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読書感想

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No.141〜150

[150] ホワイト・グース

ターシャ・テューダー
訳:ないとうりえこ

クリスマスの日だったか、ターシャ・テューダーの番組があったのを録画していたのを、見ました。「ターシャからの贈りもの 〜魔法の時間のつくり方〜」という番組。

ターシャ・テューダーの絵本をひとつよみました。『ホワイト・グース』という絵本です。

番組の中で、ターシャ自身が、自分の絵本の古いものを手にとって語っていたけれど、あの中にあった作品だろうか、これは原書の初版は1943年と古い作品です。

表紙裏の解説に、

「現在では入手困難な初期の傑作11冊を「ターシャ・テューダー クラシックコレクション」としてお届けします。」

と書いてあります。

白い羽の雁のおはなしです。少年と、ふしぎな少女。幻想的な絵。暗い色だけれど、月の光のように、静かな不思議さがただよう。

ターシャ・テューダーの絵本は、もっと明るく、温かい色やファミリーな雰囲気のものではないかと勝手に想像していました。だから意外に神秘的な雰囲気だったのがおどろきでした。

また他のクラシック絵本も読んでみたいです。

その前に、まずクリスマスの絵本として、興味をもったものもあります。ターシャ・テューダーのものも含めてクリスマスの絵本も読んでいこうかとも思っています。

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[149] 絵本だいすき!

落合恵子

落合さんのことは、新聞で、落合さんのある記事を読んだとき、この人は人の心の痛みを知っていて、寄り添えるひとだなあ…みたいに思った。

この本を読んでみて、そういうこともまた感じる。

絵本語るとき、子どものこと忘れない。だけど、大人のことも忘れてないように感じた。

たくさんの絵本の紹介が載っているけれど、「はじめに」のページの最後に、「追伸」として

「この本が子どもに読書を「強制」するためのガイドブックのようなものとして使われないことを。
本についてのガイドブックを読むよりは、一冊の本に出会ったほうがほんとはいいよね、とも、わたしは思っています。」

とあったのに、いいなと思った。

あ、ガイドブックがわるいってことじゃないですよー。わたしもガイドブックみたいなの、読む事あるし、役立つ。この本だって、いっぱい絵本が載っているな、と思って手にとったし。(それってやはりガイドブックと思って読んだってことかな。)

でも、落合さんが言っていることの、意味の深いところ、胸に伝わる気がした。特に2行目より1行目のこと。

<強制するための><ガイドブック>にならないでほしいという願い。

この本に紹介されている絵本で、知らなかった絵本、読んでみたい絵本がふえました。

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[148] ドラゴン

作:ウエイン・アンダースン
訳:岡田 淳

『ドラゴンマシーン』の、ウエイン・アンダースンの絵本。岡田さんの、「初めての翻訳作品」とあります。

(ちなみに、トミー・デ・パオラの[137]『騎士とドラゴン』も、岡田さんの訳です。)

最初のページの、たまごが水面におちるところの絵の水のはね方が、なんかかわいいです。水滴のクリアな感じとか、どうやったらこんなふうに描けるのかなあ…。

でてきたドラゴンのあかちゃんが、かわいいー。大きくなってくると、アンダースンの幻想的な絵の雰囲気が全ページに満載です。

ルーツ、というかアイデンティティ、というか…自分をさがす、旅。自分が何者かわからない、ドラゴン。

人間の男の子の住む窓辺をのぞき込む図は、『ドラゴンマシーン』で、マシーンの目(だったかな?)からジョージが見える図と、ちょうど逆転してるみたい。今度は、そう、ちょうど、ゴジラやキングコングみたいな大きな怪獣や怪物が窓辺に見えて人間が、「キャーッ」というべきところの図なんだけど、でも男の子は、ちっともこわがらないの。

「きみって、とってもすてきだよ。ぼく、きみがなんだかわかるよ。」
(本文より)

お互いを「とってもすてきだ」と言い合う二人。

雪の中をお母さんを探してとんでいく絵は、ちょっぴりかくし絵みたいにも見える。一番好きな絵は、こおりつきそうになっている二人の、さむい、でも白くてきれいな絵。

「あきらめないで。ここに書いてある。きみは、火を吹けるはずなんだ」
(本文より)

