀ではない柳があるが300~400年の老樹とは思えない。檀は既に枯死してしまったのか、機会あれば郷土史研究家に聞いて見たい。

 

機械除雪された御影用水側道から右に入る山荘への路地。
ここから敷内駐車スペースまで10m弱をスコップで除雪中に通りがかりのIさんが見かねて、除雪を町にお願いしたらとのアドバイスを受け、町の建築課へ電話、担当者曰く「多くの依頼あるため優先順位を決め、常住の方やお年寄りの居る家が先なので、何時できるか約束は出来ないが、今日明日とは行かない」と、それでも受けて頂く。翌日除雪をしていると町からの委託された業者の除雪車が来たではないか。御礼と労いの声をかけ、ホット一息、町に感謝。
接道は町道ながら、遠慮してか、今までは町への除雪はお願いしなかった。
できるだけ自分で済ませたいが、温暖化の異常気象でこんな大雪が珍しくなく、頻繁にあるようでは年とともにとてもできそうにない。不安な気持ちだ。

今回は中置いて2日の積雪を足しても、一昨年の大雪程ではないと地元民は言う。




 
                        国道18号 碓氷バイパス大惨事スキーバス事故―

2016年1月15日早朝、若者を乗せたスキーバスが群馬県と長野県境入山峠を越え、軽井沢に入った下り坂のカーブで反対車線を越え、ガードレールを突き破り、道路脇の立ち木に激突横転、15名が死亡した大惨事の直後だけにJRバスでの峠越えに不安が過る。

普段車を運転し通う場所だ。なぜ曲がりの登り難所を過ぎたこんなところで。
碓氷バイパスは旧碓氷峠のバイパスとして今から45年前の1971年㋊11日に開通、全長23km、45カーブ(群馬側から数え事故の起きたのはC43、次のカーブ44までは標識あるが最後の1カーブは標識無くわからない)で標高1,038m(県境)の入山峠を超える行程だ。

事故現場は峠を越え、下り坂に入り43番目のカーブで起きた。この先200mにはかって2001年に無料化されるまで料金所があり普通車200円を払っていた場所だ。
今はトイレや大きな駐車場があり、国土交通省関東地方整備局高崎河川国道事務所が管理し、除雪車の車庫などがある。

事故原因を究明中ながらこれまでに判明したことは制限速度50㎞/hの所を96㎞の猛スピードであったことやギヤーがニュートラでエンジンブレーキを機能させずに走行していた痕跡があると言う。1カ月以上経過した今でも事故原因の特定はできていないと言う。
いくら大型バスは苦手といえ、ここまで来られた運転手がそんな基本のミスを犯すものか、同乗の交代要員運転手は睡眠中であったのか、猛スピードでガードレールに接触しながらの走行に寝ていたとは思えない。緊急助言はできなかったものか信じ難く残念でならない。

私はいつも通うこの場所では制限時速は守れないがエンジンブレーキを掛け下っている。軽井沢からは登りの2車線であるが事故後外側の1車線は通行止めが続く。現場には今でも多くの献花と慰霊に訪れる人が絶えない。今後は慰霊碑を建立し犠牲者の御霊を弔うこととなるのではないだろうか。

現場脇を通りこの光景を目の当たりにし、悲しい思いが込みあげる。運転にも心を引き締めたい思いが湧いてくる。      平成28年2月20日



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 ドアノッカーへのこだわり~

山荘に電気や電子音の玄関チャイムは似合わない。
山荘に合うドアノッカーはないものかと長年探しているがなかなかめぐり合えない。

イギリスから1800年代初頭の握り手がリースを持つ鋳鉄製ノッカーをオークションで19cmと16㎝という大きさを承知の上で購入した。
荷を解きその重さと大きさにビックリ、普通のドアに付けたら壊れ落ちてしまいそう。

日本ではドアの大きさは精々2000x800程度でありこれでは不釣合い。横幅は良いとしても高さは2,300以上は欲しい。
それにソリッドで重厚なドアでないとこの重量に相応しくない。当分お呼びはかからないと諦めている。

ノッカーのタイプにはこれら握り手のほかライオンヘッドや輪環型があるが、私は素朴な握り手型が好きだ。

当山荘には握り拳のノッカーを付けてある。10年程前にアムステルダムのアンティーク店で見つけたものだが、マダム店主は、その来歴をスペインのカントリーハウスに付いていたと言う。
その愛らしさと、来訪者が拳でノックするのに備え握り手の拳をどうぞと準備しているとは気が利いていると勝手な評価をし、気に入っている。.



マナーハウスにでも付いていたのだろうかイギリスの大型ノッカー  スぺインの田舎家につけられていたという手のノッカー こぶしざわ山荘玄関ドア 
   

多彩な術に秀でるスパーレディ高峰秀子さんが、捜し求めていた手のノッカーに巡り合えた喜びと、一夜で心無い者に持ち去られてしまった悲しい想い出をエッセイに綴っています。

「手のノッカー」
「口八丁、手八丁」「そろそろ奥の手をだすか」「お前は足手まといだ」「やつは手が早くてね」「ここらで手を引かせてもらいましょう」「差し手がましいわネ」「ちょっと、手を借りてヨ」「なにぶんにも手が足りないんで」「それ、手ぬかりするな」「あわれみの手をさしのべ給え」等々、手を使った形容はたくさんある。

考えてみれば、人間の肉体の中でいちばん重要な役目を持っているのは"手"ではないだろうか。
手は脳の出張所であり、頭がいくらよくても手がなければ人間は何もできない。私たちの住む世界の文明文化のすべては、
おびただしい手が集まって作り上げたものである。

何回かの海外旅行で、ヨーロッパにはとくに、手の形をした種々な物があるのを知った。
アルルの町の、民家のドアには、玉をおさえて格好の手のノッカーがついていて、その手を打ちおろすと玉がドアに当たってコツンコツンとにぶい音をたてる仕組みになっていて、同じような手のノッカーをつけたドアがズラリと並んでいたのが印象的だった。-中略-

二、三年前のことだろうか、アルルで見た手のノッカーが忘れられず、パリのノミの市をさがし回って、やっと見つけたときは、飛び上がって喜んだ。
東京に持ち帰ってさっそく玄関のドアに取り付け、手をたたいて喜んだのもつかの間、次の日の朝にはもう心ない人の手によってもぎとられてなくなっていた。

手は生産以外にも、破壊にも、いや、破壊に使われる度数のほうが多いかもしれない、ということは悲しいことである。
まず、こういう手合いには用心するより手はないものかと、手をこまぬいて慨嘆したものである。」

-いいもの見つけた 高峰秀子 潮出版社 昭和57年12月25日七刷-





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