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[147] アリババと40人の盗賊

再話・絵:マーガレット・アーリー
文:清水達也

絵本の番組「夢のつづき わたしの絵本」で、佐藤しのぶさんがル・カインの[144]『アラジンと魔法のランプ』と一緒にこれをもってきていたように記憶している。それで、読んでみました。

2冊とも、考えてみれば、オペラ歌手の佐藤さんらしい、絵本のように思う。なんというか、きらびやかな、物語や、違う世界に入り込んで、その世界にあそぶ、というような。

佐藤さんは、こういうの、お子さんに読み聞かせしてあげるのかなあ…。

絵本にも、いろいろありますね。子どもの年齢にもよるだろうけれど。ほとんど文章がないものとか。 こういう、わりと長い文章のある物語形式のものや。

絵は、金色のわくに縁取られ、装飾的な細かな絵がらが、独特な雰囲気をかもしだしています。

「ペルシャの細密画の様式を取り入れた画面」

と表紙裏にかかれていました。ル・カインとはまた違いますが、エキゾチックな感じでした。

清水達也 文 というのの、「文」という意味がよくわからなかった…。「訳」、じゃないのかな…?

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[146] すてきな子どもたち

作:アリス・マクレラン
絵:バーバラ・クーニー
訳:きたむらたろう

原題は「ROXABOXEN」

ロクサボクセンってなあに。
それは素敵な場所の名前です。

アリス・マクレランのお母さんが経験したこと、一緒にあそんだ子どもたちとの、思い出の場所。

クーニーの絵は、色のタッチが暗いページがあって、そこはちょっとびっくりしたというか…。楽しい場面なのになぜでしょう。

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[145] ローランの歌 フランスのシャルルマーニュ大帝物語

鷲田哲夫

筑摩書房の、「世界の英雄伝説」シリーズの5です。

岩波文庫の[132]『エル・シードの歌』を読んでいたとき、注釈に、[29]『ベーオウルフ』や、ローランの歌(岩波文庫の『ロランの歌』)を引き合いに出して注釈しているところがあった。

岩波文庫のほうは、まだだけど、まずはこちらから、読んでみました。

フランスのシャルルマーニュ、といっても、学校でならったような気もするけれど、ほとんど覚えていなかった。

ローランの歌は、シャルルマーニュと、その勇将のローランのことをうたった、武勲詩です。(ローランは歌の中ではシャルルの甥とされている。実際はそれは証明されておらず、また実在すらもよくわからないそうだ)

この本は、ローランの歌の訳(?)のほか、鷲田さんによる、その時代背景や歴史の説明、そのほか、司祭コンラッドが

「『ローランの歌』を自由にドイツ語にうつしかえた『ルオラントの歌』」(p.150)

について、また、その他の伝説や物語について、書かれています。

マルシル王ひきいるサラセン軍とのたたかい。ローランの義父ガヌロンの裏切り。ローランらをしんがりに残してフランスへの帰途につくシャルル軍。残されたローランらを攻めようと、ピレネー山脈の谷間ロンスヴォーへ、サラセン軍が押し寄せます。

鷲田さんのいうように、勇者ローランと、知者オリヴィエという二人が対照的でした。わたしは、ローランよりも、オリヴィエのほうが好き。

戦いの場面は、かなり描写もグロテスクかも…。「田楽刺し」とか「幹竹割り」とかいう言葉もでてきた。(でんがくざしというと、[103]『三匹のやぎのがらがらどん』を思い出す…)

それは武勲詩などの決まりごと、の書き方というのもあると思う。何度も同じ描写が繰り返されるんです。互いの勇将たちの名前が次々と挙がり、交互に攻めたり殺されたりしていく描写がある。互いに決め台詞を言い放っては、繰り返していきます。

また、『エル・シードの歌』でも何度も書かれていたことですが、『ローランの歌』でも、男の人はひげを大切にしています。『エル・シードの歌』では、ひげをむしられたりするのは侮辱なのですって。こちらローランでもそうなのかな、と思いました。

あと、心にとまったのは、角笛のこと。角笛を吹いてシャルル王を呼ぶようにオリヴィエがローランに言うのに、 名誉を重んじるローランはききません。はやく呼んでいたら、ローランたちしんがり軍は、全滅しなくてよかったかもしれないのに…。いろいろあって、やっと最後の最後になって角笛を吹くことになるんですが、この、「角笛を吹いて、助けを呼ぶ」「角笛を吹くと、助けがくる」というモチーフが気になっている。[52]『ロビン・フッドのゆかいな冒険』を読んでいたときに考えていたこと。

もっと、気になるのは、『ルオラントの歌』がさらに作り直された、匿名作家による『カルル大帝伝』では、剣と角笛の超自然的な力が強調されているそうです。ローランが角笛を吹くと、敵は勇気を失い、山が鳴り響き、恐怖にかられた敵は逃げてしまうのだそうです。

この「角笛を吹くと、敵が恐怖にかられる・逃げる」というモチーフがあるんだということを知って、さらに興味を覚えました。それは、やはり、あの、『指輪物語』でこのモチーフがある、と思ったからです。読んでいる人はわかると思います、あまりネタバレはいけませんが…。あのヘルムの角笛です。

角笛って、昔は当たり前だったのかもしれない。いろんな物語にあらわれて当然ということかもしれない。合図するためのものなんだもの。そういうモチーフがあらわれるのも当たり前かも? でも、C.ウォルター・ホッジズの[1]『アルフレッド王の勝利』の表紙に、大きく、角笛「天震丸」をふく人物が載ってたりするの、思い出しました。(角笛を吹いたからどうなったのかは覚えていませんが…。)表紙にあるくらいだからあれがアルフレッド王かと思ったんですけど、読んでみたら、家来の人だったように記憶しています。本当にああいうエピソードがあるのかどうか知りませんけれど、「天震丸」というくらいだから、立派な、意味のある角笛、重要<アイテム>だったのかなあ…とも想像しています。

英雄伝説などのなかにあらわれる、こういうエピソード、共通点などさぐってみると、面白いですね。

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[144] アラジンと魔法のランプ

再話:アンドルー・ラング
絵:エロール・ル・カイン
訳:中川千尋

NHKで月一度、「夢のつづき わたしの絵本」という番組をやっています。その第1回(?)で、オペラ歌手の佐藤しのぶさんが、この絵本を紹介していました。

毎回、ゲストが来て、お気に入りの絵本を持ってきて、司会の渡辺正行さんと、語るんです。

佐藤さんは、これと、もう一冊、マーガレット・アーリーの『アリババと40人の盗賊』を持ってきていたと思う。(参考:[147]『アリババと40人の盗賊』を後日読む。)

ル・カインは何冊か読んでいて、これも読みたいと思いながら、なかなか果たせず。やっと読めました。そして、アンドルー・ラングという人も読みたいなと思っていたから、良かったです。

ル・カインは、東洋にも詳しいし、この本も、とてもエキゾチックというのか、オリエンタルというのか。絵や文様がすばらしいです。

指輪の魔神があらわれるところの表現のしかた。繰り返し文様。

緻密にえがかれたところもすばらしいけれど、クスっとわらえてツボにはまったのは、ベールというか全身を黒く包んだ女性が壷を頭にのせている絵の、簡略化された小さな姿。

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[143] ルピナスさん 小さなおばあさんのお話

バーバラ・クーニー
訳:かけがわやすこ

こちらのルピナスは、[142]『青い花のじゅうたん』のように青一色だけじゃなくて、ピンク色が優しい色合いの絵本となっています。

[130]『ちいさな曲芸師バーナビー』のときは、確か、色が単色みたいな、かっきりした色みたいな、版画風の絵がらだったように覚えているのですが。こちらは、やさしい色があふれていました。

いちばんすきな絵は、雪の中のガラスの温室の、小さな絵。透明で、ガラスに緑色が透けてて、雪の白の中に、とてもきれいなのです。

ミス・ランフィアスは、自立した女性です。いろんな土地へ行き、働き、冒険します。怪我をしたとき、「ばかなことをしてしまったわ」と、言うけれど、海のそばに暮らすのには、もうそろそろ良い時期、というように前向きです。

ベッドでふせっていても、計画が夢におわっても、愚痴はいわない。強いしまぶしいなと思います。胸がちくんとします。

でも、(かけがわさんの?)あとがきで、

「クーニーは、ルピナスの花とかさねあわせて、独立心にあふれた一女性の人生を物語にしましたが、特別な人間の、特別な人生を語ったわけではありません。生きるということの意味を、ルピナスさんとよばれた一女性のすがたをかりて、わたくしたちに語りかけているのだとおもいます。」

とあったのを読んで、ほっとしました。

アリスが、おじいさんから聞き、そして、ルピナスさんとなったミス・アリス・ランフィアスが、次の世代の子たちに、つなげていった気持ちや、言葉。それには、なにか似たようなことが、自分にもできるかなとか、そんなことも、ふと思わせられもしました。

〜余談〜
おじいさんの仕事場にかかっていた、荒れる海と帆船の絵がルピナスさんの部屋にもかかっていますね。海の物語、また読みたく思いました。また、小さなアリスの着ている青い帽子とコート。ルピナスさんの緑のケープ。着てみたく思いました。

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[142] 青い花のじゅうたん

再話・絵:トミー・デパオラ
訳:いけださとる

[133]『神の道化師』のトミー・デ・パオラと、[130]『ちいさな曲芸師バーナビー』のバーバラ・クーニー。同じ主題を扱った絵本を読みました。

今度は、同じ種類の花(ルピナスの種類)を題材にとった絵本が二人にありましたので、読んでみました。

今度は、同じ種類の花というだけで、前のように同じ主題というわけではないので、読む側の勝手なこじつけではありますけれど…。

さて、このデパオラ(この本の表記ではデ・パオラじゃなくてデパオラになっています)の本では、ブルーボンネットと呼ばれる、青い花がでてきます。テキサス州の丘の上に、じゅうたんのように咲き乱れる、青い花。先住民コマンチ族による、この花の由来の伝説がここで再話され、えがかれています。

ブルーボンネットの名前は、昔、女の人がかぶったボンネットに似ているところから、と表紙裏や、デパオラの「作者ノート」には書かれていますけど、ネットで見てみたら、青い帽子のスコットランドの兵士、みたいに書いているところもあるようでした。女の人のボンネットとスコットランド兵士の帽子では、だいぶ違いますね、そのあたり、どちらから名前がとられたのか、よくわかりません。

それはともかく、この本について、続けましょう。

雨が降らない季節が続き、コマンチ族の人々は、精霊にいのりました。いきのこった子どもの中に「ひとりでいる子」と呼ばれる少女がいました。女の子は、しかの皮でつくられた、戦士の人形を大切にしています。

精霊ののぞむものは、自分の弓ではない、自分の毛布ではない、といっては、テントに帰って相談する人々。

でも少女は、ねむりませんでした。彼女は、どうしたでしょうか? 彼女は、

「なにをすればいいのか、知っていた」

のでした。

夕暮れから夜になり、星が空をいろどります。その青がだんだんと広がり、やがて、その青が、丘に咲いた花へとうつっていったように、そんなふうに感じました。

「ジェイ、ジェイ、ジェイ」

と鳴く青い鳥の羽の色が、空から地上へと舞い降りてくれたのでしょうか?

丘に広がる青が、目にまぶしいです。

「ひとりでいる子」「みんなをたいせつにする子」とよばれるようになりました。

丘の上にひろがった、青い花のじゅうたん。少女の、まじめな顔とひとみが、印象にのこりました。

(追記)
(参考:ブログの、「ブルージェイ」「ジェイバード」について参考記事

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[141] 北風のうしろの国

ジョージ・マクドナルド
訳:中村妙子

この作品は、以前、別の出版社で別の人の訳のを読んだことがある([17]『北風のうしろの国』)。

今回のこの本の、さし絵は、アーサー・ヒューズ。 (岩波少年文庫の、[111]『かるいお姫さま』[115]『お姫さまとゴブリンの物語』

−−−−−−

北風と出会う、少年ダイアモンド。美しい女の人の姿の北風。

ロンドンの上を吹きすさぶ北風の描写。海で船を翻弄する、すさまじさ。うなりをあげる風の音。美しく、すらりとした女の人になったり、また、青ざめて身動きもしない、北風の姿もある。

マクドナルドは、幼いころ、母を亡くした。北風、また北風にそっくりなように思えた『お姫さまとゴブリンの物語』、[123]『カーディとお姫さまの物語』のおばあさま。その姿はお母様が投影されているのだろうか?

最初の頃の、北風とダイアモンドの長々とした問答は、読んでいて、少しいらいらする。あんまり北風、好きじゃないな…と感じる。

お母様の面影、それは、いいんだけど…。美しく、髪が長く、巨大でもある、神秘的な女の人の姿。いくつもの作品にあらわれてくると、少し、くどく感じられてもくると同時に、女の人というのはもう少し、普通な存在でもあると思う。だから、ちょっとしんどく感じもした。

ダイアモンドの母親にも母への思慕が現れている、とも訳者あとがきにあったので、そちらのほうがほっとしますね。優しく、温和な、おかみさん。

そういえば、トールキンもお母様を子どものころ亡くしているそうですね。エルフの貴婦人の、人間ばなれしたさま、たおやかになったり、偉大になったりするさまも、北風にも通じる気がした。

ダイアモンドは、いい子すぎる気もするけどまあ、普通の人間の少年、というところから、最後のほうに近づくにつれて、透明になっていくような感じがして、ダイアモンドが木の上で空を見つめている、ヒューズのさし絵には、遠いところだけ見つめているような、俗世間から離れた感じもした。

『みどりのゆび』とか、『汚れなき悪戯』、『フランダースの犬』とか、遠藤周作の『おバカさん』とか、いろんな物語が、頭をかすめた。
(さいごのは、ダイアモンドを「神様の申し子のおばかちゃん」と呼ぶ子がいることから、だけど…。 余談だけど、『おバカさん』の英語のペーパーバック版の題名は『Wonderful Fool』だったと思うんですが、やはりそこには、神様の申し子、的な意味も含まれているような、そんな感じを覚えます。)

さて、ダイアモンドのお父さんは、辻馬車稼業につくんですが、それは、[121]『黒馬物語』を思い出した。辻馬車屋の中には、(現実は知りませんが、物語のなかでは)無骨というだけでなく、ちょっと感心しない人もいる場合もあったよう。でも、ダイアモンドのお父さんは、善人。また、昔仕えていた、奥様との再会もある。そういうところ、『黒馬物語』と似ていた。

時代が、おなじくらい(?)だから、馬車屋という職業とか、時代や、設定は似ていて当たり前かもしれないけれど。アンナ・シューエルは、マクドナルド、読んでいただろうか?

あと、マザー・グースのこと。マザー・グースからとられて、マクドナルドがいろいろアレンジしたんだろうか? そういう歌がいくつか、なかに入っている。最初に読んだときより、少しわかってうれしかった。リトル・ボーイ・ブルーの歌、とか。[136]『対訳 英米童謡集』を持ってきて、少し見比べたりしてみた。

あと、前回、他の訳で読んだときに、レイモンドさんの屋敷の立つ丘について、書いたけれど、今回、「丘」と書いて「マウンド」とふりがながあるのに気づいた(p.425)。そして、お屋敷はマウンド荘。「hill」じゃなかったですね…。

「ヒツジなんて、どれでも同じだっていってるみたいなんだもの。二匹、新しいヒツジがもらえれば、いなくなった一匹よりいいっていってるみたいに聞こえるんだもの。ぼくね、ずいぶん、あの歌のこと、考えたんだよ。それでね、六ペンス銅貨はどれも同じだけど、自分がよく知っているヒツジ一匹をなくしたときには二十匹の子ヒツジをもらったって喜べないってわかったんだよ。一度誰かの目を見つめると、とっても深くじいっと見つめると、どうしてか、その相手に代われるものはなくなっちまうんだ。どんなに美しい、すばらしいものでも、そのなくなったものには代われないんだよ。だからね、北風、ぼく、ただ夢を見ているだけで、あなたは本当はどこにもいないんだと思うとたまらなくなっちまうんだ。あなたはいつまでも僕の美しい北風だ。お願い、“そうよ”っていってよ。」
(p.453)

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